2ーロリ魔女王とショタ賢者、好きなデザートを選ぶー
汽車を降りて最初に感じたのは、甘くて食欲がそそられる香り。
アナウンスで、車掌が街の名前はカシス村と告げていたのを思い出す。
駅のホームに行って駅員に切符を見せ、あたしとマーリンは新しいカシス街に改めて降り立った。
「カシス街とは、どんな街ぞい?」
「名前の通り、カシスの生産が盛んな街だと記憶している」
「となると、カシスを使った美味しいデザートがあると期待して良いのだな?」
「あたしに聞くな」
だが、まあマーリンが目を輝かせるのも仕方ない。駅を出ると、至る所からカシスの甘い香りが漂う。
「では行くぞ!」と勝手に動こうとしたマーリンの首根っこを掴み、先ずは宿を探すのが先決だと歩き始めた。
「むむ……我輩はデザートが食べたい!」
「せう急かなくてもデザートは逃げん。何時まで滞在するかは決めていないのじゃから、気長に回れば良かろう」
「うむ。モーガンも来てくれるよな?」
「ほざけ」
分かりきった事を一々聞いてくるな。視線で訴えれば「モーガンは素直じゃないのう」と苦笑いされた。ムカつくのじゃ。宿に着いたら、真っ先にマーリンを部屋へ放り込んでやる。
さて、何処の宿屋にしよう……。
街の中心部と思しき道を歩く。道行く人々をそっと観察する。ふむ、街の住民もそうだが旅人の数も多いな。やはり、名前に果物の名前が付いている辺り有名な街なのだろうな。
暫くここだという宿屋を探しているとある建物に足を止めた。
「此処にしよう」
白金を贅沢に使用した外観と建物の大きさに『ミッドナイト』と看板が掲げられた此処がカシス街で一番高級な宿屋だと判断。即決して宿屋の中へ。
広々とした受付。受付嬢らしき女性の元まで近付く。
「部屋は空いておるかえ? 子供が2人」
「あら? 貴方達親は?」
「言っただろう。子供が2人だ」
はあ、と受付嬢は呆れた様な溜め息を吐いた。明らかに子供だけの旅人に対する侮蔑の眼。溜め息を吐きたいのは此方じゃ。どんな客人にも平等に接するのが商売人ではないのかえ。
何処の街や村でも変わらない態度に内心嫌になりつつ、あたしはマーリンの首根っこを一旦離し、空間魔術と錬金術を応用したコンテナを開き、一つの袋を取り出した。コンテナには、ありとあらゆる物が仕舞える。性質として“永久保存”を付加してあるので、生物も収納可能である。
袋の紐を緩め逆さにした。けたまましい音を立てて落とされたのは大量の金貨。
「これでもまだ文句があるかえ?」
「と、とんでも御座いませんっ!! 今すぐお部屋をご用意させて頂きます!!」
「うむ。この宿で一番良い部屋を用意してくれ」
「はいっ!」
頭を下げて慌ててカウンターから出て、ミッドナイトで一番高い部屋へ案内した。ミッドナイト最高と自慢するだけあって最高級の家具を揃えた部屋は、他の部屋と比べると格が違うと思われる。コンテナから取り出した金貨の袋は、あたしが持つ膨大な貯金の一欠片に過ぎない。なので、袋そのものを渡した。滞在日程は不明だが、袋一杯分の金貨から、暫く滞在しても文句はあるまい。
ごゆっくり、と頭を垂れ扉を閉めた受付嬢がいなくなるとベッドに腰掛けた。
「やれやれ。何処も変わらんの」
「お主が子供の姿をしているのが問題だと思うぞい」
あたしだって好きで幼女の姿をしてる訳ではない。
大人の姿でマーリンと旅をしていると、どうしてもマーリンの母親だと思われる。容姿は全然似ていないのに。母親を名前でしかも呼び捨てで呼ぶ子供が何処の世界にいると言うのだろうか。奴の母親に間違えられるのは嫌なのであたしも魔術で子供の姿になった。
色々と便利な面はある。野宿をする際は体が小さいから場所を必要としない、食欲も子供の胃袋は小さいから大量には必要としない。
但し、便利な面がある反面、不便な面があるのも事実。主に戦闘時。肉弾戦が出来なくなった。まあ、魔術だけで圧倒すれば良いだけの話だが、格闘術で戦えないといけなくなる場面も少なからず存在する。剣術も然り。子供の非力な腕では重い剣を持ち上げる事すら難しい。身体強化の魔術を使用すれば別だが、要は魔術に頼りっぱなしになる。魔術師としては当たり前な話でも、それだけで世界を渡り歩ける程優しくない。
ベッドのふかふか具合に感動してゴロゴロしていたマーリンが急に起き上がった。
「そうじゃそうじゃ。のうモーガン。あんな大金をほいほい渡して大丈夫なのか?」
「心配いらんさね。コンテナには、大陸一つ丸々買えるだけの金がある。まあ、古すぎて使えなくなった腐った金もあるが」
「ほう。モーガンは金持ちなのだな~」
「基本使う用事がないからね。あっても困る物でもないから入れてるだけさね。腐った金はそろそろ処分した方がいいか」
「よく、腐る程金があると大金持ちの貴族は言うが、実際金を腐らせる輩はおらん。モーガンは別じゃがのう」
「ほっとけ」
「しかし、これからどうする?目的もないしのう」
「あたし達の旅は決まった目的はないだろう」
「そうだのう。だが、じっとするのも退屈だのう。そうだ、此処カシス街という名前であったの。カシスと名前が付くのであれば、カシスを使ったデザートがあっても可笑しくはない。デザート巡りがしたい」
デザート巡りか……。悪くないね。
マーリンの提案に乗っかろう。ちょっと待ってな、とコンテナを開き一冊の本を出した。
深緑色の古い本。
表紙に人差し指で魔術式を描いていく。すると、本は淡い一瞬だけ発光した。マーリンはあたしの隣に腰掛けると目を輝かせて本を覗き込んだ。
「便利な本だのう」
「まあね。繁栄期の遺産さね」
この本は200年前、ある遺跡で見つけた魔導具。知りたい情報を魔術式として書き込むだけで本がその内容をページに反映してくれる貴重な代物。早速ページを開こうとするとマーリンがあたしの肩に頭を乗せた。
「何じゃ」
「お主は何でも出来るのう」
「伊達に“魔女王”と呼ばれてはおらん」
「ふふ。そうだのう。のうモーガン。後で我輩の我儘を聞いてはくれぬか」
「あんたの我儘は今に始まった事じゃないさね」
「そうだのう。モーガンの了承も貰ったし、早速ページを開こう!」
「止めたのはマーリンだろうが」
早く早くと急かすマーリンに促され、最初のページを開いた。
デザートをご所望のマーリンに合わせて全てデザートの情報しか載っていない。
最初に記載されたのは『パティスリー~ノワール~』のカシスとビターチョコのムースケーキ。
「むむ。我輩苦いのは嫌」
「ガキ」
「ガキだもん」
「あっそ。あたし好みそうだね。チェックを入れておこう」
ページに触れると大きな星のマークがついた。例えるなら栞の代わりだ。
次のページも『パティスリー~ノワール~』の店だが、商品が違った。ストロベリー&カシスムースケーキ。これはマーリンの口に合うかもしれん。ちらっと横目で見るとキラキラと瞳を輝かせていた。うむ、これもチェック。
どうやら、同じ店の商品紹介になっているらしく数ページに渡って『パティスリー~ノワール~』が続いた。この店でチェックを入れたのは、最初の2つと後あたしとマーリン双方の意見が重なったカシスとマロンムースケーキ。どうやらこの店はムースケーキが多いらしい。
「次の店は『スノードルチェ』という名前だのう」
新しい店『スノードルチェ』のページを見ていく。
最初にあったのはカシスオレンジジュース。定番じゃの。チェック。
次にカシス&ストロベリータルト。チェック。
カシスやピーチ、ブドウ、オレンジを贅沢に使ったフルーツタルト。チェック。
「こんな所じゃな」
「うむ。では、次の店へ」
マーリンがページをある程度捲ると次は『ドルチェ:アルバーノ』という店になった。
最初にあったのは生クリームの変わりにカシスジェラートを巻いたロールケーキ。冷蔵必須と書いており、買ったらすぐにコンテナに収納したら良いだけとチェック。
次は、生地もクリームもカシスで出来たホールケーキ。飾りのフルーツはカシスと大きなストロベリー。漏れなくチェック。
次のページには、カシスを贅沢に使用されたカシスパフェ。これもコンテナに仕舞えば問題無い。チェック。
それからもページを開いては、気に入ったデザートがある度にチェックを入れていった。気付くとチェックを入れた数は軽く50を超えた。
「入れすぎじゃのう」
「何を言っておる。お主と我輩の胃袋は鉄の胃袋ぞい。ちょっとやそっとの量では壊れん」
「まあ、それもそうか」
金も一部腐ってはいるが腐る程ある。
贅沢に走って誰も何も言うまい。
しかし、だ。デザートのチェック入れに時間を使い過ぎて、外はすっかりと茜色に染まっていた。デザート巡りは明日じゃのう。今日は大人しく夕飯を食べ、風呂で身を清め、明日に備えよう。
あたしがそう言うとマーリンはそうだのうと笑う。
「して、晩御飯は何かのう?」
「さあ?宿屋には、食堂が付きもんさね。降りてあの受付嬢にでも聞けば良いさね」
「だのう。なら、善は急げ。行くぞモーガン!」
「はーいはい」
食い意地だけは人一倍強いマーリンに手を引っ張られ、部屋を後にした。
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