第14話 『仲直りの、直』
「大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない」
有村くんと並んで下校。男子と一緒に帰るのは初めてだった。
しかし、それに対して思考を割く余裕など、今の私にはなかった。
瀬川さんに嫌われてしまった。そのことが、悲しくて、辛かった。
落ち込む私を、有村くんは気にしているようだった。
大丈夫かと聞かれて、大丈夫じゃないと答えると、彼は暫し黙考して、立ち止まった。
「神崎」
「なに?」
「ちょっと来い」
「どこに?」
「なんか奢るって約束しただろう?」
言われて、思い出した。早乙女先生とのオセロ勝負の条件。
あの時、彼は勝負を引き受けたら何かを奢ってくれると約束してくれた。
それで意気揚々と勝負を受けて、惨敗したのだった。
出来ることならあの時点に戻りたいが、過ぎたことだ。
そのあと瀬川さんに嫌われてしまったので、私としてはご馳走はまたの機会にして欲しかった。
「今日は、いい」
「いや、今日の約束は今日果たす」
先延ばしを求めると、きっぱり却下された。
今日の約束は今日果たすと語る彼の意思は、固そうだ。
有村くんの主張はもっともで、誠実だ。だから、私は受け入れざるを得なかった。
「わかった。ご馳走になるわ」
「それじゃあ、ついてきてくれ」
彼は私を先導して、国道方面へと向かった。
最近は寂れた町中の商店街よりも、国道の近辺のほうが賑わっている。
沢山のクルマが行き来する大きな道路の広い歩道を少しばかり歩き、ファーストフードの店に入った。
「神崎はこの店初めてか?」
「うん。初めて」
店内に入ると店員の元気な挨拶が迎えてくれた。
緑色の看板に書かれた店名は、一昔前に流行った革新的な垂直自立走行が出来る二輪車の名前に似ていた。てっきりハンバーガーの店かと思ったら、どうやらサンドウィッチのお店らしい。
新鮮な食材を注文してから挟むのが売りのようだ。香ばしいパンの香りが店内に充満していた。
「どれにする?」
「有村くんはどれを食べるの?」
「俺はこれ」
メニューを決める際に、参考までに彼の注文を確認する。
アボカドとエビを挟んだサンドウィッチを食べるつもりらしい。
他にはベーコンを挟んだものや、サーモンを挟んだものがあった。
少しの逡巡のあと、私は彼と同じものを頼むことにした。
「それじゃあ、私も同じのでいい」
「了解」
彼が店員に商品名を告げる。すると、好き嫌いを尋ねられた。
どうやら嫌いな食材は抜いてくれるらしい。親切なサービスだ。
「神崎は嫌いな野菜とかあるか?」
「特にないわ」
「そうか。なら、そのままでいいな」
「有村くんは嫌いな野菜はないの?」
「オリーブとピクルスが、ちょっとな」
彼はオリーブとピクルスが嫌いらしい。
しかし、それを抜こうとはしない。注文が確定して、店員がせっせとサンドウィッチを作る。
その光景を眺めながら、彼の好き嫌いについて追及する。
「オリーブとピクルス、嫌いなの?」
「ああ、どうも見た目と食感が好きじゃなくてな」
「それなのに、サンドウィッチ自体は好きなのね」
「おう。エビとアボカドの相性は抜群だからな」
有村くんはエビとアボカドが好きらしい。
ペーストされたアボカドがパンに塗られて、そこにエビが何匹も乗せられると、とても嬉しそうだ。
しかし同時に、彼の嫌いなオリーブとピクルスも添えられてしまう。そういう商品なのだから当然だ。
それでも、嫌いだから注文しないという選択をしなかった彼に、私は感銘を受けていた。
好きな商品の中に、いくつか嫌いな物が混じっていても気にしない、その器の大きさ。
そんな彼を私は、素直に偉いと思った。
「それで、さっきのは何だったんだ?」
出来上がったサンドウィッチを頬張りながら、有村くんが無遠慮に聞いてきた。
さっきの、というのは、私と瀬川さんとのやり取りのことだろう。
あの時のことを思い出して、また悲しくなった。それに、聞かれても私にだってわからない。
「……わからない。瀬川さんが怒ったとこ、見たことないから」
「仲良いんだな」
「仲が良かった、と言うほうが、適切だと思う」
私と瀬川さんは仲が良かった。ほんの数十分前まで。
しかし、今はもう違う。喧嘩をしてしまった。
たぶん、もう友達には戻れない、と思っていた。
しかし、有村くんは眉を顰めて、疑問を口にした。
「なんで過去形なんだよ」
「だって、見てたでしょう? 彼女はすごく怒っていて、喧嘩をしてしまったから……」
「だから、もう仲良くないって?」
「仲が良いように見える?」
「仲が良い友達同士でも、喧嘩くらいするだろ」
あっさりと、そう断言する有村くん。俄かには信じ難い言葉だ。
「仲の良い友達は、喧嘩なんてしないと思うけど……」
「そんなわけあるか。するよ、しょっちゅう」
「それは仲が悪いってことじゃないの?」
「喧嘩をしてもすぐに仲直り出来るのが、本当の友達なんだよ」
衝撃的な理論だった。思わず耳を疑ってしまう。仲直り出来るのが本当の友達とは。
そんな理屈は、到底思いつけない。喧嘩したら、それで終わりだと思っていた。
駄目だな……私。なんだか、急に恥ずかしくなった。情けない。
身体ばかり生長しても、自分は未だに子供のままだと実感してしまう。
そんなんだから、小柄な担任教師を侮り、負けてしまうのだ。
そんなんだから、温厚な友達を、怒らせてしまうのだ。
無意識に俯いて恥じ入る私に、有村くんはぶっきら棒に命じる。
「サンドウィッチ、せっかく作りたてなんだから、さっさと食えよ」
「……うん。頂きます」
「奢りなんだから、味わって食え」
「……うん。ありがとう」
「食い終わったら、くよくよすんのはやめて、前向きに考えてみろ」
まるで説教されているようだが、彼の口調は優しかった。
たぶん、心配してくれている。そして、優しくしてくれているのだろう。
それが嬉しくて、そして初めて食べたこの店のサンドウィッチが美味しくて。
私は夢中でガツガツと、一心不乱に学校帰りの買い食いの味を堪能した。
「ごちそうさま。とっても美味しかった」
「そうか。それなら良かった」
食べ終えて店から出て、帰路につく。
第一声で、ご馳走になったことと、そして様々な意味を込めて、お礼を言った。
彼には感謝してもしきれない。奢って貰った上に、大切なことを教えて貰った。
「それで、どうするのか決めたのか?」
「うん。明日、瀬川さんと話してみる」
「それがいい。神崎なら、絶対仲直り出来る筈だ」
今後の方針を伝えると、彼は太鼓判を押してくれた。
だが、彼とは今日知り合ったばかりの筈だ。
どうしてそんなことが断言出来るのかが不思議で、聞いてみた。
「どうしてそう言い切れるの?」
「名前が直だから」
「は?」
「お前の直は、仲直りの直だ」
「仲直りの、直……」
「だからきっと、仲直り出来る筈だ」
返ってきたのは、そんな意味不明な理屈だった。
たしかに、私の名前には、仲直りの直の字が使われている。
だから大丈夫だと彼は言うが、私には負の前例がある。
中2の暗黒時代を知らないからこそ、彼はそんなことが言えるのだ。
しかし、今と昔は、違う。
私は過去の過ちを繰り返さないように、これまで努力してきたつもりだ。
その結果がこれなので、あまり意味はなかったのかも知れないが、それでも。
「絶対に、仲直りしてやる」
あの時のように、瀬川さんをどうでもいいと切り捨てることなど、もはや出来ない。
中2の時とは違い、私は彼女の顔と名前を覚えて、友達になったのだ。
友達は、一生物だと思う。今の高校生の価値観には合わないかもしれないけど、そう信じていた。
「おう。頑張れ」
私の決意を聞いた彼は、とても嬉しそうに笑って激励してくれた。
有村くんにとっては人ごとの筈なのに、どうしてここまで親身になってくれるのだろう。
もしかしたら、私を部活に誘ったことを気にしているのかもしれない。
その結果、私の友人関係が壊れかけたと思っているのかも。
もちろん、そんなことは一切関係ない。彼の責任にするつもりはない。
だから、今回のことは借りにすることにした。意地でも、この借りは返そう。
「仲直り出来たら、今度は私が奢るわ」
「そりゃ楽しみだ。期待してるよ」
そうして私たちは次の約束を交わして、それぞれ帰路についたのだった。




