第53話 『困った大人』
「ようやく来やがったな、神崎ぃ……!」
「ご無沙汰してます、早乙女先生」
お部屋デートの翌日、私は約束通りに部活に出向いた。
いつもの公園でシュウと合流して、同伴。
うだるような暑さも、彼と一緒ならばへっちゃらだ。
上機嫌で学校まで辿り着いた私だったのだが、部室の扉を開いた瞬間帰りたくなった。
この部の顧問であり、大変不本意ながら私の担任でもある早乙女茜教諭が仁王立ちしていやがった。
不愉快な笑みを顔に貼り付けて、乱雑な挨拶を寄越した先生に形だけの礼を返す。
そんな私の態度が不満だったのか、早乙女先生は唾を吐くような仕草をしてから、不満をぶつけた。
「無断欠勤して悪びれないとは、いい度胸じゃねーか。お?」
「たしかこの部は自由参加で活動している筈です」
「部に貢献してない奴に、そんな自由があるわけないだろ」
「貢献?」
「そうだ。結果を出してる奴らには、文句は言わねーよ。吉田とか、瀬川とか、有村とかな」
「シュウも?」
「当然だろ。こいつは地区予選で二位だったし、なによりあたしのお気に入りだからな」
そう言って、私と共に部室に入ってきたシュウの腕に飛びつく早乙女茜。
豊満な胸を押しつけられて、彼も満更でもない様子。なんだか誇らしげでムカつく。
しかしながら、そんなことは些末な問題だ。何より見過ごせないのは、この女の格好だった。
「先生、なんですかその格好は」
「あん? 見りゃわかんだろ。バニーガールだぴょん!」
そう、今日の早乙女茜は、バニーガール姿。
無駄に量感のある胸を晒し、網タイツを穿いて、頭にはウサ耳。
小さなお尻には可愛い尻尾までついており、手首にはご丁寧にカフスまでも。
無駄に完成度が高い、チビバニーガールが、そこに居た。
そしてそんな姿で人の彼氏に抱きついているのだ。絶対に許せん。
「シュウから離れてください」
「お? なんだなんだ、嫉妬か? それじゃあもっとこうしてやんよ」
うりうりと、谷間に彼の腕を挟み込む変態教師。
この暑さでついに頭がいかれたのだろうかと思ったが、考えてみればこの女は初めからいかれていた。
要するに、これはただの嫌がらせなのだろう。その為だけに、こうしてわざわざコスプレしてくるとは。
そこまでして私の嫌がる顔が見たかったらしい性悪教師は満足げに笑い、勝ち誇る。
「いいぞ、神崎。最高の顔だ」
「……私は今、どんな顔をしてますか?」
「視線だけで人ひとりを簡単に殺せそうな顔だな。めっちゃブサイクで笑える」
「そんな顔が見たかったんですか?」
「ああ、そうだ。その為だけに、お前を呼んだ」
「……帰ります」
「いいのか? お前の彼氏を寝取っちまうぜ?」
「そんなこと、絶対にさせない」
「へへっ……そうこなくっちゃな。あーガキがむきになる顔たまんねー」
本当にこの女は、どんだけ性格が悪いんだろう。本当に人間か?
もしかしたら、実は人外であり、悪感情を餌に生きている魔物か何かなのかも知れない。
激怒する私を心底愉快そうに嘲る早乙女茜に、堪忍袋の緒が切れた。
「もう一度言う。シュウから離れろ」
「やーだね」
「このチビ……いい気になんなよ?」
「あ? てめぇ、誰に向かってそんな口利いてやがる」
「目の前のチビ以外に誰がいるんですかー?」
口の悪さが伝染したようで、お互いに女とは思えない口調で罵り合う。
それを見てシュウは避難することにしたらしく、するりと絡まった腕をほどき、距離を取った。
彼が逃げたことにも早乙女茜は気にすることなく、血走った眼差しを私に向けたまま、宣戦布告。
「いいだろう……女に生まれたことを後悔させてやんよ」
「やれるものならやってみなさい」
「上等だ。あとで泣いて謝ってもしらねぇぞっ!!」
言うが早いか、早乙女茜の魔の手が私の胸に伸びる。
「バーロー! させっかよっ!!」
まるでどこかのショタ探偵のように迎え討ち、その細腕をしっかり掴み、ひと捻り。
すると、先程の威勢はどこにいったのやら、みっともなく菊花姫は悲鳴をあげた。
「いだだだだっ!? うひぃいいっ!? 折れちゃうぅうう!?」
ふん。他愛もない。
鉄花姫を舐めんなっつーの。
勝利を確信した私は菊花姫の腕をメリメリ音が出るほど捻りつつ、勝ち誇った。
「先生、謝れば許してあげますよ?」
「なに馬鹿なことを……いでででっ!」
「ほら、早く謝ってください。地べたに頭をついて、誠心誠意、心から謝ってくれたら許してあげます」
「だ、誰がそんなこと……!」
「じゃあ、もっと強く捻ってあげますね」
「だぁあああああっ!? いい加減にしやがれっ!!」
いつもと違って優勢な私は、常日頃蓄積していた鬱憤をこれでもかと言わんばかりに発散。
先生の腕を捻りながら、実に爽快な気分に浸っていると、ゾクリと、悪寒が走った。
「てめぇ……調子に乗んなよ?」
「ッ……!」
さっきまで子供のように喚いていた早乙女茜が、豹変した。
静かに怒気を吐き出し、血走った目が据わっている。初めて見る表情だ。
その冷め切った視線からは、洒落にならない殺気が迸っており。
私は菊花姫の琴線に触れてしまったのだと、悟った。
「神崎、手を離せ」
「め、命令しないでください」
「ぐだぐだ言ってねぇで離せっつってんだよ!!」
一喝されて、たじろぎ、思わず手を離してしまった。
自由になった早乙女茜はそのまま私の胸ぐらを掴んで、顔を近づけ、恫喝した。
「せんせーに対してこんな真似して、どーなるかわかってんのか? あ?」
「せ、先生が先に私の胸を触ろうとしたのがいけないんでしょ? あれは正当防衛です」
正論で返すと、菊花姫は意地の悪い笑みを浮かべて、尋ねてきた。
「いいのか?」
「な、なにがですか……?」
「昨日、有村と何してたのか、聞いてもいいのか?」
「へっ?」
「さっき、有村から発情したてめぇの匂いがプンプンしたんだが、そこのことを追求してもいいのか?」
「べ、別に、やましいことは、なにも……ひっ!」
しどろもどろで弁明する私の隙を、早乙女茜は見逃さない。
不意打ちで胸を鷲掴んで、乱暴に揉みしだく。めっちゃ痛い。
顔を歪ませて悲鳴を漏らす私をしげしげと観察して、変態教師は納得した様子。
「んー? その反応は、たしかにまだ何もやってねぇみたいだな」
「だ、だからそう言ったでしょうが!」
「念のためだ。まったく、せっかくお膳立てしてやったのに、有村もへたれだな」
やれやれと首を振って、そんなことを口にする早乙女教諭。
それを受けて、シュウがバツの悪そうに視線を逸らした。
お膳立てとはどういうことかと思って、私は聞いてみた。
「もしかして、その為に昨日シュウを迎えに行かせたんですか?」
「さあな。んなことはどうでもいいだろ」
とりつく島もない返事を返されて、押し黙ると、何やら紙袋を手渡された。
「それよりも、だ。最初に話したこと、覚えてるか?」
「はい?」
「問題なのは、お前がこの部に貢献してないことだ」
「はあ……たしかに、その自覚はありますが……」
「それなら話は早い。身体で奉仕しろ」
「か、身体で……?」
「そうだ。手始めに、その袋に入っている服を着て貰う。異論は認めん。わかったな?」
そんなこんなで、私は強制的にコスプレをさせられる羽目となったのだった。
「あの、先生」
「おお、待ちくたびれたぜ」
「どうして婦人警官の制服なんですか……?」
紙袋と共に資料室の鍵を手渡された私は、そこを更衣室代わりに着替え終えた。
しかし、どうにも解さない。サイズがぴったりなそのコスプレは、何故か婦人警官のものだった。
薄手の半袖の水色ワイシャツにネクタイと、帽子。わりと完成度は高いが、スカートがおかしい。
私の記憶では婦人警官のスカートはせいぜい膝丈くらいだったと思うのだが、明らかに短い。
下手すると、私が普段穿いている学校指定のスカートよりも短いんじゃないか? 悪意を感じる。
一応、肌色のストッキングが同梱されていたのだが、暑いので穿いていない。スースーする。
そんな生足超ミニ警官コスの私が、それを強要したこの女にその真意を尋ねると。
「なんか似合いそうだったから、通販でポチった」
早乙女茜は平然とそう説明して、おもむろにスカートへと手を伸ばし。
「おっと、私におかしな真似をすると逮捕しますよ?」
不意打ちなど、もはや私には効かん。
せっかくコスプレしたので、警察官になりきって警告すると、被疑者は鼻で笑って妄言を吐いた。
「馬鹿だな神崎は。教師は任期中に逮捕されないんだぜ?」
「なにを政治家みたいなこと言ってるんですか。完全に適応外です」
「ええーっ!? だって、政治家だってせんせーって呼ばれんじゃん!」
「先生と呼ばれる職種の人は全員、捜査権外だと思ってたんですか?」
「いや? あたしだけは特別だと思ってた。まだ捕まったことねーし」
この女……本当に教師なのか?
というか、我が国は法治国家な筈なのに、どうしてこいつを野放しにしているんだ。
遊戯部と同様に、国の中枢までもが信者で汚染されているのかも知れない。もしもそうだとしたらこの国は終わりだ。一刻も早く除染して、それが叶わないのならば国外へ脱出する必要がある。
私が祖国の行く末を本気で心配していると、諸悪の根源たる早乙女茜はしげしげと私を眺めて、一言。
「なんかスケベそうなおまわりだな。きっと悪漢に囲まれてめちゃくちゃにされんぞ」
「先生がこれを着ろって言ったんでしょ?」
「んー……もうちょいマシになるかと思ったんだが……おーい! 有村! どう思う?」
失礼なことを口にした教師は、部員とカードゲームをしていたシュウに話を振った。
すると彼は、そこで初めて私の格好に気づいたらしく、ポカンとしつつ、感想を口にした。
「彼氏としては、そんな格好をさせられるようないかがわしい店では働いて欲しくないな」
「ほらみろ! やっぱスケベそうだってよ!」
そんなあんまりな彼の物言いを受け、得意げに胸を張る早乙女先生。
とはいえ、この女にだけは言われたくない。なにせこいつはバニーガール姿である。
私と比較してどちらがいかがわしいかと言えば、間違いなくこのチビウサギの方が卑猥である。
しかし、それについて反論するよりも前に、私は先生に聞きたいことがあった。
「そもそも、どうしてコスプレなんかさせたんですか?」
「さっきも言っただろ。似合いそうだからだ」
「そうじゃなくて、前提を踏まえて説明してください」
私がこのような格好をするに至った経緯は、部活動に貢献していないことを責められたからだ。
これまで室内遊戯の類とは無縁な生活を送ってきた私は、ゲームについての知識が全くない。
そうした身の上もあり、他の部員に比べると部に対する貢献が出来ていない自覚はたしかにある。
なのでやむを得ず、こうして素直に命じられるがまま、渡された衣装に袖を通したのだ。
それなのにスケベそうだのなんだの言われて、そろそろ堪忍袋の尾が切れそうだった。
そんなマジでキレる5秒前の私に、早乙女茜は面倒くさそうに訳を話した。
「いいか、神崎。今の季節は夏で、部室もクソ暑いだろ?」
「ええ、それがどうしたんですか?」
「こんなところで男ばっかり集まってたら、余計に暑苦しくてたまらねぇ」
「だから?」
「だから、あたしとお前で清涼剤の役割を果たす必要があんだよ」
「清涼剤?」
「そうだ。ほら見ろよ、今のあたしは美しくも涼しげで、見てるだけでも爽快だろ?」
そんな訳のわからない理屈を述べたバニーガール姿の早乙女茜は、扇情的なポーズをして、ウインク。
敢えて言おう、うっざ!
「非情に不快かつ、不愉快です」
「なんだてめぇ!? 喧嘩売ってんのかっ!?」
「先生こそ、警官の私に喧嘩を売らないでください」
こうして再び取っ組み合いの喧嘩を始めると、俄に部内が沸いた。
恐らく、現在の我々の格好が原因だろう。暴れると色々ときわどい。
スカートの裾を気にする私に、菊花姫はにやりと口角をつり上げて。
「野郎共! 神崎のパンツが見たいかー!?」
『うおおおおおおおっ!!!!』
「うるさい! 逮捕するわよ!!」
『よろしくお願いしまーす!!!!』
変態教師に先導されて雄叫びをあげる変態部員共を一喝。
しかし、何故か効果なし。たぶん、この格好のせいで、そういうプレイだと受け取られたのだろう。
無論、そんなプレイの知識はもとより興味のない私は馬鹿共の相手はせずに、無視。
目の前の敵のみに注意を払う。絶対にパンツなど見せてなるものか。
「おい神崎、ちゃんと部員共にご奉仕しろよ」
「断固、拒否します」
「なんだよ、それじゃあコスプレの意味がねぇじゃねーか!」
「私は彼氏持ちですので、そんな破廉恥なことはしません」
至極真っ当な正論を突きつけると、噂の彼氏が余計な口を挟んだ。
「ん? なら、俺には見せてくれんのか?」
「うっさい! シュウは黙ってて!!」
彼氏の妄言に言い返す。
するとそのやり取りを聞いていた早乙女茜が、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん。やめだやめだ。イチャイチャしやがって……てめーら爆発しろ!」
一方的にそんなことを言われて、困惑。爆発しろって……何言ってんだ?
ともあれ、嵐は過ぎ去ったようで、変態教師はそれっきり私に興味を失ったらしい。
その後は普通に部活をして、平穏に過ごすことが出来た。
そして帰る前に、着替えるべく、資料室へ向かう。
「まったく、これだから来たくなかったのよ」
つい、そんな悪態が漏れてしまう。
今日の早乙女茜はいつにも増してうざかった。
愚痴を零しつつ、着替えていると。
「待たせたなっ!!」
「きゃあっ!?」
施錠した筈の扉が開いて、変態教師が現れた。
「お? 丁度脱いだところじゃねーか。グッドタイミングだな」
下卑た笑みを浮かべて、そう言いつつ、後ろ手に扉の鍵を閉める早乙女茜。
私の現状はブラウスのボタンを留める直前であり、詰まる所、前が全開だ。
急いで露となっている胸を両手で隠しつつ、疑問を口にした。
「鍵は閉めた筈なのに、どうして……?」
「この資料室はあたしが管理してんだよ。だからほれ、当然合い鍵だってちゃんと持ってるってわけだ」
得意げに合い鍵をこちらに見せつけ、勝ち誇る乱入者。
それを受けて、突然の乱入によって生じた羞恥心よりも、怒りが上回った。
この女、最初からこのつもりだったんだ。そう確信して、私が怒鳴るよりも早く。
「どうやら、瀬川と吉田は上手くいったみたいだな」
ひっひっと魔女みたいに笑い、そんなことを言われて、動揺する。
瀬川さんと吉田くんがカップルになったのはつい先日のことだ。随分と耳が早い。
いや、この女ならば知っていてもおかしくはないが、どうにも不気味だった。
得体の知れない危機感を覚えて、何も言えずにいると、早乙女茜はカツカツとヒールを鳴らして歩み寄り。
「まったく、付き合ったその日に公園でキスするなんて……若さってのは恐ろしいもんだぜ」
嘆きつつ、やれやれと首を振って、パサリと手近な机に数枚の写真を放り投げた。
そこには先日の公園での瀬川さんと吉田くんの姿が写っており。
2人の熱烈な接吻の様子が、収められていた。
それを見てかっとなった私は、先生に詰め寄って問いただす。
「ぬ、盗み撮りをしたんですか!?」
「たまたま、写真に映り込んだだけだ」
「なにがたまたまですか! こんなにバッチリ写しておいて!」
「公共の場でこんなことしている奴らの方が悪いに決まってんだろ」
「開き直らないでください!」
悪びれない先生に憤慨すると、心底面倒くさそうにため息を吐かれ、写真を押しつけられた。
「だったらこの写真はお前にくれてやる」
「えっ? いいんですか?」
あっさりくれると言われたので、思わず受け取ってしまった。
実を言えば隠し撮りうんぬんよりも、この決定的瞬間を収めた写真が私は欲しかった。
当時は嫉妬をしたりして複雑な心境だったが、これは良い物だ。なにせ瀬川さんがエロい。エロ過ぎる。普段は清楚な彼女の淫らな様子が写ったこの写真は、非情に貴重な代物と言える。
なので、永久保存版として丁重に扱おうと心に決めるも、やはり被写体である本人に返すべきだろうと思い直した。そう、私はこの覗き魔から瀬川さんの名誉を守るために写真を取り戻したのだ。
そんなこんなで自己正当化しつつ、改めて早乙女茜の蛮行を責めようとすると、それに先んじて。
「あたしは別にキスしたことをとやかく言うつもりはねーよ」
「へっ? そうなんですか?」
「ああ、だから安心してそこに座れ」
そう言われては何も言えず、大人しく手近な椅子に座った。
すると先生はおもむろに自分の背後へと手を回し、背中のファスナーを下ろす。
そしてそのままバニーガールの衣装を脱いで、無駄にデカい胸が露わとなった。
「な、なな何をしてるんですかっ!?」
「何って、暑いから脱いだだけだろ」
突然の脱衣に慌てふためき、その形が良く、色彩も絶妙な美乳と呼んでも差し支えのない胸をそれ以上直視出来ずに、堪らず目を瞑って叫ぶと、先生は平然とそんなことを言う。
たしかに、本日は快晴であり、この資料室の中も蒸し風呂のような暑さだ。
だから脱いだと言われると、納得せざるを得ない。しかし、状況を考えて貰いたい。
「せめて、私が居なくなってからにしてください!」
「なんでだよ。女同士なんだから別にいいだろ」
そう言われると、またも納得せざるを得ない。
なんだか、こんなに狼狽している自分が馬鹿みたいに思えてきた。
どうしてこんな女なんかを意識しないといけないんだ。
そう考えると腹が立ってきて、文句を言おうとしたが、膝に伝わる感触でそれどころではなくなった。
「な、なにしてるんですかっ!?」
「ん? 膝に座ろうかと思ってな」
「服は着たんですかっ!?」
「さあ? 自分の目で確かめろよ」
小柄な早乙女茜は、体重も軽いらしく、まるで子供を乗せているかのようだった。
目を瞑ったまま悲鳴をあげる私に対して、先生は意地悪なことを言って、クスクス笑う。
明らかにこちらの反応を見て愉しんでやがる。よーし、それなら遠慮はしないぞ。
「目を開けてもいいんですね?」
「ああ、構わねぇぜ」
「わかりました」
どうせこの女のことだ。
既にTシャツか何かを着ていて、私をからかっているだけだろう。
そう思って目を開けると、やはりそこには上半身裸で頭にウサ耳、手首にカフス、そして下半身にはいやらしい黒の下着の上に網タイツを穿いた露出狂が存在しており。
「うぅ……どんだけ見せたいんですか」
「見られても減るもんじゃねぇしな」
「そういう問題じゃないでしょ……」
「なに照れてんだよ。神崎って、マジでそっち系なのか?」
「そ、そんなことないです! 彼氏も居ますから!!」
嘲笑されたのでむきになると、先生はケラケラ笑って、本題へと移る。
「その彼氏に関しての質問だが、そろそろキスぐらいはしたのか?」
「へっ? い、いや、それは、その……」
「なんだよ、まだなのかよ。どんだけ潔癖なんだよ、お前は」
「う、うるさい! ほっといてください!」
「ほっといたら、お前は永久に足踏みを続けるだろ?」
知ったようなことを言われて、ぐうの音も出ない。悔しい。
「瀬川にも追い抜かれてるのに、全然焦ってねーし」
「あ、焦ってするようなものじゃないでしょ?」
「ちっとは焦れ。せっかくの夏休みなんだからよ」
どうやらこれは、この女なりの後押しらしい。
しかしながら、はっきり言って迷惑以外の何物でもない。
私には私のペースがあるんだと主張しようとすると、釘を刺された。
「いいか? 高2の夏は、今しかねぇんだからな?」
「……はい、わかりました」
「ふん。初めから素直にそう言えってんだ」
私を言いくるめた菊花姫は、嘆息してから、ぎゅっと抱きしめてきた。
そこには優しさや思いやりは感じられず、ちょっと痛い。
そして何より暑くて、堪らず文句を零す。
「先生……暑いです」
「あたしだって暑いっつーの」
「前に抱っこしてって言った時は、暑いからやだって言った癖に……」
「気分によって変わんだよ。あたしの勝手だろ」
「それに付き合わされる私の身にもなってください」
「知るか。てめぇは黙ってあたしに抱かれてればいいんだよ」
そんないつにも増して勝手な言動に、ふと違和感を感じて、尋ねる。
「もしかして、寂しかったんですか?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。あたしは大人だからな。地区予選の打ち上げに呼ばれなくたって、別に拗ねたり怒ったりしないもん」
要するに、打ち上げに呼ばれなかったことを根に持っているらしい。
「先生は地区予選を見に来てたんですか?」
「たまたま暇だったから、冷やかしに立ち寄っただけ」
「だったら大会の後で、素直に参加したいって言えば良かったじゃないですか」
「近くで潜んで、あたしの話題が出るタイミングを見計らってたんだよ」
「それで、結局誰も先生の話題を出さなかったから、機会を失った、と」
「……別に、寂しくなんかないもん」
「はいはい、先生は大人ですもんね」
「……神崎の馬鹿」
「すみません。今度からは先生のことを気にするように心がけますから」
「……それなら、いい」
やれやれ、本当に困った大人だ。
いや、大人だからこそ、余計にタチが悪いのかも知れない。
もしかしたら、盛り上がっているところを邪魔したくなかったのかも。
そう考えると、なんだか可哀想になって、つい優しくしてしまう。
うだるような暑さの中、いつもより強い菊花姫の香りを嗅ぎつつ、暫く、その短い髪を梳いてあげた。
すると、寂しがり屋の早乙女先生は立ち直ったらしく。
「もっと優しくできねーの?」
「文句を言うなら降りてください」
減らず口を言えるくらいになったようなので、膝から降ろそうとするものの、降りようとせずに。
「これ、外して」
「カフス、ひとりで外せなくなっちゃったんですか?」
「特別に外させてやっから、感謝しやがれ」
ずいっと手首を突きつけて、カフスを外せとせがまれた。
自分で外せなくなるくらいならば、付けなきゃいいのにと思いつつ、外してあげる。
すると、早乙女茜はお礼の代わりに、私の開いたままになっていたシャツのボタンを留めてくれた。
「どうもありがとうございます」
「けっ。お前のだっせー下着が見たくなかっただけだっつーの」
憎まれ口を叩きつつ、私の襟を直して、そこでふと思い出したように。
「そう言えば、神崎」
「なんですか?」
「もう一個、聞きたいことがあんだよ」
「なんですか?」
「神崎は高校卒業したら地元の大学に進学希望だったよな?」
「ええ、それがなにか?」
まるで担任みたいな口調だなと思ったら、そう言えばこいつは私の担任だった。
いきなり進路の話になって、戸惑いつつも肯定する。
夏休み前の進路希望調査には、たしかにそのように記入した。
どちらかと言えば文系の方が得意なので、学部もその方面で検討しているところだ。
しかし、どうして今そんなことを聞くのだろうと、首を傾げていると、先生はその先のことを聞いてきた。
「大学出たあとはどうするつもりだ?」
「んー……今のところは、まだなんとも」
「ま、そんなこったろうと思ったぜ」
「いけませんか?」
「いけないね。お前は中途半端だからな。何にもなれないで終わる可能性が高い」
「なんですか、それ。不吉なことを言わないでください」
前途ある若者になんてことを言うんだ。
むっとして不満を口にすると、先生は真剣な目で見つめて、こんなことを言う。
「お前みたいな奴は、早めに何になりたいか決めといたほうがいい」
「そ、そんなことを言われても……」
「今日のコスプレは、その一環だ」
「コスプレが?」
「そうだ。警官の格好をさせて、どんなもんか見てみたが、これはイマイチだな。向いてない」
ばっさりと、にべもなく切り捨てられた。
格好がイマイチだと向いてないとか、そういう問題か?
とはいえ、どうやらこれがコスプレを強要した真意だったらしく、適正を見ていたとのこと。
適正なしと断じた早乙女教諭は、にやりと口角をつり上げて。
「つーわけで、お前に合いそうな職業を見つけるまでコスプレさせまくるから、そのつもりでな」
その宣言を受けて、血の気が引いた。
そして瞬時に悟る。それが狙いか、と。
画して、夏休みの部活動において、私は様々なコスプレをさせられることが決定したのだった。




