旅の計画
工房の前では南国の巨木が風にあおられて、旗竿を横にした様な葉を、風になびかせていた。午後から風が強くなって来たらしい。入口の門が、強風でバタバタと音を立てている。
「アーターキー山へ行くには、ラハトバッサから、サードフーチ草原を横切り、マフトヤナレ川を越えた先にあるカイナーダリの町の奥にある山に登らねばならない」ガウンテは壁に立てかけたボードに大雑把な図を描いて説明をしている。
「おそらくふもとから少し上った先にサルたちの楽園であるアーターキー山があると思われる」とここまで説明したところで、イリヤが遮った。
「ミーヒムさんはいつごろいらっしゃるのかな?」
「そ、それは今交渉中だ」意表を突く質問にガウンテはつっかえながら答えた。
「アーターキー山のサルを操ってるのは人間だって噂があるけど本当かな?」今度はシーラッカが質問する。
「そういう噂があるようだが、真偽のほどは俺も知らない」
その後、ボードを棒で叩いて皆の注意を向けさせた。
「食料は、こちらでできる限り用意するが、足りなくなればハンティングしたり、現地で調達したり、近くの村で補給する」
「固いパンは嫌よ」とイリヤが、わがままをいいだした。
「そこはお互いがまんしないと」シーラッカがたしなめる。
その時、入り口のドアがガチャガチャと音を立てた。どうやら強風で開きづらくなっているようだ。
「はーい。いまお開け致します」ガウンテは足早にドアに駆け寄って両手で開けた。
「こんにちは。この間の話ですがお受けいたしますわ」白い衣装に身を包んだ目覚めるような金色の髪のリダ・ミーヒムがそこにいた。風のせいで、自慢の金髪は乱れていたが、それでも一般人にはない美しさを感じさせる。
「わ、私の申し出を、う、受けていただいて光栄です」
「アーターキー山のサルの蛮行は前々から気になっていましたの」ミーヒムはゆったりとした足取りで、シーラッカの隣に座った。
シーラッカは初めて間近で、ミーヒムを見た。絹糸のような繊細な金色の髪の毛に、透き通った白い肌。こぼれ落ちそうな長いまつげに彩られたコバルトブルーの瞳。吸い寄せられるように見つめていると、イリヤに耳を引っ張られた。
「痛っ。何するんだ」
「ガウンテが見てるわよ」
慌ててガウンテの方を見ると、シーラッカを睨んでいる二つの目が合ったので、あわてて目をそらした。
「み、ミーヒムさんには後で、べ、別室で概要について説明します」とカチコチになりながらもなんとか、いい切った。
「あら、ここで並んで話を聞くのも悪くないわ。学校時代に戻ったみたいでうふふ」
その後のガウンテは、歯車のイカれた時計のように動きがぎこちなくなり、口頭での説明は取りやめて、手書きのビラを送付することで終わらせた。
「では、お手紙を楽しみにしていますわ。ごきげんよう」
「あ、ありがとうございます。またのご訪問を、お、お待ちしております」
「通訳が必要よね」イリヤは、ガチガチになったガウンテを見ながら言った。
「でも、あの美しさを見ていたら、ガウンテが緊張する気持ちもわかるなあ」
その直後、シーラッカは鼻の穴にこよりを束で入れられる運命に陥るのであるが、それを知っているのはイリヤだけだった。
「もう、これからは他の女性に色目を使わないでね」
「ヘックション。承知しました。ヘックション」
「あーあ、先が思いやられるわ」
強風はまだ続き、シーラッカとイリヤは、飛ばされないように肩を寄せ合って、帰り道を急いでいた。シーラッカは父母のいる自宅へと向かい、イリヤは集合住宅へしっかりとした足取りで帰宅していった。
道に落ちているゴミや、壁に貼られているポスターの切れ端を飛ばすほどの強風が、彼らの旅の未来を暗示しているかのようであった。




