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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
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第59話 『大人と教師の責任と結果論』

「それじゃあ、僕らもこれで」

「吉田、しっかりしろよ」

「ああ、わかってるよ……あのさ、シュウ」

「謝ったら、ぶん殴る」

「……ありがとう」


 鷹宮さんが帰ったあと、瀬川さんと吉田くんも帰った。

 当然、皆学校に戻る素振りはなく、それぞれ自宅へと帰宅するようだ。

 シュウはその場に残り、ぼんやりとしてベンチに座っている。

 きっとこの後、早乙女先生に説明しに行くのだろう。

 私も彼についていくことにする。独りになるのが、怖かった。


「泣かないのか?」


 不意に、そんなことを尋ねられて、思ったことをそのまま答える。


「泣いても、どうにもならないでしょ?」


 だから泣かない。

 泣こうが喚こうが、どうにもならないことはこの世にごまんとある。

 私はそのことを幼い時から知っていた。

 周囲の同じ年の子供達が母親に抱かれているのを見て、どれだけ悲しくても、私には母がいなかった。

 その度に父に隠れて泣いていたが、どれだけ会いたくとも、母は帰って来なかった。

 今回もそれと同様で、泣いてもどうにもならない。

 晴れ渡った青空を仰ぎ、シュウの隣でただひたすら、耐える。

 

 すると、おもむろに彼はベンチから立ち上がり。


「トイレに行ってくる」


 そう告げて、公園のトイレに向かった。

 その大きな背中が、見えなくなった途端に、夕立が降り始める。

 顔を濡らす大粒の雨はしょっぱくて、切なかった。


 それでも、雨に打たれることで、少しは冷静になることが出来た。

 私が落ち着いたのをまるで見ていたかのように、シュウは戻って来て、大きな手のひらを差し出して促す。


「んじゃあ、行くか」

「……うん」


 彼の優しさに感謝しつつ、赤く染まった夕暮れの中、学校へと戻り顛末を担任に説明。


「そうか……わかった。報告、ご苦労だったな」


 早乙女先生は特に驚くことなく、淡々と相づちを打って、理解した様子。

 細かいことを聞き出すこともぜずに、話し終えた我々に、ご苦労と言って帰宅を促した。

 そんな先生に、私は尋ねる。


「怒らないんですか?」

「なんで怒る必要がある?」

「だって、自分の生徒が問題を起こしたんですよ?」


 至極真っ当なことを言ったと思う。

 しかし先生は、それを真っ向から否定した。


「瀬川が望まぬ妊娠をしたってならともかく、そうじゃないならあたしは今回の件を問題にするつもりはねーよ」


 そう前置きをしてから、真意を語る。


「それに、瀬川の妊娠が間違いだったのかどうかは、今はまだ判断できないだろ?」


 我々よりも年を重ねている早乙女茜は、目先のことに囚われずに、もっと先を見据えていた。


「高校時代ってのは、一度きりだからな。やらずに後悔するよりはマシだと思うし、将来この出来事をあいつらが後悔するとはあたしには思えない。あいつらはあたしの生徒だからな。きっと幸せになると信じてるし、もしそうなれたら今回の一件はめでたいことだとも言える」


 めでたいと言う菊花姫の言葉が担任としての信頼なのか、無責任なものなのか判断出来ず、試す。


「それが大人の言うことですか?」

「無責任だと思うか?」

「そのようにも聞こえます」

「そうだな。神崎の言うとおり、大人ってのは案外無責任なものかも知れねぇな」


 私の疑念を肯定してから、先生はただしと付け加える。


「それでも、大人には立場ってもんがある。わかるか?」

「ええ、なんとなく……」

「あたしはあいつらの担任だから、自分の生徒は守らないといけない」

「誰から守るのですか?」

「別な大人達からに決まってんだろ」

「別な大人達……?」

「たとえば、他の教師だったり、あとはあいつらの父兄も敵になる。その上、あたしまで敵に回ったら、瀬川たちに勝ち目がなくなるだろう? そんな不憫な状況に、生徒を陥らせて堪るかよ」


 だから無責任と言われても、教え子の判断を尊重すると、先生は説明した。

 その言葉と、そして何より強い意志の宿った視線を受けて、私は納得して頭を下げる。


「瀬川さんを、よろしくお願いします」

「吉田のことも、頼む」

「ふんっ……あたしを誰だと思ってやがる」


 私は瀬川さんを、そしてシュウが吉田くんのことを、先生に託した。

 それを受けて、早乙女茜は頼もしい笑みと共にドンッ!と大きな胸を叩いて。


「この菊花姫様に、どーんと任せとけ!」


 と、大船感を出していたのだが、現実はなかなか厳しかった。

 事情を説明する為に瀬川さん宅を訪れた吉田くんと早乙女先生は、困難に直面する。

 自分の娘が妊娠したという事実に、瀬川さんの父親が激怒したのだ。

 人の親ならば当然の反応で、もちろん先生は対処方法を用意していると思ったのだが。


「だぁーもう! うだうだ言ってんじゃねーよ! 高校生にもなりゃ、親に隠れて好きな男とパコってるに決まってんだろ!?」


 などと、めちゃくちゃなことを言って、生徒の保護者の胸ぐらを掴み。


「いつまでも子供が子供のままだと思ってんな! この分からず屋がぁ!!」


 そんな捨て台詞を吐いて、状況を悪化させた。

 瀬川さんの母親は娘の選択を尊重する立場だったらしいが、父親の怒りは収まらない。

 学校に乗り込み、校長に直接抗議して、早乙女先生は左遷されることに。


 しかし、それは先生の狙いだったらしく、自らに怒りを向けさせて、吉田くんへの風当たりを弱めた。


 話し合える状況に持ち込み、今後における建設的な協議を重ねて、折り合いがついた。


 瀬川さんの父親が出した条件は、将棋のタイトルを獲得すること。

 吉田くんはその条件を飲み、高校を中退して本業に専念することを選択。

 まだ高校生ということもあり、それを職業として捉えることが出来なかった彼に、火が点いた。


 瞬く間に勝ち進み、タイトルのひとつである竜王位を奪取し、約束を果たす。

 カードゲームにおいても、そして将棋の世界においても『竜王』となった彼は、瀬川さんと結ばれた。

 それに伴って獲得した莫大な賞金で経済的にも社会的にも立派な亭主となって、幸せな家庭を築いた。

 結果論ではあるが、早乙女先生の言葉の通り、瀬川さんの妊娠は間違いとはならず、吉田くんは自らの責任をキチンと取ったのだった。

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