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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
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第19話 『カミングアウト』

「口で説明するよりも、まずはこれを見てくれ」


 有村くんはポケットから取り出した携帯電話を操作して、一枚の画像を私に見せた。

 彼の携帯電話は画面が大きくて、父が使っている物とは違い、物理キーがない。なので、巷でスマートフォンと呼ばれる代物であると推察する。

 思えば、瀬川さんの携帯電話も似たようなものだった。流行っているのかな?

 私は携帯電話について詳しくないので、それがどこのメーカーのなんという機種なのかはわからない。

 それでも、そこに映し出された高精彩な画像を見て、便利な文明の利器であることはわかった。

 いやはや、知らぬ間に随分と電子機器は進歩していたのだと感心しながら、その画像を眺める。

 するとそこには、一枚の女の子のイラストが表示されている。まずはそこに疑問を覚えた。

 現在、彼と話している内容は、好みのタイプだった筈。それなのに、なぜイラストなのか。

 しかし、その疑問を口にする前に、聞かなければならないことがある。


「有村くん」

「なんだ?」

「私の目に間違いがなければ、その女の子の年齢は小学生くらいに見えるのだけど」


 これこそが、真っ先に尋ねるべき質問だと、判断した。

 彼のスマートフォンに表示された、女の子のイラスト。それはあどけない少女だった。

 大人びた表情で微笑んでいるその子の身体は未成熟で、まだそれほど発達していない。

 最近の子供たちはあの頃の私と違って発育が良いらしいので、中学生ではないだろう。恐らく、小学校高学年くらいの童女だと思われる。髪型は、ポニテ。なんとなく、昔の自分を想起させる容姿だ。

 問題なのは、この話の流れで、何故彼はそんな女の子の画像を私に見せたのか、だ。


「いいや、神崎。これは中2の女の子の画像だ」

「そうなの? でも、そんなことはこの際どうでも良くて……」

「どうでも良くない。見ろ、この膨らみかけの胸を」


 中2と言われたけど、さほど興味はなかった。

 なので、さらっと流して本題に移ろうとすると、有村くんが待ったをかける。

 膨らみかけの胸とやらをズームアップして、得意げな笑みを浮かべる有村くん。

 たしかに膨らみかけではあるが、それがなんだと言うのだ。さっぱりわからない。


「それがどうしたの?」

「それがいいんだよ」

「えっ?」

「だから、俺は膨らみかけの胸が好きなんだよ」


 絶句した。脳がついていけない。この男は今、なんて言った?

 膨らみかけがいい。そして、そういう胸が好きらしい。

 これまでの会話の流れを鑑みるに、恐らく、それが彼の好みのタイプということになる。

 つまり、彼は膨らみかけの胸をした女の子が好きなわけで……ということは、もしや。


「あなたは、ロリコンなの?」


 いっけない。つい思ってしまったことを口に出してしまった。私の悪い癖だ。

 聞いてしまってから、猛烈に反省する。かなり失礼な質問だ。だって、そんなのありえないし。

 ロリコンとは、ロリータ・コンプレックスの略であり、年端のいかない少女に劣情を覚える悪しき人種の俗称でもある。コンプレックスとついている通り、複合劣等の一種ではあるが、実情はただの性癖だ。

 そんな邪な性癖を彼が抱えているのではと一瞬でも思った時点で大変な侮辱と言えよう。

 だからすぐに遺憾の意を表明しようとしたら、その前に、彼が質問に答えた。


「そうだ。俺はロリコンなんだ」


 再び、絶句する。もうわけがわからないよ!

 あれ? なんだ、これは。おかしい。どうしてこうなった?

 事態は混迷を極めており、私はいっぱいいっぱいであっぷあっぷだった。

 溺死しないように深呼吸をして、脳に酸素を送る。すーはーすーはー。

 意識しなければ呼吸をするのを忘れてしまいそうな程、動揺していた。

 

 よーし、それそろ落ち着いてきたな。大丈夫、私はまだやれる。

 そう自分に言い聞かせながら、考察を始める。

 先ほどの彼の発言を思い出してみよう。この一瞬で閉じた記憶の蓋を、恐る恐る開けてみる。

 彼は、自分はロリコンだ。と、カミングアウトした。……うん。やっぱりおかしいね。

 

 その発言が問題であることはわかった。

 しかし、先ほど見せられた画像と彼の発言は整合性が取れている。

 膨らみかけの胸をした中2の女の子の画像を私に見せた上で、それを自分の好みだと語ったのだ。

 ふむふむ。文脈自体は、まともに見える。別段、支離滅裂なことを言われたわけではない。

 先に画像を見せることで理解しやすく、とてもわかりやすい説明であったと言えよう。

 それでもおかしいと思うのは、その事実を私が受け入れたくないからに他ならない。


 正直に言おう、認めたくない、と。

 そう、私はその事実を認めたくなかった。だから、理解を拒んだのだ。

 それは一種の拒絶反応のような、反射的な嫌悪感と呼ぶべき悪感情によるものだ。

 鳥肌が立ちっぱなしだ。ぞっとしていた。よもや彼がロリコンだったなんて。

 

 どうしてロリコンに対して拒絶反応を示したかと言えば、生理的に受け付けられないから。

 では、何故生理的に無理なのかと言えば、その理由は様々だ。

 一言で言うなら、そうだな……キモいから。

 敢えて感情的な言葉を避けるのであれば、未成熟な女子をそういう対象に見ることへの反発だ。

 身体が成熟してない女の子は保護しなければならない。それが人道である。道徳とか倫理とも言う。

 それに対して好意を抱くこと自体が、常軌を逸している。人の道を外れて、外道街道まっしぐらだ。

 そういうのは、良くないと思う。断じて、いけないことだ。ロリコン、ダメ、ゼッタイ。


 だからそう口にしようとしたけれど……それでも彼は、私にとって恩人なのだ。

 彼への借りは、まだそっくり残っている。

 そして、彼に優しくされた記憶も、ちゃんと覚えている。


 そんな彼の好みを全否定することは、私には、出来なかった。


「そ、そうなんだ……まあ、好みは人それぞれだしね」

「おお、お前もこの子の可愛さをわかってくれたか」

「いや、全然わからないけど」

「それなら、次の画像も見てくれ」


 当たり障りのない言葉を口にしたら、なんか調子に乗られてしまった。

 共感を得たと勘違いされたので、即座に否定したのだけど、聞いちゃいない。

 嬉しげに鼻歌なんぞを奏でながら、彼はまたもやシュッシュッとスマートフォンを操作。

 そして私に、次なる画像を見せつけた。


「これをどう思う?」

「さっきのイラストと何が違うの?」

「よく見ろって、背景が違うだろ」


 そのイラストは、さっきの女の子と同一人物と思われるポニテ少女の絵だった。

 何が違うのかと思えば、背景が違うときたもんだ。そんなの知らん。

 言われてみれば、四方を白い壁に囲まれた個室に座っていることがわかる。

 だが、何度でも言おう。それがどうした、と。知らんもんは知らんのだ。

 完全に冷め切っている私とは裏腹に、有村くんは何やら興奮して白熱している。

 身を乗り出し、画像の背景について、熱く語り始めた。


「ほら、見てくれ。この子が座っているこの部分」

「椅子……にしては、妙ね」

「ふふっ……そうだろうそうだろう」


 ズームアップして、その子が腰掛けている部分を強調する有村くん。

 ただの椅子かと思ったら、違うようだ。妙な形をしている。

 なんだか見覚えがある気がするが、思い出せない。

 ただ、刺激臭が濃くなっていることはわかる。危険だ。

 危機感を募らせる私に、有村くんはにやりと笑い、高らかにその椅子の正体を告げた。


「これは、便座だ」


 それを聞いた私は、本日三度目の絶句をする羽目となったのだった。

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