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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
15/60

第15話 『踏み込んだ関係』

 一夜明けて、翌日。

 私は登校してすぐに、瀬川さんと話をすることにした。

 彼女が何故怒ったのかは、未だにわからない。しかし、わからないまま放置することは出来ない。

 それは逃げていることと同義だ。もう中学の時のような失敗はしたくない。

 そしてあの時とは違い、私は瀬川さんの名前や顔を認識している。赤の他人ではない。

 既に彼女は私にとってかけがえのない友達だ。だからこそ、関係を修復したいと強く望む。


 教室に入り、鞄を下ろす手間も惜しんで、瀬川さんの席へと向かう。

 生まれてこの方、感じたことのないような緊張感で、吐きそうだ。

 怖い。そう、私は怯えていた。瀬川さんに嫌われることが、堪らなく怖かった。

 それはきっと、彼女が私にとって特別だからだ。

 生まれて初めて出来たと言っても過言ではないくらい、特別な友達なのだ。

 そんな彼女に嫌われてしまったらと思うと、堪らなく悲しい。


 逃げ出したくなる衝動に駆られながら、私は昨日有村くんに言われたことを思い返した。

 彼は、私の名前に直という字が入っているから、きっと仲直りができると言っていた。

 今思い出しても、おかしな理屈だ。まるで論理的ではない、気休め。

 だが、物は考えようだ。自分の名に恥じぬように、振る舞う。そう考えると、もっともだ。

 全ては自分の気持ち次第。私がどうしたいかが、大切なのだ。

 

 私は彼女と仲直りがしたい。

 だから、逃げずに、向き合う。

 そう思える存在こそが、友達だと思うから。


「おはよう、瀬川さん」

「な、なおちゃん……」

「ちょっと、話がしたいんだけど、いい?」


 あれだけ緊張していたのがまるで嘘のように、私は瀬川さんに声をかけることが出来た。

 変に上擦ったり、どもることなく、彼女に話がしたいと言った。

 瀬川さんは、とても動揺しているようだった。顔面も蒼白で、少し心配になる。

 体調が悪いのなら、あとにしたほうが良いかと思って、そう聞こうとしたら。


「昨日は、ごめんなさいっ!!」


 突然立ち上がって、瀬川さんは深々と頭を下げてきた。

 今度はこっちが戸惑う番だった。この展開はまるで予想してなかった。

 昨晩ほとんど寝ずに考えたシミュレーションでは、無視されるか睨まれるかのどちらかになるだろうと推察していた。

 だが、瀬川さんは開口一番に謝罪をした。

 俯いて、悲壮な表情を浮かべる彼女の目の下にはクマが見て取れる。

 きっと、昨夜寝れなかった私と同じく、彼女も眠れなかったのだろう。

 考えて、考え抜いた末の、第一声。それが、私への謝罪だった。


 そう思うと、とても胸が温かくなった。同時に、謝らせてしまって申し訳ないとも思った。

 瀬川さんは、今にも泣きそうな表情を浮かべている。その涙を何としても阻止したかった。

 彼女の頬に涙が伝う前に、私が言うべきことは、ひとつだ。


「大丈夫だよ。だから、泣かないで?」

「ッ……なおちゃん、本当に、ごめんね」

「もう謝らなくていい。昼休みにでも、話を聞かせて?」

「うん……わかった」


 なんとか、泣かせずに丸く収めることができた。

 そして、昼休みに詳しく事情を聞く約束を取り付けた。

 彼女の怒りの原因がわからなければ、こちらとしても対応できない。

 もしかしたら、知らず知らずのうちに瀬川さんを傷つけてしまっていたのかも知れない、

 そうだとしたら、謝るのは私のほうだ。その時は、きちんと謝罪をしよう。


 瀬川さんの気持ちが落ち着いたのを確認して、自席に戻る。

 なにはともあれ、想定していた最悪の事態は避けられた。絶交されずに済んで、良かった。

 寝不足なこともあり、よろよろと着席した。すると、有村くんが得意げに私に言った。


「な? 大丈夫だっただろ?」

「ん。とりあえず、良かった」

「酷い顔だな」

「昨夜寝れなかったから、気が抜けて、今すっごく眠い」

「それなら昼休みまで寝てろ」

「でも、授業が……」

「ノートは俺が取っとく」

「ん。ありがと……おやすみ」


 そうして私は、彼の隣で眠りにつく。

 優しい有村くんに、心から感謝して。

 彼への借りがとても大きくなったことを自覚しながら、意識を手放した。


「おい、神崎。起きろ」

「ん……おはよ」

「瀬川がお待ちかねだぞ」


 有村くんの心地よいモーニングコールで目覚める。

 ずいぶん深く眠っていたらしく、体感時間では一瞬に感じられた。

 しかし、周囲を見渡すと昼食の準備が始まっている。つまり、午前中は完全に爆睡していたようだ。

 そして目の前には、瀬川さんが立っていた。


「なおちゃん……私の話、聞いてくれる?」

「もちろん」


 寝ぼけている場合ではない。

 これから私は友達の話を聞かなくてはならない。

 瀬川さんは弁当を持参していた。

 私も鞄から弁当を取り出して、彼女に尋ねる。


「教室じゃないところのほうがいい?」

「うん……気を遣ってくれて、ありがとう」


 込み入った話になりそうなので、場所を変えることにした。

 とはいえ、校内で人気のない場所などそうそうありはしない。

 なので、解放禁止となっている屋上へと続く階段で、語らうことにした。

 安全に配慮して屋上への扉は開かないので、ここには滅多に人が来ない。

 風の噂によると、絶好の告白スポットになっているらしい。

 もちろん、私には縁のない場所だけど。


「ここで平気?」

「うん。大丈夫」


 了承を得て、階段に2人並んで腰掛ける。

 とりあえず、弁当の蓋を開ける私とは対象的に、彼女は包みを開く素振りもない。

 さすがに弁当を食べながらするような話ではないか。

 少々反省しつつ、蓋を閉じようか迷っていると、瀬川さんが重い口を開いた。


「昨日のことなんだけど……」

「うん」

「私、どうかしてたって言うか、ついかっとなってしまって……」

「どうして、かっとなってしまったの?」

「それは……」


 やはり、彼女は私に対して怒ったらしい。

 それについては、わかりきったことだった。

 普段温厚な彼女が、あれほどの剣幕をしたのだから、怒っていない筈はない。

 理由を尋ねると、瀬川さんは言いづらそうに口ごもった。

 なるべく、追求するような口調にならないように、可能性を口にする。


「勝手に遊戯部に行ったのが、嫌だった?」

「ううん」

「それじゃあ、騒がしくしたのがよくなかった?」

「そうじゃないけど……ただ、我慢できなくて……」

「どうして?」

「なおちゃんが、吉田くんと……楽しそうにしてた、から」


 んん? 吉田くんとは、吉田貴広のことだろうか?

 私が彼と楽しそうにしていた? なんだそれは。どうしてそうなった?

 全くの予想外の指摘に、混乱する。想定ではてっきり、有村くん関連かと思っていた。

 有村くんはクラスでも人気があるようだし、最有力候補だった。

 しかし、席替えの時も瀬川さんは特に変わった様子が見られなかった。

 不機嫌になったりせず、その後も放課後までいつもと変わりはなく、穏やかだったと記憶している。


 そして、昨日の一件の時。彼女は何故か吉田くんの身を案じていた。

 そう言えば、激怒されたのも、彼と話している時だった。

 もっとも、話の内容は豚呼ばわりされた吉田くんが狂喜するといった内容だ。

 断じて、楽しく話をしているわけではなかった。むしろ、困っていたくらいだ。

 もっと言えば、カードゲームで負けた有村くんが、腹いせに私を差し向けたとも言える。

 もしもそのことを言っているのなら、それは完全に誤解なので、私は慌てて弁明した。


「吉田くんとは昨日知り会ったばかりで、別に楽しく話していたわけじゃないよ?」

「うん……わかってる。でも、あの時の私には、そう見えたの」


 なんということだ。客観的には、そう見えたらしい。

 人付き合いが得意ではない私は、他人の目線を気にしない節がある。

 強烈な視線や、刺激臭には敏感なのに、そういったところは鈍感だ。

 自覚はあるけれど、こればかりは性格なのでどうしようもなかった。

 唯一の対症療法として、必要最低限しか口を開かないという選択肢はある。

 だが、そんな無口なキャラでは、友達も恋人もできない。

 瀬川さんと友達になり、そして有村くんの隣同士となれた結果、少々素を出し過ぎたのかも知れない。


 思春期を経験してみて、自分自身の変化に戸惑うことが多い。

 昔は他人に興味なんてなかった。しかし、今は違う。

 人からどう見られているのか、少しは気になるようになった。

 内側を向いていた自意識が、外側に向いている感覚。他人を気にすることが増えた。

 それでも、まだまだ皆のように敏感にはなれない。こうして、失敗をしてしまう。


 自らの軽率な言動が、知らず知らずのうちに瀬川さんを傷つけてしまったらしい。


「……ごめんね」

「謝らなくていいの。私がそう感じただけだから」

「それでも、私はそんなつもりは全然なくて……」

「うん。わかってる。だから、私もごめんね」


 私が謝罪すると、瀬川さんも改めて謝ってくれた。

 お互いに謝り合って、心に引っかかったトゲを、抜き合う。

 そうすると、胸の痛みが少し薄れたような気がした。

 たぶん、これで仲直りが出来たのだろう。しかし、同時に疑問が浮かんだ。

 

 それを聞くべきか、少しばかり迷う。

 踏み込むべきなのか、一歩引くべきなのか。

 これまでの私は、その一線を決して超えようとはしなかった。

 相手が話したいことだけを、聞くようにしていた。

 たぶん、それは臆病だからだ。嫌われたくなかったのだろう。

 その結果、このような事態を招いた。あまりにも瀬川さんについて知らなかったことが災いしたのだ。

 彼女が遊戯部に入っていることも、そして、吉田くんとの関係についても、何もわからない。


 せっかく仲直りしたのだから、余計なことは聞かないほうがいいのかもしれない。

 だが、私たちは喧嘩をして、これまでより踏み込んだ関係になれたのだと、思う。

 そう信じて、私は核心について、尋ねた。


「瀬川さんにとって吉田くんは、どんな存在なの?」


 確信はないが、この聞き方が一番適切だと判断した。

 彼女にとっての、吉田くんという存在。

 彼をどう思っているのか。そこに、激怒の理由がある気がした。


「吉田くんは……私にとって、憧れなの」

「憧れ?」

「うん。吉田くんみたいになりたいんだ」


 その答えに、仰天した。憧れって、そんな馬鹿な。

 よもや、吉田くんのようになりたいとは。信じられない。

 ふと、彼と同じく肥満体型となった瀬川さんを想像して……青ざめた。

 いやいやいや、それはない。絶対に思い直したほうがいい。

 慎重に言葉を選びながら、考え直すように諭す。


「せ、瀬川さんは、今のままでも充分すぎるほど、素敵だと思う」

「へっ?」

「だから、私としては、今の体型を維持するべきだと……」

「ち、違うよ! 見た目の話をしてるんじゃないよ!?」

「あれ? そうなの?」

「たしかに彼のふくよかなところも素敵だけど……今話してるのは、内面のことだよ」


 なーんだ。そうかそうか。ほっと胸を撫で下ろす。

 一安心していると、なにやら瀬川さんがぶつぶつ呟く。

 私はどっちかと言えば痩せないといけないし……とか聞こえた。

 別に彼女は太っているわけではないのだから、そこまで気にしなくてもいいのに。

 そう思いつつも、まずは本題について聞いてみよう。


「内面って、具体的にどんなところ?」

「強いところ」

「彼はそんなに強いの?」

「うん。世界王者だもん」

「それ、有村くんから聞いた。たしかに、すごいね」


 瀬川さんは吉田くんの強さに憧れているらしい。

 彼は競技人口5000万人を擁するカードゲームのチャンピオン。

 それが、内面の強さに関係しているらしい。


「もう少し詳しく聞いてもいい?」

「うん。長くなるから、お弁当を食べながら話すね」


 そう言って、ようやく弁当箱の蓋を開ける瀬川さん。

 体重を気にしてなのか、私のよりも一回りも小さいお弁当を口に運びつつ。

 吉田くんとの馴れそめを、聞かせてくれた。

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