第22話 『自分の好み』
「それで、どんな悩みなんだ?」
「別に悩みってわけじゃないけれど……」
「じゃあ、何なんだよ?」
「私の好みのタイプについて聞いて欲しいの」
「なるほど……聞こうじゃないか」
公園のベンチに座って尋ねてくる有村くん。
三人は座れそうな長椅子の端に座って、私が座るスペースを開けてくれているが、そうはいかない。
だって二人で並んで座ったら、まるで仲が良いように見えるではないか。
私はまだ先ほどの勘違いを水に流したつもりはない。そう、まだ怒っているんだから。
そういうアピールのつもりで、意地でも彼の隣に座る気はなかった。
とはいえ、あとから考えると学校では隣同士の席であり、今更すぎる話ではあるのだが。
そんなことはともかく、すでに私は彼に秘密を打ち明ける決心をしている。
しかしながら、友達の少ない私は口下手なので、上手く説明できる自信はなかった。
よって、彼がそうしたように、論より証拠を先に見せることにした。
「まず最初に、これを見て欲しい」
「ん? なんだ、それ……本か?」
「そう、私が一番好きな本よ」
通学用の鞄から取り出したのは、一冊の愛読書。
お手製の手編みブックカバーにて厳重に保護されたそれは、数ある蔵書の中でもお気に入りの一冊だ。
言うまでもないとは思うが、もちろんライトノベルである。
つまり、表紙にはイラストが書かれている。まず彼に見て欲しいのは、その表紙の絵である。
丁寧に本からブックカバーを外して、外したそれをを鞄に仕舞う。
そして彼に表紙が見えるように本を突き出した。
「これが、私の好みのタイプなの」
「はあ?」
なるべく自然な素振りを装って、さらっと秘密を打ち明けた。
それに対して彼は首を傾げて理解出来ていない様子。
それなら仕方ない。もう少し詳しく説明してあげよう。
「このライトノベルの主人公が、好きなの」
「ラノベの主人公?」
「そう、この子よ」
表紙に描かれたキャラクター指差す。
有村くんはそれをしげしげと眺め、そして眉を顰めた。
しかめっ面のまま、私に問いかける。
「この子って……女の子じゃないか」
「違うわ。歴とした、男の子よ」
「いや、だって可愛すぎないか?」
「そう、私は可愛い男の子が好きなの」
女の子と思われるのも無理はない。私がお気に入りのキャラクターは、とても可愛い。
髪こそは短いが、愛嬌のある表情と小柄な体躯、それと女顔なのがチャームポイントだ。
そしてなにより私が愛してやまないその特徴は……年齢である。
「この子は、10才なの」
「10才って言ったら、ガキじゃないか」
「そう。でもそれは外見年齢で、種族的に年は取らない設定なのよ」
「じゃあ、中身は大人ってわけか?」
「いえ、中身も子供よ」
「……つまり、頭が悪い種族なんだな」
「そうじゃなくて、とても純粋な精神を有しているってこと」
「ふーん。純粋……ねぇ」
自分でも信じられないくらい饒舌に、キャラクターの設定を説明していく。
話しているうちに、ついつい熱くなってしまう自分に気づく。
恐らく、自分の好みを人に伝えることが……嬉しいのだと、思う。
「それで、神崎」
「なに?」
「要するに、お前は10才児が好きってことだな」
「ええ、そうなるわね」
「マジかよ……」
咳払いを一つして、そんなわかりきった確認をする有村くん。
わざわざ確認などしなくとも、さっきからそう言っているではないか。
しかし何故だか知らないが、彼はその事実に衝撃を受けたらしい。
青い顔をして、恐る恐る、私の正体を口にした。
「お前……ショタコンなのか?」
「ええ、私はショタコンよ」
あっさりと認めると、有村くんは絶句した。
せわしなく視線を動かして、私の本と顔を見比べている様子。
そして頭痛を堪えるような仕草をして、何やら考え込み始めた。
そんなに難しいことを言ったつもりはない。秘密は秘密だが、大したことではなかろう。
話してしまえば、案外どうってことはなかった。案ずるより産むが易しというやつだ。
「そ、そうか……まあ、好みは人それぞれだしな」
「わかってくれて嬉しいわ」
「いや、さっぱりわからん」
「じゃあ、次はこの挿絵を見て頂戴」
この手の話は誰ともしたことがなかったので、なんだか楽しくなってきた。
彼も拒絶することなく理解してくれたようだし、この子の魅力を存分に伝えよう。
私は本をペラペラ捲って、一番魅力的な挿絵を彼に見せつけた。
「どう思う?」
「……これ、さっきの表紙の子か?」
「そう。すっごく、興奮するでしょ?」
「興奮って……手足を縛られて、目隠しされて、スカートを捲られてるのに?」
「ええ。とっても、可愛いと思わない?」
「思わない」
「それなら、簡単にこの作品について補足してあげる」
私が見せたその挿絵の状況は、おおむね彼が口にした通りだ。最高のシチュエーションである。
よりわかりやすく補足するならば、まずこのラノベのあらすじを説明せねばなるまい。
私のお気に入りのこのラノベは、魔法が使える異世界が舞台のファンタジー作品である。
その世界は物語開始時から絶世の美貌を誇る強大な女の魔王の支配下に置かれている。
あらゆる魔法を使いこなすその美しき魔王により、その世界に住む人間は滅亡の危機に瀕していた。
単純な戦闘力においても他の者の追随を許さないその魔王の恐ろしさの真髄は、彼女が自ら生み出した強力な新魔法である。
魔道を極めし魔王は、膨大な魔力を費やして世界を変質させる程の大規模な魔法を発動した。
それは、男性を女性に変化させる魔法だった。
殺傷能力こそ備わってはいないが、世界中の全ての男たちがその魔法の影響を受けた。
強大な魔王が生み出した新魔法を解くことは誰にも出来ず、その理論や仕組みすら理解不能。
その結果、世界には女性しか存在しなくなり、当然、出生率がゼロとなった。
このままでは人類が滅亡するのは時間の問題。そこで、人間はとある儀式を行った。
魔法の適正の乏しい人間の中でも選りすぐりの魔法使い達が持てる技術と魔力を全てつぎ込み、そして聖女と呼ばれる特別な血筋の娘の生き血を捧げることで実現した、英雄の召還魔法。
画して、その滅亡寸前の世界に、一人の少年が召還された。彼こそが、この作品の主人公である。
しかしその見た目は10才程度で、まるで女児のように貧弱な幼い少年だった。
しかも彼は英雄として召還された為に年を取らない不老者となってしまったのだ。
種族的に言えば、エルフのように不老の肉体と高い魔法適性を備えた、精霊のみたいなものだ。
精神的にも成熟することなく、見た目と同様に幼く純粋な心のままなので、基本的にはお馬鹿さんだ。
それでも彼は、その持ち前の純粋さを武器に、英雄として世界を救うべく魔王と対峙する。
幾度も戦闘を重ねる度に、魔王の心境にも変化が現れる。
極度の男嫌いである彼女の氷の心を徐々に溶かしていく、少年の純粋な熱い輝き。
そしてとうとう魔王は彼に対して自分の元へ来いと誘うようになった。
しかし、そんな二人の接近は許されない。少年は人間が召還した勇者なのだ。
彼を召還した聖女と魔法使い達は様々な手練手管で少年を人間側に引き留めようと画策する。
そしてそれに対抗して魔王も少年を自分の物にするべくその強大な力を振るい、世界を揺るがす。
これはそんな、幼い少年を巡って血で血を洗う女同士の骨肉の争いに手に汗握る、甘く切なくそして熱い、恋の戦争の物語。
「……という、ストーリーなのよ」
「ん? ああ、悪い。寝てた」
「あらそう? じゃあ、もう一回聞かせてあげるわね」
まったく、有村くんは世話が焼けるな。
上機嫌な私は寝てしまって聞きそびれたという彼に、もう一度初めから語って聞かせたのだった。




