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11/25

それぞれの夜

 シーラッカは自宅に戻った。木でできた一般的な住宅だった。ドアを開けると母のターニャがスゥプを温めている所だった。二階の書斎から、父のケントが階段をきしませながら降りてきた。三人の晩餐が始まる。


「狩人にはなれそうか」ケントがシーラッカにそれとなく訊いた。

「こんどの旅行がすんだら、めどがつくと思うよ」シーラッカは口の中の芋を飲み込んでから返答する。

「何も危険なことを仕事にしなくてもねえ」ターニャがシーラッカの身を案じて小言をいった。

「大丈夫だよ母さん。イリヤもついてるし、ガウンテさんってすごい指揮官もいるから」

「確かにイリヤさんの魔法は凄いっていうけど、あの子好きな魔法しか使わないんじゃないかしら」

「そこはガウンテさんの指導の下、矯正されているよ」

しばらくの沈黙が食卓を支配する。やがて父が、念を押すかのように口を開いた。

「くれぐれも危ないことはするなよ」

「わかったよ父さん」


 食事が終わるとシーラッカは自分の部屋に入り、旅支度を始めた。今回の狩りで使う予定のミニマムな武器を用意し始めた。その他、常備薬や防具を準備し、一通りチェックを終えると、ベッドにもぐりこんだ。


 


 イリヤは、友達のフーガを招き入れ、簡単な自炊をすると、テーブルに料理を並べ、同時に酒の瓶を取り出して、チビリチビリと飲み始めた。草食獣の肉をワインで蒸したものや、青菜を匂いのきつい球根で炒めたものをパクつきながら、蒸留酒を流し込む。


 フーガは、マロン色の髪に角ばった輪郭を持つ女性で、大きなフレームのメガネをかけている。ライトブラウンのジト目だが、レンズの都合でそう見えるのかもしれない。飲むペースはイリヤよりも早いが、あまり酔っている風には見えない。むしろ飲むほどに落ち着きを増しているようにも見える。


「補助魔法は、このイリヤ様にまかせとけってんだ!」

「そうよね。イリヤの未来に乾杯!」

彼女は、イリヤの上の階に住む娘で、普段は病人の看護をしている。なので薬品の知識があり、イリヤも一目置いている存在だった。


「じゃあ、代表的な医薬品を置いとくからね」

「ありがとうね。お礼は体で払うわ」イリヤは大分酔っているようだ。

「いいのよ気持ちだけで」フーガはまったく酔っていない。赤くすらなっていないのだ。


 旅支度は、だいぶ前に済ませていた。イリヤの好きなお茶やドライフルーツを刻んだものを幾つもの瓶に詰め込んでコルクで蓋をした。食事を中断して、荷物の中身を確認すると、また酒盛りを再開した。魔法で目覚ましをイメージして、所定の時刻にセットしておいた。


「付き合ってくれてあんがと」イリヤは礼をいうと、寝息を立て始めた。

「旅の無事を祈っているわ」フーガはメガネのつるをひょいと上げると、自室に戻った。


 

 

 ガウンテは工房で、武器の制作に集中していた。手元のレバーを操作することで、相手に「つねる」攻撃を与える武器を、やっとのことで完成した。「問題は耐久性だな」とつぶやくと完成した武器を荷物の中にしまい込んだ。


 ガウンテの頭の中では、旅行中に起こりえることをシミュレートしていた。ガウンテはイリヤの魔法選択や、気ままな行動が心配だった。「シーラッカはいいつけを守る。それを自由に解釈してしまうのが彼女の問題点だ」ガウンテは唸りながら目を閉じた。


 


 リダ・ミーヒムは、動物の乳でできた風呂につかり、特性のオイルが入った洗髪剤で、じっくりと頭を洗い。吸水性の高い布で、全身を拭いて水気をきった。今日はゆっくりと美容に気を使い。明日の早朝に準備をするのだろう。彼女はいつだって自信満々で、不安という物を感じたことは一度もなかった。

「ガウンテは、何故わたしに会うといつも緊張しているのかしら」ちょっとした疑問が脳裏をよぎったが、すぐに気持ちを切り替えて、眠ることにした。


 ラハトバッサの町では強風もやみ、雲間からは月が地上を白い光で照らしていた。旅は何が起こるかわからない。天候が回復した事だけが彼らにとって救いだった。



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