第27話 『策士の手のひら』
「おはよう、神崎」
「おはよう、有村くん」
翌朝、学校に登校すると、すでに有村くんは自席に座っていた。
私も鞄を下ろして、彼の隣に座る。いつも通りの、何気ない動作。
それが何故か、今日はとても嬉しく感じた。自分自身でも不可解な感情である。
たぶん、彼の隣の席で良かったという気持ちなのだろう。
そう、一緒に帰れなくても、傍に居れるのだ。
しかし、どうしてそれを嬉しく感じるのかはわからない。わからないけど、まあ、よかろう。
そんなホクホクした気分の私の眼前を短いポニテが通過し、彼の前に来て、一言。
「お、おはよ……有村、秋」
「ああ、おはよう、鷹宮」
現れたのは、昨日彼と一緒に帰った、火花姫こと鷹宮玲奈。しかし、なんだか様子が変だ。
ただ朝の挨拶を交わしただけなのに、妙に顔が赤い。風邪でも引いたのだろうか?
「……今日も一緒に帰れる?」
「ん? おう、鷹宮がいいなら構わないぞ」
「ん……それじゃあ、また放課後」
赤い顔のまま、恥ずかしそうに放課後の約束を取り付ける鷹宮さん。
そんな彼女の様子を見れば、いかに鈍い私とて、わかる。恐らく、昨日の帰りに何かがあったのだ。
そこまで推察して、ふと視線を感じた。見ると、鷹宮さんが立ち去ることなくじっとこっちを見ていた。
「なにか私に用?」
「……別に」
まるで非難するかのようにこちらを睨みつけて、彼女はふんっと鼻を鳴らして自席へと向かった。
もしかしたら、聞き耳を立てていたことに気づかれていたのかも知れない。そこで気づく。
有村くんと彼女の間に何があったのか、自分は気になっていた。こんな気持ちは初めてだ。
「有村くん」
「ん? なんだ、神崎」
「……いえ、何でもないわ」
「はあ? おかしな奴だな」
咄嗟に聞きだそうとして、やめた。私にはそれを聞く理由がない。
彼が誰と何をしようが、それは自由だ。口を挟むべきことじゃない。
それを聞き出す為には、自他共に納得できるだけの明確な理由が必要だ。
それがないのであれば、完全に無関係であり、ただの野次馬へと成り下がってしまう。
興味本位で詮索するのは、良くないことだと思うから……我慢した。
だけど、どうしてだろう……とても、モヤモヤする。
先ほどの鷹宮さんの表情が、目に焼き付いて離れない。
何かがあったという事実だけがはっきり伝わり、それが何なのかは不明。
そうした不透明な部分が、たまらなく、気になって仕方なかった。
そのことに気を取られているうちに、いつの間にか放課後になっていた。
「随分浮かない顔をしてるね、鉄花姫」
「そう?」
「うん。やっぱり火花姫と有村のことが気になる?」
遊戯部にて、昨日と同じくオセロで吉田くんと対戦していると、彼はそんなことを聞いてきた。
火花姫こと鷹宮怜奈と、有村くんについて。それに対する所感は、昨日とはだいぶ違っていた。
だから私は、素直にそう口にした。
「うん……気になる」
「おおっ! てことは、とうとう美姫同士のバトルが始まるんだね!?」
「いやいや、バトルなんてしないから」
「えっ? そうなの?」
なにやら鼻息が荒くなり始めた吉田くんに、釘を刺しておく。喧嘩をするつもりはない。
そもそも、私は別に怒っているわけではないのだ。ただ、モヤモヤして、変な感覚だ。
自分の知らないことについて、知りたいのに、わからない……みたいな。そんな感じ。
物事の白黒をはっきりさせたい性分の私としては、そんなあやふやな現状が、許せなかった。
「別に怒ってるわけでもないし、悔しくもないけれど、なんだか落ち着かないのよ」
「それなら、そうだな……悲しいとか?」
「んー……悲しくもないのよね」
「じゃあさ……寂しいんじゃない?」
オセロの駒を置きながら、何気なく独白すると、そんな答えが返ってきた。びっくりだ。
それは紛れもなく正答であり、昨日の帰宅の際に感じた、あの心境だった。
そう、私は……寂しかった。
独りで帰るのも、そして彼が鷹宮さんと帰り、2人に何かが起きたことも全て、寂しいと感じた。
今朝、彼の隣に座って嬉しいと感じたのは、きっとその寂しさが薄れたからだろう。
そこから導き出される結論、それは、きっと。
「私……有村くんの傍に居れなくて、寂しいんだ」
言葉にしてみると、しっくりきた。しかしながら、その理由については、さっぱりだ。
この案件については、熟考する必要があると、そう思っていたのだが。
「だったら、有村に寂しいって言えばいいじゃんか」
「へっ?」
特に考える素振りもなく、駒を盤上に置きながら吉田くんはそう結論付けた。
それはきっと、人ごとだからだろう。客観的には、簡単な問題に見えるのだ。
しかし、私にとってはこの上ない難題であり、そう簡単に納得することは出来ない。
「でも、どうして寂しいと思うか……私にもわからないのよ」
「だから?」
「だ、だから、自分でもわからないことで彼に手間をかけさせるのは……」
「なにそれ。有村に遠慮してんの?」
「いや、遠慮とか、そういうことではなくて……」
「難しく考えすぎだよ、鉄花姫」
しどろもどろで心中を吐露する私に、吉田くんは力強い言葉を投げかける。
「神崎さんは鉄花姫なんだから、気に入らない物を切り捨てるくらいで丁度良いんだよ」
そんなめちゃくちゃなことを言われて、困惑する。そんな辻斬り姫になれと言われても困る。
しかし、せっかく付けてくれた、あだ名だ。思えば、あだ名を付けられるなど、初めての経験だった。
ならば、その名に恥じぬよう、鉄の意思で、有村くんに心中を伝えるべきかも知れない。
「……わかった。明日、有村くんに言ってみる」
「うん、それがいいよ。それで、鉄花姫」
「なに?」
「その、少しはお役に立てたでしょうか……?」
「もちろん。吉田くんのおかげで、目が覚めたわ」
ウジウジ悩むのは、もうやめだ。そんなの私には向いていない。
それに気づかせてくれた彼には、当然、感謝していた。
だから、今更ながらお礼を言おうとしたら。
「や、役に立てたなら、ご褒美を貰えると有り難いのですが……」
「ご褒美?」
「まずまずの働きね、これからも精進しなさい、豚と、言って貰いたいのです」
とんでもないご褒美である。というか、ただの罵倒だった。
しかし、この吉田貴広という人物にとっては、それが一番のご褒美なのだろう。
おねだりをされたからには、その希望に沿った形で感謝を告げるのが一番だと判断した。
「まずまずの働きね。これからも精進しなさい、豚」
「ぶひいいいっ! ありがたやありがたや~!」
オーダー通りに台詞を口にすると、なんか拝まれた。
すると今日も他の部員と対戦していた瀬川さんがやってきて、よしよしと彼を慰める。
そんな優しい瀬川さんは、豚となった吉田くんに、小声で何やら囁いている。
ちょっと気になったので、聞き耳を立てると、こんなことを言っていた。
「よしよし、偉かったね、吉田くん」
「うん……僕、頑張ったお」
「私の代わりになおちゃんに口出ししてくれて、ありがとね」
なるほど。吉田くんを差し向けたのは瀬川さんだったらしい。
全ては彼女の手のひらの上だったのか……可愛い顔して、存外、柔花姫は策士らしい。
たぶん、彼女なりに気遣ってくれたのだろう。その優しい心配りが、とても嬉しかった。
吉田くんを仲介することにより、私も変に身構えることなく自然と自分の気持ちに気づけた。
それにこれならば、瀬川さんが鷹宮玲奈に噛みつかれることもあるまい。
私が一番案じているのは、瀬川さんに飛び火すること。それを上手く避けた形だ。
瀬川さんの冴えっぷりに感心しつつ、お膳立てしてくれたのだから、それに応える義務が生じた。
そんな風に周囲に支えられ、気づかされながら、私は翌日、有村くんに思いの丈をぶつけた。




