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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
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第16話 『天使の恋心』

「吉田くんと初めて会ったのは、私が中3の時だったの」


 並んで昼食を摂りながら、瀬川さんの話に耳を傾ける。


「その頃、ちょっと色々あって、落ち込んでたんだ」


 中3の瀬川さんは、悩みを抱えていたらしい。

 聞くところによると、それは素の自分と周囲から見た自分の、差異。

 その悩みを聞いて、私は自分の中3時代と似ていると思った。

 たぶん、誰もが似たような経験をしているのだろう。


「私、身体の発育が早くて、同い年の友達からも年上みたいに扱われてて……本当はそんなんじゃないのに、期待されるがまま、ちょっと大人っぽく振る舞ったりして、それでとうとう失敗しちゃって……」


 瀬川さんは私よりも遙かに大きな胸の持ち主だ。

 しかし、彼女の口調や仕草は、たまに子供っぽいところもある。

 周囲から見ると、とても大人びて見える彼女だが、内面はそうではなかったのだ。

 それに加えて、厳しい両親の躾や、ピアノ等の習い事で接する先生との会話も、瀬川さんに早く大人になるよう強要する一因となっていたらしい。

 その結果、精神的な幼さを隠しながら大人っぽく振る舞うようになったとのこと。

 そして、彼女は何らかの失敗をおかして、限界を迎えた。


「もう何もかも嫌になって、習い事もやめて、年上みたいに同級生に振る舞う自分も嫌で、本当の自分を曝け出したいって思った。そんなとき、夕方にやっていた、とあるアニメを観たの」


 悲痛な表情が幾分和らぎ、彼女は懐かしそうにそのアニメについて語る。


「そのアニメは、カードゲームを題材にしたものだったの」

「カードゲーム?」

「そう。吉田くんが世界チャンピオンになった、カードゲーム」


 ふむふむ。ようやくここで吉田くんが登場するわけか。

 食べ終えた弁当を片付けつつ、身体ごと瀬川さんの方を向いて、話を聞く。


「そのアニメがとっても面白かったから、売られているカードを買ってみたの」


 そう語る彼女は、とても楽しげだ。

 きっと、初めてカードを購入した時のことを思い返しているのだろう。

 まるで子供みたいに微笑む瀬川さん。これが彼女の素の表情のようだ。


「カードを集めるのに夢中になった私は、すぐにそれで遊びたくなった」

「まあ、ゲームだもんね」

「うん。でも、遊ぶには相手が必要だった」

「なるほど。そこで吉田くんと知り合ったの?」

「ううん。吉田くんと知り合うのは、もう少し先」


 カードで遊びたくなった瀬川さん。想像すると、なんとも微笑ましい。

 てっきりそこで颯爽と吉田くんが現れるのかと思いきや、まだ姿を見せないらしい。

 瀬川さんが対戦相手を求めているのに、何をしているんだ。と、理不尽に憤ってしまうが、自重した。


「町のカードショップに行って、相手を探したんだけど、なかなか見つからなくて。なんか、女子がカードで遊ぶのが珍しかったらしくて、ちょっと避けられちゃったみたい」


 瀬川さんを避けるとは、いったいどんな神経をしているんだ。と、思ったが、別に不思議ではない。

 もちろん、彼女の推察通り、女子がカードで遊ぶのは、さぞ珍しかろう。

 しかし、瀬川さんはただの女子ではなく、美少女だ。しかも、胸も大きい。

 恐らく、そのカードショップとやらにたむろしていた少年達には、刺激が強すぎたのだ。

 彼女に対戦を申し込まれてキョドル男共の姿が、目に浮かぶ。

 ともあれ、対戦にかこつけて悪い虫がつかなかったのは、幸いだ。

 もっとも、その幸いは、彼女にとっては最大の不幸に他ならない。


 対戦相手が見つからない瀬川さんを見かねて、カードショップの親切な店員さんが、相手をしてくれたらしい。そして、その店員は彼女の強さに驚愕する。


「店員さんと対戦したら、近々カードの大会があるから出てみないかって言われて……」

「よっぽど瀬川さんは強かったのね」

「そんなことないよ。たぶん、煽ててくれたんだよ。それで、私はその大会に出ることにしたの」


 大会出場を決心した瀬川さん。

 その日の為にカードを買い漁り、様々な戦術を学び、そして新たに生み出した。

 それが功を奏して、本戦への出場をかけた地方の予選会で、決勝まで駒を進めた。


「初出場で決勝って、やっぱり相当強いと思うけど」

「でも予選会だから。本戦には化け物みたいな強い人が沢山いて、私じゃ勝てないと思う」

「ちなみに、その決勝戦はどうなったの?」

「ボロ負けだったよ」


 謙遜する瀬川さんに試合結果を尋ねると、あっさり負けたと口にする。

 本戦に出場出来るのは、地方予選の優勝者ただ一人のみ。

 つまり、瀬川さんは本戦出場への切符をその瞬間失った。

 それなのに、ちっとも悔しそうではなく、目を輝かせて話を続ける。


「その人は本当に強くて、そして鮮やかだった」

「鮮やか?」

「そう。負けて嬉しいと思えるくらい、綺麗に私に勝ったの」


 負けて嬉しいと思わせるほどの、勝ちっぷり。それは私には理解出来ない領域だ。

 きっとかなりの実力者同士でしか感じられない美学が、そこにはあったのだろう。

 というか、さっきから瀬川さんの顔がほんのり上気している。

 目もウルウルしていて、吐き出す吐息も、なんだか艶っぽい。一言で言うと、エロい。

 なんということだ。これではまるで、瀬川さんが恋慕しているように見えるではないか。許せん。

 彼女にそんな反応をさせるその対戦相手とやらに、一方的な嫉妬心を募らせていると。


「その相手が、吉田くんだった」


 さらりと、対戦相手の名前を口にする瀬川さん。なんと、その相手こそが吉田貴広だった。

 そこで、そう言えばこれは吉田くんとの馴れそめについての話だったと、思い出す。

 いつまでたっても現れないから、すっかり忘れてしまっていた。

 しかし、その相手が吉田くんだったとは……よもや、といったところだ。


 ん? 待てよ?


 その時、私に電流が走った。いや、まさか、でも、そんな。

 高速で足りない頭を働かせて、何度も検証するが、結果は芳しくない。

 先ほどの瀬川さんの表情。そして、昨日の彼女の吉田くんに対する反応。

 とどめに、今日語られた温厚な彼女が私にキレた理由を踏まえると。


「もしかして、その時に吉田くんに一目惚れしちゃった……とか?」

「っ……!」


 そんな馬鹿なと思いつつ、なるべく軽い感じで聞いてみたら、顔が真っ赤になった。

 それを見て私は自分の軽率な言動を後悔した。どうしていつもそうなんだ私は。

 よくよく考えなくてもそんなことあるわけないだろう。憧れと恋心を同列に捉えるなど、あってはならないことだ。ついつい邪推してしまった自分自身を殴りたいが、今はそれよりもするべきことがある。

 とにかく、俯いてしまった瀬川さんに今すぐ謝ろうと思って、口を開くその前に。


「うん……一目惚れ、しちゃった」


 えへへっと、照れ笑いを浮かべる天使。その数百ワットのスパークに、一瞬目が眩んで、パチクリ。

 すると、天使かと思ったらそれは紛れもなく瀬川さんで、やっぱり天使みたいに笑っている。

 ややあって、それまで目から入ってきた映像美に思考を遮られていた私の脳が、彼女の言葉を処理する。

 鼓膜を伝わってきたその振動の周波数を解読すると、一目惚れを肯定するような発言だった。

 

 待ってくれ。この天使が、一目惚れをしちゃった、だと? 吉田くんに?


 一体誰に対して待って欲しいのかは定かではなかったが、とにかく時間が欲しかった。

 瀬川さんが、吉田くんに一目惚れした。それは中3の時の出来事だったらしい。

 もしかしたら、すでにその呪縛は解けているのかも知れないと一縷の望みにかけるが。


「あの日から、ずっと、ずっと、好きなんだ」


 駄目押しに永久の愛を語られて、真っ白に燃え尽きた。

 とはいえ、燃え尽きている場合ではない。友達の恋心を知って燃え尽きるのはおかしい。

 でもさあ……なんか、寂しいじゃん? てっきり、好きな人とかいないと思ってたし。

 別に吉田くんに不満があるわけではない。ただ、なんとなく悔しかった。

 友達の心を奪われたことが、どうにも業腹だ。たぶん、相手が誰でもそう思うのだろう。


 思春期を迎えてから日に日に肥大化していく自意識を懸命に抑えつけて、口を開く。


「……瀬川さんの気持ちは、よくわかった」

「聞いてくれてありがとね、なおちゃん」

「こちらこそ、聞かせてくれてありがとう」


 彼女の話を聞いて、私は瀬川さんのことを前よりも知ることができた。

 瀬川さんも自分の気持ちを伝えたことですっきりしたらしく、清々しい表情をしている。

 喧嘩をして、仲直りをして、そしてより相手のことを知ることが出来た。

 仲が良い友達同士でも喧嘩くらいする、か。なんとなく、有村くんの言葉の意味がわかった気がした。


 余談だが、瀬川さんに勝った吉田くんはその後、本戦である全国大会を制して世界大会に出場し、見事優勝したらしい。そして、去年の大会も制して二連覇。どうやら彼の強さは本物のようだ。


「それじゃあ、そろそろ教室に戻ろっか」

「うん。そうしよう」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 私たちは立ち上がり、肩を並べて教室に向かう。

 その道すがら、私は瀬川さんに友達として助言を授ける。


「吉田くんと仲良くなりたいなら、いい方法があるよ」

「えっ!? 本当!?」

「うん。本当だよ。耳貸して?」


 恋する彼女に何を囁いたのかは、放課後までのお楽しみだ。

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