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誕生

 ここはどこだろう。


 少年の視界には何もない、真っ白な空間が辺り一面に広がっていた。見渡す限り、本当に草木の一本も生えていない。微かな白いもやに包まれた不思議な空間の中、彼はただ一人、呆然と辺りを見渡していた。


「……レス、テレス」


ふと、少年の耳に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。聞いた者の心を浄化するような美しい声だ。振り返った彼の視界に映っていたのは、不思議な光景だった。眼前に白く美しい翼を広げた、巨大な“何か”が立っている。

「神……様?」

 少年はよろよろと立ち上がり、その巨大な何かに向かって手を伸ばした――だが、届かない。それに少年が近づこうとすればするほど、遠ざかっていく…………

「まって…………」


「まって!!!」


周囲の乗客たちが、何事かと声のした方を振り向いた。一瞬の沈黙。そしてざわめき。人々の目は座席の一角ではっと目を覚ました少年に釘付けとなっていた。

「あっ……」

 数分間ぼーっとしていた少年は、人々の視線に気づき我に返った。みるみるうちに顔が赤くなり、体が縮こまる。

「す、すいません。すいません……」

 訝しげな表情を浮かべる周囲の乗客たちに何度も頭を下げ、駆けつけてきた乗務員にも大丈夫ですと断りを入れた。

「はぁ……またあの夢か……」

 少年はため息を吐くと、窓の外に広がる大海原に目を移した。さんさんと照りつける太陽の下、青く美しい水平線が広がっている。少年を乗せた船はきらびやかな水面にぽつりと浮かび、一路港を目指していた。


♦♦♦


ところ変わって港町。オーシャンビューと高台の白い家に挟まれ、市場から船乗りの陽気な歌声や商人たちの元気な挨拶が聞こえてくる。

 そんな活気あふれる表通りから少し奥へ入った裏路地の一角に、ひっそりとたたずむ廃屋があった。

陰湿な雰囲気をひしひしと漂わせるあばら家。市場の人々は知る由もなかったが、その床下には秘密の階段が隠されており、暗闇の中へと脚を伸ばしていた。


恐る恐る階段を下りていくと、やがて薄明りに照らされた地下室へと到達する。そこには苔むした祭壇、奇妙な文字や絵の彫られた壁画、それらに囲まれ地面からにょっきり突き出したように立っている一メートルほどの台座で構成された、古代遺跡のような空間が広がっていた。


台座の周りにそびえ立つ四本の支柱。その根元には漆黒の衣に身を包んだ数人の男女が虚ろな目をして集まっている。彼らの背後では軍服のようなスーツに身を包んだ男たちが監視についていた。

そんな重苦しい空気の中央でポツリと立つ台座が、妙に寂しげな印象をかもし出している。


 台座の前には仮面をつけた三人組が立っていた。そのうち二人はひょろりとした長身の男で、彼らに挟まれた残る一人は小柄な老人だ。

ぜえぜえと苦しそうに息を吐きながら、脇に抱えた銀色のジュラルミンケースを台座の上に置き、鍵を外して慎重にふたを開く。


 男たちは今にも倒れ込みそうになる老人の身体を支え、専用のお立ち台と見台をセットした。老人はここで仮面とフードを脱ぎ、醜悪な老婆の顔をあらわにする。

彼女が目配せすると二人の大男は壁画の前まで駆け寄り、左右に別れると台座から見て鏡合わせのようにほぼ同じ位置に立った。三人は懐からそれぞれ一冊の書物を出すと、老婆は見台の上に、男たちは壁画にあるくぼみの中へ最初のページを開いて置いた――儀式が始まる。


 老婆は書物を、先ほど設置された見台の上に置いて朗読していた。一見するとごくありふれたスタンド式の見台だが、その根元には二本の管がつながれて前方の台座へと続いている。よく見ると管は台座と直接つながっているのではなく、老婆が苦しそうに置いたケースの中まで伸びていた。


ケースの中にはたった一丁、回転式の拳銃が二本の管と直接連結した状態で納められていた。この銃も一見するとごく普通のリボルバーにしか見えない。しかし老婆が書物に書かれた文面を読み上げるたびに、その声に呼応するかのごとく一定の間隔で青白い光を放つ。


 やがて老婆は、書物の文面を全て読み終えた。最後のページをめくって裏表紙を閉じると、力を使い果たしたのか床にばったりと倒れ込む。駆け寄る黒衣の信者たち。だが彼らと同時にそれまで遠巻きに儀式を眺めていた男たちも一斉に動いた。

懐から銃を出すと、集団を取り囲んで銃口を突きつける。突然の裏切りに戸惑う人々をあざ笑うかのように部屋の奥からリーダー格と思われるトレンチコートの男が姿を現した。咥えていた葉巻を床に吹き捨てると

「よぉ婆さんたち。色々とお手数かけて申し訳ない。あとのことはこちらでやらせてもらうよ」

 老婆に憐みの目を向けながらヘラヘラ笑った。その態度に怒った壁面の男たちが突撃するが、軍服たちの一斉射撃に為す術もなく倒れこむ。


「この裏切り者ども! 我らにこのような仕打ちをして、ただで済むと思って――」


 老婆の言葉は最後まで続かなかった。一番近い位置にいた部下が、男の目配せで彼女目がけて発砲したのだ。瞳に灯った怒りの炎が床に倒れると同時に消えていく。


男は床に転がる遺体を蹴り飛ばして台座の前まで来ると、黒の革手袋をはめ、ケースの中を覗き込んだ。ゆっくりと銃に手を伸ばし、慎重に管を取り外すと、うやうやしく取り出した。

「やったぞ……ついに、ついに完成した。諸君、この一丁の銃が、我々を勝利に導く鍵になる。無論ただの兵器ではない。この世界の真理にどこよりも早く辿り着くための、鍵なのだ!」


 男が勝ち誇ったように叫んだ瞬間、どよめく集団の中から一筋の光が伸び、握りしめていた銃にシュルンと絡みついた。直後、吸い取られるように銃は男の手を離れ、部下たちの間を縫って背後の支柱に消えた。

やがてその陰から、黒衣に身を包んだ人影が姿を現す。

「貴様! どういうつもりだ」


 何が起こったのか解らず硬直していた部下たちが男の鋭い声ではっと我に返り、銃を盗んだ人物の周りを取り囲む。相手は別段焦る様子もなくフードを降ろすと、両手をゆっくり上げた。右手にはたった今奪い取った銃が収まり、左手には何やら白く輝く細長い物体が握られている。

二つの手の間には不敵な笑みを浮かべ周囲を見渡す、意外なほどに若々しい青年の顔。

「お、お前は……!」


「ごきげんよう、オルフェウス教にパルメニデス教団の諸君。せっかく苦労して作り出してくれたとこ悪いが、このオルギャノンは俺が頂いていくぜ」


「そいつを逃がすな!」

 青年は左手を大きく振り上げると、銃を奪った時と同じように長く白い光の矛先を襲い来る敵に向けた。その瞬間、空気が裂ける音と共に男たちが次々倒れていく。何が起こったのか解らず恐れおののく人々。

青年はそんな彼らを尻目に光の筋を支柱の頂上に結びつけると、尋常ならざるスピードでよじ登り始めた。銃を持った男たちを瞬く間に倒した謎の得物。その正体が白く輝く鞭であると人々が理解した頃、青年は既に天井すれすれまで到達していた。


「降りてこい盗人!」

 男の怒声と共に、残っていた部下たちの銃が音を立てる。しかし青年は気にも留めず、ただしげしげと盗み出した銃を見つめている。

「これが世界の真理を解く鍵ですか。思ってたより妙な形してんなぁ……」


((……違う。あなたじゃない))


「え?」

「貴様が今手にしているものにどれだけの価値があるか、解っているのか。聞いているのかっ! 祖倉そくら哲夫てつお!」

 青年はふと足元で響く男の怒声に気づき、下を見降ろした。

「もちろん解ってるさ。でなきゃこんな暑苦しい格好して忍び込むわけないじゃん」

 真下で歯軋りする男をからかうように黒い衣の袖をひらひらと振る。

「今すぐそれをこっちに渡せ。そうすれば、命だけは助けてやる」

「やなこった。教祖様によろしく」

青年はローブを脱ぐと眼下で喚く男に向かって投げ捨てた。突如降ってきた黒衣に敵が気を取られている隙に銃を懐にしまい込むと、何やら天井をゴソゴソと動かす。

「くそ、くそったれ!」

 頭にかかったローブを躍起になって脱ぎ捨てる男。再び天井を仰ぎ見ようとしたその時。


「どわぁ!?」


 男の立つ場所目がけて、人間一人分はあろうかという石の塊が降ってきた。

間一髪で飛び退き、憎しみに満ちた眼差しを天井に向ける。しかし青年の姿はもうどこにもなかった。

「これで勝ったと思うなよ。最後にオルギャノンを手にするのは我々だ!」


 男の声が地下神殿に虚しく響き渡っていた頃。青年は石の塊が収まっていた穴をすり抜け、裏通りの真ん中にすっぽりと頭を出していた。

「よっこらせと。これからどうすっかな」

 青年は再び銃を取り出すと、困ったような視線を向けた。

「お前さんはどうしたい? ……そうか」

 青年はしばらくの間、銃を見つめていたが、やがて懐にしまい込むと買い物客でにぎわう市場の中に姿を消した。


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