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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
32/60

第32話 『迷いなき遭難者』

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

「吉田、すごかっただろ?」

「すごすぎ……びっくりしちゃった」


 瀬川さんと吉田くんの対戦のあと、下校した私と有村くんは、いつもの公園に来ていた。

 2人で並んでベンチに座りながら、ぼんやり。先ほどの衝撃で、頭が上手く回らない。

 

 吉田貴広は、本当にすごかった。強くて、大きくて、恐ろしかった。

 ルールも知らない完全に素人の私でも、そう思うのだ。

 きっと、瀬川さんのようなある程度の実力がある人は、より彼に恐怖するのだろう。

 知っているからこそ、それなりの実力があるからこそ、その大きさがよくわかるのだ。

 それもまた、瀬川さんが吉田くんとの対戦を避けていた一因なのかも知れない。


「やっぱり……余計なことだったのかな?」


 知れず、そんな自問が口から零れる。

 2人の仲が進展する好機と思い、良かれと思って仕向けた、今回の対戦。

 それは本当にお節介でしかなくて、余計なお世話だったのかも知れない。

 吉田くんと瀬川さんの距離は大きく開いていて、それを改めて自覚させてしまう結果となった。

 そう考えると、本当に申し訳なくなって、落ち込んでいると。


「最後は上手くいったんだから、気にすんな」


 有村くんはそう言って、慰めてくれた。やっぱり、彼は優しい人だ。

 なんとなく、私の視線は彼の手へと向かう。さっきまで繋いでいた、大きな手のひら。

 公園について真っ先に、私は手を洗った。そして彼にも手を洗わせた。

 熱気に包まれ、冷や汗に湿ったお互いの手は、今は清潔だ。

 そんな綺麗な手を見つめていると、あの時のことが脳裏に過ぎる。


 覚悟を決めた吉田くんが披露した、たどたどしい頭なでなで。


 決して上手とは言えないその手つきには、ありったけの優しさが含まれていて。

 そんな彼に撫でられた瀬川さんがとても気持ちよさそうで、羨ましかった。

 その結果、暴走した瀬川さんに抱きつかれて、吉田くんは卒倒したわけだけど。

 それを上手くいったと言えるかは、かなり微妙なところだけど、悪くはなかったと、思う。


 ともあれ、有村くんには上手くいったように見えたらしいので、良かった。


「そう言って貰えると、ほっとする」

「ただ、これからはあんま無茶すんなよ?」

「うん……わかった」


 窘められて、反省。

 すると、人肌恋しくなる。

 要するに、甘えたくなった。


「手」

「は?」

「手……繋いで、いい?」


 コミュ障の私は、まるでロボットみたいに、有村くんに甘えてみた。

 そうだよ、これが私の精一杯だよ。文句ある!?

 この場には有村くんしか居ないし、丁度お互い洗い立ての綺麗なおててだし、さっきまで繋いでたし。

 そんな言い訳を積み重ねていると、一気に自分が弱くなった気がして、彼の方を見ることが出来ない。

 

 彼は今、どんな顔をしているだろう。

 呆れているのか、それとも……同じように、照れてくれているのか。

 ちょっと目を向ければ答え合わせが可能にも関わらず、どうしてもそちらを見れなくて。


 なんだかめちゃくちゃ気まずくなって、言わなきゃ良かったと後悔し始めた、そんな頃合い。


「手じゃなくて尻を触りたい」


 聞こえてきたのは、耳を疑うような暴言。

 今、この男はなんて言った?

 手じゃなくて、お尻を触りたい、だと? なんだそれは、何を言ってるんだ?

 どうしてそんな冗談を……いや、冗談だとしても、このタイミングはおかしい。

 そもそも、私に付け入る隙なんてあったか? いや、そんな隙など作った覚えはない。

 それなのにどうしてこんな無茶な要求をしてくるんだ? 雰囲気とか、考えてくれ。

 というか、こんな空気じゃあ、激高して怒鳴り散らすことすら出来ない。完全にしてやられた。

 せめて、からかうような口調で言われたならば、やだ有村くんったら、みたいな返しが出来たのに。

 それなのにこの男ときたら、切実に、まるで土下座するような勢いで。


「頼む! この前、お前が顧問に尻を触られてから、羨ましくて堪らなかったんだよ! だから、お願いだから尻を触らせてくれ!! 一生のお願いだ!!」


 一生のお願いをなんてところで使うんだこの男は。

 たしかに私は遊戯部の顧問からセクハラ被害を受けた。

 衆人環視の中で起きたその事案は、もちろん有村くんも目撃しており、印象に残った様子。

 まあ、あれだけ食い入るように凝視していたのだから、それも当然か。

 しかしながらそれを見て、私のお尻を触りたいとはどういう了見だ?


「どうして私のお尻が触りたいの?」

「小さい癖に弾力があって揉みごたえがありそうに見えたからだ」

「つまり、どんな感触か、確かめたいと?」

「そうだ。純粋な探究心を拗らせた結果、今に至る」

「純粋な探究心を拗らせると、世迷い言になるわけね」

「いや、俺に迷いはない」

「ちょっとは迷って。お願いだから」


 断る前に理由を尋ねると、そんな血迷った返答をされた。

 しかもこれで迷っていないというのだから、驚きだ。どこからそんな自信がくるのか。

 有村くんの現状は、樹海の中でコンパスも持たずにただ自分が思った方角へ進んでいるようにしか見えない。そしてそんな状況のことを、世間一般的には遭難と呼ぶ。無自覚の遭難者、それが有村秋だった。


「有村くん、聞いて」

「話はいいから、まずは尻だ」

「お尻より、まず話を聞いて」

「つまり、話を聞いたら尻を触らせてくれるんだな?」

「そんなことは一言も言ってないし、話を聞けばそんなことは出来なくなる」

「だったら、聞かない」

「うっさい! 黙って聞けっ!!」


 なるべく冷静に彼に対応するつもりだったけど、どうしても無理だった。

 子供みたいに耳を塞ぐ有村くんの両手を引き離し、強制的に聞かせる。

 取っ組み合いの喧嘩の様相で、私は彼に大事な話をした。


「あのね、有村くん。身体を触るってことは、特別なことだと思うの」

「特別なこと?」

「そう。だから、特別な相手にだけ、触る権利があるのよ」

「俺はお前に尻を触られても平気だぞ?」

「駄目。もっと自分を大切にして……まあ、触っていいなら、あとで触らせてくれるとありがたいけど」


 ちょっとだけ、弱い自分を晒すと、有村くんはそこに食いついてくる。


「なら、俺の尻を触っていいから、お前のも触らせろ」

「そんな早乙女先生みたいなおかしなこと言わないで」

「む……あいつと一緒は、嫌だ」


 決まった、最終手段。早乙女先生の名を出すと、有村くんは大人しくなった。

 誰だって、彼女と一緒にされるのは嫌だろう。こんな時は便利な担任だ。

 というか、彼の手首を掴んでいる今こそが、好機かも知れない。


 だから私は、ちゃっかりその手と自分の手を絡ませてから、元の位置に。


「神崎」

「なに?」

「俺はまだ手を繋ぐとは言ってない」

「嫌なの?」

「……その聞き方は、卑怯だぞ」

「だったら、大人しくしてて」


 こうなってしまえば、こっちのものだ。手なんて、繋いだもん勝ちなのだ。わはは。

 卑怯とか言われても、気にしない。こうして少しずつ、クレバーになろう。

 そうすれば、いずれあのセクハラ変態糞女教師のように、大人の女になれる筈だ。

 無論、目標にしたりなどしない。あの女のようになるつもりなど、さらさらない。

 私は私のやり方で、大人になる。そして早乙女茜をぶっ倒す。コテンパンにしてやる。


 有村くんには悪いが、彼にはその為の実験材料になって貰おう。

 大きな手のひらをこねくり回しながら、そんな勝手なことを思って、閃いた。


「有村くん」

「なんだよ」

「私の頭を撫でて」


 どうせなら、この機会にいろんな実験をしてみようと思った。

 手を繋ぐのはもういい。次のテーマへと移ろう。

 目下、最大の関心は、頭なでなでだ。それを試したかった。

 撫でられると、どうなるのか。気になって堪らない。

 無論、有村くんは私の好みではないが、それでも客観的なデータは得られる筈だ。

 しかも、今の彼の手は清潔そのもの。またとないチャンスだったの、だが。


「神崎」

「なに?」

「身体を触るのは、特別な人だけなんだろ?」

「うっ……それはそう、だけど……」

「もっと自分を大切にしろ」


 なんか、怒られた。同時に、繋いでいた手も、離される。

 別に、お尻や胸を触れと言ったわけじゃないのに。頭を撫でて欲しいだけなのに。

 ただ、彼の理屈は筋が通っている。それも当然。先ほど私が説いた内容そのままだ。

 要するに、これは仕返しなのだろう。もしくは、ただの当てつけかも知れない。


 むっとして、もう一度手を繋ごうとすると、ひらりと躱されて。


「そろそろ時間だろ? さっさと帰ろうぜ」

「あ……うん、わかった」


 時計を見ると、16時半を過ぎようとしていた。

 最近、彼と過ごしていると時間が経つのが異様に早い。これが相対性理論ってやつか?

 とにかく、もっと一緒に居たいと、そう思う。でも、夕飯の支度をしないといけないし。


「そう言えば、神崎」

「えっ? なに?」


 公園を出る間際、有村くんが不意に問いかけてきた。


「お前さ……吉田に惚れたり、してないよな?」


 なんだそりゃ。思わずポカンとしてから、ありのままの所感を述べる。


「まあ、たしかに、今日の彼は格好良かった」

「そうか……だよな、格好良いよな」

「うん。普段の彼とのギャップも、素敵だった」

「そういうのが、好きなんだろ?」

「うん、私はそういう男の子が好き」


 普段は気弱で貧弱だけど、いざという時に本気を見せる男の子。

 それが、私の好みのタイプである。そして美少年ならばなお良し。

 吉田くんは美形ではないかもしれないが、清潔感はあるし、髪もさらさら。

 よく瀬川さんが撫でている様子を見ると、可愛いクマさんのようにも見える。

 抱きついたりすれば、きっと温かくて柔らかくて、幸せな気持ちになるのだろう。


 今日の瀬川さんは、まさにそんな感じだった。だからこそ。


「私は吉田くんと、これからも友達として仲良くしていきたいわ」


 そう、友達として、2人の仲を、見守ってあげたい。


「友達、か」

「ええ、おかしい?」

「おかしくない。そうか……それなら、良かった」


 どうにも有村くんの様子がおかしい。

 なんとなく、察しはついている。彼もまた、男の子だ。

 だから私は、彼を励ますことにした。


「悔しがってる男の子も、私は格好良いと思う」

「っ……!」

「余計なお世話だった?」

「ふん……お前は一言多いんだよ」

「ごめんね」

「いや、ありがとな、神崎」


 片手を挙げて、彼は自分の家の方へと向かった。

 たぶん彼は、吉田くんに対する劣等感に苛まれているのだろう。

 それは恐らく、日常的に彼を苦しめていて、さぞ辛かろう。

 その気持ちは、私にもよくわかる。瀬川さんや鷹宮さんが良い例だ。

 彼女達はそれぞれ、私にはない魅力を備えていて、とても眩しい。

 時には羨ましいと思うし、時には妬ましく感じることもある。


 有村くんにとっては、吉田くんが羨ましくて妬ましい対象なのだろう。


 そしてそんな苦悩を抱える彼の姿は、憐れであり、放っておけない存在に見えた。

 悔しがったり、もがいたり、あがいたりする男の子は、素敵だ。とても可愛い。

 だから少しだけ、彼のそんな部分触れて、私は胸をときめかせたのだった。

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