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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
35/60

第35話 『慣れていないもので』

「それじゃあ有村くん、早乙女先生によろしくね」

「ああ、神崎はクラスの女子とデートだって言っておく」

「余計なこと言わないで。あとで絶対からかってくるから」

「わかったわかった。ほら、鷹宮が待ってるぞ」


 放課後、同じ部活の部員である有村くんに顧問への言付けを頼んで、帰宅の準備を進める。

 彼に任せるのは色々と心配だけど、基本的にいい人なので大丈夫だろう。たぶん。

 ちなみに瀬川さんはご機嫌斜めであり、放課後になると同時に吉田くんを連れて部活に向かった。

 もしかしたらあの日かも知れない。しかし、彼女がそこまで重い体質とは知らなかった。

 ひとまず、瀬川さんのことは吉田くんに任せて様子を見よう。今はとりあえず、鷹宮さんだ。


「神崎直、支度終わった?」

「うん、待たせてごめんね。それじゃあ、行こっか」

「じゃあな、神崎、鷹宮」


 焦れた様子の鷹宮さんに準備の完了を報告。

 それを見計らい、私たちに向かって大きな手のひらを掲げ、帰りの挨拶をよこす有村くん。

 そんな彼に、鷹宮さんは心底忌々しそうに舌打ちをして。


「ちっ……失せろ、変態」


 痛烈な罵倒を吐き捨てて、教室の外へと出て行った。


「それじゃ有村くん、また明日」

「おう、鷹宮に変なことすんなよ?」

「あなたじゃあるまいし、何もしないわよ」


 火花姫の業火に焼かれても平然としている強靱なメンタルの持ち主たる有村くんと別れて、鷹宮さんのあとを追う。異様に歩くのが速い彼女にようやく追いつき、横に並ぶと、鷹宮さんはむっとして。


「並んで歩かないで」

「なんで?」

「通行の邪魔でしょ」

「別に、二人で並ぶくらい問題ないと思うけど」

「問題だらけなの。……並ばれると、背が低いのが目立つし」


 ふむふむ、なかなか難しいお年頃らしい。愛い奴め。

 なんだか微笑ましくて、くすりと笑うと、怒られた。


「わ、笑うな! というか、並んで歩いてたら仲が良いみたいに思われるでしょ!?」

「それは好都合ね。私、鷹宮さんと仲良くなりたいし」

「ふぇっ?」


 前々から思っていたことを口にすると、まるで吉田くんみたいなリアクションをした鷹宮さん。

 なにかおかしなことを言っただろうかと、首を傾げると、彼女は慌てて。


「な、ななな何言ってんのよ!? 仲良くなりたいとか、冗談じゃないわよ!!」

「ええ。冗談じゃなく、私は本気よ」

「だ、だから、そんなの困るの!!」

「どうして?」

「どうしてもこうしてもない! 私はあんたのことが嫌いだって言ったでしょ!?」


 そんなこと言われたっけ? ああ、思い出した。

 初めて会話した時、いきなり大嫌いと言われたんだった。


「私は別に、嫌われても構わないわ」

「……なにそれ」

「たとえどんなに嫌われても、私は鷹宮さんを嫌わないってこと」

「つまり、人にどう思われようがどうでもいいってこと?」

「まあ、そんな感じ」


 鷹宮さんが私を嫌うのは、彼女の自由だ。

 そして私が彼女をどう思うかも、私の自由である。

 よって、それによってこちらの行動を制限される謂われはないし、私も強制したりはしない。

 無論、仲良くなれるならばそれにこしたことはない。それが私の目的だ。

 今回の同伴下校で、その足がかりが出来たらいいな、とは思う。

 しかしながら、無理矢理どうこうするつもりはないので、鷹宮さんには安心して頂きたい。


「どうしても嫌だったら、途中で帰ってもいいから」


 そう気遣うと、鷹宮さんはきっとこちらを睨んで、気炎を吐き出す。


「なにそれ……私に逃げろって言うの?」

「どう受け取ろうとも、あなたの勝手よ」

「言ってくれるじゃない。私は絶対に、逃げたりなんかしない」

「それなら私は、そんな鷹宮さんと仲良くなれるように頑張るわ」

「……神崎直のそういう自分勝手なところが嫌い」

「そうね。私は自分勝手だから、あなたの気分を害したことについては謝らない」

「……ほんと、いい性格してる」

「それは褒め言葉?」

「どう受け取ろうとも、あんたの勝手」

「なら、褒め言葉として、受け取っておくわ」

「……ま、神崎直は、そういう女よね」


 バチバチとやり合っていると、周囲の生徒たちが自然と道を空けてくれる。

 そんな奇妙な花道を、鉄花姫たる私と火花姫たる鷹宮さんは我が物顔で進んでいく。

 昇降口まで来たので、口喧嘩は一時中断。外履きのローファーに履き替える。

 すると、いきなり鷹宮さんが私のお尻を触ってきた。


「え、ごめんなさい……私はそういう趣味はないの。悪いけど、他を当たって」

「ち、違うわよ!? 私だって好きでこんなことしてんじゃないわよ!!」


 なるべく平静を装って、丁重に自分がノーマルであることを告げると、鷹宮さんもノーマルらしい。

 いやはや、焦った。てっきりこの子はそっち系なのかと思ったが、勘違いだったらしい。

 彼女がノーマルで良かったと安堵しつつ、少しばかり残念にも思えたが、それはひとまず置いといて。


「それじゃあ、どうして私のお尻を触ったの?」

「別に、お尻を触ろうと思ったわけじゃない」

「だったら、これには何の意味があるの?」

「……スカート」

「はい?」

「だから! スカートの裾が危なかったって言ってんの!!」


 と言われても、何のことかはさっぱりだ。


「危ないって、具体的にどう危なかったの?」

「ぐ、具体的に言うと、中身が、その……」

「おっと、こりゃ失敬」


 そこまで教えてくれれば充分だ。おっさんみたいに謝意を伝えて、姿勢を正す。

 どうやら、靴を履く際に前屈しすぎていたらしい。いやー全然気にしてなかったぜ。

 なにぶん、こちとら丈の短いスカートにはまだ慣れていないもので。

 というか、ほんと、いつになったら慣れるんだろうと、自問してしまう。高校2年生だぞ、私。

 恐らく、私は一生そういったことには慣れることが出来ない人間なのだろう。

 確信を持って自問に自答すると、本気で情けなくなって、本当に駄目な女だと実感する。

 なのでちょっと落ち込んでいたら、次の瞬間、目を疑う光景が飛び込んできた。


「……くんくん」


 背を向けて、コソコソと手のひらの匂いを嗅いでいた、鷹宮さん。

 彼女が嗅いでいるその手は、もしかしなくとも、私のお尻を触った手であり。


「鷹宮さん」

「へっ? な、なに……?」

「手のひらからどんな匂いがするの?」

「そ、そりゃあ、神崎直の匂いが……って、別にそれで陶酔感なんか感じてないんだからねっ!?」


 鷹宮玲奈……本当に、何なんだろうね、この子は。

 ここに来て彼女の性質を見失ってしまった。ちょっといかれてるのかな?

 なるべく良い方向で推察するならば、大嫌いな私の匂いが手についたのが気にくわなかった、とも取れるが、そのわりには陶酔していたらしく、説得力はまるでない。

 ともあれ、悪い方向へと考えると、どんどん取り返しのつかないことになりそうなので、スルーしよう。

 そんな寛大な私がノーリアクションを貫くと、鷹宮さんは青ざめたり赤面したり、忙しなく顔色を変化させたあと、突然大きな声を出して。


「あーっ!! そう言えば、ちょっと用事があるんだった!!」


 なんとも都合良く用事が入っていたらしい鷹宮さんに、怪訝な視線を送る。


「用事?」

「そう、ちょっと大事な用で……」

「それじゃあ、今日は一緒に帰れないの?」


 少しばかり不安になって尋ねると、鷹宮さんは慌てふためいて。


「か、帰れる! 帰れるけど、ちょっと待ってて!!」

「でも、大事な用なんでしょ? だったら、無理をしなくても……」

「ちょっとした野暮用よ! すぐに済ませてくるから、待ってて!!」


 昇降口を出てから、すでに校門付近に差し掛かっていたそのタイミングで、待てと言われた。

 さっきまで大事な用と言ってた癖に、今度は野暮用ときたもんだ。どっちなんだ、いったい。

 さては教室に忘れ物でもしたのだろうかと思ったら、どうもそうではないようで。


「本当にすぐに戻ってくるから、待っててね!?」

「わかった。待ってる」

「や、約束だからね!? 絶対勝手に帰らないでね!?」

「大丈夫。絶対ちゃんと待ってるから」


 随分と念を押してから、彼女は小走りで校門の陰に向かう。そこで何やらコソコソしている。

 しゃがみ込んでいるわけではないので、トイレではないようだ。無論、そんなことは当たり前ではあるが、最近有村くんのせいで思考回路が汚染されてきている私は、真面目に考察を始めた。

 まさか、校門の陰に隠れてトイレする女子生徒などおるまい。しかし、今日の彼女はいつもと違う。

 ずっと気にしないようにしていたが、その背中には赤いランドセルが鎮座している。

 なぜならば、彼女は今日それを背負って登校してきたからだ。よって、帰りも背負って帰ることになった。


 そんな異様な風貌をした今日の鷹宮さんならば、何をしてもおかしくはないとも思えた。

 そうした危機感を抱き、私は彼女がおかしな行動をしないか、神経を尖らせていたのだが。

 その懸念は杞憂に終わり、事前に告げられた言葉通り、彼女はすぐにこちらに戻ってきた。


「さ、行きましょ。神崎直」


 行く前とはうって変わって、ウキウキした様子の鷹宮さん。

 口元には珍しく笑みを浮かべており、もちろん可愛いのだが、少々不気味だ。

 それが気になって、尋ねてみると。


「なんだか機嫌が良さそうだけど、良いことでもあったの?」

「あった、というよりは、これから起きるのよ」

「なにそれ、どういう意味?」

「教えない。ふっふっふ……覚悟しなさい、神崎直」


 よくわからないが、悪巧みをしているらしい。まあ、もとよりこうなることはわかっていた。

 ギラついた火花が迸る、その大きな瞳から目を逸らさずに、鉄仮面を被った私は、受けて立つ。


「望むところよ。行きましょう」

「それじゃ、私についてきて」


 二人揃って、校門を出る。

 そして、姫同士のバトルが、再び幕を開けた。

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