第36話 『甘美な猛毒』
「それで、私たちはどこに向かってるの?」
「国道沿いの公園!」
ずんずん突き進む鷹宮さんに目的地を尋ねると、どうやら馴染みの公園に向かっているらしい。
有村くんといつも利用しているそこならば、勝手知ったる私の庭のようなものだ。
知らない場所に連れ込まれるわけではないことに、ほっとしていると、鷹宮さんは怪訝な顔をして。
「なんで安心してんのよ?」
「いえ、その公園はよく有村くん一緒に行く公園だから……」
「はあっ!? あんたたち、そんなに頻繁に公園デートなんかしてんの!?」
「デートではないけど、わりと頻繁に彼と談笑してるわね」
「どうしてあんな変態有村秋なんかと……まあ、いいわ。今日でそんな不健全な関係は終わるんだから」
不機嫌そうに不穏なことを口にする鷹宮玲奈に連れられて、公園へと入る。
いつも通り、私は公園のトイレで手を洗い、鷹宮さんもそれにつられる形で手を洗った。
清潔な彼女の小さな手のひらを見つめていると、思わず手を繋ぎたい衝動に駆られるが、自重した。
私の前を歩く鷹宮玲奈こと火花姫は、公園に入ってから妙に上機嫌で、不気味なオーラを醸し出している。
そんな彼女から漂う刺激臭を嗅ぎ取り、私の危機感は高まっていた。油断は禁物である。
気を引き締めて、鉄仮面を深くかぶり直し、鋼鉄の鎧をしっかりと纏い直す。完全防御態勢だ。
これで何人たりとも鉄花姫たる私の防御力を打ち破ることは不可能……かに、思われたのだが。
「あっ! おせーよ姉ちゃん!! いきなり電話で呼び出すとか、何の用だよ!?」
「ふん……姉の呼び出し応えるのは、弟として当然の義務よ。よく来たわね、彼方」
私と有村くんがいつも使っているベンチ。そこに一人の少年が座っていた。
サラサラした細い髪は長すぎず、そして短すぎず、ところどころ跳ねていて、活発さを表していて。
大きな瞳は、好奇心旺盛そうにクリクリと忙しなく動き回り。
小さな体躯を存分に使って感情を表現する仕草は、見る者を温かな気持ちにさせてくれる。
そんな美少年が、そこに居た。
いや、少年なのかどうかは、ぱっと見わからない。しかし、確信があった。ショタコンの勘だ。
だってこんなに可愛いんですもの。これで男の子じゃない筈はない。いや、そうであって欲しい。
途中からは完全に願望となってしまったが、この際構うまい。そう思えるくらい、完璧なショタだった。
毎朝横目で眺める近所の男子小学生など比べものにならない程の完成度。まさに、理想のショタ。
そんな美少年が、どうしてここに居て、そして鷹宮さんと会話しているのか。
しかも、その会話の中に、『姉ちゃん』や『弟』などと入っていたものだから、さあ大変。
近頃汚染されてきた私の頭脳は瞬く間にとある結論を導き出して、それをそのまま口にする。
「まさか鷹宮さんまで、ショタコンだったなんて……」
すっかり鎧を剥ぎ取られ、恐れ戦いてガクブルな私に、鷹宮玲奈はポカンとして。
「はあ? 何言ってんのよ、神崎直。ていうか、しょたこんって、なに?」
なんと、この姫君は無自覚で美少年に姉と呼ばせていたらしい。
なにその天性の才能。私も欲しい。なんて、羨ましがっている場合ではなくて。
混乱しつつも、彼女にわかるように、言葉を言い換える。
「あなたも私と同じ年下好きとは思わなかったと、そう言いたかったの」
すると、ようやく意味が伝わったらしい彼女は、何故か憤慨して。
「私は別に年下になんか興味ないわよ!? さっきも言った通り、こいつは私の弟!!」
そう怒鳴り散らして、少年に指を突きつけるカリスマお姉さん。
ふむふむ、さすがマイスター。完全に役に成りきっているご様子だ。
「という、設定でしょ?」
「違うってば! 設定とか、何わけのわかんないこと言ってんのよ!?」
「えっ? じゃあ、本当に……?」
おやおや? てっきりそこらの美少年を捕獲して調教したのではと思っていたが、違うらしい。
となると、本当に? いやいや、マジで? こんな美少年が、実の弟……だと?
うーむ……良く見ると、どこか似ているような気もしなくもなくない。どっちも可愛いことは確かだ。
しかしながら、やはり俄かには信じ難い。いや、信じたくない。
私はひとりっ子だというのに、こんな格差があって良いのか? いやいや、良くないだろう。私が何をした? どうして私には弟がいなくて、鷹宮さんにはこんな可愛い弟がいるんだ。絶対におかしいよ! これは何かの間違いだ。そうだ、きっと間違いに決まっている……などと、現実逃避をしていると。
「こいつは正真正銘の、私の弟。ほら、挨拶しなさい」
「ども……鷹宮彼方です」
「なによあんた、照れてんの? もっとしゃきっとしなさいよ!」
「う、うっせ! いきなり姉ちゃんが知らない人を連れて来たのがいけないんだろ!?」
「ふーん、姉に楯突こうっての? それなら、約束は守らないけど、それでいい?」
「ぐっ……ずりーよ、姉ちゃんは」
「ふんっ! この私に反抗しようなんて、100年早いわ! あんたは私に言われた通り、この女と遊んでればいいの!!」
そんな姉弟の会話を聞かされて、私のライフポイントは尽きかけていた。もう、現実を拒むことは不可能。
どうやらこの少年は、本当に鷹宮玲奈の弟らしい。なんだよそれ……くっそ羨ましい。畜生。
満身創痍で、瀕死の重傷を負った私の前に、垂涎の美少年が歩み寄って。
「なんか姉ちゃんがうるさいから、とりあえず、よろしくお願い、します……」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
少年の敬語につられて、思わず敬語で返事をすると、鷹宮玲奈に笑われた。
「なにその口調!? ここまで弱った神崎直は、初めて見た! 面白すぎ!!」
きゃははっと嘲笑われて、猛烈な羞恥心を覚えた。これは効いた。完全に死体蹴りである。
ショタの前で抵抗出来る筈もないショタコンに対して、これはいくらなんでも酷い。
彼女の弟は、本当に可愛らしくて、完全にこちらを殺しにきていた。まさに、ショタコンキラーだ。
ここに来てようやく、鷹宮玲奈の思惑が見えてきた。火花姫は、鉄花姫に毒を盛ったのだ。
どれだけ鉄壁の防御力を誇ろうとも、その甘美な毒の前には、為す術もない。それほどの、猛毒。
青ざめる私の顔を、心配そうに覗き込む、美少年。とても背が小さい。たぶん、まだ小学生だろう。
10才程に見えるその少年に覗き込まれただけで、私の心臓は破裂寸前。理性の細糸も破断直前だ。
ああ、駄目だよ。そんな純粋そうに心配なんてしないで。お姉ちゃんはちょっと頭がいかれてるから、これ以上近づいたら、何するかわかんないよ? 思いっきり抱きしめたあとにヘッドロックをかまして、ふわふわの髪の毛をくんかくんか嗅ぎまくって、そのまま細い首を締め上げて、気を失っているところを連れ去って、似合いそうなスカートを穿かせてから私の部屋のベッドに寝せて、両手両足を縛ったあとに手錠をかけて、目隠しをしてから猿ぐつわを噛ませて、そして2人は永久の愛を語り合って……って、だめだめだめっ!!
「ちょっとタンマ!」
あまりに刺激的で危険すぎる誘惑を振り払い、両手を前に突き出して、固く目を瞑る。
いけない。ちょっと留置場の檻がちらついた。冷静にならなければ、ぶち込まれてしまう。
心頭滅却。明鏡止水。滝にでも飛び込んで煩悩を洗い流したい。なんて汚い女なんだ私は。
本当に、ここまで汚れていたとは思わなかった。いつの間にこんな汚物になってしまったんだ。
もともと、そこまで綺麗な心は持ち合わせていないが、いくらなんでもこれは汚すぎる。嘔吐物や、排泄物の方がまだマシだ。なんてったって匂いがやばい。臭すぎる。あー消臭剤一気飲みしてー。
ええ、そうですとも。私はショタコンですとも。いつも有村くんに怒られていますとも。
それでも、少しは常識的な部分があった筈だろう? 思い出せよ、神崎直! 諦めんなよ!!
そんなネバーギブアップ精神で、かろうじて正気を取り戻す。よくやった、私、偉い。
すると、なんだか不安になってきた。ちょっと待て、今の私はどんな顔をしてるんだ?
もしも、にやついていたら? 下卑た、いやらしい笑みを浮かべていたら?
嫌だ。早乙女先生と同じになっちまう。あんな糞女と同類になんてなりたくない。
そもそも、すでにかなり悍ましい妄想を繰り広げてしまったあとだ。それが表情に出ていたかも。
もしくは身体中から分泌されるショタコン特有の刺激臭を嗅がれてしまったかも知れない。
一応、袖口をチェック……うん、臭いね。これはバレたかも。
そう考えると、恐ろしくて堪らない。目の前には鷹宮さんと、彼女の弟くんがいるのだ。
これが有村くん相手ならば、そんな気は遣わないのに。
残念ながら、今日は理解者である彼はいない。
私が暴走した際に優しく宥めて、時には叱ってくれる隣の席の頼れる男の子は、いないのだ。
それを実感して、余計に怖くなった。心細い。不安だ。助けてよ、有村くん。
しかし、いくら心中で叫んでも彼がこの場に現れる筈もなく。
「どうしたのよ、神崎直。もしかして、もうギブアップ?」
優しい有村くんの助け舟の代わりにかけられたのは、そんな意地の悪い挑発。
火花姫たる鷹宮さんは、明らかにこの状況を面白がっている。
鉄花姫たる私を追い詰めて、いたぶって、そして苦痛に喘ぐ姿を見て、愉悦を感じているのだろう。
彼女の手が、そっと私の肩に触れる。まるで、敗北を認めて、軍門に降れと囁くように。
正直、その無条件降伏が、とても魅力的な終戦協定に思えた。
ここで潔く負けを認めれば、楽になれる気がした。
全速力でこの場から逃げ出して、おうちに帰る。
そして自室のベッドに飛び込んで、晩ご飯も作らずに自分で自分を慰める。
一晩中、鷹宮さんの弟くんのことを思い出しながら、何度も何度も。
思い出が薄れたら、その度に鷹宮さんに土下座でも何でもして、弟くんに会わせて貰う。
弟くんの生写真を餌に、パシリみたいなことをさせられる羽目になるかも知れない。
どんどん要求はエスカレートしていって、最終的には鷹宮さんの足を舐めさせられたりして。
それでも、そう悪くないと思えてしまう私は、やっぱりどうしようもなく変態さんで。
これでは有村くんのことをとやかく言えないな、と自嘲して、ふと気づく。
そんな堕落した私を見て、彼はどう思うだろうか?
きっと、幻滅するだろう。そんな女だとは思わなかったと言われて。
鷹宮さんの素足をぺろぺろ舐める私を見て、彼も自分の足を差し出すかも知れない。
その時、私は有村くんの足を拒めるだろうか? いや、拒否権などない。
堕落した私に人権など存在せず、人以下の家畜としての惨めな人生が待ち受けている。
もちろん、一番の友達である瀬川さんにも嫌われる。
『なおちゃん嫌い! ばっちい!』と言われて、私は生きる意味を見失う。
そして吉田くんにも嫌われて、立場が逆転した挙げ句に豚の鳴き真似をさせられるだろう。
なにより一番恐ろしいのは早乙女茜。あの女は、危険だ。きっと貞操を奪われてしまう。
そうした絶望的な未来が待っていることは明白なのに、駄目な私は楽な方向へと逃げたがる。
鷹宮さんの手が、私の背中を伝って、腰に回された。ずっと、楽になれと囁いてくる。
それが悪魔の囁きだとわかっていても、それでも、私はこの過激な姫君を嫌いになれなくて。
「た、鷹宮さん……」
「ん? どうしたの、神崎直」
「わ、私……私は……」
「なによ? 言ってみなさい。聞いてあげるから」
「私は……どうしたら、いいの……?」
「そんなの簡単よ。神崎直は私に謝って、負けを認めれば、それでいいの」
「ほ、本当……? それだけで、いいの……?」
「もちろん。約束してあげる」
どうしよう。鷹宮さんったら、とっても優しい。
いつもは攻撃的なことしか言わないのに。今日はまるで聖女のように慈悲深い。
聖女……そう、聖女様だ。ラノベに出てくる、美しくも狡猾な聖女様に、そっくりだ。
私の一番お気に入りのラノベの聖女様は、とても狡賢くて、それでいて魅力的な美少女である。
彼女の恐ろしいところは、勇者を餌に魔王までも手籠めにしようとする、その剛胆さだ。
表向きは世界の為、しかしその裏には魔王への強烈な執着心が隠されている。同性同士なのに。
善なる存在の象徴たる聖女こそが、一番の黒幕。
そんな彼女のダークヒーロー的なキャラクター性を、私はとても好ましく思っていた。
たぶん、だからこそ、私は鷹宮さんを嫌えなくて……そこまで考えて、目が覚めた。
「ごめん、鷹宮さん。私はあなたの軍門に降るつもりはない」
きっぱりと、誘惑をはね除ける。
突然豹変した私に驚いた鷹宮さんは、まるで静電気に弾かれたように、腰に回した手を離した。
しばらく目を白黒させていた火花姫。しかし、すぐに我に返って、気炎を吐き出す。
「なによ神崎直、この私に刃向かうつもり?」
「ええ、そうよ」
「さっきまで私の弟にデレデレしてた癖に、どういう風の吹き回し?」
「どうもこうもないわ。それが私の有るべき姿だと思い出しただけ」
「はあ? なにそれ、意味わかんない」
苛々した様子で、降伏勧告を拒否した私に詰め寄る鷹宮玲奈。
火花姫たる彼女の瞳からはバチバチと灼熱の火花が迸るが、復活した私にはもはや効かない。
自慢の鉄仮面と、鋼鉄の鎧を身に纏い直して、私は彼女にもわかるように説明した。
「あなたの敵であることが、私の役目ってこと」
それこそが、私の下した、結論だ。奇しくもそれは、早乙女茜に対する立場とよく似ている。
私たちはラノベの魔王と聖女の関係のように、敵対関係であるからこそ、絆が生まれた。
だったら、その絆を守ることこそが、私と彼女の関係においてもっとも重要であると、そう判断した。
じゃないときっと、鷹宮さんは私にがっかりするだろう。
こんなものかと思われて、すぐに飽きられてしまう。それだけは、どうしても嫌だ。
だからこそ私は、火花姫の軍門に降ることなく、敵で居続けようと決意したのだ。
「……それが、神崎直の選択?」
「そうよ。お気に召したかしら?」
調子を取り戻して、いつもの口調でそう尋ねると、なにやら鷹宮さんは赤面して。
「……やば。ちょーかっこいい」
「は?」
「な、なんでもないわよ!? 超大嫌いって言ったの!!」
何やらぼそっと褒められた気がしたが、気のせいだったらしい。
そんな難聴系主人公みたいな奴は私も好きではないので、超大嫌いと言われても致し方あるまい。
しかし、今時、超とか。完全に死語のような気もするが、もしかした再び流行っているのかもしれない。
ちなみに完全にほったらかし状態の超可愛い超美少年の鷹宮さんの超絶な弟くんは、超つまらなそうに。
「なあ、姉ちゃん。俺はもう帰っていいの?」
口を尖らせて、拗ねたように帰宅の許可を求める弟くん。
お姉さんである鷹宮さんの制服の袖口をくいくい引っ張っているその仕草が、超弩級に可愛い。
またもや持病の発作が起きかけてしまったが、それを気合いで封じ込めて、様子を伺う。
声を掛けられた鷹宮さんは赤い顔を両手で押さえてうんうん唸っているので使い物にならない。
なので、ここは僭越ながらこのわたくしが、この弟くんの面倒を見てしんぜよう。
「ねえ、あなた、鷹宮さんの弟くんなのよね?」
「へっ? は、はい……そうです」
「さっきは自己紹介の途中にごめんね。私の名前は神崎直って言うの」
「神崎、直……さん」
「そう。君は、鷹宮彼方くんって言ったよね?」
「は、はい」
「かなたって字は、遠い向こうって意味の彼方で、合ってる?」
「はい、そんな感じです」
「私の直は、仲直りの直。わかる?」
「はあ、なんとなく」
「それじゃあ、これからよろしくね、彼方くん」
「はい……よろしくお願いします、直さん」
平静を取り戻した私はスマートに自己紹介をし終えた。というか、なんて礼儀正しい少年なのだろう。
最近の子供達はわりと言葉遣いが悪かったりすると聞くが、この子は違う。しっかりしている。
けど、初対面なのに直さんとか呼ばれちゃった。名字じゃないんだ。うはー! 嬉しすぎる。おっと、いかんいかん。落ち着け、直さんや。まだ豚箱に行きたくないだろう? よし、もう大丈夫。
しかしなんだか敬語を使わせるのは気が引けるな。タメ口でいいのに。
いや待て、早まるな。それはそれでありかもしれない。
せっかく敬語を使ってくれているのだから、それに甘んじよう。だってそのほうが可愛いし!
何はともあれ、こうしてまともに会話を交わすことが出来て良かった。大丈夫、私は常識人だ。
有村くんじゃあるまいし、美少年を見たら理性を失うような失態は犯さない。それは犯罪だ。
さて、とりあえず、鷹宮さんはまだ独りでブツブツ言ってるので、この隙に。
「彼方くん、もし良かったらお姉ちゃんのお家に来てみない?」
「へっ? 直さんのお家ですか?」
「そう。何かご馳走してあげるからおいでよ」
「いや、ご飯は自分の家で食べるので……」
「そっか。それじゃあ、一緒にお風呂に入ろっか?」
「はあっ!? お、お風呂!?」
「そう、お風呂。お姉ちゃんと一緒に入ろ?」
「い、いいの……?」
「もちろん。さあ、そうと決まったら速やかに私の家に……」
「ちょ、ちょーっと待った-っ!!」
ちっ。気づかれたか。
「突然大声を出してどうしたの、鷹宮さん?」
「いや、なんか私の弟が誘拐されかけてたから……」
「誘拐? なんだか物騒ね。でも安心して、私が命に代えても弟くんを守り抜いてあげるから」
「いやいやいや! それが誘拐だって言ってんのよ!?」
あーあ。残念。なかなか上手くいかないもんだ。え? 犯罪? なにそれ、美味しいの?
「とにかく、弟に会いたいならまた明日も会わしてあげるから!」
「マジですか? ねえねえ、それ本当? 嘘じゃない?」
「どんだけ食いついてくんのよ……」
鷹宮さんの言葉に即座に食いつくと、呆れられて、交換条件を突きつけられた。
「その代わりに、負けを認めてって言ったら?」
「認めない」
「じゃあ、会わせないけど、いいの?」
「会いたい」
「だったら、条件を飲みなさい」
「飲まない」
「あんたって奴は……私の弟よりも駄々っ子ね」
駄々っ子とか言われたけど、気にしない。
私は鉄花姫。そのメンタルは、鉄で出来ている。
しばらく睨み合ってから、火花姫は折れた。
「はあ……わかった。まあ、弟に会わせるくらい、別にどうってことないし」
「やたー! 鷹宮さん大好き!!」
「ええい! 懐くんじゃない、神崎直!!」
激甘な許可をして下さったお姉ちゃんに抱きつこうとしたら、ひらりと躱されて。
「なんなのあんた、普段と違いすぎない?」
「いえいえ、そんな滅相もありませんよ」
「その態度がおかしいって言ってんの」
なんか不信感を持たれて、焦る。
このままでは私の特殊な劣等複合が見破られてしまう。
じっとこちらを見つめてくるその懐疑の眼差しから目を逸らして、口笛を吹いて誤魔化すと、盛大にため息を吐かれて。
「ま、それで私の計画通りにことが進むなら、見逃してあげる」
そう言って、私への追求をやめてくれた鷹宮さん。
なんだかんだ言っても、甘い娘だ。本当に有り難い。
ふぅと、安堵しつつ、額に滲んだ汗を拭う私から視線を外して、弟に声を掛ける姉。
「今日のところは引き上げるわよ、彼方」
「結局何の為に俺は呼び出されたんだよ……つーか、なんで姉ちゃんはランドセル背負ってんだ?」
「う、うるさい! つべこべ言わず、余計なことは聞かない! カード買ってあげないわよ!?」
「ひ、卑怯だぞ!? 約束したのに!」
「だったら黙って姉に従いなさい! あんたは私の弟でしょ!?」
「うぅ……高校生の癖にランドセル背負った姉ちゃんの弟とか、嫌だ……」
「あ? なんか文句あんの?」
「ひっ……す、すんません」
「よろしい。それじゃあ、帰るわよ。じゃあね、神崎直」
「あ、うん。さよなら、鷹宮さん」
どうやら鷹宮さんはかなり独裁的な姉らしく、弟くんはとても憐れに見えた。
なので、私だけは彼方くんに優しくしてあげようと思って、涙目の彼に声を掛ける。
「またね、彼方くん。今日は会えて嬉しかったわ」
すると、彼方くんは顔を赤らめて、目を逸らしつつ。
「はい……俺も、嬉しかった、です」
消え入りそうな声でそう返されて、悶える。むはー! 可愛すぎ。やっぱりショタは最高だぜ!
「ふんっ……なかなかやるじゃない。ご褒美にもうひとパック、カード買ってあげる」
「ほ、本当か!? ありがとう、姉ちゃん!!」
「これからもその調子で神崎直の攻略に励みなさい」
そんな彼方くんを褒めてあげた、鷹宮さん。なかなかどうして、良いお姉ちゃんらしい。
仲睦まじいやり取りを交わしながら帰っていく2人の姿を眺めながら、ひとりっ子の私はつくづく思う。
やはり、世の中というものは、あまりに不公平であると。




