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助太刀

「……さま、教祖様!」

 信者たちの声でフィロは我に返った。見渡せば自身の身体は舞台にめり込み、美しい衣装もボロボロだ。しかしオルギャノンで撃ちぬかれたはずの腹部だけには何の損傷も見られない。

「……を呼びなさい」

「え?」

「今すぐ万太郎を呼びなさいっ!」

 フィロはここへ来て、今まで出したこともないような荒々しい大声で指図した。その剣幕におののいた信者たちは、慌てて散り散りに駆けて行った。


「……おい」

「ワァア!」

放心状態だったテレスは、突然肩を叩かれて飛び退いた。振り返った先には力なく笑う哲夫の姿。フィロとの戦いで相当疲弊したのか、肩から血を流し、足を引きずっている。

「はは、その様子だと大丈夫そうだな」

「て、哲夫さん。僕、僕……」

「まぁ驚くのも無理はない。正直俺も何が起こってんのか、よく分かんねえんだ」

「この銃を撃ったんです。そしたら頭の中に声が聞こえて来て……」

「やっぱりか……テレス、どうやら君は、オルギャノンに選ばれたらしい。」

「選ばれた? オルギャノンに?」

「俺が金木にそいつを向けられた時、こう言ったのを覚えてないか? 銃が人を選ぶ」

「銃が……人を選ぶ……」

 テレスは哲夫の言葉をそのままオウム返しに繰り返した。今の彼にはチンプンカンプンだ。

「詳しいことはこの場が治まってから話してやるよ。お前が何を聞いたかも知りたい。しかし今はとにかくそいつを大事に持っておいた方が良い。俺の鞭なんかよりよっぽど役に立つ」

「いやそんなこと、あなたの鞭の方が――」


 絶対に強いですよと言いかけた時、突如背後から伸びてきた手が少年を羽交い締めにした。

「金木! どういうつもりだ」

「どういうつもりだと? 決まっている。私がオルギャノンを使えないのなら、今まさに使うことのできるこいつを手駒にするしかなかろう。お前も既に察している筈だ。この少年こそが真の所有者だと……それ以上動くな! 一歩でも近づいてみろ。こいつの首を吹き飛ばすぞ」


 カールマンの右手には、それまで肌身離さず持っていたオルギャノンに代わり普通の拳銃が握られていた。もがくテレスを黙らせるかのように銃口がこめかみにピタリと押し当てられる。

「その脅し文句は理屈としておかしいだろ。仮に俺が警告を無視して近づいたとして、お前がテレスを殺せば、どのみち彼と一心同体のオルギャノンは使い物にならなくなるぞ」

「ああそうだとも。みすみす貴様やタレス教団にくれてやるくらいなら、この手で所有者ごと永遠に葬り去ってしまった方がマシだ。逆に貴様たちが大人しく手を引けば、あとはこいつをじっくり洗脳して操り人形にするだけ。どっちに転んでも私の勝ちだ!」


カールマンの勝ち誇った声が場内に轟いた時、ふいに視界が暗くなった。不審に思った哲夫が天井を見上げると、タレス教団を送り込んだ白い雲が、真っ黒な積乱雲へと変化している。

「くそ、こんな時に」

 哲夫の額に再び汗が滲む。程なくして暗雲から凄まじい雷鳴と共に一人の男が降り立った。


 背丈はおよそ二メートル。今夜現れた人間たちの中では最も大きく、筋肉質だ。その顔には憤怒の表情を浮かべ、いかり肩の上に張り裂けた和装の一部が羽衣のように纏わりついている。

穴櫛あなぐし……万太郎!」


 テレスは自分を締め付けるカールマンの腕に震えが走るのを感じた。散々自分を神の化身と吹聴してきた男が、小動物のように怯え縮こまっている。その恐怖は人質にされたテレスにも伝わって来た。何しろたった今、眼前に降り立った大男の姿は、雷神そのものだったのだから。


「うちの教祖様と妹に、手ェ出してんじゃねえぞ祖倉ぁ!」


 会場に雷のような怒声がこだまする。と言ってもここ数時間、多くの人物が叫びっぱなしだったが、その男に匹敵するほど叫んだ、いや轟かせたものはいなかった。彼の怒号はもはや人間が出せる声量を超えている。強いて言えば二頭のライオンの咆哮に一番近いかも知れない。


「いやいやちょっと待ってお兄ちゃん。この状況見て敵意向けるのがまず俺なの?」

 哲夫の言葉を受け、男は一度だけ彼の背後でテレスを羽交い締めにするカールマンを見据えたが、その様子をまるで意に介すこともなく、眼前の哲夫だけに激しい敵意を向けた。


「てめぇ以外に誰がいるってんだ」

 万太郎は背後から突き出ている棒に手をかけると勢いよく引き抜いた。その先には、今まで見たこともないような巨大な剣が冷たく硬い光を放っている。彼がその大剣を振り下ろすと、ズシンという音と共に舞台の床にへこみが生まれた。タレス教団の刺客達が持つ刀剣の中で、彼の剣が最も重く、硬く、恐るべき破壊力を秘めていることは火を見るよりも明らかだった。


「勘弁してくれよ……」

 ため息を漏らす哲夫。眼前には大剣。振り返れば人質。せめてもの自衛として鞭を振るが、その勢いは先程よりも弱々しく映った。今の彼は文字通り絶体絶命。状況を打開する術はない。

 万太郎は自分の背丈の倍以上もある大剣を片手で持ち上げると、唸り声を上げて哲夫たちの方へ突進する。信じられないことに、そのスピードはフィロに勝るとも劣らなかった。


「哲夫さん! 逃げて!」

窮地に立たされた恩人を救おうとテレスは再びオルギャノンの引き金を引いた。が、先程と違って何も発射されない。絶句する少年の眼前で万太郎は哲夫の目と鼻の先までやって来ると、剣を両手に持ち替え鉄槌を下すかのように振り下ろした。


その時。突如二人の間に巨大な円が現れた。哲夫を守る盾のように立ち塞がる縦円に大剣の一撃が直撃し、ピキピキと音を立てて亀裂が走る。が、亀裂は剣の触れた箇所のみならず、円の中心から外側に向けて放射状に広がっていった。

万華鏡を思わせる美しい亀裂に思わず息を呑む一同。その直後、ガラスを突き破るような音と共に円の内側から人影が飛び出して来た。


「先生! 遅くなってすいません」

 

二人の間に割って入った謎の影。その声を耳にした途端、哲夫がほっと胸をなでおろす。

「ナイスタイミングだ、じゅん


渾身の一撃を弾き返され、その反動で後退する万太郎。彼の前には虹色の光を背に、新たな乱入者が立っていた。全身を包む黒いジャケット。背丈は万太郎と並び、肩幅も負けず劣らず逞しい。予期せぬ反撃に驚いていた万太郎だったが、相手の正体に気づいたのかニヤリと笑う。


「久しぶりだな普良ふら。少し動きが鈍くなったんじゃねぇか?」

「君こそだいぶなまってるんじゃないのかい。諸手での一撃を止められるようじゃ」

「よく言うぜ。俺の剣を真正面から受け止めきれる技なんて、お前の結界アポリアぐらいのもんだ」

「ダメ元で聞いてみるが、このまま引いてくれないか。無駄な争いは避けたい」

「そいつは出来ないな。あんたんとこの先生はうちの教祖様と妹に手を加えた。おまけにその後ろにいるガキは、ここ数日世間を騒がせているオルギャノンとやらの所有者らしい」

「オルギャノン? ほう……」


 男がテレスの方をちらりと振り向いた。その横顔は意外にも若く、筋肉隆々な肉体とは不釣り合いなほど端正な面持ちだった。

細い顎と鼻、肌触りのよさそうな金髪、ほどよく日焼けした健康的な肌。黒いジャケットにマッチした赤いサングラス。その下から見つめるブルーの瞳。


 テレスは自分の顔が赤くなるのを感じて思わず首を振った。こんな時に何を考えているのだ。今は素性も解らぬイケメンに見惚れている場合ではない。


 テレスの困惑をよそに、万太郎と向き直ったじゅんは脚を踏ん張り、両腕を顔の前で交差させた。

「なるほど、そちらも引くに引けない事情があるということか」

「そういうこった。相変わらず物分かりが良くて助かるよ。おたくの教祖様とは大違い」

 おそらく哲夫に対する皮肉だろう。万太郎が顔に似合わずふざけた瞬間、じゅんの顔がたちまち激昂の色に変わり、硬く握りしめた両手の甲から虹色の三角形が鉤爪のように鋭く突き出した。

その手で大きなバツ印を描くように空を切ると、万太郎に向かって凄まじい衝撃波が襲い来る。剣を床に突き刺し、その陰に身を潜める万太郎。直後、彼の盾となった刀身の表面がガリガリと削り取られるような金属音を放つ。しかし流石はタレス教団随一の巨大な剣。その身が砕け、持ち主に貫通するまでには至らなかった。しかし衝撃波の威力がどれほどのものであったかは、剣の周囲でえぐり取られたような傷跡を残す舞台の床が物語っていた。


「先生を馬鹿にするな」

 じゅんは静かに、しかし誰もが感じ取れるほどの沸々とした怒りを込めて万太郎を睨みつけた。対する万太郎も大剣を引っこ抜くと、背中にかついで再び阿修羅の如き気迫を滲ませる。

「これでお互い、全力で殺りあう理由ができたな」

「それぞれ師を侮辱された者同士、という意味か?」

「ご名答!」

 万太郎が再び大剣を握り、啍に向かって全速力で突撃する。対する啍も三角形をボクシンググローブのようにして身構えた。ズタボロになった舞台の上でタレス教団とソクラテス教団、二つの勢力に属する最強の戦士たちは真正面からぶつかり合った。


「先生!」

 万太郎の剣戟をいなしつつ、じゅんは振り返ることなく哲夫に語り掛けた。

「ここは私にお任せください。あの少年を、頼みます」

「分かった。死ぬなよ……なんて野暮なことは言わねぇ。全力でやってやんな!」

「命ある限り、戦いましょう」

 じゅんの誓いにサムズアップで返すと、哲夫は全ての力を振り絞ってカールマンの元へ突進した。

「かぁぁねえぇぇきぃいい!!!」

 哲夫の叫びを耳にしたカールマンはテレスを拘束していた左手を放し、その拳を握りしめた。人差し指だけをピンと伸ばすと、半円を描くように眼前までぐるりと回し、天高く突き立てる。

「……あいつ! まさか」

 哲夫の歩みが早まった。カールマンの不可思議な動き。それは追い詰められた賢人にとって最後の切り札。自らの肉体を憑代にして呼び覚ます、人知を超えた存在の召喚に他ならない。

「止せ! 金木!」


「我が身に宿れ、ダイモーン・ゴルギアス!」


 カールマンの叫びと共に、彼の人差し指に金色の光が宿るのをテレスは見た。やがてその光は塗りたくったペンキのようにカールマンの全身を包み込むと、オルギャノンの光に匹敵するような眩い輝きを放ち、会場の隅々まで明るく照らし出した。

「ハァァァアアア」

 カールマンはテレスを突き飛ばすと、両手両足を大きく広げ、舞台の上に仁王立ちになった。すると、彼の叫びに呼応するかのごとく、ボロボロになった石段に亀裂が走り地響きを立てて崩れ始めたではないか。

それだけではない。客席に散らばった金の礫、砕け散ったライオン像。その全てが宙に浮き上がり、猛スピードで彼の身体に張り付いていく。


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