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ラブコメは刺激臭と共に  作者: 天秤
第1章 【高校時代】
13/60

第13話 『何もわからぬまま』

「ぐすっ……せんせーを泣かせた罪は重いからな」

「先生の癖に泣くなんて、恥ずかしいですね」

「な、泣いてないもんっ!」


 そんな不毛なやり取りをしながら、パチンパチンとオセロの駒を盤上に置いていく。

 恐らくルールを知らない者はいないと思うが、簡単に説明すると、白と黒の駒を交互に置いていって最終的に自分の駒が多い方が勝ちだ。相手の駒は上下、もしくは左右の両端を挟むことで、自分の駒にすることが出来る。

 尚、駒を置く際には必ず相手の駒を取れる位置に置かなければならない。取れなければパスとなる。

 駒自体もルールに適した便利な仕様となっており、表と裏でで白と黒のリバーシブルな色が付けられている。

 相手の駒を挟めば、ひっくり返して簡単に自分の駒の色に変えられる仕組みである。

 そして、一応このゲームにはセオリーがある。私はそのセオリー通りに進めていた。


「これで四隅は私のものですね」


 ルール上、無敵になれる四隅の駒。その四つ全部を私は独占した。

 相手の駒を挟む際に、上下、もしくは左右で挟まないといけないので、盤上の隅は聖域となる。

 要するに、隅の駒は挟めないので取れないのだ。私はこの時点で圧倒的優勢を確信していた。

 

「無駄口はいいから、さっさと打てよ」


 しかし、目の前の奇妙な女教師は圧倒的劣勢にも関わらず、勝負を投げようとはしない。

 不敵な、下卑た笑みを浮かべて、ひっひっと、まるで魔女のような耳障りな引き笑いを漏らす。

 そのあまりの薄気味悪さに、ついに頭がいかれたのだろうかと首を傾げながら、対局を続ける。


 そして互いに打ち込める場所がなくなり、終局した。


「はい。私の勝ち。それじゃあ、さよなら」

「待て、神崎。まだ結果はわからねぇぜ?」

「はあ? 四隅を取ってるんだから、私の勝ちでしょ?」

「いいから、数えてみな」


 さっさと帰ろうとした私を咎めて、数えてみろという担任教師。

 なんとも往生際の悪い人だ。本当にこれで大人なのだろうか?

 心底面倒臭いと思いつつも、仕方なく数える。そして……絶句した。


「なあ? どうだった?」


 ひっひっひっと、耳障りな笑い声と共に結果を尋ねてくる意地の悪い担任。

 私は目の前の現実が受け入れられなくて、何度も数え直す。

 しかし、結果は変わらない。先生の駒の方が、多かった。つまり、私は負けた。


「……私の、負けです」

「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ざまあ見やがれってんだ!」


 結果を伝えると、担任教師はこの世の悪意を掻き集めたかのような邪悪な哄笑を響かせ、嘲笑った。

 立ち上がり、その小さな背丈を仰け反らせると、小柄な体格のわりに胸が大きいことがわかる。

 たぶん、私と同じサイズ……いや、私よりも大きいかも知れない。その事実に、戦慄する。


 この人……私より、ずっと大人だ。


 そこでようやく、目の前のチビが自分よりも遙かに狡猾な大人の女性であることを認識した。

 もちろん、そんなことは今更であり、彼女が大学を卒業して教職に就いていることは知っている。

 それでも、まだ20代中盤といったところだろう。しかし、その年の差以上の格差を痛感した。


「うきゃきゃきゃっ! ばーかばーか! ザコすぎ! ねえ、悔しい? ねえねえ、今どんな気持ち? ぶはっ! あー最高。腹が捩れそう……ぶっふぉっ! ぎゃはははははっ!!」


 だが、いくらなんでも笑いすぎだと思う。まるで狂ってるみたいだった。大人げない。

 そのまま勝ち誇りまくって、天井を仰ぐ姿勢のまま高笑いを続けて、最後には盛大にむせた。


「ッ!? げほっ! げほっ! がっはっ!」


 顔を真っ赤にして咳き込む情けない先生に、対局を観戦していた部員たちが駆け寄る。


「さ、早乙女先生、大丈夫ですか!?」

「うっせぇ! あたしのことは茜大先生と呼べっ!!」

「はいっ! 茜大先生!」

「わかったなら、さっさと飲み物をよこせ!」

「はいっ! 茜大先生の大好きな、いちごミルクです!」

「おう、ありがとよ。特別に、ふくらはぎを揉ませてやんよ」

「あ、有り難き幸せ!!」


 部員からいちごミルクを受け取り、それをストローで吸いながら、偉そうにどっかり椅子に腰掛けて、ずいっと飲み物を持ってきた男子の前に足を突き出す先生。

 名前は早乙女茜というらしい。初めて知った。この機に覚えておこう。

 ルビを振るのが面倒なので、名前は『あかね』と読むことを付け加えておく。


「おら、もっと強く揉めよ! このへなちょこが!」

「はい! このくらいですか?」

「いってーよっ!? もっと割れ物を扱うように揉めよ! このあんぽんたん!!」


 彼女の暴虐無人な物言いに文句を言わずに傅いて、ズボンの上からでもわかるその細い美脚をせっせと揉みしだく男子生徒。その光景を見て、ついさっき彼女が肩を揉まれていたことに納得した。

 どうやらこの部の男子は、皆、担任教師に服従しているらしい。もしくは隷属か。

 それが私のようにゲームで負けたからなのかは定かではないが、今現在の男子生徒の様子を見るに、彼らは進んで先生に従っているように見える。罵倒されているのに、とても嬉しそうだ。

 やはり、男というのは愚かな生き物であると思わざるを得ない。馬鹿げている。

 たしかに、この早乙女茜という教師は美人だ。小柄なので、とても可愛らしいと思う。

 それでも、私からすればこんな態度は許しがたい。足を揉めと言われても、絶対に揉まない。

 しかし、男子は彼女に言われるがまま、完全に服従している。可愛ければなんでも許せるのだろう。

 そのことに憤りを抱いていると、早乙女茜先生は入部届けを突き出して、私に命じた。


「何ぼさっとしてんだよ、さっさと書け」


 思わず文句を口にしそうになるが、我慢だ。勝負の前に決めた条件には、従おう。

 黙ってその用紙を受け取り、署名する。それを早乙女先生に渡すと、彼女は偉そうに頷いた。

 そしてはらわたが煮えくり返る程の邪悪な笑みで、入部を歓迎した。


「これでお前も部員だな」

「ええ、不本意ながら」

「ここではあたしが女王だかんな。そのことを肝に銘じておけ」

「先生はただの顧問の筈です」


 正論を口にすると彼女はにやにや笑って、挑発してきた。


「なんだ? 文句でもあんのか?」

「別に」

「安心しろって、有村のことを取ったりしねーよ」

「どうしてそこで有村くんが出てくるんですか?」

「別に? なんとなく言ってみただけだ」


 食えない女だ。面白がっている。むきになった方が負けだ。

 しかし、有村くんの名前が出た瞬間、ちょっと納得した。

 この先生に私が抱く悪感情の理由には、きっと彼の存在が大きく関わっている。

 彼と先生が下ネタを交わしている際も、イライラした。

 男子部員に肩や足を揉ませている姿に腹が立つのも、もしそうしているのが彼だったらと思うと、嫌だからだ。たぶんそれは、私が彼を気に入っているからに他ならない。

 大事な友達とはまだ呼べないけど、この女の良いようにだけはされたくないと、そう思った。


「有村くん、終わったよ」

「おお、どうだった?」

「負けた」

「あいつ、強かっただろ?」

「うん。悔しい」

「次は勝てるといいな。もう少しでこっちも終わるから、ちょっと待っててくれ」


 悔しさを噛みしめつつ、彼の姿を探すと、近くの席でカードゲームをしていた。

 簡潔に対局結果を報告して、慰められた。次は頑張ろう。

 もう少しで終わるというので、机上で繰り広げられている戦いを観戦することにした。

 とはいえ、カードゲームのことはさっぱりだ。どちらが優勢なのかもわからない。

 対局相手は体格のいい男子生徒。細身の有村くんとは対極的に、肥満体型である。

 2人は仲が良いらしく、楽しそうにゲームをプレイしていた。


 そして彼が言った通り、すぐに終わった。有村くんが、負けたらしい。


「やっぱ強いな、吉田は」

「ふははっ! またいつでも対戦してやる!」

「ああ、腕を磨いとくよ」


 早乙女先生ばりの高笑いをする太った対戦相手。

 敗者の有村くんはさほど落ち込んだ様子もなく、自分のカードを片付けた。

 なんとなく、気になって、尋ねてみる。


「有村くん、悔しくないの?」

「ん? ああ、神崎は知らないのか」

「なにが?」

「こいつは吉田貴広。このカードゲームの世界王者だ」


 さらっと、とんでもないことを言われた。この太った男子は、世界王者らしい。

 それを聞いて漠然と、それなら負けても仕方ないと思った。

 ただ、この吉田貴広という男子生徒は、どれほどすごい人物なのかよくわからない。

 ちなみに名前は、『たかひろ』と発音すると、付け加えておく。


「世界王者って、そんなにすごいの?」

「そりゃすごいよ。競技人口5000万人の頂点だぜ?」


 競技人口5000万人と聞いて、認識を改めた。それは確かにすごい。王者と呼ぶに相応しいだろう。


「それはすごいね」

「だろ? おい、吉田、褒められたぞ」

「んん? その女子は、今日の席替えの時に有村に言い寄って来たビッチか?」

「だれがビッチだ」


 いきなりビッチ呼ばわりされた。というか、同じクラスだったのか。知らなかった。


「ふん。女子が男子に声を掛けた時点で、その女はビッチに決まっているだろう」

「勝手に決めつけないで。私の名前はビッチじゃなくて神崎直。正真正銘の処女よ」

「お、おう……それはどうも、ご丁寧に」


 ビッチ呼ばわりは過去にも経験がある。やはり、即座に否定するべき案件だろう。

 なので、自分が処女であることを告げると、吉田くんは戸惑ったような様子。

 偉ぶった雰囲気は霧散して、彼本来のものと思われる気弱さが垣間見えた。

 そしてびくついた視線を私に向けた彼は、おずおずとこんなことを言ってきた。


「あの……神崎さん、ちょっとお願いがあるのですが」

「なに?」

「黙れ豚って、言ってみてくれませんか?」


 思わず耳を疑った。何を言ってるのだろうこの男は?


「ごめん。ちょっと何言ってるかわからない」

「それなら、意味わかんないんだよこの豚!って言ってくださいお願いします」


 なにこの人、ちょっと怖い。


「有村くん、この人ちょっと変」

「気にするな。持病みたいなもんだ」

「病気なの?」

「ああ、だから豚って言ってやってくれ。きっとすごく喜ぶから」


 有村くんは全く動じた様子はない。たぶん、日常的に吉田くんはこういう人なのだろう。

 しかし、豚と呼ばれたい持病なんて、なんとも気の毒に。

 可哀想なので、1回だけ、呼んであげることにした。


「この豚」

「ッ……! ぶひぃぃぃぃぃいいいっ!?!!」

「えっ……なに、その反応」


 豚と呼んだら、豚の鳴き真似をし始めた。ちょっと……いや、かなりキモい。


「あ、有村くん、なんか余計に悪化したんだけど」

「リアルでここまで喜ぶのは珍しいな」

「よ、喜んでるの……?」

「ああ、耳障りならさっきのリクエスト通りに黙れ豚って言ってやれ」

「わ、わかった」


 どうやら喜んでいるらしい。しかし、あまりにうるさいので、要求通りに叱責する。


「黙れ、この豚」

「ッ!? ……! ……!!」


 黙れと言うと、吉田くんはちゃんと黙った。しかし、普通じゃない。

 息を吸うことも我慢しているらしく、苦しそうに喘いでいる。絶対おかしいよ。

 私が困っているのをよそに、有村くんはくっくっくっとほくそ笑んでいる。

 なんだかんだ言ってもカードで負けたのが悔しかったらしく、腹いせをしているように見えた。

 そこでようやく自分が彼に利用されたことに気づいて、抗議しようとしたら。


「なおちゃん、ずるいっ!!」


 突如部室に響き渡る、女生徒の声。それは私がよく知っている声だった。

 しかし、その声音はこれまで聞いたことがないほど怒気と哀しみを含んでいて。

 咄嗟に声の方向に振り向くと、そこには私の友達の、瀬川さんの姿があった。


「せ、瀬川さん……? どうして、ここに……?」

「それは私の台詞だよ」


 困惑している私を睨みつける瀬川さん。とても怒っているらしい。

 しかし、なぜ怒っているのかがわからない。そしてなぜ彼女がここにいるのかも。

 後者の疑問については、有村くんが説明してくれた。


「瀬川はこの部の部員だ」

「そう、なんだ……知らなかった」


 知らなかった。友達なのに、彼女が部活をしていることすら、知らなかった。

 そもそも、どうして遊戯部に。瀬川さんはゲームが好きなのだろうか?

 わからない。私は彼女のことを全然知らない。その事実に、愕然とする。

 そしてやはり、どうして怒っているのかわからないことが一番の問題だ。

 それがわからないと対処しようがない。これは絶対不味い。危険な刺激臭が鼻をつく。

 混乱する私に、瀬川さんは歩み寄って、またあの忌まわしい言葉を口にした。


「ずるいよ、なおちゃんは」

「ッ……!?」


 また、言われてしまった。意識が飛びかける。

 あの時と同じだ。何もわからぬまま、刺激臭に包みこまれていた。

 嫌だ。瀬川さんに嫌われたくない。せっかく、友達になれたのに。

 どうしたらいい。またあの時と同じ結末は嫌だ。絶対に嫌だ。


 トラウマが蘇り、過呼吸になりかけた私を救ったのは、意外な人物だった。


「ぐっ……はっ……」

「よ、吉田くんっ!?」


 ずっと息を止めていたらしい吉田くんが、とうとう酸欠でぶっ倒れた。

 彼に駆け寄る瀬川さん。その表情には、初めて見る必死さが浮かんでいた。

 そして騒ぎを聞きつけた早乙女先生がやってきて、この場を収めた。


「なにやってんだ、お前ら」

「す、すみません」

「いいから、とりあえず神崎は帰れ。有村、頼んだぞ」

「ああ、わかった」


 有村くんに連れられて、私はその場をあとにした。

 瀬川さんは必死に吉田くんに呼びかけ続けている。

 どうして彼女がそこまで彼の身を案じているのか。


 愚昧な私には、見当もつかなかったのだった。

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