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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
序章 【中学時代】
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第5話 『刺激的な男女合同練習』

「そろそろ男女合同で練習をしてみたいのだけど」


 文化祭まであと3日に迫った土壇場の昼休み。満を持してリーダー格の女子に提案してみた。

 男子の完成度は上出来だ。当初の想定を大きく上回る成長を遂げていた。

 特にリーダー格の男子の加入の効果は想像以上だった。彼は歌が上手い。

 彼がテナーの生徒を引っ張り、纏め上げて、先導してくれたおかげで主旋律が前面に押し出された。

 客観的に聴いてもかなり上手だと思う。きっと、どのクラスよりも、と思うのはさすがに親バカか。


「ちゃんと歌えるようになったの?」

「うん。みんな、上手だよ」

「ふーん。ならいいけど」


 なんかリーダー格の女子の機嫌が悪いような気がするけど、気のせいだと思った。

 あとから考えると、この辺から刺激的で不穏な空気が漂っていたのだとわかる。

 けれど、中2の私はそれにまるで気づかずに、放課後の合同練習を迎えたのだった。


「それじゃあ、お手並み拝見といこうじゃないの」

「けっ。偉そうに」

「なんか言った?」

「なんでもねぇよ。さっさと始めろ」


 リーダー格の男子と女子の軽い口論がありつつも、伴奏者が演奏を開始して練習が始まった。

 私はアルトのパートを歌いながら、伴奏者の女子のピアノの上手さに感心していた。

 抑揚の利いた、流れるような指捌き。これこそが、作曲者の意図を掴んだ演奏なのだろう。

 愚昧な私にはその意図とやらを察することは残念ながら不可能だけど、上手であることはよくわかる。

 そして肝心の合唱のほうは、まあ男子は上手だ。それは知ってる。問題は、女子のほうだった。


「なんか、お前ら下手じゃね?」


 歌い終えた後、リーダー格の男子の第一声に教室が凍り付く。だけど、同感だった。

 明らかに、男子のほうが上手い。女子たちはこの一週間とちょっと、何をしていたのか。

 恐らく毎日の練習時間の1時間を、練習30分、おしゃべり30分で消費したのだろう。容易に想像できる。

 もっとも、そうした女子の体たらくに対して嘆息をしたりはしない。そんなことは私にとってはどうでも良いことだった。自分自身、人を注意出来るほど歌が上手いわけでもないし。

 しかし、そんな時間の使い方をしていたのであれば、男子のコーチを引き受けて正解だったと思った。

 ガールズトークは、正直苦手だ。やれ好きな人の話やら、身体のことやら。全くついていけない。

 精神年齢も肉体に比例している私には、悲しい哉、初恋の経験などなかったのだ。

 恋をしたいと思ったこともなかった。恋愛は当時の私にとって非常に不可思議で、ちっとも理解出来ない事柄だった。そしてその難題に取り組む意欲も希薄というか、皆無だったと言っても過言ではない。

 なにせ、自分の発育不全のことで頭が一杯だったのだから。ツルペタで恋なんて、ありえないもの。


 そんなわけで、女子たちの練習内容にはさほど興味はなかった。ていうか、それよりも、だ。

 私の視線は、とてもピアノの上手な伴奏の彼女に釘付けだった。マジマジと観察して、初めて知った。


 なにこの子、すっごく胸が大きい!


 姿勢良く椅子に座っているので、その豊満な胸部が強調されていた。

 私よりも長い黒髪を私よりも下の位置で緩めに結って、肩口から胸元に垂らしている。それがまたなんとも淫靡で扇情的で、つまり一言で言うと、エロかった。エロエロだった。

 セーラー服の上には黒のカーディガンを羽織っていることも、妖艶さに拍車をかける。黒はエロい。

 おまけに、膝が少し見れるくらいに上品に短くされたスカートから覗くそのほっそりした脚には、同じく黒色のタイツを着用していて、なんというか本当に同級生なのかと思うほど、大人っぽかった。

 あの髪型とタイツを真似したら、私もそうなれるだろうかと想像するが、瞬時に無理だと悟る。色々とボリュームが足りない。具体的にどこかと聞かれると、全部と答えるしかないほど格差が広がっていた。

 やはり、肝心なのは胸だ。どこまでいっても、胸の大きさがつきまとう。なんとも忌々しいことだ。

 せめて、あの半分でも私の胸が育てば……そんな理想を夢想していると、金切り声が響いた。


「ちょっと自分たちが上手くなったからって、調子に乗んないでよっ!」


 ヒステリーを起こしたのは、もちろんリーダー格の女子。この子はどうにも短気すぎる。

 そんな彼女は私よりも背が低く、髪は短い。前髪を上げて結んだ女の子だ。顔が小さい。

 着ているカーディガンの色は、朱色がかった赤色。彼女の熱量を表現していると思われる。

 毎度のことながら感心してしまう。どうしてそこまで熱くなれるのか。

 まるでどこぞのテニスプレイヤーのようだと思っていると、愕然とした。


 赤いカーディガンを押し上げる、ささやかな膨らみ。そう、そこにたしかに膨らみがあった。

 間違いなく、私よりも大きい。だって、私には膨らみなんてないもの。衝撃だった。

 リーダー格の彼女の発言は、とても子供じみていて、背の低さも相まって、年下ちっくだ。

 それなのに、私よりも胸が大きい。脳裏に、『敗北』の二文字が刻みつけられた。負けた。完全に後塵を喫した。

 その瞬間、自分がこの癇癪持ちの女子よりも子供であると、理解してしまった。悔しい。


 血の涙を流して打ちひしがれている私をよそに、教室内の雰囲気は加速度的に悪化していく。鼻をつく刺激臭が、瞬く間に充満していった。


「さんざん人に注意してた癖に、なんだよこの有様は。遊んでたのか?」

「そ、それは……私たちだって、一生懸命……!」

「どーだかな。なんか、がっかりだぜ」


 痛烈なリーダー格の男子の言葉に、リーダ格の女子は目尻に涙を浮かべて震えだした。

 いかに空気を読むのが苦手な私とて、この先の展開は容易に想像できる。泣くぞ。間違いなく。

 しかし、赤いカーディガンのリーダー格の女子が泣き喚く前に、優しげな声音が響いた。


「たしかに、男子のほうが上手いわね。それなら私たちも頑張らないと、ね?」


 あっさりと、現状を受け入れたのは伴奏の女子。やはり、彼女は大人ちっくだ。

 そう言われてしまえば、リーダー格の女子も大人しく頷くしかない。

 思わぬ介入によって事態が収束したことに、リーダー格の男子も拍子抜けした様子だ。

 ともあれ、事なきを得て、その後何度か全体で合わせて今後の課題を探りつつ、お開きとなった。


 帰り道、私はあの場を収めた伴奏の女子に畏敬の念を抱いていた。尊敬に値する。

 いやはや、参った。胸が大きいということは、やはり精神の成熟にもよほどの影響があるらしい。

 そんなことを実感しながら、家に帰って牛乳をがぶ飲みした。当然、お腹が痛くなったけどね。

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