表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
56/60

第56話 『本戦での激闘』

「ねぇ、シュウ」

「なんだよ?」

「やっぱりこの状況はおかしくない?」


 まんまとシュウに唆された私は、ゴスロリ姿の彼方くんを見て大歓喜。

 しかしながらショタコンが雄叫びをあげる姿はショタには大層怖かったらしく。

 すっかり怯えてしまった彼方くんは、そのあとすぐにやってきたシュウに助けて求め、しがみつき、私は指1本触れることが出来なかった。

 そして立ち直った鷹宮さんもリビングに戻って来て、本戦の中継を観戦する頃になっても、彼方くんは怯えたまま、何故かシュウの膝の上に乗っている……というのが、現状である。どうしてこうなった?


「ナオはもともと鷹宮を抱っこしたかったんだろ?」

「それは、そうだけど……」

「なら文句を言うな」


 私の文句をシュウは一蹴して、スマホを操作。

 やはりこの男は帰しておくべきだったか。でも、彼が居なかったら彼方くんのゴスロリ姿を見ることは出来なかったし……本当に始末に負えない彼氏である。

 そんな煮え切らない私に変わって、あぐらをかいたシュウの膝に乗る彼方くんが、彼に不満をぶつける。


「シュウ兄ちゃん、この服いつまで着てればいいんだよ!」

「本戦が終わるまでは着てろ。お前は俺に負けたんだからな」

「じゃあ、今度俺が勝ったらシュウ兄ちゃんが着ろよ!」

「アホか。俺にはそんな趣味はないし、そもそもサイズが合わん」

「俺だってこんな服着たくねーよ! 絶対似合ってねーし!!」


 適当にあしらいつつ、シュウは私に話題を振る。


「いや、わりと似合ってると思うぞ? なあ、ナオ?」

「もちろん。鷹宮さんもそう思うでしょ?」

「そうね。彼方、あんたはこれからその格好で暮らしなさい」


 意外なことに姉である鷹宮さんのお墨付きを獲得。

 ちなみに彼女は現在、大人しく私の前に座り、後ろから抱かれている。

 先程の部屋での一件以来、何かと諦めたらしく、達観した様子だ。

 そんな火花姫は疲れた声でそのような冗談を口にして、それに対して弟の彼方くんは激怒。


「ね、姉ちゃんまで何言ってんだよ!? 冗談じゃないっての!」

「この先、あんたが隠れてコソコソ私の服を漁ったりする前に先手を打っておいただけよ」

「はあ!? んなことしないっつーの!! 馬鹿にすんなよな!」


 このような仲睦まじい姉弟のやり取りを聞かされると、ショタコンとしては色々と切なくなる。

 本来ならば、私もこんな風に彼方くんを虐めてみたい。しかし、現実はそうもいかない。

 なにせゴスロリ姿の彼方くんは可愛すぎた。ちょっとでも気を抜くと、襲いかかってしまうだろう。

 そうなっては本戦の観戦どころの騒ぎではなくなってしまうので、やむを得ず現在の立場に甘んじる。

 自らの業の深さを呪いつつ、悔し紛れに火花姫の耳たぶをガジガジ。すると、鷹宮さんは悶絶した。


「ひゃんっ!? い、いい加減にしてよ、神崎直!!」

「おい、そろそろ始まるから静かにしろ」


 第二次聖魔大戦勃発かというところで、中継が始まった。

 スマホの画面には、大きな会場の様子が映し出されていて、そこに沢山の観客がつめかけていた。

 そこはコンサートホールのようになっていて、三階席まで満員だ。そして中央で対戦が行われている。

 その内容は正面の大型ディスプレーに映し出されており、中継の画面もその映像にたびたび切り替わる。


「丁度いい。どうやら次が瀬川の準決勝らしいな」

「ほんと? ていうか、もう準決勝なの?」

「まあ、放送の尺の都合もあるから準決勝から中継ってことらしい。そこまで勝ち進んでいたことは、お前が鷹宮の部屋に行ってる間に連絡が入ってた」

「そうだったの……応援のメッセージを入れておけば良かったわね」

「いや、余計な口出しは無用だろ。瀬川の奴、相当集中してるみたいだし」


 そう言われて画面に目を向けると、そこには真剣な表情の瀬川さんが映し出されていた。

 彼女は緊張して萎縮しているような様子もなく、ただ静かに対戦開始の時を待っている。

 こうして改めて見ると、やっぱり美人だなと見惚れていると、なにやら文字が画面を流れた。


「シュウ、さっきからこのテロップみたいな文字はなんなの?」

「ああ、この動画は視聴者がコメントを書き込める仕組みになってるんだ」

「視聴者が?」

「そうだ。だから、これは今観てる奴らの生の声ってことになるな」


 なんと。ついに時代はここまで来たか。

 本当に、最近のテクノロジーの進歩はどうなっているんだ。完全についていけない。

 そういった知識が全くない私は、もはや原始人と同じような気がして、ショックを受けてると。


「なによ、瀬川灯ってば……すっかりアイドルみたいな人気っぷりね」


 私に抱かれた火花姫はそのように評するのも、無理はなかった。

 柔花姫のご尊顔を拝んだネットワークの住民と思しき者たちが、大量のコメントを書き込んでいる。

 そのほとんど全てが彼女の容姿に対する褒め言葉であり、瞬く間に瀬川さんのファンが量産されていく。

 しかし中には、このように可愛らしい少女の実力を疑問視する者も少なからず存在しており。

 お前らに瀬川さんの何がわかるんだと憤るまでもなく、彼らはすぐに自分の考えを改めさせられた。


「すっげー! さっすがチャンピオンの彼女さんだ!!」


 対戦はすぐに終わった。

 それを受けて、彼方くんは大興奮。

 対して我々は、絶句していた。


「シュウ、瀬川さんってば……強すぎない?」

「ああ、俺と戦った時よりも数段強くなってるな」

「ふんっ……なかなかやるじゃない」


 怖々とシュウに所感を求めると、彼もそれを認め、ついでに火花姫も感心した様子。

 いやはや、どうなることやらとハラハラしていた自分が恥ずかしい。瀬川さんは強かった。

 基本的なデッキ構成は変わってないらしく、攻め方はシュウと戦った時とそう違いは見られない。

 しかし、一撃一撃が重く、そしてなにより早かった。相手は反撃もままならず、瞬殺されてしまった。


「たぶん、相手は吉田と同じく一発逆転の秘策を練っていた筈だ」

「どうしてそれを発動することが出来なかったの?」

「瀬川灯が早すぎたのよ。攻撃は最大の防御とは、よく言ったものね」


 シュウの考察に、私が疑問を口にすると、鷹宮さんが答えてくれた。

 無論、ゲームに対する知識に乏しい私にはその意味を理解することは難しい。

 それでも、瀬川さんが途轍もなく強いということだけは、よくわかった。


 ネットの住人もそれが身に染みたらしく、彼女に畏怖を覚えている様子だ。


「ともあれ、これで決勝進出は決まったな」

「吉田くんは当然、勝ち残ってるのよね?」

「当たり前だろ。皆、あいつの試合が観たくてこの会場に来てるんだからな」


 シュウの言葉の通り、吉田くんの出番となると、俄に会場が活気づいた。

 瀬川さんの時はその容姿に対する盛り上がりも多かったのだが、彼の場合は少々違う。

 期待と、羨望、そして、やっかみ。嫉妬と憎悪のコメントが、動画の画面を満たしていく。


「ず、随分と吉田くんは嫌われているみたいね……」

「あいつは強すぎるからな。そして周りから憎まれることを、自ら望んでもいる」


 強すぎる者は、妬まれる。それがこの世の道理と言える。

 そしてそれを吉田くんは望んでいる。この前の地区予選で彼自身がそう語っていた。

 したがって、画面上に流れる罵詈雑言は彼にとって何物にも代えがたい、糧となっているのだろう。

 どれほど罵られようが、それは王者を焚きつける燃料にしかならず、それを裏付けるように。


「見ろよ、吉田のやつ……あんなに愉しそうに笑ってやがる」


 シュウの言葉の通り、画面上の王者は愉悦を感じているようだ。

 その様子に、更に画面上は炎上。そして、対戦相手も怒った様子。

 そこでふと、準決勝の対戦相手に見覚えがあることに気づく。

 細身で小柄な同年代くらいの青年。私はこの人を知っている。あっれー? 誰だっけ?

 すぐには思い出せずに、考え込んでいると。


「き、木村拓海……?」

「えっ?」

「な、なんであいつが本戦に出てんのよ!?」


 突然、鷹宮さんは悲鳴をあげた。

 彼女が口にしたその名を聞いて、ようやく思い出した。

 彼は木村拓海。今年度の体育祭のおいて、シュウとバスケで対決したバスケ部のエースくんだ。

 思わず当事者である彼氏に目を向けると、彼は至って冷静に説明した。


「なんでって、木村は前年度の地区予選の優勝者だからな」

「去年の優勝者は予選は免除って、姉ちゃんも知ってるだろ?」


 どうやら彼方くんもそれを知っていたらしく、呆れた口調で補足。

 それを聞いて納得。どうやらバスケ部のエースくんは去年の地区予選優勝者らしい。

 よって、シードとなり、本戦に出場して、ここまで勝ち抜いたと。大したもんだ。

 しかし、鷹宮さんはどうしても納得出来ないらしく、シュウに噛みついた。


「あいつがそんなに強いわけないでしょ!?」

「いや、木村は強いよ。なにせ、去年の本戦で吉田と決勝を争ったくらいだからな」

「はあ!? なによそれ! 全然聞いてない!!」


 事もなさげにそう言われて、鷹宮さんは憤慨。何をそんなに熱くなっているのやら。

 しかし、木村拓海か。よもやこんな場面でまた遭遇することになるとは。

 前年度に吉田くんと決勝を争ったということは、世界大会2連覇中のチャンピオンに敗れ去ったということだ。恐らく、今年はそのリベンジに燃えているのだろう。かなり真剣なご様子。

 画面上の書き込みにも、木村くんに対する激励の言葉が目立つ。まるで勇者のような扱われ方である。

 2年連続で本戦を勝ち進んでいることからも、その実力は伺い知れる。彼は本当に何者なのだろう?

 私が気になって尋ねる前に、対戦が始まってしまい、そしてすぐに終わることとなった。


「……負けちゃった」

「ま、吉田なら当然だな」

「やっぱチャンピオンはすげー!」


 先程の瀬川さんの対戦も早かったが、今回もそれに負けず劣らず、早かった。

 シュウは当然と口にするが、私は驚愕を禁じ得ない。今日の吉田くんの戦い方は、意外だった。


「まるで、瀬川さんみたいな戦い方に見えたけど……」

「それは逆だ。瀬川が吉田の真似をしてるんだよ」

「えっ? でも、今まで彼はこんな戦い方をしてなかったじゃない」

「大会に出場する際に、3つまでデッキを登録出来るってこの前教えただろ?」

「ええ、それは聞いたわ」

「つまり、今吉田が使っているデッキは、速攻をメインに作られたデッキってわけだ」

「なるほど……相手によってデッキを替えているのね?」

「そうだ。準決勝ともなれば、それ相応の相手に備えた強力なデッキで戦うってことだ」


 そう言われると、納得せざるを得ないが、しかしこの前のデッキも充分強力だろうに。

 あれよりも強いデッキを隠し持っているとは、やはり王者と言ったところか。

 しかしながら、準決勝の試合運びはシュウにとっても目を見張るものがあったらしく。


「とはいえ、今日の吉田はいつにも増して強かったがな」


 恐らく、吉田くんの実力を引き上げているのは、瀬川さんだろう。

 お互いに意識し合っているのが、画面越しでもよくわかる。相当にラブラブなご様子だ。

 難なく決勝まで駒を進めた彼に、またも怨嗟の言葉が寄せられるが、どこ吹く風。

 満足げに勝ち誇る吉田くんとは対照的に、木村くんはとても悔しそう。

 それを見た鷹宮さんもまた、とても悔しげに呻いた。


「なに負けてんのよ……木村拓海」

「そう言うなよ。善戦したほうだろ」

「うっさい! 負けは負けよ!!」


 あれでも善戦したほうだったらしい木村くんには、たしかに責めるようなコメントは見受けられない。

 むしろ、僅かでもチャンピオンのライフポイントを減らしたことを賞賛されていた。

 しかしながら、鷹宮さんの言う通り、負けは負けであり、彼は準決勝で敗退した。


「あの、鷹宮さん……」

「うっさい! 話しかけんな!!」


 その後、すっかり鷹宮さんはご機嫌斜めとなってしまい、木村拓海について聞くことは叶わなかった。

 それでは既知の間柄らしい彼氏に聞けば良いと思うものの、彼も彼でどこかピリピリしている。

 なんとなく、首を突っ込むことが躊躇われて、何も言えずにいると、決勝戦が始まった。


「なにこれ……」


 決勝戦は凄まじい殴り合いとなった。

 瀬川さんと吉田くんは互いに超攻撃的な戦法を選択して、ライフポイントをガリガリ削り合っていく。

 それは観る者を恐怖させるに充分な迫力を備えており、思わず私は隣に座るシュウの手を握る。


「ここまで吉田が闘志を剥き出しにするのは珍しいな」

「このままいくと、どうなっちゃうの?」

「順当に考えれば、先手の瀬川が有利だ」


 シュウの冷静な形勢判断を聞いて、状況を理解した。

 こうした殴り合いでは、先手が有利。一手早く相手を殴ることが出来る。

 つまり、このままいけば瀬川さんの勝利は確実……かに、思われたのだが。


「だけど、なにせ相手は吉田だからな」


 自らの形勢判断を、吉田くんの名を用いることで否定するシュウ。

 それほどの不確定要素そのものが、吉田貴広であり、王者ということなのだろう。

 そしてそれを裏付ける確信をシュウは持っているらしく、私の手を握り返しつつ、画面を指差した。


「見ろ、ナオ。吉田が仕掛けるぞ」

「こんなに早く?」

「ここで仕掛けないと、もう後がないからな」


 半信半疑な私とは裏腹に、シュウは期待と恐怖に顔を歪ませながら、乾いた笑みを漏らした。

 その直後、吉田くんが何かをして、会場の観客のどよめきと、視聴者のコメントが大量に書き込まれた。


「な、何が起こったの……?」

「王がその力を見せた」

「どういうこと……?」


 大量のコメントに埋め尽くされて、状況が把握出来ない私に、シュウが説明するよりも早く、吉田くんのファンである彼方くんが教えてくれた。


「ナオさんは、チャンピオンのあだ名を知ってる?」

「吉田くんのあだ名……?」

「そう。吉田さんは、『竜王』って呼ばれてるんだ」


 彼方くんのその言葉の通り、竜王がその灼熱の息吹を吐いた。


「ついに出たか! 吉田の必勝パターンが!」


 興奮した様子のシュウが前のめりになって、画面に注目。それにつられて私も注視すると、戦況は一変。

 攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに大量に並べられた瀬川さんのカードが一掃された。

 それをしたのは吉田くんが使用した一枚のカード。そこには荘厳な竜のイラストが描かれている。


「あのカードは何なの?」

「あれこそが吉田の切り札だ。支払うコストが重すぎて誰も使いこなせないあの竜を、あいつは敢えて使い、そして勝つ。だからこそ、竜王と呼ばれているんだ!」


 どうやら王者が使用したカードはかなり強力なものらしい。

 しかしその半面、支払うコストとやらが重すぎて誰も使いこなせないとのこと。

 がむしゃらに殴り合いをしていたように見えたが、実際は違った。全ては王の思惑通りだったらしい。

 そしてあの竜が吉田くんの必勝パターンの要ならば、それが出た時点で勝負はついたと言える。

 もはやここまでか。瀬川さんの敗北が決定付けられる、その間際。


「まだ、瀬川灯は負けてない」

「た、鷹宮さん……?」

「見なさい、ここに来て冷静にライフポイントを回復しているわ」


 吉田くんの竜に蹂躙されながらも、瀬川さんは勝負を捨ててなかった。

 削られる度に、わずかにライフポイントを回復させる魔法を使用して、耐え凌いでいる。

 これには吉田くんも驚いた様子で、怒ったように何度も竜の息吹を吹きかける。

 熱くなった王は、同時に無防備でもあり、その隙を見逃さず、瀬川さんのラストアタック。

 

 けれど……喉元まで突きつけたその剣は、あと一歩届かず、試合終了。


 瀬川さんは敗北して、竜王は辛くも生き残った。


「……終わったな」

「ええ、すごい戦いだった」


 放心状態のシュウと私。

 そんな我々を小馬鹿にするように、鷹宮さんは鼻を鳴らして。


「ふんっ……瀬川灯はツメが甘いのよ」

「そう言う割には姉ちゃん、悔しそうじゃん」

「うっさい! 調子に乗るな、彼方!!」

「いだっ!? ゲ、ゲンコツは卑怯だぞ!!」


 いつもの憎まれ口は、弟の彼方くんによって台無しにされて、姉弟喧嘩勃発。

 それを止めようにも、喉がカラカラで声が出ない。仕方ないから放っておく。

 シュウも似たような状態らしく、私の手を繋いだまま、呆然としていた。

 画面上には両者の健闘を讃えるコメントが流れ、その中でも瀬川さんに対する賞賛の書き込みが目立つのは気のせいではないだろう。このカードゲームにおける、プリンセスが今、誕生した模様。

 勝者たる吉田くんへの書き込みは、羨望と怨嗟が入り交じっており、中でも目を引いたのは。


『本業に専念しろよ』


 そんなコメントだった。

 本業とは一体なんのことだろう?

 彼は高校生なので、学業のことかも知れないが、それにしては妙だ。

 対戦相手の瀬川さんだって高校生なのだから、吉田くんだけ責められるのはおかしい。

 気になったので、シュウに尋ねてみる。


「ねぇ、シュウ。本業って、何のこと?」

「……いずれわかるさ。気にすんな」


 聞いても彼は答えてくれず、スマホを操作してコメントを非表示に切り替える。

 それっきり、質問を拒むかの如く、彼は帰り支度を始めて、私もそれに習う。

 吉田くんの謎が一層深まった形となったが、シュウはいずれわかると言った。

 ならば、その時が来るのを大人しく待つことにする。それが懸命だろう。


「それじゃあ、鷹宮さん、彼方くん。またね」

「まったく……今日は色々ありすぎて疲れたわ」

「シュウ兄ちゃん! 次は俺が勝つからな!!」

「おう。またな、鷹宮の弟」


 ナースコスの鷹宮さんと、ゴスロリ彼方くんがお見送り。

 着させたコスチュームは、脱ぐのが面倒だろうと思い、2人にプレゼントすることにした。

 いつか彼方くんのナース姿を拝める日を願いつつ、帰路につく。


 すると、シュウの携帯から着信音。


「吉田からだ」

「本当!?」


 すぐに電話に出て、私たちは代わる代わるお祝いの言葉を伝えた。

 吉田くんが気を遣って瀬川さんに代わってくれたので、改めておめでとうと伝える。

 柔花姫は少し照れた様子で祝辞を受け取ると、なにやら言いづらそうに。


『ありがとね、なおちゃん。それで実は、この後のことなんだけど……』

「どうかしたの?」

『私……吉田くんについていこうと思うの』

「へっ? どういうこと?」

『世界大会に、一緒に行って来る』


 なんと。これは驚きだ。

 てっきり瀬川さんは帰ってくるものとばかり思っていた。

 冷静になるべく少々時間を貰い、状況を整理するべく、シュウに尋ねる。


「シュウ、世界大会って、どこでやるの?」

「一昨年が東京。去年がロンドンだったから、たしか今年はニューヨークだな」

「ニューヨーク!?」


 冷静になるつもりが余計に取り乱してしまった。

 しかしまさか海外とは。それについていくということは、要するに海外旅行であり。

 これは些か、色々と問題があると判断した。


「せ、瀬川さん、二人っきりで海外旅行っていうのは、気が早いと思うのだけど……」

『大丈夫大丈夫。問題ないよ~。パスポートもあるし!』

「いやいや! ご両親が心配するでしょ!?」


 至極真っ当な私の正論に、瀬川さんは苦笑しつつ、諦めた口調でとんでもないことを言い放った。


『それについてはもう手遅れみたい』

「なにそれ!? どういう意味!?」

『一週間も家に帰ってないからパパがカンカンで……このままだと外出禁止になりそうなの』

「だ、だったら尚のこと……!」

『だからこそ、私は帰らない。それじゃあ、お土産期待しててね~』


 それだけ言い添えて、プッツリと通話は途絶えた。

 なんということだ。瀬川さんは反抗期になってしまった様子。

 詰まるところ、帰ったら自宅に缶詰が確定しているため、帰りたくないらしい。

 それを回避したい気持ちはわかるが、私としては、ご両親の心配する気持ちもよくわかる。

 しかしながら、以外と瀬川さんは強情なところがあるので、何を言っても無駄だろう。

 なので、リダイヤルすることなく、諦めてシュウに電話を返す。


「どうしたんだ、ナオ」

「瀬川さんってば、家出するみたい」

「はあ? なんだそりゃ」

「私にだって何がなんだかわからないわ。どうしても世界大会に行きたいらしいのよ」

「なるほど……吉田と離れるのが嫌ってわけだ」

「そういうことね」


 もちろん、世界大会を観戦したいという気持ちは本心だろう。

 しかしながら、その根底にあるのは吉田くんへの愛情であり。

 それがわかるからこそ、私とシュウは二人揃ってやれやれと首を振るに留めた。

 これ以上引き留めることなど、それこそ野暮というものだろう。

 豆腐の角の頭をぶつけて死にたくはないので、そっとしておくことにした。


 きっと、瀬川さんはこの夏で、吉田くんと沢山の思い出を作ろうとしている。

 より重く、そして厚く。強固な絆を構築するのだろう。

 そう察して、私の負けず嫌いな一面が、顔を覗かせた。


「ねぇ、シュウ」

「なんだ?」

「私たちも思い出を作りましょう」


 思ったまま、口にする。

 すると、シュウは興味深そうな目をして。


「具体的に、何をするつもりなんだ?」

「シュウの家に行ってみたい」


 再び思ったまま口にすると、シュウは呆れたように半眼となって、嘆息。


「またお部屋デートか?」

「そうよ。嫌なの?」

「……嫌だと言ったら、嘘になるな」

「なら、決まりね」


 せっかくの夏休み。私だって、瀬川さんに負けてはいられない。

 とびきりの思い出を作って、彼との絆を強くする。

 より重く、そして厚く。そして、高2の夏を目いっぱい満喫する為に。


 画して、シュウのお宅訪問が、決定したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ