戦闘訓練(ただし沼じゃなくて森)
両生類は気持ち悪いという理由で、シーラッカたちは訓練先を変更させられた。イリヤのわがままのせいだ。シーラッカとイリヤとガウンテは、ラハトバッサの町の東北にある、テリヤカルロの森の中へと入っていった。広葉樹が生い茂り、日の光を隠している。枝の影が交錯して、地面がまだらに見える。落ち葉の中に倒木や切り株などが入り混じり、非常に歩きづらい。樹木の葉の匂いが、爽快な気分にさせてくれるのが唯一の救いだ。木の枝を小鳥たちが飛び交い。静かなセミの鳴き声も聞こえる。ただの森林浴ならよかったのだが、今回は狩りの実地訓練になる。
「沼地もしんどかったけど、ここも落ち葉や枯れ枝だらけで相当な物ね」
「沼地は嫌だといったのはイリヤだろ」
「視覚的には、我々に不利だから音に注目するしかない。私語を慎め」とガウンテが警告する。
チチチと鳴き声がして、子犬サイズのリスが駆け下りてきた。
見てくれは可愛いが、木を荒らす害獣で、役所でも駆除対象とされており、かなりの賞金が見込める。ただし素早さが並外れていて、中々攻撃が当たらない。
「リングサラウンド」木の棒を片手にイリヤが魔法を叫ぶ。黄金色のベルの形をした浮遊物が、リスの耳にくっついた。リスは動きを止め、うずくまり始めた。今頃耳の中では鼓膜が破れんばかりに鳴り響いているのだろう。
「さすがだねイリヤ。後はミニマムで」シーラッカは軽い気持ちで、小石をつまんでリスめがけて投げた。
その行為をあざ笑うかのように、別のリスが現れて、木のヘラのようなもので小石を打ち返した。小石は、シーラッカの髪の毛をかすめて飛んでいった。
「しまった。当たり所が悪ければ致命傷だった」
チチチという鳴き声が木々の間からこだまする。どうやら仲間のピンチにたくさんの助っ人が現れたらしい。
「まだまだ来るぞ。イリヤ足止めを頼む」ガウンテが叫ぶ。
「ちょっと次から次へ来すぎじゃないの!」初めての状況にイリヤが驚いてドギマギしている。
「急いでイリヤ!迷ってる暇はない」シーラッカが祈るようにイリヤを見つめる。
リスたちは、あちらこちらの巨木から駆け下りて、シーラッカたちを取り囲んだ。その数はざっと数えて十匹ぐらい。
「フォールストーンズ」イリヤは木の棒でリスのいるあたりをなぎ払うと、魔法名を叫ぶ。
イリヤの魔法で、リスたちの頭上に、石つぶてを落とした。奴らは慌てて逃げだして、半分以上いなくなった。
「集団で来るから気が弱いんだろうな」シーラッカが逃げ出したリスを見てつぶやく。
「だが、追い詰めると鋭い歯でかじりに来るから注意な」ガウンテがムチで三匹しばいてから続けた。
「地形に合わせて、害獣がどんな出方をするか覚えなきゃ」イリヤが珍しく真剣な表情で語った。
弱った三匹のリスは、シーラッカが木の枝で薙ぎ払うという、ミニマム攻撃で仕留めた。
三人は、三匹のリスを袋に詰めて、役所まで持っていった。担当者が袋の中身を確かめて、相応の賞金を三人に与えた。三人はお金よりも貴重な経験を得た。森の中の戦闘は、敵を目視しづらく、音や匂いが重要となる。
「あーやっぱり、初心者は沼で練習するしかないかもね」いつものカフェでイリヤがテーブルに頭をのせて疲れ切ったように吐露した。
「森の入口だったからあの程度で済んだが。奥にはもっと手ごわい獣がいる。木の上を飛び歩く肉食獣やクマとかな」ガウンテが森の中の敵の知識を語る。
「くかーくかー」シーラッカは眠りこけている。イリヤは何食わぬ顔でストローから水滴をシーラッカの耳の穴に垂らす。
「うわっお!い、今水の中に!」シーラッカは夢を見ていたようだ。
「シーラッカのミニマム攻撃はさっきのように返されたらどうなるんだ」ガウンテが尋ねた。
「おんなじダメージがこっちに来るよ」先ほどの悪夢を振り払うように、頭を振りつつ答えた。
よくみると、かすった部分の毛が抜けていた。
「あのリスは、道具を使う。アーターキーのサルと一緒だ」というとガウンテは腕組みをして何かを考えていた。
「前途多難ね」イリヤはため息をついた。
「サルは森の中にいるから、難易度は高いぞ」ガウンテがダメ出しをする。
カフェを後にして、ガウンテは工房へ、イリヤは自宅へ、シーラッカは集合住宅へと歩みを進めていった。夕日が地平へと傾き、行き詰った青年たちの背中を照らしていた。
「森の中の戦闘はきびしい。もっと知識を得なきゃ」シーラッカは迫りくる未来に対して、何らかの策を考えなくてはならないと感じていた。
「出現する害獣の生態に合わせた魔法を選ばなきゃね」魔法だけには自信のあるイリヤだったが、気弱になっていた。魔法を効果的に使う方法を学ばなきゃならないと思い始めていた。
「あの二人の良さをどうやって引き出すかだ」薄暗くなった夜空を見つめながら、ガウンテは次なる一手を思案している。深淵なる闇が、雑念を振り払うように訪れて、ガウンテの思考能力を一層深めるように誘うのだった。