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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
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第57話 『楽しい日々の終わり』

 全ての物事に始まりがあるように、必ず終わりは訪れる。

 そしてそれは往々にして、突然やってくるものだ。

 もちろん、私の物語においても、例外ではない。


 この夏休みで、私はシュウと関係を深めた。

 互いの家を行き来したことで自分と相手の素性もわかった。

 私に母親が居ないこともシュウには伝わったし、彼にも父親が居ないことがわかった。

 私は外に出かける際に母親が置いていったブランド物のバッグを愛用していて、シュウは父親が残した重厚な時計を身に付けていた。

 失踪した理由を尋ねたりはせずに、どこにでもある話だと互いに納得し合う。

 たしかに、親が片方欠けていることで寂しさを感じることもあるが、今はシュウが居てくれる。

 彼も私のことをそのように思っていてくれているらしく、互いに支え合う関係となった。


 とはいえ、問題もあった。

 私はわりとすんなりシュウの母親から気に入られたのだが、父は違った。

 知らぬ間に出入りしていた娘の彼氏のことを知るや否や、連れてこいと言われた。

 そんなわけで、気まずい初顔合わせとなったのだが、最終的に交際を認めて貰えた。

 二人の関係に一役買ったのは、将棋である。それで勝負をして、シュウが勝ったのだ。

 とはいえ、それは簡単なことではなく、何度も何度も負けて、最終的に勝利を収めた。


 それを手助けしたのが、彼の親友たる吉田貴広。

 その際明らかになった彼の素性は、本職の将棋指し。

 本職とは、そのことだったらしい。


 吉田くんはシュウを徹底的にしごきあげ、実力を伸ばしてくれた。

 そうした助力もあって、父に勝ち、我々は互いの両親公認の関係となった。

 父はシュウに高校を卒業したら自分の勤めている会社で勤務しろといい、彼は承諾した。

 ひょんなことから将来が決定してしまったが、シュウはラッキーとばかりに呑気に喜んだ。

 その後、父とシュウは上司部下の関係となって、公私共々親交を深めることとなる。

 なにはともあれ、良かったと思う。上手くいったのは、吉田くんの尽力のたまものと言えよう。


 そうして私とシュウにとって恩人となった彼は、新学期早々に事件を起こす。


 瀬川さんの妊娠が発覚したのだ。


 その時のことを思い出すと、今でも不安定な気持ちになる。

 吉田くんと瀬川さんが一線を越えた旨は、帰国したおりに報告は受けていた。

 なんでも、世界大会で三連覇したお祝いに、パコったとのこと。

 それを聞かされた私は嫉妬に駆られて吉田くんを殴ろうとしたが、シュウに止められた。

 そしてそのまま学校近くのコンビニに連れて行かれて、何をするかと思ったら彼は避妊具を買って二人にプレゼントをしたのだ。

 少々奇抜な発想だったが、それはシュウの友人に対する思いやりに他ならず、私は怒るのをやめた。

 節度を持って交際するように懇願しつつ、実際は興味津々でもあったので根掘り葉掘りその時のことを聞いたりして、色々と妄想に耽ったりもしたのだが、臆病者の私は清い身体のまま。


 それでも、瀬川さんと吉田くんから受けた刺激によって、キスは済ませた。

 それ以来、私はシュウとチュッチュッする間柄となり、二人に対する恩が益々大きくなった矢先。

 瀬川さんが妊娠していることがわかり、冷や水を浴びせられたのだった。


 10月に入ったというのに残暑で朝から暑い、教室内での出来事だった。

 青い顔をした彼女にそれを聞かせられた瞬間、楽しいひとときは終わりを告げ、厳しい現実に直面した。


 そして諸悪の根源たる吉田貴広を、激しく憎んだ。

 節度を守れと、言ったのに。

 シュウがわざわざ避妊具を買ってきたのに、あいつは!


 視界が怒りで真っ赤に染まった時、登校してきた罪人の姿が目に入り、私は理性を失った。


 クラスメイトの机をなぎ払い、飛び越え、一直線に吉田貴広の元へと向かう。


 その時、自分が何をしようとしていたかは、覚えていない。

 とにかく、償わせたかった。

 身勝手な男が許せなかった。

 あとから考えると、それは自分が片親だったからそう思ったのだろう。

 真っ先に思い浮かんだ、女手ひとつで子育てをする瀬川さんが、あまりに不憫で。


「吉田ぁあああああああっ!!!!」


 私は吠えながら接敵して、右手を振りかぶり、そして。


「ストーップ!!」


 割って入って来た鷹宮さんに抱き留められた。


「離せっ! 私は、この男を……!」

「落ち着きなさい、神崎直」


 落ち着いてなんかいられるか。

 一刻も早く、吉田貴広を始末しないと。

 なんとかふりほどこうと暴れる私を、鷹宮さんは静かに窘めた。


「みっともなく取り乱すなんて、神崎直らしくない」


 そう言われて、私は更に怒り狂った。


 らしくないって、なんだ?

 こんな状況でも冷静でいるのが、私か?

 冗談じゃない。そんな自分など、お断りだ。

 またお得意の偶像の押しつけか?

 お前に私の何がわかる?


 そのような酷い言葉を並べ立てた覚えがある。

 それでも鷹宮さんは冷静で、強かった。


「少しは後先のことを考えなさい」


 言われて気づく。

 私はまた、中学の時と同じ誤ちを犯そうとしていた。

 それを自覚して、身体から力が抜けて、脱力した私を鷹宮さんが支えてくれた。


「ごめん、なさい……」


 私は、弱くなった。

 あの時とは違い、今の暮らしが壊れることが、怖かった。

 怒りに任せて暴力を振るったら、もう再建は不可能。

 せっかく積み上げてきた今の環境を、壊すところだった。

 それが身に染みて、怖くて堪らなくなった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 何度も何度も、繰り返し謝ったことを、覚えている。

 そしてそのとき謝っていたのは私だけではなく、瀬川さんも泣きながら謝っていた。

 私の怒りを買った吉田くんは、その場に蹲り、失神して失禁。

 そのような凄惨な状況の中、それでも破滅しなかったのは、鷹宮さんが止めてくれたから。

 私は彼女に抱きついて、ガタガタ震え、許しを乞うた。

 鷹宮さんは何も言わず、何も応えず、ただ優しく背中を撫でてくれた。


 そして状況が一段落したのを見計らい、敢えて静観していたシュウが場を引き継いだ。


「ここは人が多すぎる。ひとまず、場所を移すぞ」


 冷静な彼の判断により、場所を移すことに。

 騒然とした教室内でこれ以上騒ぎを続けることは出来ない。

 シュウは気を失った吉田くんを起こして、肩を貸して、ついでに着替え代わりの体操着を手に教室を出た。


「おい、てめーら。どこに行くつもりだ?」


 シュウに続いて教室を出てすぐに、担任である早乙女茜に捕まった。

 騒ぎを廊下で聞きつけたらしく、機嫌が悪そうな担任に、シュウは悪びれもせずに宣言した。


「今日はサボる」


 それを聞いて、早乙女先生はきょとんとしてから、大笑い。


「ま、高校生にはそんな日も必要だわな」


 寛大さを見せて、我々の横を通り過ぎる間際、担任は厳命を残した。


「あとで必ずあたしに報告をしろ。わかったな?」


 そう言って、返事も聞かずにざわめく教室に入り、先生は事後処理を引き受けてくれたのだった。

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