二つの刃
普良惇と穴櫛万太郎は全く異なる武器を手にしながら、一進一退の攻防を繰り広げていた。片や自分の背丈ほどもある大剣、片や両手の甲から突き出た三角形。正面からぶつかり合って火花を散らし、共に刃こぼれ一つしていないことからその硬さは互角と見える。
万太郎は一撃一撃、ホームラン級の豪快なフルスイングを放って相手を一刀両断しようとし、対する惇はその隙間を縫って素早いカウンターを決めようと縦横無尽に駆け回る。身体能力も対等と見えるが、リーチの長さでは万太郎、取り回しの身軽さでは惇に軍配が上がるだろう。
両者の死闘は、ともすれば永遠に続くかのように思われた。が、その時、意を決した万太郎が大剣を横に持ち、自らの身体を軸にしてぶんぶんと振り回した。唐突な攻撃に一瞬怯む惇。
しかしこちらも回転する刃先が直撃する寸前で軽々と飛び越え、相手の頭上高く舞い上がった。そのまま台風の目である万太郎まで急降下し、脳天に三角形を突き刺すつもりだ。
だが相手の生み出した風は啍の予想を上回る竜巻となり、バランスを崩した彼はその渦中に巻き込まれた。そのまま啍を会場の外まで吹き飛ばそうとする万太郎。
が、対する惇もただやられるのを待つばかりではない。三角形の先端を渦の内側に向かって突き出した。するとどうしたことか。万太郎が作り出した竜巻は逆に彼自身を襲うかまいたちへと姿を変え、強靭な肉体を四方八方から切り裂いた。
しばらく耐えていた万太郎だったが、とうとうその太い脚が血を噴き出したことでたまらず回転を止め、その場に屈みこんでしまった。図らずもその姿はフィロの攻撃で膝を着いた哲夫を彷彿とさせる。一方、竜巻から解放された惇はその勢いであわや天井に激突しそうになっていたが、すんでのところで三角形を壁に食い込ませ、なんとか押し留まった。
「くっ……やってくれんじゃねえか」
「君もね。危うく外まで吹き飛ばされるところだった」
肩で息をしながら二人の巨漢は尚も睨み合った。万太郎は剣を支えにふらふらと立ちあがり、惇は割れたサングラスをその場に投げ捨てた。どちらも服は破け、傷だらけの屈強な体から血を垂れ流している。しかし、その瞳に宿る闘志はお互いまだ消えてはいない。
「お前ら逃げろ! 金木がダイモーンを召喚したぞ!」
再び戦おうとした二人を哲夫の叫びが遮った。その声に反応した直後、彼らの頭上に巨大な黄金の腕が現れ、今まさに立っている位置に向かって叩きつけるように拳を振り下ろした。
「これ以上貴様たちの好きにさせるかァアア! 全員叩き潰してくれるゥウウ!!」
会場内に地獄の底から響くような唸り声がこだまする。声の主は今夜の争いの元凶である、白草カールマン。しかし今の彼はもはや胡散臭い衣装に身を包むインチキ教祖ではなかった。哲夫が乱入して以降、彼やタレス教団に翻弄され続けていたカールマンは、最後の手段として会場に散らばったあらゆる金品や石像の瓦礫をかき集め、それらを身に纏って黄金の巨人へと変貌を遂げたのだった。
やがて、舞台の奥から金色に輝く巨大なカールマンの上半身が姿を現す。自分のショーを台無しにした乱入者たちを一人残らず殺すつもりだ。
「おいおいおい、何だあの化け物は!?」
辛くも攻撃を逃れた哲夫、惇、万太郎は客席に集結し、怪物の暴れる様を眺めていた。
「金木に憑依したダイモーン・ゴルギアスの力だよ。黄金の巨人か。あいつ好みの姿だ」
「ダイモーン? しかしカールマンのようなまがい物に、あれを呼び出せるような力は……」
「惇、金木は今でこそそこら辺のインチキ宗教家と変わらなくなっちまったが、元はちゃんと修行を積んだ賢人だった。というか、かつては俺の同門だったんだよ」
驚愕の事実に絶句する惇をよそに、哲夫は暴走するゴルギアスの顔に注視していた。
「誰か中にいるな」
「カールマンが操縦してんだろ。何かロボットっぽいじゃねえかあれ」
「いや、もっと小柄で……二人いる……」
三人は目を見張った。まばゆい黄金に彩られた巨人の顔。その中で二か所だけ、ぽっかりと空洞になっている部分があった。眼孔だ。窪みの中には目玉の代わりに二つの人影が囚われている。
「芽音!」
「テレス!」
哲夫と万太郎が同時に叫んだ。巨人の右目にはテレスが、左目には芽音がそれぞれ閉じ込められている。思えば二人とも直前までカールマンの傍にいた。
テレスは助けてと叫びながら外に向かって拳を叩きつけ、芽音は刀を何度も振るっていた。その様子を見た哲夫たちは初めて、空洞と思われていた巨人の両目を透明なガラスが格子窓のように覆っていることに気がついた。
「芽音! 今助けてやるぞ!」
万太郎が剣を握りしめ、ゴルギアスに突撃しようとする。しかしその肩を哲夫が引き止めた。
「落ち着け。考えもなしに突っ込んでも潰されるのが関の山だ。ここは一つ、手を組まないか?」
「ふざけるな! てめぇの力なんざ借りん」
「相手はダイモーンだぞ? お前一人でどうにかなるもんか」
「たった一人の妹の命がかかってんだよ!」
「こっちも恩人の命がかかってる。人質とられて焦ってんのはお互い様だ」
睨みあう両者。それを諌めるかのように、客席の奥から足音と共に冷静な声が近づいて来た。
「そこまでにしなさい。万太郎」
「フィロ様……!」
タレス教団の教祖は手を前に突き出して万太郎を制すると、厳しい表情で哲夫に向き合った。
「哲夫。あなたの方から共闘を持ちかけるということは、何か考えがあってのことでしょう」
「ああ。ただしあれを倒すには、お前達の全面的な協力が不可欠だ。力を貸してくれないか?」
フィロは口元に手を当て、しばらく考え込む素振りを見せた。彼女の周囲にはタレス教団の信者たちが集まっていたが、誰も口を開かず、固唾をのんで教祖を見守っている。
「…………解りました。仲間を救うためです。協力しましょう」
フィロは黒手袋をはめたまま、右手を哲夫の前に差し出した。
「さっすが教祖様。話が分かる」
それぞれの弟子が見ている前で、二人の教祖はお互い見つめ合ったまま握手を交わした。