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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
序章 【中学時代】
4/60

第4話 『思春期への羨望』

「昨日は、ごめん」


 次の日の昼休みにリーダー格の男子が謝ってきた。何故かほっぺに痣が出来ている。

 そのことには触れずに、私は彼にきっぱりと自分の所感を告げた。


「もう勝手に髪に触らないで」

「うん。わかった」

「なら、いい。というか、どうして謝る気になったの?」

「あいつに、負けたから」

「……聞かなかったことにするわ」


 どうやらリーダー格の男子は、バリトンの彼に喧嘩で負けたらしい。だから、謝ったと。

 その単純さが眩しいと思う反面、あまりの幼稚さに呆れてしまった。

 喧嘩なんてしなくても話し合って解決すればいいのに。まあ、今更の話ではあるが。

 それよりも気になったのはバリトンの彼のほうだ。どうして彼が介入したのか、謎だった。


「どうして昨日、割って入って来たの?」


 思っていることは口に出すタイプなので、その日の放課後、ピアノを片付ける際に聞いてみた。

 ちなみに喧嘩に負けて消沈したリーダー格の男子は、練習が終わるとすぐに帰ったのでもういない。

 他の生徒も帰宅しているので、現在理科室には私とバリトンの彼の二人っきりだった。


「迷惑だったか?」

「別に迷惑じゃないけど、あなたが髪を触られたわけじゃないでしょう?」


 私は髪を触られたので不快だった。しかし、彼はリーダー格の男子に髪を触られたわけではない。

 それなのにどうして喧嘩までしたのか、不可解だった。

 なにより彼だって、無傷ではない。口の端が切れている。たぶん、痛かったと思う。

 人の為に痛い思いをするのだから、それなりの理由があって然るべきだ。

 彼はしばらく沈黙したのち、私の目を見て、答えた。


「なんとなく、むかついたから殴った。後悔はしてない」

「将来犯罪者になりそうで怖い」

「大丈夫だ。これっきりにする。……たぶん」


 真顔でぶっ飛んだ発言をされたので、すかさずツッコミを入れると、彼は困ったように笑った。

 しかし、なんとなくむかついた、か。まあ、そういう年頃なのだろう。きっと思春期だ。

 またもや勝手なイメージで申し訳ないのだけど、彼はとても落ち着いているので、もうそういうのは終わっているものだと思っていた。

 こんな綺麗なバリトンの声をしていても、まだ少年らしさが残っていたらしい。

 そのギャップが、なんとも可愛くみえた。リーダー格の男子にはない可愛らしさだ。

 男の子の不思議を垣間見て、その神秘性にほんの少しきゅんとしながら、片付けを再開する。


「んじゃ、また明日な」

「うん、さよなら」

 

 短い挨拶を交わして、理科室を出る。

 ピアノを小脇に抱えて音楽室に向かう彼の背を見送りながら、思春期について考えを巡らせた。

 私も彼らと同じ中学2年生だ。思春期真っ只中、の筈なのに。その兆しは、未だ来る気配すらない。

 自然と視線が下を向いて、己の胸元を見つめてしまう。


 学校指定のセーラー服の上に、カシミヤの灰色カーディガンを羽織っている私の胸元。

 そこにメリハリは皆無で、どこまでが胸でどこからが腹なのか、ぱっと見、判別がつかない。

 ぶっちゃけてしまうと、私は貧乳だった。大平原だった。まな板とか、洗濯板とか、そんな感じだ。

 これで髪まで短ければきっと男子と間違われるだろう。だから、髪だけは伸ばしていた。

 本来、女子は男子よりも発育が早いと聞く。事実、クラスメイトにもそういった傾向が見受けられる。

 明らかに、私の発育は周囲から遅れていた。身長は高いのに、お子ちゃまボディなのだ。

 目に見える発育のみならず、体毛も薄いし、生理すらまだ来ていない。


 さすがに心配になって病院にも行ってみたけど、焦らなくても大丈夫と諭された。

 そう、この時の私は、けっこう焦っていた。生理についても、もちろん心配だが、それより胸だ。

 もしもこのまま真っ平らなままだったらと思うと、夜も眠れない。

 ぺったんこは嫌だ。赤ちゃんを産めないのも困る。体毛は薄いままでいいけど。

 だから夜中に牛乳をがぶ飲みするのだが、決まって腹を下してトイレに閉じこもる羽目になる。

 夜更かしは成長を阻害するので夜9時には就寝するようにしているのだが、夜中に目を覚まうので早寝の意味がない。

 貧乳のまま大人になった悪夢も、何度も見た。その度に懲りずに牛乳を飲んで、またお腹を下して。

 そして今日、男子にまで先を越されたことを実感してしまった。畜生。


 これが当時の私の劣等複合である。年齢的にはありがちなコンプレックスだったと思う。


「早く大人になりたいな……」


 とぼとぼと帰路を歩きながら、早く自分にも思春期が来て欲しいと切実に願った。

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