第29話 『オブラートの重要性』
「昨日はよくも舐めた真似してくれたわね」
「舐めた真似?」
「思いっきりあっかんべーしたでしょーが!?」
翌日のSHR前。
朝っぱらから火花姫こと鷹宮玲奈に呼び出された私は、屋上へと続く階段にて説教されていた。
どうやら昨日の去り際にぺろりと舌を出しておどけたことに対し、よほど腹に据えかねているご様子。
まあ、その件に関しては私自身も少々やり過ぎたと思っていたので、ここは素直に謝ることにした。
「ごめんね、鷹宮さん」
「あ、謝ればいいって問題じゃない!」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そ、それは……深く反省して、もう二度と有村秋と関わらないと誓えば……」
「それは無理」
鷹宮さんの要求を、即座に拒否。
すると、瞬時に頭に血が上った彼女が噛みついてきた。
「どーして無理なのよ!?」
「わからない」
「はあ!? わからないって何なの!?」
「わからないものはわからないの」
「もういい! 話になんないわ!!」
どうしてそこまで有村秋と関わりたいのか。
その理由については、未だにわからないまま。ただ、傍に居たかった。
強いて言うなら、そうだな……嫌だから。要するに、ただの我儘だ。
昨日の帰りに一緒に話した時、私は楽しかった。だから、彼と疎遠になるのは嫌だ。
しかし、どうして嫌なのかは、わからない。具体的な理由が見つからないのだ。
だが、そのことについて囚われるのは、やめた。
私は鉄の花の姫だ。よって、我が道を征き、我儘を貫く。
というわけで、要領の得ない返答を繰り返していたら、鷹宮さんは憤慨して話を切り上げた。
火にガソリンを注いでしまったことを悟り、爆発に備えていると。
「それより、ちょっと小耳に挟んだけど……」
「なに?」
「あんたって……年下好きなの?」
意外にも爆発しなかった鷹宮玲奈。そしておかしな質問をしてきた。
私が年下好き? いや、間違ってはいないが、どこからそんな情報が漏れた?
「もしかして、有村くんから聞いたの……?」
「そうよ」
あ の 男……!
なんて奴だ。人の趣味嗜好を言いふらすなんて、最低だ。
私は鷹宮さんに彼との関係を説明する際にプライベートなことは差し控えたのに。
しかしながらバレてしまったならば仕方無い。潔く、認めることにする。
「たしかに、私はショタコンよ」
「へっ? ショタ……?」
あれ? 正体を告げてもいまいち反応が鈍い。
まあ、私の劣等複合はそこまで大したものではないので、おかしくはないが、少々不自然だ。
まるで言葉の通じない外国人のような反応をされて、こちらも困惑する。
「有村くんから聞いたんでしょ?」
「私が聞いたのは、あんたが年下好きってことだけよ」
「ああ、そういうこと。それなら、ただの年下好きってことにしといて」
「む……なにその言い方」
「別に気にしないで。それよりも、あの男は他に何か言ってなかった?」
「ほ、他には、その……」
良かった。有村くんはオブラートに包んでくれたらしい。まったく、肝が冷えるぜ。
とにかく追及を避けつつ、あの男が他に悪さをしていないか聞いてみた。
すると、なんだか鷹宮さんの様子がおかしい。顔が真っ赤になってしまった。
さっきから赤かったけど、これは激怒の色ではなく、たぶん羞恥からくる赤みだ。
「どうしたの?」
「あの、えっと……あ、有村秋の、お、おおおかしな趣味についても聞かされたというか……」
ははーん。なるほど。これで謎が全て解けた。
ようやく、ここ最近、有村くんと話す際に彼女の顔色が変化する理由がわかった。わかってしまった。
鷹宮さんは、彼の特殊な劣等複合を知って、狼狽えていたのだ。間違いない。
そしてたぶん彼は、自分自身のことについては、オブラートに包まなかったのだろう。
それで、この有り様だ。あの強烈な嗜好を聞かされた彼女は、憤死寸前になったと、そういうことか。
それを知った瞬間、胸のつかえが取れたような気がして、同時に憐憫の情が湧いてきた。
そうか。知ってしまったのか、あの趣味を。
私の穏健な嗜好はともかく、有村くんの過激な嗜好はかなりショッキングだったことだろう。
こんないたいけな同級生に、そんな刺激的な話をするなんて、有村くんは鬼畜だ。
それを知ってしまったら居ても立っても居られなくなって、私は咄嗟に憐れな鷹宮さんの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、私が守ってあげるから」
「なっ!? さ、触るなっ!?」
驚いた鷹宮さんが、私の手を払い除ける。
勢い余ったらしく、わりと強烈に弾かれてしまった。ちょっと痛い。
引っ込めた手を摩ると、鷹宮さんはぎょっとして、なにやら慌てた様子で。
「い、いきなり人の頭を撫でたあんたが悪いんだからねっ!」
「じゃあ、事前に許可を取れば良かったの?」
「まあ、それなら別に……って、駄目だから!! 絶対許可しないんだから!!」
おやおや? なんだか今日の鷹宮さんは、いつもより接しやすい。
なんというか、ラノベのツンデレヒロインみたいだ。それも、かなりチョロそうな感じ。
たぶん、このまま押していけば案外コロッと攻略できるだろう。そんな気がする。
しかしながら、今回の呼び出しの趣旨とは大きく逸れてしまう。
なので、ひとまずこのくらいで自重して、話を本筋に戻す。
彼女をからかう……もとい、親睦を深めるのは、またの機会にしよう。
「それで、私と彼の趣味がどうかしたの?」
「ど、どうかしたのって、あんたは、その……知ってるの?」
「なにが?」
「有村秋の……お、おかしな趣味について」
「もちろん、知ってるわよ。あ、彼に何か変なことされなかった?」
「べ、別になんにもされないわよ!? 突然目の前に下剤を突き出されて泣き出したりなんかしてないんだからっ!!」
「それは酷い」
あの男、やっぱり警察に引き渡すべきだろうか。
ほとんど初対面の女の子に下剤を渡すとか、なに考えてんだ。
そうした実害を考えると、自分の容姿が彼の好みのタイプじゃなくて良かったと、心から思う。
兎にも角にも、今はその時にことを思い出して泣きそうになっている鷹宮さんをなんとかせねば。
「よしよし、怖かったね」
「うん……怖かった。でも私はあの変態有村秋と神崎直を引き離す為に……って、やめてってば!!」
んん? なんか今、重要なことを言われた気がするが、怒声でかき消されてしまった。
鷹宮さん自身も失言だと思ったらしく、発言を誤魔化すように早口でまくし立てた。
「とにかく、私はまだ諦めたわけじゃないから!!」
「なにを?」
「だから、あんたと有村秋の仲を引き裂くことをよ!!」
「そう。でも、私は有村くんと離れるつもりはないわ」
こちらに指を突きつけて、宣戦を布告してくる鷹宮玲奈。
威勢の良い台詞と共に短いポニテが直立している姿が、なんとも可愛らしい。
それにつられて子供をあやすように自分の意思を伝えると、彼女は鼻を鳴らして。
「ふんっ。そんなことを言っていられるのも今のうちよ! 今度は絶対私が勝つ!!」
「私も、負けるつもりはないわ」
「私が勝つのっ!!」
言い返すと、むきになって勝利宣言を繰り返す火花姫。
その名の通り、強烈な眼光から繰り出される高温の火花を、鉄のフェイスマスクでガード。
彼女の熱さなど、私には通用しない。どれだけ噛みつかれようが、痛くもかゆくもない。
「見てなさい! 吠え面をかかせてやるんだからっ!!」
苛立たしげに捨て台詞を吐き、立ち去った彼女の後頭部に生えた短いポニテを見ながら、思う。
あわよくば、あの火花のように鮮烈な姫君とも、仲良くなりたいものだと。




