3ーロリ魔女王とショタ賢者、注文が多いー
『カシス街』最高級の宿屋と自慢するだけあって備え付けの食堂のメニューも豊富だった。料理人が一から手作りする料理は、宿に泊まる客以外にも食事目当てで訪れる者も少なくないのだとか。周りは大人ばかり。子供がいても殆どが側に親がいる。子供だけなのはあたしとマーリンだけ。チラチラと不躾な視線が飛んでくる。
「苛つくのじゃ」
「今に始まった事ではないではないかえ。それより、早くどれを頼むか決めようぞ」
「そうじゃな」
マーリンに促されメニュー表を開いた。
「うむ。どれがいいかのう」
「直感で選びな」
「うむ! では、我輩がこれとこれとこれ……」
マーリンが次々と選んでいく中、食べ物よりも飲み物をどれにしようか悩む。子供の姿をしているのでお酒は頼めない。あたしの好きそうなカクテルがあるのに……。後でこっそりと飲むか、と一人ごち。料理の方を見ていく。マーリンが選んだ品を記憶するが殆どが被っている、というか大食いの奴のせいで被るしかない。
水を運んできた娘に「注文を頼む」とメニュー表を見せた。娘が注文票を持ったのを合図に注文を始めた。
「マルゲリータピザ1つ、フレッシュパスタ1つ、ブルスケッタ2つ、オッソ・ブーコ1つ、トリッパ2つ、ニョッキ1つ、フィオレンティーナステーキを2つ、アクアパッツァが1つ。飲み物が」
「しょ、少々お待ちください!」
「モーガン少しは待つべきだのう。矢継ぎ早に言っても追い付かん」
娘が必死に注文票に書き込んでいる姿があった。……悪い事をしたね。周囲の客達や従業員が唖然とした様子でこっちを窺っている。あたしでも分かってる。頼み過ぎだって。
「ええっと、トリッパ2つとあと……」
トリッパの後に頼んだ品を今度は娘が書き終えるのを待って告げていく。最後のアクアパッツァを書き込んだのを見届け、次に飲み物のメニュー表を開いた。
「マーリンは何にする」
「我輩? 我輩はそうだのう、さっぱりとしたオレンジジュースが良い」
「オレンジジュースが1つとレモン水をおくれ」
「は、はい! すぐにオーダーを入れます!」
「ああ、それとじゃ」
あたしは袋から金貨1枚を出すと娘のエプロンのポケットに入れた。
「チップじゃ。注文の多い客に当たったお主へのせめての詫びじゃ」
「! あ、ありがとうございますっ!」
何処の店でも、従業員の態度や仕事振りが良いとチップを払うのが常識。また、従業員にとったら給料以外に貴重なお小遣い稼ぎとなる。チップを貰えないと自分の何かがいけなかったんだと必死に考え、次はこうしようと工夫する。あたしが娘にチップを渡したのは、言葉の通り詫び。
「さあ、何時来るかのう」
「あれだけ大量に頼んだんだ。それなりに時間は掛かるだろうよ」
「うむ。楽しみに待つのは良い事だ。モーガンもそう思わないかえ?」
「さてね」
意味のある待ちは好きだが、意味のない待ちは嫌いだ。
……ああ、鬱陶しい。視線が。子供だけの二人組に不躾な視線を送った次は不審な視線か。金貨を持ってるだけで怪しまれてもな。子供でも、実力があればギルドに所属して働いている魔術師は何人も存在する。
先に飲み物が届いた。娘から飲み物を受け取り、一口飲む。レモンのさっぱりとした味が最高じゃのう。炭酸を入れると胃が苦しくなる。一気にオレンジジュースを飲み干したマーリンが「お代わりおくれ」と娘に空になったグラスを差し出した。
受け取った娘はまた奥へ走って行った。
「そんなに喉が乾いてたのかい?」
「まあのう。早く来てくれぬかのう」
「急くな。時間はたんまりある」
まだかまだかと待ち詫びるマーリンに溜め息を吐いてレモン水を口にした。
注文した料理が届いたのはおそよ30分後。マルゲリータピザ、フレッシュパスタ、ブルスケッタが2つが先頭だったらしい。湯気が出る熱々のマルゲリータピザを車輪型ピザカッターで切っていく。手入れは怠っておらぬのですんなりと切れた。店によっては、メッツァルーナタイプのピザカッターもある。あれはあれで面白い。シーソーの感覚で切れる。
4等分にしたマルゲリータピザの1枚を別の皿に乗せてマーリンに渡した。待望の食事にマーリンのアイスブルーの瞳には星が浮かんでいた。……余程、腹を空かせていたらしいな。食いしん坊め。
さて、あたしはどれから頂こうか……。
手始めにフレッシュパスタでも、と手を伸ばした。ら。お代わり!と約10秒でマルゲリータピザ1/4を完食したマーリンに空になった皿を突き出された。
「もっとゆっくりと食べれぬのかえ」
「お腹ペコペコだったのだよ~! あ、ピザとブルスケッタもおくれ」
「自分でよそえ」
「けち」
「けちとはなんだ」
○●○●○●
○●○●○●
注文した料理を全て食い尽くしたマーリンの腹は、赤ずきんを食べた狼よろしく、大きく膨らんでいた。「もう動けないぞい~」とあたしを見る。恐らく、運んでほしいのだろう。自分で動け。口パクで伝えたら「けち」と返された。ケチで結構だ。
カシスオレンジジュースを最後まで飲み、モーガン~と喧しいマーリンの首根っこを掴んで立たせた。
「食い過ぎじゃ」
「美味しいのがいかん」
「限度があるわい」
「我輩、食べ物には目がないのだよ」
「知っとる」
食い意地が強い『賢者』
それが強欲だと揶揄する者もいる。
よたよたとしながらも自分で歩くマーリンの歩幅に合わせて食堂を出た。部屋へは階段を使わないと行けない。ゆっくり、1段1段上がるマーリンの後ろに2人組の男共が来た。悪意の色を浮かべるその顔にある予感を抱いたあたしは、奴等がマーリンに近付いた直後、左手の人差し指をくいっと曲げてた。途端に浮くマーリン。重力操作でマーリンを浮かせ、上へいるあたしの近くで降ろさせた。
「おや?運動が必要だと言ったのはモーガンぞい」
「阿呆がいたから手を貸しただけさね」
「うん?」
下を見やったマーリンのアイスブルーの瞳にあの男共が入った。あたしに余計な事をされて不快感を醸し出していた。ふん、と鼻を鳴らしてマーリンと部屋へ戻った。
ベッドに腰掛け後ろへ倒れた。
「ふう~今日は何も食べれんぞい」
「そんな腹してまだ食べるとか言えばあんたの胃袋は人外だよ」
「何を言う。人外はお主ぞい。“魔女王”とは、人外の魔術師だと誰もが認識しておる。我輩も」
「やれやれ。『賢者』に人外扱いされるとはね」
「事実ぞい。『賢者』は例外中の例外だからのう」
「あっそ」
マーリンが何時から『賢者』と呼ばれ、恐れられる様になったか。
あたしが何時から“魔女王”と呼ばれ、恐れられる様になったか。
興味はないが、ほんの少しだけ気になってしまう。興味はないと言いながら気になるか、矛盾しているな。
ふ、とほくそ笑むと上体を起こした。
「どうしたかのう?」
「風呂でも入る。あんたも動ける様になったら入りな」
「一緒に入るのは」
「ない」
赤ん坊の頃まだしも、5歳になったこいつと風呂を共にするのは御免だ。頭を洗えだの、もっと優しく洗えだのと注文をつけられるのが目に見えている。
部屋に備え付けられた浴室へ着替えとタオルを持って入る。髪を櫛で梳き、服を脱いで風呂の蓋を開けた。宿側が用意した湯は最適な温度を保っており、疲れた体を癒してくれた。
「はあ~……日々の疲れを癒してくれるのじゃ~」
明日は、昼に目星をつけた店へデザートを買いに行く。今日満腹を越えた状態になろうが、明日にはリセットされてまた空腹となる。マーリンが動ける様になるまで時間があるのだし、のんびりと風呂を満喫しよう。コンテナから、頭皮用の浴用洗剤と化粧品、あと全身を洗う洗剤を出した。肌に優しい成分で出来たこれらは、あたしが錬金術で作り上げた逸品だ。オイルだなんだのを使うのは面倒で、もっと他に良いものがあると試行錯誤を重ね漸く完成した。あたしの好きな薔薇を贅沢に入れ、薔薇の香りが充満する。
「落ち着くのじゃ……」
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