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乱入者

「ほあたぁー!」


 何が起こったのか、その場にいる誰も理解できなかった。客席から黒い影が飛び出してきて、アンディの勢いを殺すような飛び蹴りを真横から放ったと人々が気づいた時、すでに蹴られた本人は舞台の端に激突し、気絶していた。

「あ、あなたは……!」

会場内の視線は、テレスから一斉にその人物へと切り替わった。ついさっきまでアンディが刃物を構えていた位置には、彼に代わってぼろぼろの衣服をまとった一人の青年が佇んでいた。テレスはその顔に見覚えがある。つい先ほど檻の中で繋がれていたのを解放した、あの男だ。

祖倉そくら……哲夫てつお!」

 彼の姿を見咎めた途端、カールマンの顔がにわかに険しくなる。一方、当の本人は……

「決まった……自分でもビックリするぐらいキマってしまった」

 などと呑気なことを言っている。会場から一斉に向けられる敵意、そして自分がたった今、殺人を間一髪で阻止したという奇跡的な事実を何とも思っていないかのように。

「これは珍客だ。どうやってあの頑丈な檻から抜け出したのかね」

 カールマンが後ずさりしながら青年に声をかける。彼の方を一瞥した青年は、まるで同年代の友人に話しかけるがごとく、軽々しい口調で返答した。

「やぁ金木くん、五時間ぶりだねぇ。そこにいるおチビちゃんに、ちょいと錠のロックを解除してもらったのさ。おまけにドアは空きっぱなし。この中の誰かは知らんけど、敵を監禁した部屋の扉を半開きにしたままショーの見物に興ずるとは、大した見張り番がいたもんだ」

「何ですって……誰っ! 重要な捕虜の監視をすっぽかした、底抜けの愚か者は」

 幌巣ほろすは怒りに満ちた眼差しで舞台を取り囲む信者たちを見渡した。やがて右端の二人が恐る恐る手を上げる。

しかし彼らが口を開く前に、舞台袖から飛んできた金塊がその体を貫いた。弁解の余地もなく事切れた見張り番の死体を見下ろしながら、青年がポツリとつぶやく。

「まったく世も末だ。頼りにして来た友人を騙して檻に閉じ込めるわ、やらかした信者を問答無用で殺すわ。クレイトス首相が見たら泣くぞ。なぁ金木くん?」

「信者たちの前で、その名を口にしないでもらえるかね」

「なんで? 白草カールマンなんてうさん臭い名前よりよっぽど誠実そうな名前だと思うけど。そう思わない? 金木友朗くん」

「黙れ! それ以上先生を侮辱するな」

 幌巣ほろすが顔を真っ赤にして叫ぶ。が、青年はそんな彼女に冷たい眼差しを向け、鼻で笑った。

「侮辱? よく言うぜ。いい歳したおっさんにこんな格好させてその気になってる連中がよ。シュールギャグのつもりか? 狙ってやってるならただのシュールストレミングギャグだぜ」

「きっさっまああ! なんてことを」

「事実じゃん。お前らこいつの格好がそんなまともに見えるのか?」

「私の衣装についてはどうでも良い。それよりも何故、二人の間に割って入ったのです」

「何故ってお前、人が殺されようとしてんのにそっちこそ何で誰も止めようとしないんだって話よ。いくらバトルロイヤルだからって賢人じゃない奴まで簡単に死んで良いわけがない。それにこのおチビちゃんには、曲がりなりにも助けてもらった恩がある」

「おチビちゃんおチビちゃんって、あなたもそんなに身長変わらないでしょ!」

 うんざりしたようにむくれるテレスの顔を見て、哲夫は面白そうにけらけらと笑った。

「そうやってふくれっ面してると、さっきまでとはまるで別人だな。ギリギリまでお友達からナイフ突きつけられても、ビクともしなかったのを見た時は大した度胸だと思ったが……」

「ハッタリですよ。幼馴染で性格をよく知っているアンディ相手だからこそできた芸当です。全く初対面の赤の他人相手だったらとっくに怖気づいてますから」

「本当かぁ?」

「お喋りはそこまでにしてもらおう」

 二人の会話を遮るように、カールマンの信者たちがじりじりとにじり寄る。哲夫の方からは攻撃してこないと悟ったのか、充分に臨戦態勢を整えているようだ。

「ほう、上等だ。金木、あんた自らこの茶番劇を終わらせたいってんなら喜んで協力するぜ」

「これ以上観衆の前で醜態をさらすわけにはいかないのでね。ここで消えてもらいます!」

 カールマンが杖を振り上げるが、それを制するかのように幌巣ほろすが間に割り込んできた。

「お待ちください先生」

「なんだよ幌巣ほろすちゃん。お楽しみはここからだろ」

「周りを見なさい。祖倉。先生はつい先程までこの大観衆を相手に素晴らしい演説をなさって大変お疲れなのよ。貴様の相手は、この私が代わりに務めさせてもらう」

「おいおいお嬢さん。俺とやり合おうってのか。言っとくが女だからって手加減はしないぞ」

幌巣ほろす、やめなさい! 君に勝てる相手では……」

「ご心配ありません教祖様。不意打ち一発で気絶し、捕らえられるような雑魚など、この私一人で充分!」

「馬鹿なことを言うんじゃない。奴は真の力を隠しているのですよ」

「そうだそうだ。教祖さんの言う通り、俺だって本気出せばそこそこやれるんだぞ。でも昔馴染みだし、なるべく穏便に済ませようと思って来たのに、いきなり電撃で気絶させた挙句ひっ捕らえるなんてあんまりじゃねえか」

「今のうちにせいぜい強がっておくことね」

 幌巣ほろすは哲夫の言い分を一蹴するかのように笑った。

「やれやれ……まぁそちらさんがやり合いたいとおっしゃるなら受けて立ちますよ」

 哲夫は呆れ顔で言うと半身になり、拳を構えた。

「貴様、まさか丸腰で戦おうというの」

「切り札ってのは最初から使うもんじゃないでしょ」

「舐めるなあああ!」

 幌巣ほろすは両腕を大きく広げると、まるでオーケストラの指揮者のように振りかざした。しかし、何も起こらない。テレスには彼女の意図が解らず、奇行に戸惑うばかりだった。哲夫がふいに頭上を見上げなければ、とくに反応もせずその場に立ち尽くしていたことだろう。


「何だ、これ……」

哲夫に触発され頭上を見上げたテレスの目には、何やら黒い影に覆われていく天井の照明が映っていた。影は幌巣ほろすの手の動きに合わせて一つに集結し、巨大な塊へと姿を変えていく。

 哲夫が突然、何かに気づいたかのように素早く動いた。一瞬にしてテレスの前を横切ると、猛スピードで彼らを見守る観衆たちの輪の中へと飛び込む。

直後、その後を追うように巨大な影が黄金の礫となって会場に降り注いだ。人々の悲鳴に混じって鉄砲玉の撃ち込まれるような凄まじい轟音が響き渡る。場内はたちまち阿鼻叫喚の渦に包まれた。

 咄嗟に舞台袖へと避難したテレスは、先程まで自分が立ち尽くしていた辺りを見て絶句した。土煙の合間から、砲弾を撃ち込んだような穴が点々と空いているのが見える。穴の周辺には、何やらキラキラと輝く欠片がいくつも散らばっていた。

テレスはふとその中に、見覚えのある品を発見した――最初のショーで狩暮かりくれが捧げた腕時計。その破片だ。

「あれって、まさか!」


 客席に姿を消した哲夫を追い、人々の頭上を猛スピードで旋回する物の正体に気がついた。間違いない、最初のショーで興奮した観客が舞台に投げ込んだ金貨に宝石、アクセサリーだ。

どうやったのか知らないが幌巣ほろすはそれらを砕いて金の礫に変化させ、あの指揮者のような動きで操っているのだ。会場に戻って来てからアンディにばかり気を取られていたが、思い返せば確かにあの時舞台の上は片付けられていた。場内の至る所から投げ込まれた金品の類を、自分が戻ってくるまでの僅かな時間で綺麗さっぱり処理できるわけがない。

おそらく自分が哲夫と出会って彼を解放していたちょうどその時に、幌巣ほろすやカールマン、あるいは信者全員で能力を発動し、お掃除ついでに観客を魅了していたのだろう。なるほど、確かにこんな能力を眼前で見せつけられてはゴルギアス教団を崇めたくなる観衆の気持ちも解らなくもない。


舞台の端で勝手に納得するテレスをよそに、金の礫はまるで生きているかの如く縦横無尽に飛び交っていた。ただし、無限に分裂して動けるわけではないらしい。

その証拠にほぼ全ての礫が一定のタイミングで天井に集まり、巨大な塊に戻っている。そこから三分ほど経つと再び分裂した一部が会場に降り注ぐ。一種のヒット&アウェイ戦法だ。


一方、礫の “指揮者 ”である幌巣ほろすは先程から全くその場を離れず、遠隔操作に全神経を集中させていた。目を閉ざし、観客の悲鳴などまるで聞こえないかのように両腕を振り回す。というより今の彼女には、観客のことなどいちいち気にしている余裕がなさそうにも見えた。


本来の標的は客席に飛び込んで以降、全く発見出来ていなかった。容赦なく襲いかかる礫に傷つき、我先にと出口へ逃げる観客たち。中にはテレスと同じく頭上を飛び交う物体の正体に気づいたのか、流れに背いて手中に収めようとする強欲な者もいる。その押し合いへし合いが更なる混乱を生んでいた。今や確実に安全な場所はカールマン達が形成する輪の内側だけだ。

しかしその絶対に安全な輪の中心でひたすら礫を操っている幌巣ほろすの顔にはどこか余裕がなく、むしろ会場内の誰よりも何かに警戒し、怯えているようにさえ見えた。


幌巣ほろすさんよ、あんた威勢はいいんだが、どうにも実力が伴ってない。観客の金品を分解し、礫と化して遠隔操作。パフォーマンス向きの能力としてはなかなかのもんだ。でも見た感じその能力を使ってる時は身動き一つ、いやまばたき一つ出来ないんじゃないか? はっきり言って実戦向きじゃない。教団の幹部クラスと一対一でやり合うには、ちと厳しいぞ」

 人ごみの中から哲夫の煽る声が聞こえてくる。しかし本人は一向に姿を現そうとしない。

「そ、そういうあなたこそどうなのかしら? さっきから私の攻撃を避けてばっかりだけど」

「別に避けてないよ? 俺がどこにいるのか、君が解ってないだけさ」

「何ですって!?」

「遠距離攻撃を主流にするなら探知能力を上げないと駄目だよ。素質はあるのに勿体無いねぇ。こんなインチキ教団よりもっとマシなとこに入っときゃ、それなりの実力者に育ったろうに」

「黙れ! これ以上先生を、ゴルギアス教団を侮辱するなあああっ!」

 幌巣ほろすは目を瞑ったまま金切り声を上げた。礫を指揮する両腕に力が籠る。上空を旋回する金の群れは更に勢いを増し、ついに客席の隅からちらりとはみ出たぼろぼろの上着の裾を捉えた。

「そこかっ!」

 幌巣ほろすの勝ち誇ったような声に合わせ、金の礫が一斉に哲夫と思しき人影に襲いかかる。それと同時に彼女を護衛するように取り囲んでいた信者たちもその一点に駆けより、陣形が崩れた。

「馬鹿者! 戻りなさい」

 カールマンの声に反応した信者たちが慌てて円陣を組み直そうとする。が、遅かった。


「残念だったな。こっちだ!」

 突如彼らの足元が大きく揺れ、亀裂が走る。その下からアッパーカットの構えで哲夫が飛び出してくるのと、幌巣ほろすがはめられたと気づくのはほぼ同時だった。

「な、にせものぉおおおグうううぅ!?」

 哲夫の拳が顎に直撃して意識を失う寸前、彼女が礫の目を通して見たものはボロボロの服を着せられた状態で床に倒れている男の姿だった。おそらく観客の一人だろう。金の礫を手中に収めようとしてバランスを崩し、昏倒していたのを発見した哲夫が囮に使ったのだ。

 あまりにも意外な場所からの襲撃に、流石のカールマンも対処できなかったようだ。呆然と腰を抜かす彼の頭上を、哲夫の右拳に一撃ノックアウトさせられた幌巣ほろすの身体が飛んで行く。吹き飛ばされた彼女はやがて神殿のセットのほぼ中央、石段の中腹に激突した。


「き、貴様! よくも幌巣ほろす様を」

 信者たちが哲夫に襲いかかる。だが大舞台を素手でぶち抜いた男に並の武器など通じるわけもなかった。


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