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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
38/60

第38話 『現行犯』

「あ! 姉ちゃん、おせーよ!!」

「ふん、弟が姉を待つのは当然の義務よ」


 なんとか修羅場を潜り抜けた私たちは、いまにも降り出しそうな梅雨の曇天の下をひた歩き、ようやく目的地である公園に辿り着いた。

 道中ずっと鷹宮さんがしがみついてきたので、非常に歩きづらかったが、その甲斐あって少しは仲良くなれたと思う。ちなみに、密着してわかった彼女の体型は、やはり見た目通りにスレンダーだった。

 その辺は、あのチビの癖に身体だけは立派な遊戯部の顧問と違うらしい。

 もっとも、何もかもあの女と似ていたら困ってしまうので、私にとっては万々歳だ。

 何はともあれ、早乙女茜2号が誕生することがなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、弟くんと再会。


「お待たせ、彼方くん」

「あ、ども……直さん」

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」


 ああ、やっぱりこの子は素晴らしいショタだ。もう、身に纏っているオーラからして違う。

 ショタコンを駄目にするオーラが漲っていて、私もついつい漲ってしまう。

 しかしながら、今日の私はひと味違う。至って冷静に、ショタと接していた。

 さすがに昨日のような失態は繰り返さない。私にだって学習能力があるのだ。

 昨日は完全に不意打ちだったので、つい取り乱してしまったが、今日はもうばっちりだ。

 何がばっちりかと言えば、綿密なシミュレーションに余念がないということだ。

 ショタと接する際にもっとも大切なのは、大人の余裕と、包容力。それに尽きる。

 失礼ながら、実の姉である鷹宮さんはその点において、大きく欠けているように見えた。

 ならば、そうした大人っぽさを前面に出していけば、自ずと彼方くんは懐いてくれる筈。

 そうした目論見を抱いて、私は彼方くんと会話を進める。


「今日は遅くなってごめんね」

「なにかあったんですか?」

「ちょっとトラブルがあったけど、気にしなくていいよ」

「はあ、そうですか」

「彼方くんはずっと待っててくれたの?」

「まあ、姉ちゃんとの約束だったので」

「それじゃあ、ご褒美をあげないとね」

「ご、ご褒美、ですか……?」

「うん、ご褒美とお詫びを兼ねて、熱烈なハグを……」


「ストーップ!!!!」


 ちっ。上手くいきそうだったのに。


「どうしたの、鷹宮さん?」

「どうしたのって、それはこっちの台詞よ!?」

「なにが?」

「どうして会って数分でハグしようとしてるのよ!?」

「だって、彼方くんと仲良くなりたくて」

「おかしいでしょ!? それも有村秋の入れ知恵!?」

「有村くんは関係ないわ。その証拠に私は下剤を所持してない」

「い、嫌なこと思い出させないでよ……」


 なにやら騒ぎ始めた鷹宮さんを、なんとか宥める。

 下剤の話題は禁句だったらしく、それを口にすると一気に勢いを失った。

 そんな実の姉の様子に、弟くんは不信感を覚えたらしく、追求する。


「姉ちゃん、下剤ってなんのこと?」

「あ、あんたには関係ないから!!」

「頼むから、学校でおかしなことすんなよな」

「私は別におかしなことなんてしてない!!」


 弟に心配される姉。

 これではどちらが年上がわからない。

 しっかり者の彼方くんは、どうしても不安らしく、同級生である私に尋ねてきた。


「ほんとかなぁ……あの、直さん。姉ちゃんはちゃんと高校生やれてますか?」

「そうね……少なくとも、勉強には真面目に取り組んでいるわね」

「そうじゃなくて、日常生活などで周りの人と仲良く出来てますか?」


 これはなんとも答えにくい質問だ。

 授業中の態度などは、至って真面目な鷹宮さん。

 先生に質問されて間違えた姿も、見たことない。

 独りで勉強を頑張ったと誇るくらいだから、それなりに優秀な成績を修めているのだろう。

 なので勉強面の方向でお茶を濁そうと思ったら、日常面のことを聞かれてしまった。

 鷹宮さんは、弟をギロリと睨みつつ、チラチラと期待の籠もった眼差しを向けてくる。

 たぶん、私に褒めて欲しいのだろう。認められたいとか言ってたし。

 しかしながら客観的に見れば、彼女は全く馴染めていない。完全に浮いた存在だ。

 周りの人と仲良くしている姿など見たことがないし、本人もそれを望んでいない。

 よって、姉を心配する弟くんの質問に正直に答えるならば、全く馴染めていないことになる。

 だが、それをそのまま答えてしまうと、優しい弟くんは余計に不安がるだろうし、鷹宮さんは傷ついてしまうかも知れない。ここは、私の腕の見せ所だ。大丈夫、最近はわりと人付き合いが出来てる。やれる筈だ。


「皆と上手くやれてるかはともかく、私は鷹宮さんのことをお友達だと思ってるわ」


 どうだ。これぞ、完璧な答え。

 どこからどう見ても当たり障りのない、極めて無難な解答と言えよう。

 誰も傷つけることなく、そして嘘もついていない。

 おまけにちゃっかり友達となり、自分自身の利益も抜け目なく確保。

 これには間違いなく火花姫も納得してくれるだろうと、思ったら。


「お、おおお友達なんかじゃないし! 神崎直は私の倒すべき敵で、宿敵だし!!」


 顔を真っ赤にして、全面的に否定した鷹宮さん。

 彼女にとっての私は、憧れの存在でもあり、そして倒すべき宿敵でもあるらしい。なんか壮大だ。

 そう言われると、ますますラノベの魔王と聖女みたいな感じがして、私的にも満更ではなかったりするのだが、そんなことなど知る由もない彼方くんはとても不安そうに、私に尋ねてきた。


「姉ちゃんと直さんって、仲が悪いんですか?」


 尋ねられた私は少しばかり逡巡して、あの時言われたあの男の言葉を拝借することにした。


「仲が良い友達でも、喧嘩はするでしょう?」

「はあ、それはそうですけど……」

「そしてその逆もまた然り」

「えっと、どういう意味ですか?」

「喧嘩をするのは、仲が良い証拠ってこと」


 なんとか、それっぽくまとめたぞ。かなり無理があるけど、間違ってはいない筈だ。

 そしてそんな私の苦し紛れの返答を聞いて、彼方くんはあっさり納得してくれた。


「なるほど……それなら、安心しました」


 そう言って、にっこり笑う彼方くん。まぶすぃー!

 急にそんな笑顔をするもんだから、目がやられてしまった。

 濃い色のサングラスをかけておけば良かったと思ったが、この輝きを遮光することなど、不可能だろう。

 そのくらい眩い笑顔にすっかり目と脳みそを焼かれた私は、無意識に手を伸ばして。


「彼方くん可愛すぎ……ちょっと失礼しますね」

「ふあっ!? な、直さん……?」

「はあー……ショタやわらけー」


 気がついたら、ベンチに座ったまま、少年を抱き寄せていた。

 これって犯罪だろうかと、一瞬留置場が頭を過ぎったが、すぐに過ぎ去っていった。

 とにかく、心地良い。柔らかなショタの感触に、意識を持って行かれて。

 そして暫くトリップした後、頭にガツンと硬い何かが振り下ろされた衝撃で、目が覚めた。


「いたた……なにが起こったの……?」

「ようやくお目覚めのようね……神崎直」

「あれ? 鷹宮さん? 神崎直って、だれ?」

「神崎直はあんたのことでしょ!? しっかりしなさい!!」

「あれー? 私はたしか、ショタに埋もれて……」

「そうよ。勝手に人の弟に抱きついて、犯罪スレスレの絵面だったわ」

「またまた犯罪とか、鷹宮さんってば大げさなんだから」

「大げさじゃない! 見なさい、うちの彼方がこんなに怯えてるじゃない!?」


 そう言われて見やると、ベンチの前に仁王立ちしている鷹宮さんの背には、小動物の姿が。

 赤い顔で、お姉ちゃんの背に隠れる、彼方くん。いつの間にそんなところに。

 思わず手を伸ばして、おいでおいでと手招きすると、さっと目を逸らされた。


「あれっ? おーい、彼方くん。お姉ちゃんともっと良いことしよー?」

「だからやめなさいってば! これ以上弟を怖がらせないで!!」

「いや、別に怖がらせるつもりはなくて……」

「あんた、自分が何したか覚えてないの?」

「と、申しますと?」


 そう言えば、数分ほどの記憶の欠落がある気がする。

 彼方くんを抱きしめて、初めてのショタの柔らかな感触に溺れた後、どうしたっけ?

 てっきりそのまま鷹宮さんにゲンコツを食らうまで気絶してたかと思っていたが、そうではないらしく。


「あんたはいきなり彼方に抱きついて、その無駄に育った胸で窒息寸前まで追いやった挙げ句に、服の中に手を入れて、ズボンにまで手をかけようとしてたでしょーがぁ!!」

「いえ、それは別人です」

「現行犯だっつーの!!」


 そう言われても、俄には信じ難い。

 こんな公共の場でそんな凶行に及ぶなんて、それはどんな変態だ? 全くもってけしからん。死刑だ!

 犯人に対して強い憤りを覚えた私が別人だと主張すると、なんと現行犯だと言われた。

 ならば近辺にその犯人が居ると思って視線を巡らしても、周囲には我々以外誰もおらず。

 となると、本当に……? この私が、こんなか弱い男の子に、そんな無体な真似を?


「わ、私……本当にそんなことしてた?」

「してた」

「ちょっと盛ってる?」

「盛ってない。ありのままの惨状を聞かせただけ」

「ま、またまた……冗談キツいよ、鷹宮さん」

「私だって冗談であって欲しかったわよ!? でも、あんたがマジだったからびっくりしてんの!!」


 もう駄目だ。万事休すだ。完璧に豚箱行き確定だ。

 とうとう、恐れていた事態が現実のものに。いつかやると思ってました。

 さようなら、私の高校生活。お邪魔します、冷たい牢獄。

 

 というわけで、これにて高校時代編は完結して牢獄生活編が始まります。模範囚になれるかな?


 そんなお先真っ暗な私を救ってくれたのは……一滴の雨だった。


「あ、降ってきたわね」

「へっ?」

「神崎直、あんた傘持ってないでしょ?」

「あ、うん」

「それなら、この近くに私の家があるから、寄って行きなさい」

「あ、はい。わかりました」


 ポタポタと雨が勢いを増す中、被疑者である私は鷹宮さんに連行されて、彼女の自宅へと向かった。

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