第52話 『お部屋デート』
「あら、シュウ。突然どうしたの?」
「お前が夏休みに入ってから一度も部活に顔出さないから顧問に連れてくるように命令された」
カードゲームの地区予選が終わり、吉田くんのエスコートによって瀬川さんが本戦に向けて東京へ旅立ってしまったことで私は置いてけぼりとなった。
なので、自宅に籠もって宿題を片付けつつ、冷房の利いた涼しい部屋で読書に耽ったりと、思う存分夏期休業を満喫していた今日この頃。
昼食を簡単に済ませて、宿題を再開し始めた矢先、思いがけず、彼氏が家にやってきた。
付き合った初日にいつでも遊びに来て構わないと言ってあるので、突然の来訪は全然構わない。
むしろようやくこうして来てくれたことが嬉しくて堪らないくらいではあるが、用向きを聞いて驚く。
どうやら彼は暇を持て余して我が家を来訪したわけではなく、私を部活に連れて行くつもりらしい。
言われてみるとシュウの装いは、半そでのワイシャツと学校指定のスラックス姿。どうやらマジで部活に行くつもりのようだ。
しかしながら夏期休業中にも部活動があるなんて、寝耳に水だった。全く予想もしておらず、びっくりだ。
そもそも、私の所属している遊戯部は基本的に自由参加で活動している部活であり、呼び出される謂われはない。というか、なにが楽しくてこんな猛暑の中わざわざ学校に行かなくてはならないのだ。
これでもかと言わんばかりにギラギラと照りつける太陽によって、息が詰まりそうなほど熱せられた外気を吸い込むだけでもうお腹いっぱい。
一刻も早く玄関の扉を閉めて、冷房で冷やされた自室に待避するべく、私は策を練る。
もともと、私は部活動に熱心なほうではなく、性悪の顧問にオセロで負けたことによって強制的に入部させられた経緯もある。というわけで、たとえ彼氏が呼びに来てくれたとしても、重い腰を上げるつもりはサラサラないのだ。
とはいえ、ここでにべもなく彼を追い返すのは少々気が引ける。いつもクールなシュウとて、本日は快晴であり、うだるような暑さの中をこうして私の自宅まで歩かされたことで、額に汗が浮かんでいた。
そんな健気な彼氏に面と向かって帰れなど言える筈もなく、そこまで見越してシュウを派遣した早乙女茜の狡猾さにうんざり。あの女は本当にろくでもないな。
恐らく、今頃部室でふんぞり返って遅れてやってきた私を今か今かと待ち伏せて、どのような嫌がらせをするか考えているのだろう。そうした面倒な顧問の存在も、私が部活に行きたくない要因だった。
そんなこんなで、私は派遣されたシュウを懐柔することにする。
「それはわざわざご苦労さま。とりあえず、暑いからあがって」
「いや、俺はお前を部活に連れて来いって言われたから……」
「詳しい話は家の中で聞くから、ほら、入った入った」
「だから、遊びに来たわけじゃないんだって」
むぅ……変なところで生真面目なんだよな、この男は。
無論、あまり軽薄であっても困るのだが、せっかく彼女が家にあがれと言ってるのに、この態度。
なんとなく、自分に女としての魅力がないと言われたような気がして、むっとした。
今日の私の服装は突然の来訪ということもあり、お洒落とは程遠いラフなスタイルだ。
ボートネックの七分丈のTシャツと、デニムのハーフパンツと言った色気のない格好。
それでも普段は見せない肩口とか、バレッタで結わえている為に露わになったうなじとか、そういった部分に新鮮さを感じたり、食い入るように見て欲しい。そんな露出癖を満たしたくなるお年頃なのだ。
足だって生足だし、靴下すら履いていない。男子高校生なのにそれに反応しないのは間違っている。
もはやこれは、女としての矜持や尊厳に関わる大問題と言えよう。なんとしてもこの男を手玉にとってやらないと気が済まない。じゃないと、私の沽券に関わる。
そんな強い危機感を覚えた私は、ストレートに誘惑してみた。
「今日は暑いから、お部屋デートをしましょう」
「そういうことなら、やむを得ないな」
あれっ? なんか思いの外あっさりとしてんな、おい。
てっきり彼女の家にあがることに抵抗感があるのかと思ったが、そうでもないらしく。
ポカンとしていると、シュウは目を逸らしつつ、本音を口にした。
「男はお部屋デートって響きに弱いんだよ」
「へっ? なんで?」
「……えっちだから」
「はあ?」
なんだかよくわからない。
お部屋デートがえっちとか。私は女子なので、そういった類の本などは持ってないのに。
この男は自分の彼女にいったい何を期待しているのかと首を傾げつつ、私は彼を家にあげた。
とりあえず、真っ先に洗面所に連れて行き、手とついでに汗ばんだ顔を洗わせてから、タオルを手渡す。
「ふぅ……さっぱりした」
「わざわざ来てくれてありがとね」
「いや、俺もナオに会いたかったし、気にすんな」
使い終わったタオルをこちらに渡しつつ、不意打ちにそんなことを言われてさあ大変。
洗顔直後なので濡れた前髪なんかがなんとも言えぬほどにセクシーで、ドキドキ。
衝動的に彼が使ったタオルに顔を埋めたくなったが、我慢。変態になるつもりはない。
断腸の思いでそれを洗濯機の中へ放り込んでから、自室に案内するべく、手を握る。
「部屋に案内するわ」
「あ、いや、その前に家族に挨拶したいんだけど……」
「残念ながら父は仕事で家にはいないの」
「そういや、今日は平日だもんな」
私にひっぱられながら、常識的なことを口にしたシュウに、父親が不在だと告げた。
てっきり母親についても尋ねてくるかと思ったが、それは聞いてこなかった。
地元企業に勤めるサラリーマンである私の父には、当然夏休みというものは存在しない。
せいぜいお盆休みのようなまとまった休暇がある程度だ。どこも似たようなものだろう。
シュウも納得した様子なので、その話題はそれで終わりかと思いきや。
「てことは、ナオと二人っきりってわけか……」
「ええ、それがどうかしたの?」
「……お前はなんともないのかよ?」
「私は彼氏と一緒に居られて嬉しいわ」
「……無防備な女だな」
「なんか言った?」
「単純な女だって言ったんだよ」
「なにそれ、褒めてるつもり?」
「少なくとも、ナオのそういうところは嫌いじゃない。心配だけどな」
「なんで心配なのよ」
「そんなことは自分で考えろ」
そのような要領の得ないやり取りをしつつ、自室へ到着。
やりかけの宿題のノートを閉じて、シュウにベッドに座るように進める。
「そこに座って」
「お、おう……って、お前は勉強机に座るのか……」
「だって他に座るところないじゃない」
「だよな……お前はそういう女だよな」
何の気なしに勉強机の前の椅子に腰掛けると、何故か落胆されてしまった。
とはいえ、シュウは私の部屋に興味津々な様子で、キョロキョロ。
そして深呼吸して、ポツリとおかしなことをほざく。
「良かった……うんこ臭くはないんだな」
「ぶん殴るわよ?」
「良い匂いがするって褒めてるんだろうが」
「あらそう? 褒められたとは全く思えなかったから、ついぷっつん切れそうになったわ」
「彼氏を部屋にあげてすぐに切れる彼女なんか居てたまるかよ」
「あなたが私の機嫌を損ねたのが悪いんじゃない。もっと褒めなさい」
「大好きなナオの香りに包まれて幸せだ」
「やだもう、そんなに褒められたら困っちゃうじゃないの」
怒りから一転、上機嫌の私はシュウの隣に座り直して、ぴったり寄り添ってモジモジ。
我ながら単純だと思うが、女なんて皆こんなものだろう。素直に褒められれば嬉しい。
そんな私を見て何故かため息をつくシュウ。その視線は未だに定まらず、キョロキョロ。
どうにも落ち着かないらしい彼氏の様子に、ピンときた。ははーん、なるほど。そういうことか。
「お探しのものはこちら?」
伊達に彼女をやっているわけではない。即座に彼氏の考えを見抜き、書棚から一冊の本を取り出す。
それはお互いの秘密を打ち明けた際に見せた、私の愛読書。ショタコン御用達の一品である。
きっと彼はあの日以来、この本が気になって仕方なかったのだろう。
例えるならば、立ち読みして最初の方をちょっと読んで書棚に戻した本が、後日ものすごく気になってくる現象と似たようなものだ。私から得た断片的な情報によって、彼は刷り込みをされたというわけだ。
図らずも、ショタコンへの道を拓いてしまったことに罪深さを感じつつ、得意げになっていると。
「なんだ、その本は?」
などと、とぼけたことを抜かすシュウ。
しかしながら、私にはもう彼の考えは全部まるっとお見通しだ。
恐らく、図星をつかれて動揺しているのだろう。
自分がずっとこの本を気にしていたことを認めたくない様子。
そんな素直じゃない彼の子供っぽさが、私はわりと好きだったりする。
なので、ネチネチと追求することはやめて、聖母のような寛大さで彼の手に本を押しつけた。
「大丈夫。全部わかっているから、意地を張らなくていい」
「はあ? 意地もなにも、何なんだよその本は」
「いいから、私のことは気にせず、読んで頂戴」
「気にせずって、その間お前はどうするつもりだ?」
「私は宿題をやってるから、お構いなく」
「彼氏が家に来てるのに本を読ませて自分は宿題をするとか、本当にお前は何なんだよ……」
どうやらシュウは、本を読んでる最中に私の相手が出来ないことを気にしているようだ。
だけど私は大人なので、そんなことは全然気にしない。思う存分読んでくれ。
優しく笑いかけて、改めて勉強机に向かうと、彼はなにやら諦めたようなため息を吐いて、大人しく読書を始めた。
部屋には私が筆記用具をノートに走らせる音と、シュウがページをめくる音だけが響く。
とても静かで、すごく落ちつく。恋愛経験のない私にとって、これは初めての経験だった。
お部屋デートという言葉自体は知っているものの、それがどのようなものかは知らなかった。
このように穏やかで心地よい時間が過ごせるのであれば、もうずっとこうしていたいとさえ思う。
もとより人混みなどはあまり得意ではないので、私はこのお部屋デートとやらがいたく気に入った。
外は暑いし、こうして落ち着ける場所などそうそうありはしない。それを考えると、合理的と言える。
しかしながら、楽をしてばかりもいられない。自宅に招いたならば、おもてなしをせねば。
本来ならクッキーでも焼いて振る舞うべきだろうが、生憎そのような用意はしていないのでまた今度。
今日はひとまず、暑い中歩いてきた彼に冷たい飲み物を提供しようと思い、席を立つと。
「ん? トイレか?」
「違うわよ、バカ」
すかさず持ちネタをぶっこんできやがったので、即座に否定。
ふんっと鼻を鳴らして、台所へと向かい、買い置きしていたペットボトルの紅茶をグラスに注ぐ。
氷を入れようか迷ったが、紅茶自体は冷蔵庫で冷えているし、薄くなったら味気ないのでそのまま持って行くことにする。
部屋に戻って、テーブルの上に飲み物を置き、ちらりと彼の様子を確認すると、真剣に読書していた。
どこまで読んだかと思って覗いて見ると、そこは私のお気に入りのシーンだった。
「そこで主人公が魔王に媚薬を飲まされるのよ」
「この魔王は頭がおかしいのか?」
「そこが読んでいて面白いんじゃない」
「ふーん……まあ、わりと楽しめてるから文句はない」
「ようこそ、ショタコンワールドへ!」
「そんなそこはかとなく嫌な世界に転生する気は全くないが、とりあえず飲み物サンキュ」
持ってきた紅茶にお礼を言って、彼は再び読書を再開。
なにはともあれ、私のお気に入りの一冊を楽しんでくれてるようでなによりだ。
そしてそんな理解あるシュウの読書のペースが気になって、勉強を再開する気は起きなかった。
なので、隣に腰掛けて、重要なエピソードについてあれこれ指摘していると、怒られた。
「うるさい! 集中できないだろうが!」
「ご、ごめんなさい……そうね、それならこうしましょう」
彼の言い分はもっともだったので、私は彼との接し方を変更することにした。
ちょこんと股の間に腰掛けて、彼の手から本を奪い、それを自分の前に広げる。
こうすれば、私とシュウは一緒に本が読める。我ながら、冴えた方法だと思う。
彼のしっかりした胸板に背を預けつつ、背後に向けて異論がないか聞いてみる。
「これなら一緒に読めるでしょ?」
「あのさ、そういう問題じゃなくてだな……」
「ごめん、私の頭が邪魔で見えづらい?」
「いや、別にそんなことはないけど……」
「なら問題ないわね。特別に音読してあげる」
期せずして彼に背後から抱かれる形となった私は上機嫌で内容を音読する。
すると、すぐさまシュウは不満を漏らした。
「棒読みすぎて全然内容が伝わってこないんだが……」
「嫌なの?」
「別に、嫌じゃないし、むしろそんなところが好きだ」
「ん……ありがと。続けるわね」
よしよし、今日のシュウはとっても扱い易い。
それから暫く、私の音読に耳を傾けていた彼が、不意に私の肩を抱いた。
首の前に長い腕が巻き付いて、ドキドキする。それでも少しも嫌じゃない。
道中汗をかいたシュウからはいつもよりも強く彼の匂いがして。
こうして密着しているとその匂いが自分自身に染みこむような気がして、不思議と嬉しくなった。
そう考えると、このまま我々は混ざり合って融合してしまうのではないか、なんて馬鹿なことを想像してしまったりなんかして。
もちろん、私としては健全な意味でそう思っていたのだが、どうも彼は違ったようで。
「ちょっと! どこ触ってんのよ!?」
ぬかった! こいつが男子高校生だってことを忘れてた!
彼の手が不意に下がって、首の下へとずれた。
要するに、すっかり油断していた私は……胸を触られてしまった。
即座にその手を払い除け、ベッドから飛び退き、シュウを睨む。
すると彼は平然と犯行に及んだ動機を説明した。
「特別な人なら触らせてくれるんじゃなかったのか?」
「た、たしかに以前、そう言ったけど……」
その物言いに、思わず鼻白んでしまう。
付き合う前に、私が変態顧問にお尻を触られた際、シュウも触りたいと言ってきたことがあった。
その時に私は、大切な人以外には身体を触らせないと宣言していたのだ。
それを彼は覚えていたらしく、ここぞとばかりに動機として扱った。
たしかにシュウは現在、私の彼氏であり、特別な人と言える。それは間違いない。
その上、過去に自分が口にした発言を引き合いに出されると、もはやどうしようもなかった。
ここに来てようやく、自分の軽率さに気づく。
私は特別な人である彼氏を、自分の部屋に招いてしまったのだ。
我々の関係性を考えれば、どのような事態に発展してもおかしくなく、むしろ当然の流れと言える。
そのことを私は完全に失念していたのだ。
これは愚かな私が招いた由々しき事態であり、全ての責任は私に直結する。
正論を口にしているのはシュウなので、正攻法ではこの状況を切り抜けることは難しい。
だったらもう、抵抗するのはやめて、大人しく天井のシミを数えるべきだろうか? いや、それは駄目だ。
そんな弱気な考えを即座に否定。そう簡単に純潔を渡してなるものか。
私はチョロいヒロインなんかじゃない。難攻不落な、鉄花姫なのだ。
追い詰められた私は、やむを得ず、搦め手を選択した。
「あなたはロリコンなんだから、私の身体に興味はない筈よ」
「俺はナオが好きだから身体にも興味津々だ」
「そ、そうですか……嬉しいです」
駄目だ! 完全に言い負かされてしまった!!
悔しいけど嬉しい……びくんびくん。なんてやってる場合じゃない!
あっつくなった頬を押さえつつ、どうにかしなくてはと焦っていると。
「実はずっと気になってたんだよ」
「と、申しますと?」
「ナオの胸が、気になってた」
「ど、どうしていきなり、そんな……?」
なになに、とうとう私のそれなりの大きさの胸に魅力を感じちゃったわけ?
うわーどうしよう! ついにロリコン卒業か!? それはそれで嬉しいかも!
なんてひとりで舞い上がっていたら、シュウは私の胸を人差し指で突いて。
「ふむふむ……やっぱり、ブラはしてるんだな」
「は?」
「いや、肩が出てるのに肩紐がないから不思議でさ」
あーそういうことね。
そういえば今日の私はボートネックのTシャツを着ていた。
ちょっと肩の露出が多めなので、そこが気になっていたらしい。
改めて彼の様子を観察すると、別段興奮して盛っているようには見受けられず、至って平常だ。
それに対して少ながらずムカついたものの、ほっとひと安心して、下着について説明する。
「ストラップレスのブラをつけてるから、肩紐は出ないの」
「へぇ……なるほどな」
「納得した?」
「ああ、いきなり悪かったな」
疑問が解消した様子の彼は、それでこの話題に対する興味を失ったらしく、また読書を再開。
とはいえ、一応謝ってくれたので、溜飲は下がった。しかし、即座に警戒を解くことは難しい。
仕方なく、彼の傍から離れて、また勉強でもしようと思った、その時。
「そういや、東京に行った吉田から連絡が来たんだけど」
「本当!? なんだって!?」
「知りたいか?」
「もちろん! 教えて!」
「じゃあ、さっきみたいに膝の間に座れよ」
「わかった!」
吉田くんから連絡が来たと言われて、私はすぐに元の位置へと座り直した。
警戒心なんてどこかに吹っ飛んで、早く早くとせがむと、彼はスマホをシュッシュッと操作。
送られてきたらしい写真を見せてくれた。
「うわー! すごい高い場所!」
「スカイツリーに上ったみたいだな」
「瀬川さん、楽しそう」
「吉田のやつもデレデレしやがって」
それはとても高い場所の展望台から撮られた記念写真だった。
東京の町並みを背景に、満面の笑みで微笑む男女。瀬川さんと吉田くんである。
つい先日付き合い始めた2人はもうどこからどう見てもカップルにしか見えない。
というか、距離が近すぎないか? 瀬川さんったら腕なんか組んじゃって、お胸が当たってんよ。
これには吉田くんがデレデレするのも無理はないと思われた。あ、ちょっと鼻血が出てる。
ちょっと妬けてしまうけど、2人は楽しそうで、幸せそうだ。見ているこっちも嬉しくなる写真だった。
「瀬川のやつがナオに会えなくて寂しいってさ」
「私も、瀬川さんに会いたい」
「でもまあ、こんな写真を見せられたんじゃ、説得力ないけどな」
「同感。それじゃ、私たちも写真を撮って送りましょ」
「よし、そうするか」
というわけで、初お部屋デートを記念して、写真を撮ることに。
「ちょっとシュウ、あんまり上から撮ると谷間が写るでしょ」
「なら、それはそれで俺用に別撮りしておくか」
「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと撮って」
不埒な写真を送りつけるわけにはいかないので、慎重にアングルを調整して、パシャリ。
後ろからシュウに抱かれる私の写真が撮れた。これをあとでシュウが送ってくれるらしい。
わりと可愛く撮れたと思う。そしてだいぶラブラブにも撮れた。これも現像して貰おう。
「それじゃ、そろそろ帰るよ」
「えっ? もうそんな時間?」
写真を撮り終えて、シュウが暇を告げる。
戸惑って時計を見ると、かなりの時間が経過していた。窓の外も夕焼けに包まれている。
楽しいひとときはあっという間に経過するものだと実感しつつ、彼を見送る為に玄関へと向かう。
いやはや、一時はどうなることかと思ったが、それをひっくるめても充実した一日であった。
「シュウ、次はいつ遊びに来てくれる?」
玄関でスニーカーを履く彼に、私が期待を込めてそう聞くと。
「胸触られてあんなに怒ってたのに、ナオは懲りない女だな」
困ったような顔をしてそんなことを言われて、言葉に詰まる。
そこでようやく、あれは彼なりの警告だったのだと気づく。
彼氏を自分の部屋にあげることへの危機感が希薄だった私に注意を喚起したつもりなのだろう。
その気遣いはとても優しくて、思いやりに溢れていた。だからこそ、私は。
「私に怒られたくらいで、あなたは懲りてしまうの?」
そう言ってやると、彼はいかにも面白そうに笑って、やれやれと首を振った。
「いや、また来るよ」
「そうしてくれると嬉しい」
「でも、明日は部活に来い」
「なんで?」
「お前が居ないと顧問が寂しがって大変なんだよ」
心底辟易した様子でそう言われてしまえば、嫌々ながらも渋々頷くより他なかった。
「……わかった。明日はちゃんと行く」
「それなら、昼飯を食べてからいつもの公園で待ち合わせな」
「ん。13時くらいで構わない?」
「ああ。待ってるよ」
明日の約束を交わして、彼は去り際にこちらに背を向けて、こんなことを口にした。
「ナオが居ないと、俺も寂しいしな」
やれやれ。まったく、本当に素直ではない男だ。
わざわざ早乙女茜を引き合いに出さずとも、そう言ってくれたら私は部活に行くに決まっているのに。
彼は恥ずかしかったらしく、私の返事を聞かずにさっさと行ってしまう。
大声で何かを叫ぼうと思ったが、気の利いた台詞が思い浮かばず、小さく手を振って見送った。
彼の大きな背中が見えなくなった頃、ひぐらしの鳴き声に紛れるように、こっそり私は呟く。
「……早く明日が来ればいいのに」
大好きな彼氏が帰ってしまったことに、一抹の寂しさを感じつつ、日中に比べ幾分か涼しい夏風に吹かれていると、身体に染みついた彼の香りがふと漂ってきて、たまらない愛おしさを感じた。




