立ち直ろう二人で
次の日も、また次の日も、イリヤは工房に来なかった。
天気は晴れていて、風もなく、ガウンテはイリヤが病気ではないかと気にしだした。
「二日も来ないとなると心配だな。流行り病にかかったのかもしれない」
いくらイリヤが魔法に長けていたとしても、病気を治すのは医師でなければできなかった。
魔法で治療可能なのは疲労回復と、傷の治療、毒の無効化ぐらいのものである。
「僕、様子を見てくるよ」シーラッカはガウンテに告げると、工房から出て、イリヤの住む集合住宅へ向かっていった。路地裏を歩くと、途中から折れて枯れた雑草が目についた。イリヤが魔法で当たった草花だった。石畳も所々欠けていたり、最近は言ったようなヒビが目立つ。あの日、随分荒れていたのが目に浮かぶ。「ずいぶん傷ついていたんだ」シーラッカは壊れた石畳や、塀を見てつぶやいた。
集合住宅の一室をノックしてみたが返事がない。近くに住む大家さんに訳を話して、合いかぎで開けてもらった。薄暗い中、顔を真っ赤にしたイリヤが、酒臭い息を吐きながら出てきた。
「イリヤ、大丈夫かい」シーラッカが心配そうに尋ねた。
「あまり大丈夫じゃないわ」ちょっとイラっとしたように返事するイリヤ。
「とりあえず横になったら」相手を落ち着かせるために、寝てもらうことにした。
イリヤは寝床へもぐりこんだ。
「ガウンテが心配していたよ」今日あったことを説明する。
「嘘でしょ」
「嘘じゃないよ」
しばらくするとイリヤは、寝息をたて始めた。かすかな吐息が規則正しく時を刻む。
シーラッカは、イリヤの寝顔を見つめている。やがて思い出したかのように、手首に親指をそえて、脈拍を測った。心臓からの鼓動を、早くもなく遅くもなく、平常の速さで手首に伝えていた。シーラッカはおでこに手を当ててみる。特に熱はないようである。
「ううーん」おでこを触られたせいで、イリヤが目を覚ました。
「ちょっと飲みすぎたみたいね」
「そんなに気に障ったの」
「痛いところ突かれたかなと思って、後は自己嫌悪」
「まあ、ガウンテはズケズケいいすぎだよね」
「年上だから仕方ないけど、いい方ってものがあるでしょう」
勢いよく発言した後、イリヤは軽く咳込んだ。静かな室内に、乾いた咳がこだまする。
「風邪でも引いたの?」
「つばが気管に入っただけ」
「そうか、良かった」
しばらく沈黙が続いた後に、イリヤが口を開いた。
「ねえ、あたしたちが出会ったころまだ覚えている」イリヤが昔話を持ち出してきた。
「うん。イリヤが魔法を使える前だったよね」
「あの時は、野良犬に絡まれていて、震えてどうすることもできなかった」
「僕も何も持っていなくて、拾った木の枝で立ち向かった」
「シーラッカの攻撃で、野良犬があり得ない痛さでひっくりかえったの」
「あれには僕もびっくりした」
「その後、シーラッカが高々と宣言したよね『イリヤは僕が生涯守る!』って」
「恥ずかしいな」顔が真っ赤になった。
「でもシーラッカは、ミニマム攻撃のせいで接近戦が多くて」
「そのころやっとイリヤの魔法能力が発動したんだ」
「あたしも遅咲きだったけど、以降ものすごい速さで成長して巻き返した」
「僕たちはお互いを守るために成長し続けたんだ」
イリヤの目から一滴の涙が流れた。
「ごめんね。すぐにへそを曲げる性格で」
「そんなことないよ。イリヤは頑張り屋さんだよ」
「ありがとう。明日は、ガウンテの工房へ行くわ」
「待ってるよ」
二人は固い握手を交わした。イリヤの心から不平不満は消えていた。
明るい太陽の光が、カーテン越しからイリヤの部屋を照らし始めていた。