第39話 『裸の付き合い』
「タオルと着替えはここに置いとくから」
「あ、はい」
「シャンプーとかは自由に使いなさい」
「わかりました」
「あんた、さっきから大丈夫?」
「と、申しますと?」
「その受け答えが変だって言ってんの」
梅雨の雨はすぐに本降りとなって、鷹宮さんの家に着く頃にはすっかりずぶ濡れになってしまった。
そんな濡れ鼠状態の私を見かねて、火花姫はすぐに風呂に入るように命じた。曰く、風邪を引かれたら寝覚めが悪いから、とのこと。
画して、彼女の意外な優しさに甘える形で、言われるがまま、私は従っていた。
というか、今の私には拒否権がない。つい先ほど犯罪を犯してしまったのだ。
なので、煮るのも焼くのも火花姫の自由。生殺与奪の権利は、彼女にあった。
犯罪者たる私に出来ることは、看守の機嫌を損なわないようにすることだけ。
そんなこんなで、鷹宮さんの言うことに一切反論せずに従順に従ってたら、逆に不信感を持たれてしまった。
「どうしたのよ、具合でも悪いの?」
「ごめんなさい。気に触ったのなら謝るから、怒らないで」
「いや、だから、その態度は何なの?」
「だって、刑期が伸びたら社会復帰が遠のくから……」
「はあ? ケーキって、何の話よ?」
すっかり囚人モードの私に対して、拉致があかないと見た鷹宮さんは、話を切り上げた。
「とにかく、ちゃんとお風呂で温まってくること。わかった?」
「うん、わかった」
「それじゃ、上がったらリビングに来てね」
「ま、待ってっ!」
立ち去ろうとする鷹宮さんの細腕を、思わず掴む。
これまでの経験から、てっきり即座に払い除けられるかと思ったが、私の様子がおかしいと思ったらしく、鷹宮さんはその場に立ち止まり、話を聞いてくれた。
「どうしたのよ、神崎直」
「わ、私がお風呂に入ってる間に、通報するの……?」
「通報? どこに?」
「け、警察……」
「なんで警察が出てくんのよ?」
「だって、私、彼方くんに酷いことしちゃったから……」
ここに来て往生際の悪いことは重々承知しているが、監獄生活は嫌だった。
謝ってどうにかなるものではないとわかっているけど、それでも情状酌量の余地が欲しかった。
そんな情けない私を見て、鷹宮さんは何故か噴き出して。
「なにそれ、ばっかじゃないの?」
「へっ?」
「あんた、そんなこと気にしてたの?」
「そ、そんなことって、あれは完全に犯罪で……」
「大丈夫よ。ギリギリで私が止めたから、あれはセーフ」
「ほ、ほんと……?」
「彼方だってビックリしただけだから、気にしなくて平気」
「で、でも、もしもショックを受けてるなら……」
「それならお風呂から上がったあとに、謝ればいいじゃない」
「それで、許してくれる……?」
「さあ? それは彼方に聞いてみなさい」
どうしよう、鷹宮さんってば優しい。
印象からして、大人の余裕とか包容力が欠如していると決めつけていたが、全然違った。
この火花姫は、頑固でわがままな姫君である以前に、ちゃんとお姉さんだった。
弟である彼方くんを守りつつも、こうして私のことも気遣ってくれた。
これこそが、姉が持つべき余裕であり、包容力なのだろう。
そんな鷹宮さんの秘められた一面を見て、私はいたく感銘を受けたのだが、それでもやっぱり不安で。
「鷹宮さん」
「今度はなに?」
「一緒にお風呂、入ろ?」
「ぶっふぉっ!? げっふぉっ!?」
ついつい甘えたことを口にすると、鷹宮さんが盛大にむせた。
先ほどまでのお姉ちゃんオーラは霧散して、いつもの彼女に早変わり。
顔を真っ赤に染めているが、それが怒りによるものなのか、羞恥によるものなのかは、識別不能。
「と、突然何を言い出すのよ!?」
「だって、そうしないとお風呂に入ってる間に通報されるんじゃないかって不安で……」
「通報なんてしないって言ったでしょ!?」
「そう油断させてから、家の周りは既に警察が囲んでいるって可能性も……」
「そんな手の込んだ真似しないわよ!? 警察に突き出すなら、直接交番に連れて行くっての!!」
「やっぱり、私を警察に突き出すつもりなんだ……」
「いい加減にしろ!! 本気で連れて行くわよ!?」
「うぅ……どうかご慈悲を……」
「拝むな! あーもう! 本当に面倒臭い女ね、神崎直は!!」
最終的に拝むと、鷹宮玲奈は折れてくれた。
「仕方ないから、あんたが上がるまで脱衣所に居てあげる」
「えぇ……一緒に入ってくれないの?」
「文句言うな! 私だって寒いんだから、さっさと入れ!!」
そう怒鳴りつつ、可愛いくしゃみをする鷹宮さん。
もちろん、彼女もずぶ濡れだ。このままでは風邪を引いてしまうだろう。
だからこそ私は、鷹宮さんの為にも、そして自分の為にも、諦めることなく交渉を続ける。
「ほら、鷹宮さんの方こそ風邪引いちゃうよ。だからやっぱり一緒に入ろ?」
「絶対嫌っ!!」
「どうしてそこまで嫌なの?」
「だ、だって……私、小さいし」
頑なに拒否する彼女に理由を尋ねると、弱々しい声で返答してくれた。
小さい。それは恐らく、身長だけではあるまい。スレンダーな身体を気にしていると見た。
ふむふむ、なるほど。それが彼女のコンプレックスらしい。かくいう私にも、覚えがある。
私が中2の頃など、それはもう悲惨なものだった。見渡す限りの大平原しかなかった。
それに比べれば、鷹宮さんの胸は全然、遙かに、それはそれはマシだった。ちゃんと膨らみがある。
だが、これに関してはかなりデリケートな問題なので、慎重にならざるを得ない。
下手に刺激をしようものならば、即座にドカーンッ! 即座に先ほどの悪事を通報されてしまう。
ここは……そうだな。正攻法はやめておこう。搦め手だ。柔道で言えば、寝技で攻めるべきと見た。
「そっか……それじゃあ、無理強いは出来ないわね」
「わかったなら、さっさとお風呂に入りなさい」
「うん、わかった」
素直に言うことを聞くと見せかけて……ここぞとばかりに溜息を吐く。
「はあ……瀬川さんとは、一緒に入ったんだけどな」
「えっ?」
よしよし、食いついた。
こうなったらしめたもの。
私はめくるめく瀬川さんとの入浴の思い出について、聞かせてあげた。
「丁度、今日みたいに雨に降られてね、その時一緒にお風呂に入ったのよ」
「ふ、ふーん……瀬川灯と神崎直が、一緒にお風呂に……」
「瀬川さんって見ての通り、スタイル良くってさー」
「へ、へぇ……知らないけど、そうなんだ……」
「思わずガン見したら怒られちゃったんだー」
「そ、それは怒られて当然でしょ?」
「でもね、そのあと仕返しとばかりに瀬川さんにマジマジと見られちゃって……」
「んなっ!? か、神崎直の全裸を……マジマジと……!」
「可愛いねって言われて、一緒に洗いっこして……」
「なにそれ!? 許せない!!」
ふっ……チョロいな。
「あれ? どうしたの、鷹宮さん?」
「どうもこうもない! 瀬川灯ばっかりそんな良い思いして、不公平だわ!!」
「たしかに、不公平よね。ここは公平にするべきよね?」
「あったり前でしょ!?」
「それじゃあ、どうするの?」
「すぐに着替え持ってくるから、神崎直は先に入って待ってて!!」
「うん、わかった。あ、それなら彼方くんもついでに……」
「またゲンコツ食らいたいの?」
「ごめんなさい」
あーあ。残念。この流れなら平気かと思ったけど、無理だった。
調子に乗った私を脅してから、着替えを取りに向かった鷹宮さんを見送りながら、ひといき。
流石に、お姉ちゃんだな。何だかんだ言っても、弟くんが大事らしい。
そんな彼らの関係を羨ましいと思いつつも、濡れた制服を脱ごうとすると。
「わ、私が行くまで絶対に上がらないで待っててね!?」
絶妙なタイミングで念を押しに現れた、火花姫。この子は必ず絶対の確認を求めてくるな。
ちなみに私はブラ丸出し。そんなあられもない姿を見て、鷹宮さんの頬がバラ色に染まった。
「ご、ごめん……そんなつもりじゃ……!」
「あ、弟くんだ。ごめんね、もうちょっと待っててね?」
慌てて謝る鷹宮さんの背後に弟くんを見つけて、やっほーと手を振る。
彼方くんは濡れた髪をタオルで拭いた姿勢のまま固まっていて、姉と同じく顔真っ赤。
たぶん、使い終わったタオルを置きに来たのだろう。そこでいきなりご開帳されたらしい。
こうして見ると、たしかに2人は姉弟だとわかる。リアクションがそっくりだ。
なんて、ブラ丸出しで観察してたら、火花姫が憤激した。
「こら彼方っ! 覗くな!!」
「えぇっ!? 姉ちゃんが開けたんだろ!?」
「いいから、あんたはあっちに行ってなさい!!」
なんという理不尽。あまりに憐れなので、私だけは優しくしてあげよう。
「彼方くん、さっきのお詫びに一緒にお風呂入ろ?」
「い、いえ、結構ですっ!!」
あ、逃げられた。地味に傷つくな、これ。
やっぱり、まだ怒っているのかしら。
「神崎直、あんた本当に捕まるわよ?」
「いや、私は誠心誠意彼方くんに謝ろうと思って……」
「ブラ丸出しでなに言ってんのよ!?」
「やん、鷹宮さんのえっち」
「う、うっさい! 今更身体を隠すんじゃない!!」
うひー鷹宮さんは結構オラオラ系らしい。
身の危険を感じて両手で身体を隠すと怒られた。
もっと見せろってことかと思って、ブラを外そうとすると。
「ひっ!? や、やめなさい! そういうのは見てないところでやって!!」
「そう言いながらガン見してる癖に」
「あぅ……と、とにかく、すぐ行くから待ってて!!」
よっしゃ、勝った。
ガミガミうるさい鷹宮さんを撃退して、先にお風呂に入って待つ。
火花姫のお家は一般的な一戸建てで、お風呂の広さも私の家と大差ない。
瀬川さんの家は豪邸であり、お風呂もとても広くて、蛇口が金の蛇だったり、浴槽にジャグジーが付いてたりしていたので、かなりびびった。
それに比べると、鷹宮さんの家のお風呂は庶民的で非常に落ち着く。
というか、最初にシャワーで身体を流す時に気づいたのだけど、シャンプーが私のと同じだ。
これが偶然ならばちょっと親近感が湧いて嬉しいのだが、意図的だとしたらめっちゃ怖い。
知らぬ間に髪の匂いを嗅がれていたのではと、不安になりつつも、鷹宮さんを待っていると。
「待たせたわね、神崎直!!」
バーン!と、浴室の扉が開いて、鷹宮玲奈、推参。
しかしながら、満を持して入って来た彼女は、少々おかしな格好をしていた。
「鷹宮さん」
「な、なによ?」
「どうして水着なの?」
何故かお風呂場に水着で現れた、鷹宮さん。
人の家のお風呂ならともかく、ここは彼女の家の浴室だ。
それなのに、どうして水着なのか。しかも、よりにもよって、スクール水着とか。
胸元に名前とか書いてるけど、頭がおかしいのかな?
いやいや、そう決めつけるのは早計だろう。なにか深い訳があるのかもしれない。
たとえば、そうだな……普段から水着でお風呂に入ってるとか?
いやいやいや、絶対ありえない。身体洗えないじゃん。阿呆か。
そんな風に自分で自分にツッコミつつも、彼女の返答を待っていると、何やら言いづらそうに。
「は、恥ずかしかった……から」
「はい?」
「だから、恥ずかしかったのよ!? なんか文句ある!?」
これはまた、なんというか……ある意味一番間違っていた。
「鷹宮さん」
「なによ?」
「たぶん、スク水は全裸より恥ずかしいと思う」
「えぇっ!?」
至極真っ当な指摘をすると、鷹宮さんは大慌て。
そんなことを言われるとは思ってなかったらしく、露骨に狼狽え始めた。
よしよし、ここは私がひと肌脱いでやろうではないか。意気込んで、ざばっと浴槽から上がると。
「きゃあああああっ!?」
「むっ? 敵襲!?」
「ま、前隠しなさいよ!?」
「ああ、私のことか」
なんか叫ばれて、身構えたら、前を隠せと言われた。
そんなこと言われても、私は女の子なので前にも後ろにも隠すようなモノなど付いてない。
無茶な要求に困惑していると、鷹宮さんは後ろを向いて、しゃがみ込んでしまった。
「あわわわわ……! み、見ちゃった、神崎直の全裸見ちゃったよ……!」
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
「きゃあああああっ!?」
恥じ入っている鷹宮さんの背中にぎゅっと抱きついてみた。もちろん、全裸で。
するとまた絶叫されて、愉悦を覚えた。うわーなんだか楽しくなってきたぞ。
よーし、このままスク水を剥いてやろう!
「ほら、いつまでこんなのを着てるの。脱いだ脱いだ」
「きゃああっ!? きゃあああああっ!?」
「こら、暴れないで。お嬢ちゃんの全部を憧れの神崎直に見せてごらん?」
「やめっ! ひうっ!? ど、どこ触って……やめろぉぉおおおっ!?」
ここから先は、刺激的過ぎるので割愛。
ざっと要約するならば、私のセクハラに耐えかねた鷹宮玲奈は渋々スク水を自分で脱いで裸の付き合いをしましたとさ、愛でたし愛でたしって感じ。
特筆すべき点があるとすれば、そうだな……鷹宮さんの胸は手のひらサイズだったと、付け加えておこう。




