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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
46/60

第46話 『未知なる領域』

 というわけで、紆余曲折を経て、晴れて私とシュウは恋人同士になれた。

 人生初の彼氏との日々における、汚くも切なく、そして熱々なラブストーリーをお届けする前に、ひとまず端折ることが出来ない物語を語ろうと思う。

 梅雨が明けて、じっとりとした暑さに苛まれる初夏が訪れた頃、そのイベントがやってきた。


 何を隠そう、それは体育祭だ。

 そこから始まった本編ということもあり、この行事を捨て置くことはできまい。

 高1のあの頃と今では様々なことが大きく変化していたが、それでも変わらないものは存在するわけで。


「うぅ……今年も私のせいで負けちゃってごめんね、なおちゃん」

「気にしなくても平気だよ、瀬川さん」

「でも、せっかく今年もペアを組んでくれたのに……」


 私と瀬川さんは今年も懲りずにペアで出場したバドミントンの競技において、去年と同じく早々と初戦敗退していた。

 心底申し訳なさそうにこちらに謝罪を繰り返す瀬川さんの姿は前年度と全く変わらず、懐かしくなる。

 しかしよくよく見ると変わっている部分もあって、しげしげとそれを眺めながら確信する。


 あらやだ、瀬川さんったら、また胸が大きくなってる。


 どこ見てんだと思われるかもしれないが、この地上に降り立った大天使は、性別を問わず誰もが目を向けてしまう魅惑のバストの持ち主だ。

 たとえ同性であっても巨乳の女の子の胸はついつい見てしまうものである。えっ? 私だけですか?

 こほん……少しばかり自分の変態性が自己主張してしまったようだが、些末な問題だ。

 今の私にするべきことは涙ぐむ瀬川さんを慰めることであり、元気づけることだ。やってやんよ。


 この1年で見違える程に生長した私のコミュ力、とくと見よ!


「ナイスおっぱい!」

「うぅ~! なおちゃんの馬鹿ー!!」


 この一年で強化された変態性を全面に押し出してお胸様を褒め称えたら、怒られた。

 ポカポカと私の成長の止まったそれなりの胸を叩いてくる瀬川さん。くっそ可愛い。

 柔らかな姫君はおててもマシュマロで出来ているらしく、何度叩かれても痛くない。

 むしろ癖になるむず痒さを感じつつ、じゃれ合い、敗戦の悔しさを有耶無耶にすることに成功した。


 そもそも、だ。

 体育祭など、たかが学校の行事に過ぎず、それに求められるのは勝ち負けなどではなく、楽しかったかどうかに他ならないだろう。

 私は今年も瀬川さんとペアになれて嬉しかったし、楽しかった。

 それが全てで、あとは委細どうでもよい。

 こうして彼女にポカポカ叩かれることににすら愉悦を感じている有様なので、これでは吉田くんのことをとやかく言えないなと思いつつ、向こう側のコートへと視線を向ける。

 そろそろ、男子バスケの試合の開始時刻だ。


「瀬川さんのおかげで男子バスケの試合をゆっくり観れるから良かったよ」

「い、嫌味じゃないよね? 今年もジュース買ってきた方がいい……?」

「そんなのいいから、今年は一緒に観よ? また人垣ではぐれちゃったら大変だし」

「そっかぁ……どっちにしろ私は役立たずってことかぁ……」


 軽口を叩くと、瀬川さんはどんどんネガティブに捉えながらも、大人しく私の言葉に従った。

 そんな従順な友人と並んで、私はウォームアップ中の男子生徒に目を向ける。

 そこには現在、我々が着ている紫色のクラスTシャツを着ている生徒の姿が見受けられ、つまり全く見覚えのない面々ばかりではあるが、どうやらあれが我がクラスの男子バスケチームであると思われる。

 とはいえ若干1名ほどではあるが、見覚えどころか一生忘れられそうもない男子がいるわけで。

 特徴的な高い身長もあり、その男はすぐに発見することが出来て、じっと見つめてみる。

 気づけ気づけ。


「お?」


 いま、一瞬目が合った気がしたのに、すぐに逸らされてしまった。

 去年と同じく何かを探すような、そんな不思議な目つきで辺りを見渡している彼。

 いやいや、気づけよ。

 彼女だぞ、私は、お前の!

 そう視線に込めるものの、反応はなく。


 おかしい。

 去年はばっちり見つめ合うことが出来たのに。

 今年は恋人同士になっているのに、なんでだろうと考えて、ふと思い至る。

 去年の私と、今年の私との相違点……それは。


「瀬川さん、鏡ある?」

「えっ? ご、ごめん……さすがに鏡は持ち歩いてないよ」

「じゃあ、上手く結べてるか、見てて」


 今年の私は去年と違って髪型をおさげにしていた。

 だから手早くそれをほどいて、さっと1本にまとめて結おうとした、その最中。


「……ようやく、気づいたか」


 視線を感じて、髪を結うのを中断して、そちらを見る。

 口に髪留めを咥えたまま、こちらを真っ直ぐ見つめる奴と、視線を交わす。

 彼は有村秋。つい先日付き合うことになった、私の恋人である。

 目的は達成したので視線を逸らさぬように注意しつつ、髪を結うのをやめて髪留めを仕舞う。

 そして、口の動きで伝わるように、ゆっくりと。


「が ん ば れ」


 すると、ガッツポーズが返ってきた。かっこいいじゃん。

 親指を立てて返すと、彼は笑顔でウォームアップを再開した。

 そんな彼氏の様子に満足して、乱れた髪を手ぐしで整える。やれやれ、手間かけさせやがって。

 一連の我々のやり取りを間近で目撃していた瀬川さんが、ため息をひとつ。


「はぁ……いいな、羨ましい」


 羨望の眼差しで見られて、恐縮してしまう。

 いやいや、こうでもしなかったらあの男は気づかなかったからね。

 髪型が変わっただけで恋人を見失うとか、どんな節穴だって話だよまったくもう。

 そういや席替えの折、体育祭で見た私を彼はかわいいと言ってくれたが、あれはもしや髪型への感想だったのかもしれない。あとで詳しく追求する必要がある。もしそうだったらお仕置きをせねばなるまい。

 なんて憤慨しつつも、内心はウキウキしているので説得力は皆無だ。

 いやはや、ラブストーリーはあとのお楽しみにするつもりだったのに、ついやってしまった。

 

 そんな交際したての私たちを羨む瀬川さんの方はどうかと言えば、めぼしい進展は見受けられない。

 連絡先を交換してちょくちょく連絡を取り合っているらしいが、そこから先に進めないらしい。

 とはいえ、瀬川さんには彼女なりの戦略があるらしく、現時点で動くのは得策ではないとのこと。

 彼女は虎視眈々と時を待っていた。吉田くんの思いを告げるべく、牙を研ぎながら。


 その作戦の概要は事前に聞かされているとはいえ、正直に言えば。


「さっさと告白したらいいのに」


 つい、思ったことが口をついてしまった。

 しかし、それも致し方あるまい。誰の目から見ても明らかに2人は両思いなのだから。

 吉田くんと接している時の瀬川さんのとろけるような表情。

 そして、瀬川さんに接している時の吉田くんの鼻の下の伸びっぷりを見れば、一目瞭然だ。

 だから、さっさと告白すれば万事上手くいくというのに、引っ込み思案な彼女は涙目になって。


「だ、駄目だよ! ちゃんと手順を踏まないと、きっと相手にして貰えないよ!」


 そんな生真面目なことを口にする瀬川さん。

 傍から見れば焦れったくて仕方ないが、そうは言っても私とて、人のことを言えたものではない。

 下手したら彼女以上に手順にこだわっていたかもしれない。あとから考えると難しく考えすぎた。

 しかしながら、そうやって悶々と悩み続けることもまた、恋愛の醍醐味と言えよう。

 一足先に恋人を手に入れた私は少しばかり高い位置からそう結論付けて、恋する瀬川さんを励ます。


「大丈夫、きっと上手くいくよ」

「うん……ありがとう、なおちゃん」


 そんな感じに上手く話がまとまったところで、ウォームアップを終えたバスケットボールの試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

 コートの中央にて審判がトスアップ。真上に投げたボールの奪い合いが開始。

 とはいえ、担当しているのは背が高いシュウだ。まず誰が相手でも高さで彼には敵うまい。

 その場で垂直跳びをした彼は中空でボールをしっかりキャッチ。そしてドリブルをしようとして。


「あ、取られた」


 つい口に出してしまうくらい呆気なく、シュウはボールを奪われていた。

 取った相手選手はシュウよりも小柄で、とてもすばしっこい。あっという間にボールを運んでいく。

 その早業に、相手のクラスの観客から歓声があがった。

 なにやら、女子生徒の比率が多いような気がする。

 そんな声援を浴びつつ、敵チームの俊足くんは、瞬く間に我がクラスのゴールを射程に収め、シュート。スパッと鮮やかに決まった。

 なす術なく先制点を取られ、こちらのクラスの生徒たちが悲痛な叫びをあげる。

 どうやら、相当の実力者が相手チームには居るようだ。これはなかなか難しい試合になりそうだ。

 そう思い、腕を組んでむむむっと眉を寄せていると、瀬川さんが解説してくれた。


「隣のクラスのあの人はバスケ部のエースだから強いんだってさ」


 なんだそりゃ。そんなのありかよ。


「バスケ部の生徒が出てもいいの?」

「普通は自重するものだけど、うちのクラスは去年優勝してるからね」

「なるほど……なりふり構っていられないってわけか」


 どうやら去年の優勝チームである我がクラスの選手に対抗するべく、敵は切り札を持ってきたようだ。

 しかし、隣のクラスとは。つまり、この試合は2年生同士でやりあってるらしい。全然知らなかった。

 同じクラスの生徒ですらほとんど名前や顔を覚えていない私にとって、隣のクラスのことなど完全に未知なる領域だ。

 いま活躍した生徒がバスケ部のエースと言われても全く見覚えがない。他の選手も同様である。

 もっと言えば自分のクラスの選手ですら見覚えがなく、唯一わかるのはシュウだけといった体たらく。

 とは言うものの、本日開催している行事はなんといっても体育祭であり、クラスごとに違ったTシャツの色により、かろうじて敵か味方かは識別できる。クラスTシャツという概念を発案した先駆者に感謝だ。

 

 めまぐるしく変化する戦況に、目を行ったり来たりさせながら、色だけを頼りに観戦。

 うちのクラスの生徒も善戦しているが、残念ながら相手チームが一歩リードしている。

 とはいえ、そう悲観的になるほど大差がついているわけではなく、なにかきっかけさえあれば。


「よし、ナイシュー!」


 シュウがシュートを決めた。

 相手ゴールにぶらさがる形の、豪快なダンク。

 思わず歓声が口を突いて出たのは、彼が自分の彼氏だからに他ならない。

 なにしろ、シュウのファンは大勢居て、そこら中から黄色い歓声があがっているのだ。

 彼女として負けてはならないと思って口に出したのだが、シュウとシュートが似ていることに気づき、これならばシュートを褒めつつシュウ個人を褒めることに繋がるのではないか、なんて親父ギャグとしか思えない余計なことを考えている間にも試合は進み、ナイシューばかり言ってたらいつの間にか点数が追いついていた。本当に、ナイス、シュウ! あんたは偉い!


 このままいけば勝てるんじゃないだろうかと、そんな弛緩した空気が漂って、ふと気づく。

 視界の横で、必死に背伸びをして人垣の向こうを見ようとする、小柄な女子生徒。

 埒があかないと思ったらしく、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる小さな彼女の頭に生えるのは、最近ようやくポニテと呼べる程度に伸びてきた、ちょんまげ。

 ここまで言えばおわかりだろう、火花姫こと鷹宮玲奈である。


「鷹宮さん、なにしてるの?」

「げっ! か、神崎直……!」


 人の顔を見てどんな反応だ。失礼しちゃうわ。


「バスケの試合が見たいの?」

「ふ、ふんっ! あんたには関係ないでしょ!?」

「そんなつれないこと言わないで……もしかしたら、助けになれるかもしれないわ」

「あんたの助けなんかいらないわよ! 関わると、ろくなことないんだから!」


 これまた酷い言い草である。

 私としては彼女のおかげでシュウと恋人になれたようなものなので、感謝してもしたりないくらいなのだが、どうもあの一件以来彼女のご機嫌は斜めで、こうして以前にも増して噛みつかれてしまうようになっていた。

 別段、鷹宮さんに何かした覚えはないのだが、どうやら怒っているらしい。

 そのせいで、あれからあまり口も利けずに、少しばかり寂しいと思っていた。

 なので、この機会にその件のお礼とお詫びも兼ねて、ひと肌脱ぐことにした。


「ほら、鷹宮さん」

「へっ? なにあんた、急にしゃがみ込んでどうしたのよ?」

「試合がよく見えるように肩車してあげる」

「はあっ!?」


 鷹宮さんの前にしゃがんで、肩に乗るように促すが、彼女は頑なに拒否。


「いいっ! いらない!!」

「遠慮しなくていいから」

「え、遠慮とかそういう問題じゃなくて……!」

「じゃあ、どうして嫌なの?」

「だって、高校生にもなって肩車とか、恥ずかしいし……」

「だったらおんぶにする?」

「そ、それなら、まあ……肩車よりはマシ」

「でも、鷹宮さんの慎ましい胸が私の背中に当たっちゃうけど、いいの?」

「うぅ……やっぱり肩車でいい」


 ふっ……やっぱりチョロいぜ。


「それじゃあ、どうぞ」

「きゅ、急に立たないでね? 重かったら無理しなくていいから……」

「平気平気。あらよっと」

「わわっ! こらっ! 急に立たないでって言ったでしょ!?」


 鷹宮さんを肩に担いで、よっこらせっと立ち上がる。

 さすがに膝に堪えるが、立ってしまえばどうということはない。

 小柄な火花姫は見た目通りに軽量で、これなら試合が終わるまで乗せてもそれほど疲れないだろう。

 急に視線が高くなった鷹宮さんは少々びびったらしく、両肩に乗る柔らかなふとももに力が入って、私の両頬を優しく包み込んできた。


 うはー!

 柔らけー! 

 かぶりつきてー! 

 

 と、いった具合に、その甘美な感触と良い香りの思わず昇天しかけた私に、一部始終のやり取りを隣で静観していた瀬川さんが一言。


「もう、なおちゃんったら、また玲奈ちゃんのこと甘やかして……」


 どうやら肩車を見てジェラシーを感じたらしい。

 柔らかそうなほっぺをぷくっと膨らませてご立腹な瀬川さんはマジ天使みたいで、感無量です。

 両頬に伝わる幸せな感触と視界から得られた眼福とで、ここが桃源郷かと思いきや。


「なによ瀬川灯、羨ましいの?」

「べ、別にそんなんじゃ……」

「残念だけどあんたじゃ肩車は無理よ」

「……どういう意味?」

「無駄についた両胸の脂肪が重くて持ち上がらないって言ってんの」

「なにそれ! 玲奈ちゃん酷い!!」


 おっと、ちょっと目を離すとすぐこれだ。

 このままでは、また大騒動になりかねん。

 いがみ合う2人を止めるべく、私は顔を横に向け、ハーフパンツから露出した食べ頃のふとももに狙いを定め、大きく口を開いて、ぱくり。


「はむっ!」

「ひゃんっ!?」


 途端に電流が走ったかのように悲鳴をあげる鷹宮さん。

 それも当然。なにせ私は彼女のふとももに噛みついたのだ。

 歯形が残らない程度に甘噛みしてから口を離して、忠告する。


「次喧嘩したら今度は歯形つけちゃうからね」

「あ、あんた、いくらなんでもそれは……」

「もう一回噛まれたい?」

「うぅ……わ、悪かったわよ」

「よろしい。まったく、いくら瀬川さんに名前で呼んで貰えたことが嬉しいからって、そんなにキャンキャン吠えちゃダメでしょ?」

「そ、そんなんじゃないし! 瀬川灯が重いのは事実だし!」

「鷹宮さん」

「ひっ……」

「ふともも、舐めるよ?」

「ご、ごめんなしゃい……」


 聞きわけのない鷹宮さんに見えるようにチロリと舌を出して脅すと、びびった彼女は慌てて謝罪。

 それを好機と見て、瀬川さんにも言い含める。


「ほら、鷹宮さんも謝ってることだし、瀬川さんも謝って」

「うん……私もつい、かっとなっちゃって、ごめんね」


 ふぅ……これにて一件落着だ。

 だいぶコツが掴めてきた。この私が喧嘩の仲裁を出来るようになるとは……夢にも思わなかった。

 人間関係はこうも人を生長させてくれるらしい。我ながら、良い仕事をした。

 なんて職人気取りで達成感に浸りきっているものの、私がやったことと言えばふとももを噛んだだけだし、それで自分自身も良い思いをしているわけで、考えようによってはむしろただ噛みつきたかっただけのような気もするが、とりあえず結果オーライってことで、試合に視線を戻す。


「よし! 僅差だけど勝ってる」

「うん。このままいけば勝てるかもしれないね」


 終盤に差し掛かり、取って取られてのシーソーゲームを繰り返した結果、どうやら我がクラスが均衡を打ち破り、勝ち越したらしい。

 瀬川さんの言う通り、このままいけば勝てそうだ。

 残り時間はあと僅か。ボールは現在、シュウが持っている。

 勝ち越しているということもあり、ゆっくりとドリブルしながら周囲を警戒して、時間を潰すつもりらしい。

 それは常に後先考えない奔放な彼にしては随分と慎重かつ消極的な戦法であり、それほど勝ちたいのだろうかと違和感を覚えていたら、やられた。


「あっ! また取られた!」


 死角からボールを掠め取ったのは、相手チームのバスケ部のエースくん。

 ボールを奪うと電光石火の如くゴールに向けて走り出す。それを追うシュウ。

 他の味方の選手も防衛ラインを築き、その行く手を阻もうとするが、敵わず。

 第二、第三の防衛ラインを突破して、あとはゴールまで一直線のところでシュウが追いついた。

 1 on 1で2人が対峙する。長い両手を大きく広げたシュウは低く腰を下げて出方を伺う。

 敵は急制動をかけて切り返そうにも、その長い手に阻まれて逃げ出すことは出来ない。


 これなら、勝てる!


 刻一刻と削られる時間の経過により、勝利を確信した、その時。


「負けるな! 木村拓海!!」


 頭上から甲高い声援が体育館に響き渡り、それを受けてまるで目が覚めたかのように、バスケ部のエースくんが動いた。

 かなりの距離がある中、苦し紛れのスリーポイントシュート。だが、決まれば逆転だ。

 時間切れブザーが鳴った。ボールはまだ飛行中。

 瞬間、体育館が静寂に包まれ、観客は息を呑んでその行方を見守った。

 そうして、緩やかな放物線を描き、ボールは、我がクラスのゴールへと、見事に吸い込まれていった。


 それを見届けた後、審判の笛が鳴り響き、試合終了。


「そ、そんな……」


 まさかの大逆転。

 我がクラスは、負けた。

 制止していた時間が再び動き出し、隣のクラスと思しき生徒から歓声があがる。

 歓喜する彼らとは裏腹に、私たちは何も言えず、敗北感に打ちひしがれる。

 しかし、不思議と悔しさはなく、良い物を見れたと、素直に思えた。

 それほど、最後のシュートは見事だった。鮮やかと言っても過言ではあるまい。

 それはまるで、吉田くんにゲームで負けた時のような、清々しい感覚。それほどの美技だった。


 そんなスーパープレイを披露した隣のクラスのバスケ部のエースくんは、シュートを決めたその場所から動くことなく、じっとこちらを見つている。いや、見つめていると言っても、もちろん私じゃない。

 その視線の対象は、私の頭上。つまり、鷹宮さんに注がれていた。


「か、神崎直、降ろして!」

「えっ? どうして?」

「は、恥ずかしいから、早く降ろして!!」


 エースくんに見られていることに鷹宮さんも気づいているらしく、盛大に慌てふためいていた。

 私の頭に覆い被さるように、必死に身を縮めて、降ろしてと懇願してくる。

 どうやら、肩車をされているところを見られたくない様子。

 それに加えて、敵チームの生徒を応援したもんだから周囲のクラスメイトの白い視線が凄まじい。

 このままでは新たな揉め事に発展しかねないと判断して、彼女を早急に降ろすことにした。


「はい、降りていいよ」

「うぅ……めっちゃ見られた……!」

「あの人、鷹宮さんの知り合い?」

「し、知り合いもなにも……と、とにかく、私は卓球の試合があるからもう行かないと!」


 なにやら早口でまくし立てて、体育館から飛び出して行った鷹宮さん。

 卓球の試合はこのあと体育館で行われるのに、あんなに急いでどこに行ったのだろう?

 首を傾げつつ、挙動不審な彼女の背を見送って、閃いた。


「もしかして、トイレかな?」

「なおちゃん……それじゃあ、有村くんと同レベルだよ」


 うわ……つい、彼氏と同じレベルの発言をしてしまった。遺憾だわ。

 頭を抱えつつも、肩口をくんくん。鷹宮さんの残り香でダメージを回復。

 嗅ぎながら、どうやら漏らしてはいないようだと思って、やっぱりあの男と同じレベルだと実感。

 まだ交際して間もないというのに、私ってばだいぶ染まってしまっている。

 まったく、先が思いやられるぜ。と、嘆きながらも、コートに視線を向けると、シュウが居た。


 なにやら、相手チームのバスケ部のエースくんと会話している。

 とはいえ彼らの表情は固く、仲が良さそうには見えず、一言二言だけ言葉を交わして、互いに踵を返し、後片づけに入った。

 その際に、ちらりとこちらに視線を寄越して、申し訳なさそうに少しだけ頭を下げるシュウ。

 たぶん試合に負けたことについての謝罪だろうと思って、気にしなくていいと首を振る。

 これはたかが行事だ。敗戦は残念だったが、試合内容は充実していた。私も楽しむことが出来た。

 そんなこんなで、今年も充実した気持ちで体育祭を終えることが出来たわけだが、最後にひとつ。


 鷹宮さんがあの時叫んだ、バスケ部のエースくんの名前。

 たしか、木村拓海と彼女は言っていた。どうやらそれが彼の名前らしい。

 『たくみ』と発音することだけは付け加えておくが、そんなことよりも気になることがあった。

 さっき鷹宮さんに注いでいた彼の視線には、見覚えがある。

 まるでずっと探していた何かを見つけたような、そんな目つき。

 あれは去年、私を射貫いたシュウの視線にそっくりだ。そのことが気になっていた。

 とはいえ、見つめられたのは私ではなく鷹宮さんなので、これはきっと彼女が気にすべき問題だろう。

 余計な詮索や邪推はするまいと、心に決めておくことにする。


 しかし、それにつけても、だ。

 うちのクラスの火花姫を視線だけで退散せしめるとは……どうにもただ者ではないように思えた。

 木村拓海……彼は一体、何者なのだろう?

 なんとなく、刺激的な予感がするので、その名は記憶に留めておくことにしよう。

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