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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
49/60

第49話 『準決勝』

「それじゃあ、頑張ってね、瀬川さん」

「うん! 行ってくる」


 夏休みに突入して、間もなく、柔花姫の戦いが始まった。

 市営の体育館が会場として解放されたカードゲームの予選会には、沢山の参加者が詰めかけ、まるでお祭りのような活気に満ち溢れており、大盛況である。競技人口5000万人というのは伊達ではないらしい。

 そんな熱気漲る会場に、私も友人として観戦に訪れていた。

 試合に向かう瀬川さんを激励して、送り出す。

 ちなみに、今回の大会には彼女以外の遊技部のメンバーも複数名出場しており、私の彼氏もその一人だったりする。


「シュウもほどほどに頑張ってね」

「舐めんな。俺は日頃から世界王者の手ほどきを受けてるんだぜ?」


 不敵に口の端をつり上げる彼の言葉は、別に虚勢ではなかったらしく、瀬川さん共々順調に勝ち進んでいった。

 あれよあれよと言う間にトーナメントは進み、残すは準決勝と決勝のみ。

 瀬川さんとシュウは別々のブロックだったので、ぶつかるとすれば決勝だ。

 その前の前哨戦として、両者の準決勝が行われる。

 観戦席のある体育館の二階に上がり、シュウを見下ろして、ふと気づく。


「あれっ? シュウの相手って……もしかして彼方くん?」


 ノッポな私の彼氏に向かい合って座る幼い少年には見覚えがあった。

 私が愛してやまないショタの中でも一際優れた完成度を誇る、鷹宮彼方くんに間違いない。

 彼方くんはシュウのことを覚えていたらしく、幼い顔で懸命に睨みつけていた。めっちゃ可愛い。

 しかし、シュウはどこ吹く風。平然とその視線を受け流して、なにやら声をかけた。

 それはどうやらからかいや挑発の類のものだったらしく、彼方くんの表情が一層険しくなった。

 まったく、子供相手に大人げないと思いつつ、あれがショタへの正しい接し方なのだと先日思い知らされたばかりの私は楽しそうな2人を見ていると少しばかり切なくなってしまって、慌てて思考を切り替える。

 たぶん、あの子がいるなら、きっと。


 視線を巡らせると、トレードマークのちょんまげを発見。


「鷹宮さん、こんにちは」

「げっ! か、神崎直……!」


 いや、だから、その反応はやめてくれ。


「今日は彼方くんの付き添い?」

「そうよ。どうしても出たいって言うから、仕方なくね」


 心底面倒そうにふんっと鼻を鳴らす鷹宮さん。

 しかし、それでもこうして弟に付き添ってあげているのだから、優しい姉であることは明白だ。

 彼女は赤い半袖パーカの前を全開にして、中に着ている派手目な柄物のTシャツを見せ、そしてしなやかな美脚を惜しげもなく晒したショートパンツ姿。

 快活な彼女にその装いは似合っており、ところどころボリュームには欠けるものの、それがむしろ健全とも言えた。そしてもちろん、髪型はポニテだ。

 雑誌の表紙を飾っても違和感のないお洒落な火花姫に歩み寄り、隣の席に腰掛けつつ。


「鷹宮さんは大会に出なかったの?」

「出るわけないでしょ。私はたまに彼方に付き合って遊んであげてるだけだし」

「それならルールはわかるってこと?」

「まあ、そのくらいは……」

「じゃあ、解説よろしく」

「はあっ!? なんで私があんたに解説しないといけないのよ!?」


 ルールを知っている識者は、無知なる私にとって非常に貴重だ。

 実を言えば、応援に来たはいいが、戦況がわからず困っていたのだ。

 一応、体育館の前に設置されたスクリーンに盤面の映像は映し出されているのだが、見てもわからん。

 なので、これ幸いとばかりに解説を要請して、胸の前でお願いと手を合わせると、何故か赤面されて。


「わ、脇を締めるのはよしなさいよっ!」

「へっ? どうして?」

「胸元が甘くて後ろの人から谷間が見えちゃうでしょ!?」

「おっと、こりゃ失敬」


 幸い、後ろには誰も座っておらず、誰かに谷間を見られることはなかった。

 今日の私はもちろん私服であり、別段気合いを入れてお洒落をしてきたわけではないのだが、ロリコンの彼氏を少しでも矯正する為、ニットキャミに薄手のカーディガンを羽織り、少々胸元を露出していた。

 しかしながら反応は芳しくなく、シュウにはカーディガンは脱ぐなと厳命されている。

 私としては会場内が暑いの出来ることならば脱いでしまいたいのだけど、鷹宮さんの忠告からもわかる通り、作法がなってないので、しっかりと羽織っておくべきだろう。気をつけなければ。

 自分自身を戒めつつ、姿勢を正すと、鷹宮さんは不機嫌そうに鼻を鳴らして、辛辣なことを言う。


「神崎直はダサい格好に慣れすぎなのよ」

「その言い方は酷くない?」

「じゃあ言われないように気をつけて」

「……自分は谷間を作れないからって」

「あ? なんか言った?」


 おっと、いっけない。私としたことが、つい。

 言われっぱなしは癪なのでつい言い返してしまった。

 すると俄に不機嫌になり始めたので、速やかに話題を変更することにする。


「それよりもさっきの話だけど、解説して貰える?」

「却下に決まってるでしょ。面倒くさい」

「……私の谷間を見た癖に」

「あ、あんたが自分で見せつけたんでしょーが!?」

「あんな目で見られて……私、もうお嫁に行けない」


 先程の自分の失態を利用して、攻勢に転じた。

 恥じらうように胸元を押さえながら、傷ついた表情を浮かべると、鷹宮さんは慌てて。


「そ、そんときは私が貰ってあげるから!」

「えっ?」

「あっ! そ、そうじゃなくて……あーもう! わかったわよ!! 解説すればいいんでしょ!?」


 ふっ……勝った。

 相変わらずチョロい娘だ。やれやれ、正義の炎を纏いし聖女様が聞いて呆れるぜ。

 なんてことはもちろん口に出さず、胸に秘めてほくそ笑むに留める。またへそを曲げられたら大変だ。

 とはいえ、そんな私の腹の内はすぐに相手に伝わり、鷹宮さんは悔しそうに地団駄を踏んだ。


「また神崎直の良いようにされた……うぅ~悔しい悔しい!」

「地団駄を踏む鷹宮さんのふともも……とっても美味しそう」

「た、食べ物じゃないから! やめてよ! 体育祭の時に噛まれた時なんて、その日寝れなかったんだから!」

「そんなに気持ちよかった?」

「当たり前でしょ!? 今思い出しただけでも内ふとももが疼いて……って、なに言わせんのよ!?」


 そんな風にじゃれていると、対戦開始の時刻となった。

 持ち時間を示した時計がスタートして、両者が互いに頭を下げ合う。

 私は早速、対戦の内容について訪ねた。


「戦況はどんな感じ?」

「今始まったばかりでしょ。序盤は解説なんて必要ないわよ」

「そう言わずに、教えてよ……お姉様」


 いけずな鷹宮さんに殺し文句を言うと、途端に態度が軟化。


「うぐっ……し、仕方ないわね」

「やたー! お姉様優しい!」

「うへへ……幸せ」


 私の渾身の義妹演技によって、玲奈お姉様はすっかり骨抜き。へっ。ざっとこんなもんよ。

 上機嫌な彼女の解説を聞きながら、拮抗した序盤を理解しつつ、中盤を過ぎ、終盤戦へと移る。


「形勢はどう?」

「ちょっと彼方が苦しいわね」

「そうなの?」

「ま、あっちの対戦よりはマシだけど」


 シュウと彼方くんの対戦は、私の彼氏が優勢のようだ。

 ひとまわりも年の差が離れている幼い少年を、シュウは全力で叩きつぶすつもりらしい。

 やっぱり大人げないと非難しつつ、鷹宮さんに促され、もうひと組の対戦へと目を向ける。

 そちらは言わずもがな、我らが瀬川さんの準決勝の試合。

 そこでの戦いは、私でもわかるライフポイントの値に、かなりの差が開いてることが見て取れた。

 言うまでもなく、瀬川さんは満タン。そして対戦相手は残り僅か。

 風前の灯……と言うと、名前が灯である瀬川さんの方が劣勢みたいだが、実際は彼女が優勢である。

 吉田くんとの対戦の時のような大どんでん返しでもなければ、柔花姫の勝ちだろう。

 その局面を見つめていた鷹宮さんはふんっと鼻を鳴らして、珍しく瀬川さんのことを賞賛した。


「まさか瀬川灯があそこまでの実力者だとは思わなかったわ」

「やっぱり瀬川さん強いの?」

「強いなんてものじゃないわね。どうしてシードじゃないか不思議なくらいよ」


 彼女の言う通り、地方予選にはシードがある。

 優勝者は次の年の予選を免除される仕組みである。

 瀬川さんは昨年の大会に出場してない為、その権利は持ち得ない。

 それを事前に瀬川さんに説明された私は、どうして去年の大会に出場しなかったのか尋ねた。

 その質問に対する答えは単純明快。彼女の想い人が出てないからだ。

 このゲームにおいて頂点に立つ、チャンピオンも、もちろんシード権を有しているのだ。

 よって、彼との対戦が出来ないことから、地方予選に対するモチベーションが湧かなかったらしい。

 とはいえ、この理由に関しては完全にプライベートかつ、非常にデリケートな話題なので、おいそれと口にすることは出来ない。

 瀬川さんの場にそぐわない並外れた実力を見て、怪訝な顔をしている火花姫をどう誤魔化すか。

 名案が思い浮かばず、困っていると。


「やあ、神崎さん」


 噂をすれば何とやら。

 件の王者が、そこに立っていた。


「こんにちは、吉田くん」

「誰よ、その豚は」

「ぶひんっ!?」


 挨拶を交わすと、鷹宮さんが暴言を吐き、来たばかりの吉田くんを一撃必殺。

 びくんびくんと震えて喜ぶ彼を見て、下手人たる鷹宮さんは気味悪そうな顔をしている。

 そんな彼女に、改めて、友人を紹介する。


「こちらは吉田貴広くん。シュウといつも一緒にいるでしょ?」

「ふん。わかってるわよ。ちょっとしたジョークじゃない」

「鷹宮さんも冗談言うんだ」

「なにその言い草。私が冗談言っちゃいけないって言うの?」

「いや、だいぶ丸くなったなと……」

「知ったようなこと言わないで!」


 どうやら先程の暴言は火花姫なりのジョークらしい。

 しかしながら、完全に致死量の罵倒を浴びた吉田くんは既に虫の息であり。

 やむを得ず私は、気つけ代わりに履いていた靴下を脱いで、それを彼の顔面に翳した。


「ほら豚、大好物の靴下だぞ」

「ぶっふぉ! ふごふごっ!」

「こら豚、誰が嗅いで良いって言った?」

「ぶひ~ん……」

「よし、嗅げ!」

「ふごふごふごっ! ぶひぃいいい!!」


「何やってんのよ、あんた達……」


 おっと、つい普段の調子で躾紛いのことをしてしまった。

 そんな我々のやり取りを目撃してしまった鷹宮さんは、まるで変質者を見るような目をしている。

 通報される前に、早急に誤解を解く必要があると判断して、吉田くんを正気に戻らせる。


「吉田くん」

「ぶひ?」

「鷹宮さんが見てるから自重して」

「へっ? あっ……これはどうも、お見苦しい場面をお見せしてしまって……」

「本当に見苦しかったわ」

「ぶひぃいいいいっ!!!!」

「あ、こら! 鷹宮さんも自重して!」

「私が何したって言うのよ!?」


 またもや罵倒され、吉田くんが発狂。

 鷹宮さんに自制を求めても、話が通じない。自分の女王様体質を自覚してないようだ。

 それからなんとか吉田くんを落ち着かせた時には、既に瀬川さんの方の対戦が終わっていた。


「瀬川さん、勝ったみたいね」

「ふんっ。あれだけ実力差があれば当然でしょ?」


 ほっと安堵する私と、勝って当たり前と言外に褒める鷹宮さん。

 吉田くんはそのどちらでもなく、ただ静かに独りごちた。


「そっか……瀬川さんが勝ったのか……」


 彼のその呟きには、様々な思いが込められているように感じた。

 私が抱いた安堵のようなものではなく、鷹宮さんと同様に、当たり前の事実を口にしたようでもあり。

 それでいて、とても嬉しげな響きが含まれているようにも聞こえ、どことなく弾んでいるようにも思えた。

 察するにこれは恐らく、本戦で戦えることを楽しみにしているのだろう。

 ワクワクとか、ウキウキといった感情に見受けられた。


 とはいえ、本戦に出場するためには、決勝に勝利しなくてはならず。

 その相手が決定するもうひと組の準決勝はどうなったかと言えば、私の彼氏が勝った。

 思いの外、接戦だったらしく、会場から健闘を讃える拍手が沸き上がる。


「有村秋に負けるなんて、彼方もまだまだね」


 冷静な口調ながら、悔しげに歯を食いしばる鷹宮さんを見て、吉田くんは不思議そうに。


「神崎さん、あの子は?」

「シュウの対戦相手は、鷹宮彼方くん。鷹宮さんの弟よ」

「ええーっ!? ひ、火花姫がまさか、お姉ちゃん属性を持っていたなんて!?」

「お姉ちゃん属性ってなによ。馬鹿にしてんの?」

「ぶひっ!? め、滅相もありましぇんっ!!」


 仰天して妄言を口にした吉田くんに白い目を向ける鷹宮さん。

 本来ならばそんな彼らの間に入らないといけない私だが、今はそれどころじゃなかった。


 どれだけ健闘を讃えられようとも、負けは負けだ。

 彼方くんの目に、みるみる涙が堪っていく。

 姉よりも強く歯を食いしばって、顔を歪めさせながら、肩を震わせているショタ。

 ショタコンの私はもう居ても立ってもいられなくなって、二階の観客席から飛び降りて、彼方くんの元へ駆け寄りたい衝動に駆られたのだが、それよりも早く。


 勝者であるシュウから何事か声を掛けられ、泣きじゃくるショタは、ぴたりと泣き止んだ。


「……流石ね」


 それを見て、ひと安心。

 やはり、シュウのお兄ちゃん属性は伊達ではなかったようだ。

 私が両足を複雑骨折する覚悟で二階から飛び降り、血走った目をしながら匍匐前進で馳せ参じ、這い蹲って慰めたところで、こう上手くはいかなかっただろう。

 恐らく、実の姉である鷹宮さんには敵うまい。

 ともすれば、もっと事態を悪化させてしまう可能性すらある。


 しかし私の彼氏は、血の繋がりもないのに関わらず、それを難なくやってのけた。

 その偉業に対して、自らの不甲斐なさを改めて実感すると同時に、不思議と誇らしい気持ちになった。

 私は駄目だけど、その分シュウはすごい奴だ。駄目な彼女を、ちゃんと補ってくれている。

 そう思えば、そんなに悪い気はしない。むしろ胸がポカポカして、温かくなった。


 だから私は他の観客らと一緒に、対戦を終えた彼らに微笑みと、温かな拍手を送ったのだった。

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