ワニ狩り
ガウンテを先頭に、一行は三日月湖の近くへと急ぐ。葦が生い茂る中、手でかき分け足で踏みつけながら前に進む。身長が低いシーラッカやイリヤには、行く手を阻む草が顔に当たって痛い。荷物は貸しボート屋に預かってもらったので、身は軽い。ただし、最小の装備なので、外すと後がない。シーラッカは、弓矢の入った筒を固く握りしめていた。
葦原は続く、シーラッカは戯れに葦の茎を数本折って矢筒に入れておく。フーガは慣れてきたのか、遅れることが少なくなった。運動不足のイリヤは少し遅れて歩いている。ガウンテは後ろを振り返りながら、パーティ全体に遅れはないか、注意を向けつつ進んでいく。
川の一部の流れが分岐して、三日月上に水がよどんだ場所、その入り口が見つかる。川砂に覆われた先に水が薄く張っていて、浅瀬の奥の方に身体を半分陽に当てた状態で、ワニが数匹寝そべっている。距離的には岸辺から遠く、やはり、浮遊魔法でなければ近づけない位置だった。
イリヤは地面に腰を下ろすと、飛行する床をイメージする。隣に座るのはシーラッカ一人。ガウンテは、岸から二人を見守り指図するようだ。ピンチになったら、吹き矢で応戦する予定の様だ。フーガも、投げ縄を準備して、待ち受けている。イリヤの足元が、真珠貝の裏側のように光り輝いてきた。その光はシーラッカを取り込んで、スペースを広げ、少しずつ浮き始める。
光り輝く床は、ゆっくりと向きを変えて、ワニが居座る浅瀬の付近まで飛んできた。そのまま浮遊状態をキープして、イリヤはアローチェイサーの準備に入る。脳内で、浮遊状態をとどめたまま、矢の動きを操作する。シーラッカは弓を引き絞って矢を放つ。矢はワニから遠く離れて水に落ちた。
「次、頑張りなよ」
「うん。頑張る」
お互い励まし合って、二度目のチャレンジ、シーラッカの手が弦をしぼる。イリヤは矢を操作しようとして、そちらのイメージを優先したが、二重の操作は難しいのだろう。矢はまたしてもあさっての方向に落ちた。
「しっかり、落ち着いて」
「なかなか難しいわ」
三打目、四打目、失敗が続く。五打目でコントロールが上手く行きかけたと思ったら、浮遊した足元近くに、ひびが現れた。亀裂がイリヤを慌てさせ、矢は惜しい所で外れていった。
「大丈夫だから、ゆっくり焦らないで」
「大丈夫じゃないわ。急がないと」
イリヤは、浮遊した面に亀裂が入ったことを気にしているようだ。気の焦りが、集中力を失わせて上手く行かない。残った矢は一本だけになった。
「イリヤ、池に落ちたらミニマム攻撃で周囲のワニを倒すから、集中して」
「シーラッカ、ありがとう」
イリヤは、意識を矢に注ぎ込んだ。シーラッカが放った矢は、弧を描いて、近くにいたワニの背中にぶつかった。直後、浮遊魔法の床が消えて、二人が落ちる。
イリヤは水の中に落ち、シーラッカは別のワニの上に落ちる。服が水を吸って、動きが遅くなるイリヤ。
フーガが綱を投げて、イリヤは必死に捕まった。シーラッカはワニの背に乗り、持っていた矢筒で軽く叩くと、ワニが大人しくなった。先ほど倒したワニの上をこっそりと渡って、水に入り、イリヤの背中を押した。別のワニが、仲間をまたいでゆっくりとシーラッカたちを追う。岸辺からガウンテが吹き矢で一匹を迎撃した。吹き矢の刺さったワニはまだ動いている。
シーラッカはイリヤを岸に押し上げると、こちらに向かうワニに対して、さきほど手に入れた葦の茎を片手に、待ち構える。迫りくるワニ、その鼻の穴に茎を入れると左右に動かした。
ミニマムが発動して、ワニはひるんだまま、動かなくなった。シーラッカは一番近くのワニに朱筆を入れた。
「ありがとう。シーラッカ、助けてくれて」
ずぶ濡れのまま、イリヤはシーラッカに抱きついた。濡れた服の上からイリヤの体温がシーラッカに伝わる。シーラッカは少し恥ずかしくなり、頬を赤らめていた。
「イリヤが無事で安心したよ」
シーラッカはイリヤを強く抱きしめる。その力強さは、イリヤに安息を与え、消費した魔力が少し回復した。
「イリヤのアイディアが役に立ったよ。ありがとう」シーラッカは、こより作戦を覚えていてくれたのだ。イリヤの眼からしずくがこぼれ落ちた。
「念のため、映像をカイナーダリの役場に送ってくれ」
ガウンテは、朱筆の塗料の、のりが悪くないか心配して、イリヤに魔法での送信を依頼した。
「三匹だとちょっと多めで心配ですね」フーガは乱獲に当たらないかと悩んでいた。
イリヤはワニの尻尾の裏側に書かれたシーラッカのサインと動かなくなったワニ、三匹をまとめて映像化すると、カイナーダリの町の役所に魔法で送り届ける。
風邪をひいてはまずいので、急いで元来た道を引き返すと、貸しボート屋にお願いして暖を取らせてもらった。
「害獣であるワニの報酬はでかいから、カイナーダリではいい宿に泊まれそうだ」とほくほく顔で語るガウンテだった。
しかし、現時点では金銭的に余裕がないので、借りた衣服代はツケにしてもらった。




