第50話 『決勝戦』
「次はいよいよシュウと瀬川さんの決勝戦ね」
「有村秋じゃ瀬川灯の相手にはならないわよ」
準決勝が終わり、残すは決勝戦と三位決定戦のみとなった。
シュウと瀬川さんが向かい合わせに席に着き、その隣に設けられた机には、泣き止んだ彼方くんと瀬川さんに敗北した名も知れぬ男の人が対峙する。
思いがけず、遊戯部同士の決勝戦となって、ちょっとワクワクしている私に、鷹宮さんは辛辣な口調で両者の戦力差を指摘した。
冷や水を浴びせられた形となったが、たしかに瀬川さんの実力を鑑みれば、シュウに勝ち目はあるまい。
「どうあがいても、有村秋は瀬川灯に勝てない」
繰り返しそう断言されてしまうと、彼女としては反射的に反論したくなるが、冷静に考えればそれはむしろ望むところだった。
この大会を勝ち抜けば、瀬川さんの本戦出場が決まる。
そして、再び公式戦で吉田くんと相まみえることとなる。
彼女は地区予選優勝の実績によって自らの成長と実力を示し、思いの丈をぶつけようとしていた。
そのことを思い出して、先程ワクワクしてしまった自分を恥じる。全力で瀬川さんを応援せねば。
シュウには悪いが、ここは大人しく引き下がって貰いたいと、そう思っていたのだが。
「いや、それはどうかわからないよ」
鷹宮さんの予想に対して、待ったをかけた吉田貴広。
それを聞いて、不安感がせり上がってくる。なにせ彼はチャンピオンだ。
その言葉には強者しか持ち得ない、有無を言わさぬ説得力があった。
ルールを解さない私にとっては、それを熟知している鷹宮さんの発言はそれなりの信頼性があった。
しかし、そんな彼女の言葉に否を突きつけたのが世界王者というならば話は別だ。
嫌な予感を感じて、私は恐る恐る、吉田くんに尋ねた。
「それはどういう意味?」
「言葉通りの意味だよ。この決勝戦はきっと面白くなるよ」
「でも、鷹宮さんはどうあがいてもシュウは勝てないって……」
「その読みは正確だよ。贔屓目なしに、瀬川さんの方が実力は数段上だろうね」
「それなら、どうして……?」
あっさりと鷹宮さんの形勢判断を肯定しつつ、前言を撤回しようとしない吉田くん。
彼はとても楽しげに微笑んでいて、それは瀬川さんが準決勝に勝利した時と同様に、弾むような笑顔ではあったが、あの時よりも幾分口角がつり上がっており、格段の愉悦を感じているように見受けられた。
恐らく、私が先程抱いていた期待感と同種の感情の発露と思われるが、それにしては不気味すぎる。
別段、怖い顔をしているわけではない。見る者を楽しい気持ちにしてくれる表情だ。
本日は晴天で、体育館の中は観客の熱気によって、かなり暑い。それでも、吉田くんは涼やかだ。
こんなに楽しそうに笑い、次に始まる戦いに期待を寄せているのにも関わらず、彼は爽やかだった。
そんな凍てつくような雰囲気が、一層恐怖心を募らせる要因となっていた。そう、私は彼が怖い。
この圧倒的強者が、世界で一番強い男が、何かを企んでいるように見えて、仕方なかった。
そして、悪い予感というものは往々にしてよく当たるもので、今回も例外ではなかった。
「実は有村に頼んで、ちょっと細工をしてあるんだ」
「細工……?」
「そう。ああ、もちろんイカサマの類じゃないから安心して」
どうやらこの王者は、何らかの手段を用いて決勝戦に干渉するつもりらしい。
細工と聞いて眉を顰める私に、彼は安心させるように笑いかけたが、全く不安は拭えない。
むしろ更に厚みを増したどす黒い暗雲に押しつぶされるような気分になって、喉が酷く乾いた。
それでも、このチャンピオンが何を仕掛けたのかが気になり、震え声で尋ねた。
「な、なにをしたの……?」
「簡単さ。もし有村が決勝に残ったら、僕のデッキを使って瀬川さんを倒してくれと、事前に頼んでおいただけだよ」
「ど、どうしてそんなことを!?」
こともなさげにそんな非道な計画を暴露をした吉田くんに、思わず怒鳴ってしまった。
いきなり大きな声を出されたことに驚いて、彼は目をパチクリ。ぶん殴りたくなった。
しかし、怒りよりも、絶望感が勝った。あんなに努力してきたのに、こんなことになるなんて。
無意識に振り上げていた拳から、力を抜いて、うなだれる。男の子は、いつもこうだ。
こっちがどんな気持ちでいるのかなんて毛ほども気にせず、好き勝手し放題。
それに振り回される身にもなれよ。そうした文句すら言えないほど、憔悴感に包まれる。
そんな弱り切った私の代わりに、何も知らない鷹宮さんが口を挟んだ。
「どういうこと? あんたのデッキを貸したからって、なんだって言うの?」
この疑問に答えることが、最後の義務だと思い、気持ちの整理も兼ねて、私は答えた。
「吉田くんはね、このカードゲームの世界チャンピオンなのよ」
「は?」
「そして、少し前に、彼と対戦した瀬川さんは負けてるの」
それだけ言って、私は力尽きた。改めてその事実を自認して、心が折れた。
以前、吉田くんと対戦した瀬川さんは、負けた。その結果が、重くのしかかっていた。
もちろん、カードゲームには運の要素が絡んでいる。絶対に勝てないわけではない。
だが、そんな希望的観測を抱けるほど、チャンピオンのデッキは甘くない。
私は詳しくないのでわからないが、恐らく、必ず勝てるように作っている筈だ。
でなければ、あんな大逆転など早々起こるまい。負けないからこそ、王なのだ。
それをこの目で見ている私の消沈した表情を見て、鷹宮さんは理解してくれたらしい。
「ふーん、なるほどね……そういうこと。そう言えば、二連覇中のチャンピオンの名前は、こいつと同姓同名だった。よく彼方がその名前を口にしてたから、覚えてるわ。だけどまさか、それがクラスメイトとは思わなかった……」
納得しながらも、驚愕を禁じ得ない様子の鷹宮さん。
驚くのも無理はない。私も初めて聞いた時には現実味がなかった。
しかし、私は知っている。吉田貴広が、本物の王であることを。
だからこそ、こうして絶望しているのだが、鷹宮さんは未だ半信半疑らしく、物わかりの悪いことを口にした。
「でも、まだ勝負が決まったわけじゃない」
そんな気休めは、王の強さを体感していないから言えるのだ。
何も知らない鷹宮さんにそのことを言って聞かせるその前に、楽しげな声音で、この理不尽な状況を作り上げた張本人たる吉田くんが、肯定した。
「その通り。勝負の行方は誰にもわからない。だからこそ、面白いのさ」
そう嘯いて笑う彼は、まるで少年のように無邪気で、それが余計に恐ろしかった。
どの口がそんなことを言うのだと、怒りすら覚える。けれど、どこか肩すかしをされたような感覚。
吉田くんのデッキを使う以上、瀬川さんの敗北は目に見えている。それなのに、彼は心底楽しそうだ。
そんなに瀬川さんを追い詰めるのが楽しいのだろうか? いや、彼はそんな男ではない。
この吉田貴広という人物は重度の被虐趣味を持っていて、誰かを虐げたり、陥れたりして愉悦を感じるような人間ではない。むしろ、罵倒されたり虐げられるのが大好きな男である。
にも関わらず、こうして嬉しそうなのは何故か。そこに疑問を覚えると、彼は自らの心境を語った。
「僕は瀬川さんが負けるなんて思ってない」
「どういう意味……?」
「彼女が一度負けた僕のデッキに対してどう攻略するか、それが見たいのさ」
熱っぽい視線を瀬川さんに向けつつ、吉田くんはそんな破綻した願望を私に聞かせた。
しかしながら全く意味がわからず、首を傾げていると、彼は不意に話を戻した。
「さっき、神崎さんはどうしてこんなことをするかって聞いたよね?」
「え、ええ……たしかに、そう聞いたけど……」
「その質問の答えが、今話したことって言ったらわかる?」
「自分のデッキが攻略される光景を見たいから、シュウに頼んでデッキを交換して貰ったってこと?」
「そう。その時初めて、彼女の真の強さが発揮されるのさ」
なんともはや、やはり吉田貴広は、重度の被虐趣味の持ち主らしい。もはや病的とも言える。
自分のデッキが負けるのが見たくて、わざわざこんな手を回すなんて、完全にいかれていると思った。
隣で聞いている鷹宮さんも同感らしく、嫌悪感を隠さずに、吐き捨てた。
「なにそれ……気持ち悪い」
「い、いや、もちろん、これにはちゃんとした理由があるんだよ!」
気持ち悪いと言われ、慌てて弁明する吉田くん。
どうやら彼には彼なりの考えがあるらしく、私は黙って耳を傾けることにする。
「この前、僕は瀬川さんと対戦して勝ったけど、あんなことは本戦ではよくあることで、誰もが必殺技みたいなものを用意していて、それを使う機会を伺っているのさ」
誰もが必殺技を持っているなんて、随分と大袈裟に聞こえるが、表情は真剣そのものであり、少なくとも嘘をついているようには見えない。
本戦を勝ち抜き、その先の世界大会までも制した彼が言うのだから、間違いはあるまい。
疑っていてはキリがないので、それをそのまま鵜呑みにすると、王は結論を述べた。
「つまり、そうした必殺の一撃に対処出来なければ、本戦では戦えないってことなんだ。だからこそ、僕は瀬川さんに勝って欲しいと願っている。あのデッキを打ち破って、本物の強さを手に入れて貰いたいんだ」
なるほど。その理屈は筋が通っているように思えた。
彼の言う通り、本戦での対戦がそこまでシビアならば、それに打ち勝つ為の力が必要だ。
それこそが本物の強さであり、吉田くんは瀬川さんにそれを身につけさせようとしているらしい。
全ては彼女の為。その気持ちはよくわかった。しかしながら、それでも。
「どうして男子はそんな風にいっつも自分勝手なのよ」
「同感。それでまた負けちゃったらどうするつもり?」
私の気持ちを代弁してくれた鷹宮さんの言葉に乗っかり、揃って半眼を向けて睨みつける。
女子二人に睨まれて不利を悟った吉田くんは、途端に気弱な一面を見せて、弁解を補足した。
「い、いや、でも瀬川さんは僕のデッキと一度戦ったことがあるから……」
「だからって、今度は勝てるとは限らないじゃないの」
思わず追撃するも、そこは踏み込むことの許されない、王の間合いだったらしく。
「勝つよ」
つい今し方の気弱さから一転。
自信に漲るその口調は、是非もないと言わんばかりの迫力があって。
それっきり何も言えずに、ただ、黙らされてしまった。
まるで叱られたように、しゅんとしてしまう。そんな無形の圧力とも呼べる威圧感を放っていた。
私が萎縮したことに気づいているのかどうかは定かではないが、吉田くんは不意に微笑んで。
「一度負けた戦術に、二度も負けるほど、彼女は弱くない」
瀬川さんに対する絶対の信頼を口にする彼の笑顔は、私を安心させてくれた。
鷹宮さんもこれには文句を言えないらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らすことしか出来ない。
そんな感じで上手く話が纏まったところで、決勝戦が始まった。
それと同時に、彼方くんが出場する三位決定戦も始まったのだが。
「彼方の試合は見なくても良さそうね」
「えっ? なんで?」
「相手の心が折れてる。よっぽど、瀬川灯に負けたことが堪えたみたいね」
鷹宮さん曰く、試合開始前から対戦相手の心がブロークンとのこと。
言われてみれば、覇気がない。心ここにあらずといった様子。
大天使によって彼の魂は天に召されてしまったらしい。南無阿弥陀仏。
というわけで、私たちは心置きなく、決勝戦へと視線を注いだ。
「決勝戦の戦況はどんな感じなの?」
「一言で言えば、フルボッコね」
「なら、この前と一緒か……」
火花姫の辛辣な解説の通り、シュウは既に虫の息だった。
ルールを解さない私が見ても一目瞭然。わざわざ聞くまでもなかった。
それは以前見た瀬川さんと吉田くんの対戦の焼き増しを見ているかのような一方的な展開。
防御すらもままならず、まるですり下ろされるようにガリガリとライフポイントを減らされるシュウを見て、会場から失望を含んだため息が漏れる。
きっと観客は、もっと激しい熱戦を期待していたのだろう。
しかし、残念ながら、準決勝のようなぶつかり合いは、起こらない。
だけど、私は知っている。そうしている間にも、瀬川さんの寿命が縮んでいることを。
そして断片的な情報しか得ていない筈の鷹宮さんも、シュウの狙いに気づいたらしく。
「どんだけサーチしてんのよ。あれじゃ、警戒して下さいって言ってるようなものじゃないの」
呆れたようなその物言いの中に、気になる単語があったので尋ねてみる。
「サーチ?」
「有村秋が山札から頻繁にカードを引いてるでしょ?」
「そう言えば、あれは何をしているの?」
「自分の欲しいカードを手に入れる為に、魔法を使ってるのよ」
「それは反則じゃないの?」
「そういう効果のあるカードを使ってんのよ。それに、デメリットもある」
「デメリット?」
「見りゃわかるでしょ。ガードが疎かになって、好き放題殴られてるじゃないの」
「なるほど」
ふむふむ。どうやらシュウは、必殺技を発動する為に必要なカードを集めているらしい。
その為に、山札からカードを引く効果のある魔法を発動しているようだ。
目当てのカードを引き当て、前回と同じくコンボを発動させれば、それで勝てる仕組み。
それだけ聞くと、あからさまなズルのようにも思えるが、リスクもある。
見ての通り、シュウはノーガード。殴られ放題だ。だから、ライフポイントが残り少ない。
要するにこれは、肉を切らせて骨を断つ戦法なのだろう。殺される前に、殺す。
言い換えるならば、殺るか、殺られるか。それを理解すると、印象が大きく変わる。
会場内でもその殺伐とした雰囲気を知覚出来ている者が少数ながら存在しているようで、次第にそれが他の観客にも伝播していき、どんどん口数が減っていった。徐々に静まり、熱気だけが膨らんでいく。
そんな異様な空気の中で、対戦者たる瀬川さんが平然としていられる筈もなく、表情が強ばっていた。
「どうやら、あれが僕のデッキだと気づいたみたいだね」
その表情を見て、吉田くんがさも愉快そうに心中を見透かす。
彼の言う通り、瀬川さんは気づいただろう。王が仕掛けた罠に。
「そう言えば、大会中にデッキを変更するのはありなの?」
緊迫した空気に耐えきれず、ずっと疑問に思っていたことを口にすると、2人の識者が説明してくれた。
「出場者はデッキを3つまで事前に登録出来るのよ」
「そうそう。その中なら、どれを使っても自由」
「入れ替えも自由だから、どのデッキを使ってくるかは対戦するまでわからないってわけ」
意外と息の合った解説に少々驚きつつ、納得。
恐らくこれは、互いの手の内をわからなくさせる為の工夫なのだろう。
相手が次にどんなデッキを使ってくるのか不明な方が、盛り上がるのだと思われる。
面白い戦いの方が観客も楽しいし、対戦する本人同士もやり甲斐があるに決まっている。
なかなか理に適った決まりだと思いつつ、それによって苦しむ瀬川さんを見たくなくて。
つい現実逃避して彼方くんの試合へと目を向ける。ああ、やっぱり可愛いな。癒やされる。
ささくれ立った心を目の保養にて慰めるものの、現実は過酷であり。
「そろそろ、有村が仕掛けるよ」
まるで地獄の底から囁くような吉田くんの言葉で、決勝戦のスクリーンへと視線が引き戻される。
しかしながら、未だ瀬川さんが優勢であり、前回と同じく、あと1ターンで勝利といった場面。
ルールを熟知している鷹宮さんも、吉田くんの言葉が信じられないらしく、疑問を口にする。
「仕掛けるって……もうどうしようもないじゃないの」
「それをひっくり返せるように作ったデッキなんだ」
「だからって、いつもそう都合良くいくとは……」
「都合良くいくように、作った。運だけじゃあ、勝ち続けられないからね」
チャンピオンのその言葉には、相応に重みがあり、鷹宮さんも黙らざるを得ない。
それでも、私は祈り続けていた。どうか神様、瀬川さんを勝たせて下さいと。
だが、もしもこのカードゲームにおいて神のような存在がいるとすれば、それに一番近いのは、紛れもなく。
私の隣に座る、吉田貴広に他なるまい。
「ほらね、僕の言った通り」
言ってる傍から、シュウが動いた。
それは以前見た光景とまったく同じ。
大量に蓄えた手札から、一枚一枚カードを使用していく。
そして前回と同じく、即死のコンボが完成した。
ああ、そんな。
私が抱いていた、儚い希望が、打ち砕かれた。
心のどこかで、こう思っていた。
きっとシュウなら、瀬川さんを勝たせてくれる、と。
私は自分の彼氏を、信じていた。
なんだかんだで友達思いの優しい彼は、こんな非情な行いはしないと。
それなのに現状は、なんともままならない。
シュウはまるでマシーンのように、淡々とカードを使用して、瀬川さんにダメージを与えていく。
そこに迷いや躊躇いは一切見受けられず、それでいて勝利への渇望や情熱なども全く感じられない。
ただ自分の成すべきことをやっているような、そんな風に見えた。
しかし、それがわからない。これが、シュウのやりたいことなの?
こんな残酷なことをして、いったい何になるというのだ。何にもならない。終わりだ。
まだ夏は始まったばかりなのに、瀬川さんの物語が、終わってしまう。
こんなに呆気なく。
想いを告げることも出来ぬまま。
静かに、フェードアウトするなんて。
そんなのはあんまりだと、理不尽だと、無常にも程あると、叫び出したくなった私に。
興奮を抑えきれない様子の吉田くんが、敗北目前の瀬川さんを指差して、叫ぶ。
「まだだよ! 神崎さん、見て! 瀬川さんはまだ、負けちゃいない!!」
言われて、俯いていた視線を上げる。
するとスクリーンの中で、瀬川さんと目が合った。
しかし、私は一瞬それが誰だかわからなかった。
私が知る天使は、こんなに怖い顔はしない。
私が知る天使は、こんなに人を睨まない。
私が知る天使は、こんなに歯を食いしばったりなんて、しない。
そこには、般若の形相を浮かべた瀬川さんが居た。
彼女は怒っているらしく、それでいて嬉しそうで、そしてどこか熱っぽい。
普段は柔らかに垂れた目尻をつり上げて、平時は柔らかな眼差しを爛々と輝かせている。
とはいえ彼女から迸る柔らかな威光は、やはり私が知る柔花姫のものであり。
その険しい、鬼気迫った表情とは裏腹に、とても穏やかで落ち着いた、柔らかい上品な手つきで、いつの間にか場に伏せていたカードを発動した。
「ああ……負けた」
それを見た瞬間、吉田くんがポツリと、嬉しそうでありながら悔しげに、敗北を認めた。
彼の言葉の通り、その直後、シュウが負けを認めて、審判がそれを受理。
こうして、瀬川さんが決勝戦を制し、優勝した。
すっかり静まり返っていた会場が、その結末を受けて、どよめいた。歴史に残る一戦となったらしい。
しかし、劇的な決着に沸く会場とは裏腹に、無知な私には瀬川さんが使用したカードの効果がわからない。なんとも困った。由々しき事態である。これでは喜ぶことも、感心することも出来ない。
そんなこんなで状況が理解出来ず、目を白黒させている私を見かねて、意外と面倒見のいい鷹宮さんが親切に説明してくれた。
「今、瀬川灯が使ったのは、魔法を打ち消すカードよ」
「魔法を打ち消す?」
「そう。それで有村秋のコンボを破った」
「で、でも、今はシュウのターンなのに、そんなことが出来るの?」
「あれは相手のターンでも使えるカードだから、問題ないわ」
「なるほど……だけど、そんなに上手くいくものなのかしら……?」
どうやら瀬川さんは有村くんが仕掛けたコンボを打ち破ったらしい。
だが、そこで疑念が生じる。早々そんな上手い話があるのだろうかと、訝しむ。
こんなに簡単に打ち破れるならば、前回の対戦の際にも対応できた筈だ。
そう思って、首を傾げていると、吉田くんが感慨深そうに呟いた。
「よっぽど、僕に負けたのが悔しかったんだろうね」
「そういうことね。あんなにメタな対抗手段を用意するくらいだもの」
彼の考察に鷹宮さんも同意して、メタな対抗手段とまで評した。
それでようやく悟った。吉田くんは、彼女のそういった執念を、信頼していたのだと。
前に負けたからこそ、今回彼女は勝利を掴むことができたとも言える。
たぶん、私が知っているよりもずっとずっと瀬川さんは負けず嫌いなのだろう。
一度やられた戦法では、二度と負けない。その執念が、ありありと見て取れる。
そして王者は、そんなひたむきな挑戦者が挑んでくることを、切望していたのだ。
「やっぱり、瀬川さんは素敵だな」
しみじみと、吉田くんは惚れ直した様子。
その言葉には、これまでにないほどの厚さや重みが感じられて、私は理解した。
きっとその為に、王は介入したのだ。この光景が見たくて、手を出さずにはいられなかったのだろう。
私はこれまで、彼は瀬川さんの穏やかな人柄や端麗な容姿、そして抜群なプロポーションに惹かれているのかと思っていた。しかし、それはとんでもない思い違いだった。
実際に彼女と戦ったことのある王は、親しい友人であると自負している私よりもよっぽど瀬川さんのことを熟知していた。
柔花姫の秘められた負けず嫌いな一面や、それに対しての執念と執着心。
吉田くんはそんな彼女の本質について、素敵であると評した上で、独白をする。
「僕の勝ち方は、友達が居なくなる勝ち方なんだよ」
「友達が居なくなる勝ち方……?」
「本気になるとつい相手の闘争心をへし折って、再起不能にするようなやり方をしてしまうんだ」
「まるで人でなしね」
「でしょ? まあ、敢えてそうしてるんだけどね。僕って性格悪いからさ」
「どうして、そんなことを……?」
「中にはこうして再び立ち上がり、真っ正面から打ち破ってくれる人がいるからだよ。そんな相手に恨まれたり憎まれたりされると、ゾクゾクするだろう? いつか僕はこの人に殺されるんじゃないかって思うと、すっごく怖くて、めちゃくちゃ気持ちいいんだ。これだから、やめられない」
なんとも、被虐趣味ここに極まれり、といったところか。
見る者によっては、酷くいびつで、不器用に見えるかもしれない。かくいう私も、そのひとりだ。
しかし、今の瀬川さんの表情を見れば、そんな考えなど吹き飛ぶ。それほど、いい顔をしていた。
真剣勝負への横槍に対する激怒はもちろんあっただろう。だが、それを上回る達成感が見て取れる。
なにせ、横槍を入れてきたのは王だ。それを打ち破ったのならば、誇っていい偉業と言えよう。
そう、今大会で、柔花姫は偉業を成し遂げた。己が強さを示し、王への挑戦権を得た。
当初の予定では、予選会を制すことのみが目標だった。
にも関わらず、目標たる王者本人の粋な計らいによって、彼女はより高みへと達したのだ。
より厚く、そして重く。
2人の思いは増大した。
これが、瀬川さんと吉田くんの恋の仕方なのだろう。
スクリーンに映し出される彼女は、嬉しげに柔らかな笑みを浮かべながら、目を爛々と輝かせていた。
普通にしていても見る者を惹き付ける美貌の持ち主ではあるが、今日の姫はいつにも増して美しい。
会場の観客は老若男女問わず、この地区における新たな女王に、見惚れていた。
そこかしこでため息が漏れ、魅了されているのがよくわかる。かくいう私も、そのひとりだ。
「どうやら、彼方も勝ったみたいね」
瀬川さんの神々しいご尊顔にすっかり目を奪われていた私は、その隣に映し出される三位決定戦の模様を全く見ていなかった。
鷹宮さんに言われて慌てて視線を向けると、そこには勝利の喜びに満ち溢れた、満面の笑みの彼方くんの姿が映しだされていた。
とっても可愛い。これに真っ先に気づけないなんて、ショタコン失格である。
とはいえ、見逃さずに済んだので、瀬川さんの笑顔共々、ショタの笑顔も記憶に刻みつけることにする。
こうして波乱に満ちた地区予選は終わり、瀬川さんはチャンピオンである吉田くんが待つ本戦へ出場する権利を得た。
いやはや、やはり恋愛とは一筋縄ではいかないと改めて思い知らされることとなったのだが。
しかし意外にも、ここから瀬川さんの恋物語は、急展開を迎えるのだった。




