草原での戦闘訓練
草原の中を群れからはぐれた額に二本の角のある草食獣が走っている。
前方には、シーラッカが待ち構えていた。イリヤとガウンテは危険を回避するために浮遊している。
シーラッカは、大き目の派手な色の布を盛んに振り回している。
草食獣は、群れから取り残されて、苛立っていたのだろうか、それとも、挑発が効いたのか、シーラッカめがけて一直線に走って来た。頭を下げ、鋭い角を前面に押し出して疾走する草食獣。イリヤは、俯瞰で草食獣をとらえて、浮いている自分たちと対象物を頭の中で合成させた。
「レッグタイアード」
草食獣は急に足に疲労感を感じて、その場に座るようにうずくまった。シーラッカは草食獣に近づくとそのボディを指ではじいた。それだけで、草食獣はあおむけにひっくり返って、動かなくなった。
「イリヤの魔法のお陰だよ。ありがとう」シーラッカが礼をいう。
「魔法が効かなかった時の対処法も考えなきゃね」イリヤが踏み込んだ分析を語った。
「イリヤも戦況分析ができるようになったな」ガウンテが珍しく彼女を褒めた。
今回の狩りが上手くいったのも、イリヤが的確な魔法を使ったためであり、魔法選択が間違っていたり、効果がなかった場合、シーラッカの危険度が増す。そのためにイリヤも好きな魔法に偏った選択はできなくなった。
「畑の作物を荒らす害獣を退治しました」イリヤが覚えた記憶と照らし合わせて暗唱する。
「問題は複数いた場合だな」ガウンテは戦闘上の改善点を指摘した。
「睡眠系の魔法でまとめて眠らせて、シーラッカに木の枝か草鞭で攻撃してもらうわ」
「集団で来る可能性は低いし、群れで来たら一旦は物陰に隠れて回避するよ」
「そうよね。主目的はアーターキー山のサルたちだから」
ガウンテは目をつむってしばらく考えた後に口を開いた。
「まれに二十頭ぐらいの集団で動く場合もある。全部倒せば報酬もでかいが」
「だとすると、こちらも頭数が必要よね」
「今、ミーヒムさんに交渉を持ちかけている」
「ミーヒムさんってあの時工房に来た女性?」
「彼女は飛び道具が得意で、貴重な戦力になると思う」
「ただコミュニケーションは大丈夫かしら」イリヤがちょっと皮肉っぽくガウンテをいじった。
「大丈夫だ。彼女はお得意さんだ」ガウンテは、ミーヒムの前に出るとかなり緊張することを自覚しているのかいないのか。
今回の戦闘訓練は、アーターキー山へ行く道中で、害獣に出くわした場合の対処法が主目的である。
アーターキー山へは、草原を越え、川を渡らなくてはいけない。サルたちは、山の中に潜んでいて、たまに人里に降りてきて、光るものや金品をかすめ取って山へ戻って行く。
「問題は河だな」シーラッカが不安そうな表情で語る。
「パツングマ湿地帯とは生態系も違うわね」
「舟は貸しボートを使うが、川の害獣は基本無視で行こうと思う」
ガウンテの考えに、二人はびっくりした。
「ワニを倒したら凄い賞金が出るじゃないのさ」
「ワニを倒すのは一苦労だけど、やってやれないわけじゃない」シーラッカもやる気を見せた。
「今の所見た上では、二人とも水上戦は苦手の様だし、相手は水中なら無敵のワニだ。浮遊魔法を使えば何とかなると思っていたが。現時点では無理だ」
「ミーヒムさんを入れても無理なの」
「ボートの上だと安定性に欠ける。船上では大人しくしていた方がリスクが少ない」
あくまで、ガウンテは、川の敵は回避する方針らしい。
「ワニってそんなに強いのかしら」
「水中では無敵で、小柄の肉食獣ならやられてしまうぞ。ワニが獲物をくわえて回転するのを見たことがないのか」ガウンテが強調する。
「あーあ、何のために浮遊魔法を覚えたのかしら」残念そうにイリヤがため息をついた。
「別の場面で役に立つときがきっと来ると思う」シーラッカがイリヤをなだめている。
「そうだ!川クラゲなら倒せるよね」
「さわっただけで手が痛くなるから僕はパス。賞金も低いし」
「水中の生物はまだ生態が不明な物が多い。だから今回は深入りはやめよう」
「浮遊魔法を覚えろとおっしゃられたのは誰だったかな」イリヤはしつこく食いついた。
「実力に合わせて、戦術を変えることも冒険には必要なんだ」ガウンテは力説した。
草原からの帰り道、けもの道を歩きながら帰路に就く途中。蛇が三人の前を横切った。
見た目も茶色と灰色が混ざった地味な色をしている。
「この蛇は、ネズミを食するから益獣かな」シーラッカは懸命に、ノートの内容を思い出そうとしている。
「でも害虫を捕食するカエルも食べるのよね」イリヤが反論した。
「そう、この場合判定は、現時点では益獣でも害獣でもない」ガウンテが正解を説いた。
「頭がストレートで張り出していない。だから無毒の蛇だね」
「毒蛇なら即害獣扱いなんだけどなー。難しいのね」
「毒ガエルは益獣だったな。もう一度生物図鑑のまとめをおさらいしておくように」
「「はいはい」」
三人は工房への道を急いで行った。風にそよぐ背の高い雑草が三人においでおいでをしているように動いていた。