第54話 『高2の夏の楽しみ方』
「今日はゴスロリメイドだ」
「どんだけコスチュームを買い込んだんですか……」
警察官から始まり、ナース、巫女服を経て、とうとうゴスロリへと行き着いた。
手渡された無駄にフリルの多いメイド服を広げて、げんなり。
夏休みの間、部への貢献としてコスプレを義務付けられた私は、部室に出向く前に早乙女先生が管理する資料室へと足を運んでいた。
更衣室代わりのその部屋には、菊花姫が待ち構えており、今日のコスチュームを手渡される。
どれだけの種類を通販で購入したかは知らないが、それで夏のボーナスは消えたらしい。アホか。
しかも、全て私のサイズで揃えられている為、先生本人は着用不可。
なので、返却しようにもいらんと言われ、仕方なく私の箪笥の肥やしとなることに。
この先二度と着ることがないと思われる特殊な服ばかりであるが、これが以外と重宝した。
部活が終わった帰りにシュウが我が家に立ち寄り、コスプレを着た私を写真に収めてくれたのだ。
わりと良い思い出となっているので、文句は言うまい。彼も楽しそうだし。
ちなみにシュウのお気に入りは巫女服。それに伴ってポニテを結ったのが好印象だったとのこと。
しかしながら厳密に言えば巫女にポニテは御法度らしいのだが、本職ではないのでどうでもいい。
何はともあれシュウは嬉しそうだったし、彼氏が喜んでくれるならば彼女として本望である。
そんなこんなでちょっとコスプレに嵌まりかけている私は、今日の衣装を見て困ってしまう。
「これ、着るの大変そうですね」
やたらとフリフリなそのコスチュームには、大量のボタンが備え付けられていた。
飾りボタンならばともかく、実際にひとつひとつ留めねばならないらしく、面倒なことこの上ない。
そんなずぼらな私を見かねて、早乙女先生はこれ見よがしにため息を吐きつつ。
「しゃあねーな。あたしが手伝ってやんよ」
口調とは裏腹にウキウキした様子で私の背中のボタンを手早く留めていく早乙女茜。
最近、よくこうして着替えを手伝ってくれる。たぶん、着せ替え人形と思われているのだろう。
人形扱いへの不満よりも、いい年して人形遊びを楽しんでいるこの女は、やはり変わり者だと思う。
とはいえ、着せてくれるならばそれに越したことはないので、大人しくされるがまま。
さすがにスカートは自分で穿き、上着を着せられて、ゴスロリな私が完成したかに思われたのだが。
「おら、そこに座って足上げろよ」
どうやらまだ着替えは終わっていなかったようで、先生は靴下を片手に私をせかす。
それを見て、私は顔を顰めて不満を口にした。
「えぇ……暑いから生足でいいですよ」
「アホか。メイドには絶対領域がつきものなんだよ」
「絶対領域ってなんですか?」
「履けばわかる。いいからさっさと足を上げろ」
どうにも折れてくれそうもないので、渋々椅子に座って足を差し出す。
すると先生は私の前に跪いて、スルスルと靴下を履かせた。なんかゾクゾクする。
俯いて丁寧に靴下を履かせる早乙女先生は、とても新鮮で、たまらない。
そんなことを考えてしまう自分がとてもはしたなく感じて、素数を数えて気を紛らせていると。
「ん。ほれ、もう片足も」
「は、はい……」
私の心中を知ってか知らずか、茶化すような素振りもなく、先生は両足に靴下を履かせてくれた。
普段学校で履いているものよりも丈が長いその靴下は、オーバーニ―ソックス。通称、ニーソと呼ばれる代物だと思われる。
膝まで覆うその萌えグッズは、ラノベの作中にしばしば登場して挿絵になっているので知っていた。
しかし、実物を見るのは初めてで、しかもよもやそれを自分で履くことになるとは思わなんだ。
ちょっとした感動を覚えていると、先生は私のニーソとスカートの間を指差して、告げる。
「そこが、絶対領域だ」
「はい?」
「ニーソとスカートの間に存在する生足の部分が、メイドにとって絶対不可侵な領域なんだよ」
「すみません、意味がわかりません」
「お前は本当に物わかりが悪いな。ちょっとそこに立ってみろ」
いきなり立てと言われて、困惑しつつも立ち上がると、早乙女茜が四つん這いで襲ってきた。
「はむっ!」
「きゃあああっ!?」
狙われたのはつい今し方話題となっていた絶対領域。
その部分だけ露わとなった、私の大事なふとももを、噛まれた。
びっくりして、思わずその場に尻餅をつくと、変態教師は高らかに笑い、勝ち誇る。
「どうだぁ? 身に染みたか? 絶対領域の偉大さってやつを!」
「うぅ……シュウにも噛まれたことないのに」
「ひゃひゃひゃっ! それならあたしが初めての相手ってわけだな!」
噛まれたところを摩りつつ、睨んで文句を言うと、余計につけ上がった。
しばらく狂ったように嘲笑を続けた早乙女茜は、ようやく落ち着いたのか、床にへたり込んだままの私にもう一着のゴスロリコスチュームを手渡した。
「なんですか、これ」
「決まってんだろ、あたしが着るんだよ」
「いや、年齢的に無理があるかと」
「うっせぇっ!! いいから黙って着させやがれ!!」
はいはい、どうせそんなこったろうと思いましたよ。
パンパンとお尻を払いつつ、立ち上がり、先生にゴスロリ服を着させてやる。
初日以外、私はこの女とお揃いのコスプレをしていた。なので、慣れたものだ。
恐らく、これが早乙女茜流のコミュニケーションなのだろう。お互いに着せ合いっこしたいらしい。
そんな困った性癖を持つ菊花姫の背中のボタンを留めると、こちらは何故か白いコスチューム。
私が着ているゴシック調のメイド服は黒を基調としているので、正反対の配色だ。
「どうして私が黒で、先生が白なんですか?」
「神崎は腹黒で、あたしは清廉潔白だから」
こいつ……今に見てろよ。
「……次は靴下を履かせるので、座ってください」
「おお? なんだ神崎、いつになく従順じゃねーか」
「今日の私はメイドですので」
「ふん。ようやく身の程を弁えられるようになったか……特別に、靴下も履かせてやんよ」
いかにも偉そうにどっかりと椅子に腰掛けた早乙女茜に、粛々と靴下を履かせる。
衣装と同様に、真っ白なニーソを履かせながら、ちらりと様子を伺う。
すると先生は目をウルウルさせ、頬が上気しており、息も荒い。好きそうだもんな、こういうプレイ。
ともあれ、それに関しては私も人のことを言えないので、黙認。従順なふりを貫き通す。
そして両足に白ニーソを履かせ終えたその瞬間、私は被っていた猫を脱ぎ捨てた。
「隙ありっ! あむっ!」
「うひゃあああんっ!?」
先程の仕返しに、歯形が付くほど早乙女茜の絶対領域を噛みしめる。
堪らず絶叫する先生。それでも噛むのをやめず、ガジガジしていると。
「この、せんせーに何しやがる!」
「なっ!?」
なんと、反撃された。
椅子から飛び降りて、私を組み敷く早乙女教諭。
負けじと押し返して、マウントポジションを確保。
「まったく、油断も隙もない……」
「離しやがれ! 重いんだよ、タコ!」
「こんな無駄な脂肪の塊をぶら下げて、よく言いますね」
ジタバタともがく先生を見下しながら、私はこれまでの鬱憤を晴らすべく、その巨乳を揉みしだく。
自分からこんなことをするのは初めてだが、問題あるまい。
思えば、何度この女に揉まれたことか。これは積年の恨みであり、因果応報と言えよう。
憎たらしいことに、実際に触れてみるとマジでデカい。そのたしかな手応えに思わず夢中になる。
自分のそれと比較すると柔らかく、それでいて弾力に富んでおり、無駄に触り心地が良かった。
なんだか腹が立ってきたので、これでもかと強く揉むと、早乙女茜がびくりと震えて。
「あんっ……」
「ッ!?」
なんか嬌声をあげられて、思わず手を離す。
すると、早乙女茜はにやりと口角をつり上げて、邪悪な笑みを浮かべた。
「ひっひっ……なにびびってんだよ」
「え、演技だったんですか……?」
「あったりめーだろ。そら、今度はこっちの番だ!」
「ひっ……や、やめてください!」
どうやら先程の反応は演技だったらしく、逆に馬乗りにされて、胸を揉まれた。
とはいえ、私とて鉄花姫たる意地がある。嬌声など漏らすことなく、上体を起こして取っ組み合う。
互いに胸を鷲掴みながら、資料室の床でゴロゴロ転がり、まるで子供の喧嘩みたいな格好だ。
スカートも裾も乱れに乱れ、ニーソも半分脱げかけ、満身創痍で戦い抜いて、互いに力尽きた。
「ぜぃ……ぜぃ……」
「はぁ……はぁ……」
横並びで床に寝転び、天井を見上げて呼吸を整える。
それでもやはり年には勝てないようで、若さの力によって私のほうが先に回復した。
なんとか身体を起こして、先生のほっぺをつねって、勝ち誇る。
「私の勝ちですね」
「ぜぃ……ぜぃ……ざけんな。あたしは、まだ負けちゃいねーよ」
「無理しないで素直に負けを認めてください」
「はあ……? どうしてあたしがそんなこと……」
口では反論しつつ、いつもの覇気はない早乙女茜。
だいぶ弱っていることを確信して、私は核心をつくことにした。
「先生って、実は私のことが好きなんでしょ?」
「けっ……なに馬鹿なこと言ってやがる」
「でも残念ながら、私には彼氏が居ますし、同性に興味はありませんのでごめんなさい」
否定の言葉を聞き流してお断りすると、先生は爆笑して、こんなことを言う。
「ばーか。だからこそ、浮気にならずに済むんじゃねーか」
その言葉に、思わず鼻白む。
なるほど……たしかに。我々はお互いにノーマルだからこそ、これは浮気には当たらない。
彼氏持ちである以上、節度は守るべきだ。よって、お互いに嫌い合っているくらいが、丁度いい。
その理屈には筋が通っており、私は納得せざるを得なかった。これだからこの女は侮れない。
早乙女茜は言うなれば猛獣であり、遊戯部の部員は私のことを猛獣使いか何かのように思っているらしいが、これでは飼い慣らされているのはどちらかわかったものではない。
もしかしたら、私のほうがこの女に飼われているのかも知れない。
そう思いつつ、そんなことはないだろうと確信する。だって、先生はペットが嫌いだ。
たぶん、私のことを飼うつもりはないし、私も飼う気はない。だからきっと、我々は対等だ。
そう考えると、なんだか嬉しくて、自然に笑みが零れる。先生もヘラヘラ笑っていた。
「この前、高2の夏は今しかないって言ったろ?」
「ええ、それがどうかしたんですか?」
「人生は山あり谷あり。楽しいこともあれば、辛いこともある」
「なんですか、いきなり」
「だから、楽しむ時は目いっぱい楽しめってこった」
「……わかりました」
そんな風に、ほんの少しだけ、私はこの教師と親睦を深めたのだった。
「……と、いうことがあったのよ」
「何をやってるんだ……お前は」
部活の帰りに、本日の先生とのやり取りを彼氏に聞かせた。
もちろん、浮気うんぬんは冗談ではあるものの、やはり秘密にするのはよくないと思った。
やましいことはないので、こうして包み隠さず打ち明けると、シュウは呆れつつ、苦言を呈した。
「彼女であるナオの方が俺よりも女にモテるって、おかしいだろ……」
いかにも悔しそうにそんなことを言われ、私は思わず笑ってしまった。
「なにそれ。褒めてるの?」
「まあ、いい女だとは思ってるよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「はいはい、どういたしまして」
すっかり拗ねてしまった彼氏に、私は褒められたお返しをすることにした。
「シュウは黙っていればモテるのに、中身がロリコンだから損をしてるのよ」
「ここぞとばかりに人を貶すなよ」
「違うわ。褒めてるのよ」
「は?」
「だって、シュウがモテモテだったら、私が困るもの」
だから、ロリコンで居てくれてありがとうと、言外に伝えると、彼は嬉しげに笑って。
「ま、モテなくても別に構わないけどよ」
言外に、私だけが居ればいいと返してくれた。
それが嬉しくて、帰宅後の撮影会では大いにはしゃいだ。
ノリノリでポーズを決めると、彼もすっかりカメラマン気取りでパシャパシャ撮りまくる。
しかしながら破廉恥な写真はNGなので、ローアングルは却下。健全な写真のみを保存した。
「しかし、今回ばかりは顧問に感謝せざるを得んな」
「そんなにこのコスプレが気に入った?」
「ああ、最高だよ。吉田のやつも見たかっただろうに」
「送ってあげたら?」
「そうするか。あいつの悔しがる顔が目に浮かぶぜ」
意地の悪い笑みを浮かべて、友人へ写真を送りつけるシュウ。
その最中、ふと思いついたようにこんな提案をしてきた。
「鷹宮にも送っていいか?」
「鷹宮さん? 別にいいけど、どうして?」
「なんとなく、ナオに会えなくて寂しいんじゃないかと思ってな」
何を馬鹿なと思っていたら、写真を送信してすぐにシュウの携帯が鳴った。
「誰から?」
「鷹宮」
「こんなに早く?」
「俺も驚いた。出てもいいか?」
「別に構わないわよ」
了承すると、シュウは電話に出て、二言三言やり取りを交わして、すぐに通話は終了した。
「なんだって?」
「明日、家に遊びに来いってさ」
「彼女持ちの癖に他の女の家に遊びに行くつもり?」
聞き捨てならない電話の内容に、つい神経質に反応すると、シュウはやれやれと首を振って弁明。
「誤解すんなよ。そもそも俺は鷹宮の家の場所を知らん」
「じゃあ、どうするつもり?」
「だからナオも連れてこいってさ。たぶん、それが目的なんだろうぜ」
そう言われて、ほっとひと安心。そして無性に嬉しくなった。
まったく、鷹宮さんったら、本当に素直じゃないんだから。私に会いたいならそう言えばいいのに。
すっかり上機嫌となり、ニコニコしていると、シュウはまたも悔しげに。
「どんだけ女たらしなんだよ、お前は」
こんなことを彼氏から言われる彼女は、そうそうおるまい。かなりレアなケースと言えよう。
なんだか誇らしくなって、その嫌味を有り難く受け取ることにした。
「お褒めに預かり、光栄だわ」
そんな私の偉そうな態度にシュウは辟易として、暇を告げる。
「はいはい、それじゃあそろそろ俺は帰るよ」
「明日はどうするの?」
「部活はサボって、いつもの時間に公園で待ち合わせでどうだ?」
「ん。わかった」
約束を交わして、玄関へと向かい、靴を履いている最中に彼は付け加えた。
「明日は本戦があるから、鷹宮たちと一緒に観戦しようぜ」
「本戦って、カードゲームの大会でしょ? テレビでやっているの?」
「いや、ネットで中継してるから、スマホで観れるんだよ」
いきなりそんなことを言われて開いた口が塞がらない。驚愕の事実である。
無論、明日が本戦の開催日であることは知っていた。カレンダーにも丸をつけてある。
流石にテレビ中継はしないだろうと思い、瀬川さん達からの結果報告を待とうと思っていたのだが。
よもや、スマホでそれが観れるとは。本当に便利な世の中になったものだ。
「それなら彼方くんも喜びそうね。そうしましょう」
「んじゃ、また明日な」
「あ、待って」
「ん? どうかしたのか?」
明日の予定を決めて、帰ろうとする彼を、つい呼び止めてしまった。
別に用事があるわけではない。ただ単純に、もっと話がしたかった。
最近、いつもこうだ。ひとりで居ると寂しくて堪らない。ずっと一緒に居たいと思う。
とはいえ、誘拐して拉致監禁するわけにもいかないので、諦めざるを得ないのではあるが。
それでももう少し一緒に居たくて、ふと目についた現在の衣装の話題を口にした。
「シュウはロリコンだからゴスロリが好きなの?」
我ながらどんな質問かと思うが、そんなことしか思いつかなかったのだから、致し方あるまい。
するとシュウはきっぱりと。
「いや、違う。はっきり言って、ナオは育ち過ぎてて全然似合ってない」
おい……なんだこの野郎。喧嘩売ってんのか?
唐突に本日のコスプレを全否定されて、怒りを覚えていると、シュウはこう付け足した。
「それでも、彼女だから可愛くて仕方ない」
おい……なんだそれ。めっちゃ嬉しい。
「……シュウ、大好き」
「俺もナオが大好きだ」
思ったことを口にすると、聞きたい言葉を返してくれた。
それにいたく感動した私は、どうにかお返しができないかと思い、ふと名案を閃いた。
「ロリっぽい服装がいいなら、今度中学の制服を着てあげる」
我ながら、素晴らしいアイデアだと思う。
こんなコスプレなどではなく、本物の制服を着て見せたら、きっと彼も喜ぶ筈。
そう確信して意気込んだのだが、シュウは微笑みつつ、ゆっくりと首を振って。
「いや、いいよ」
「えっ? どうして? シュウは女子中学生が好きなんでしょう?」
予想外の反応に、思わず食い下がると、優しい声音で諭された。
「ナオはもう中学生じゃない。俺は高校生のナオが好きだ」
だから、着なくていいと、固辞された。
そう言われてしまっては、何も言えない。
呆気に取られつつ、それでもジワジワ嬉しさがこみ上げてきて。
「そっか……わかった。ありがとね、シュウ」
「別にお礼を言われることじゃない。んじゃあ、また明日な」
お礼を言うと、気恥ずかしそうに顔を逸らして、シュウは帰って行った。
その後ろ姿を見送りながら、私はしみじみと思う。
なんて素敵な人だろう、と。




