第12話 『遊戯部の下品な顧問』
「ここが俺の部室だ」
放課後、有村君に連れられて彼の部室へとやってきた。
部室の扉には、【室内遊戯研究会】と張り紙がしてある。
どうやら、空き教室の一室で活動しているらしい。
「まあ、とにかく入ってくれ」
「うん。お邪魔します」
促されて、入室。ガラリと扉を開けると、そこには数名の部員が着座していた。
私たちが入って来ても、こちらに顔を向ける者はいない。それぞれ、自分の目の前の机に置かれた、ボードゲームやカードゲームに熱中しているらしい。要するに、皆、室内遊戯で遊んでいた。
なるほど、たしかに室内遊戯部という呼び名が相応しい部活動である。
「見ての通り、室内遊戯で遊ぶ部活だ」
「そのまんまね」
「ありとあらゆるゲームが揃ってるんだぜ」
「私、ゲームについてあまり詳しくないのだけど」
「知ってるゲームはないのか?」
そう聞かれて、部内で行われているゲームをざっと眺める。
多種多様なゲームの中に、見覚えのある物も幾つか見受けられた。
様々なイラストが描かれたカードゲームは、さっぱりわからない。
ただ、麻雀の存在は知っているし、オセロや将棋はルールもわかる。
「んー……将棋は父が好きだから、駒の動かし方くらいなら知ってるけど、若干曖昧ね」
「じゃあ、オセロならわかるか?」
「うん。オセロならわかる」
「それなら手始めにオセロでも……」
「お? なんだ、神崎じゃないか。何しに来たんだ?」
そこで聞き覚えのある声で尋ねられた。そちらに目を向けると、そこには担任教師の姿があった。
部室の隅に陣取って、部員に肩を揉ませている。なんだか反社会組織の偉い人のような態度だ。
もっとも、その見た目は別に極道じみているわけではなく、可愛らしい小柄な女性の姿をしている。
声音も見た目に相応しい高音なのだが、しゃべり口調は男みたいで、その不自然さが印象的な先生だ。
髪は瀬川さんよりも短いショートカット。うなじが隠れる程度の長さで、さっぱりしている。
服装もパンツルックで、青いワイシャツを着用しており、男性教師のような格好をしているが、唯一ネクタイのみが可愛らしい模様が描かれたピンクや赤色の物なので、ある意味バランスが取れていた。
そんな奇妙で不思議な担任教師が何故この部にいるのだろう? とりあえず、質問に答えよう。
「有村くんに誘われて、遊戯部の見学に来ました」
「ふーん。有村がナンパしてきたのか。それは見過ごせないな」
「俺はナンパなんかしてない」
「照れんな照れんな、先生にはお見通しだぞ」
反論する有村くんをからかう先生。しかし、彼は微塵も照れてなどいない。
それもその筈、彼にとっても、そして私にとってもこれはナンパなどではなかった。
第一、ナンパされてほいほいついていくようなチョロい女と思われるのは不本意だ。
なので、私は話題を打ち切るべく、先ほど抱いた疑問を口にした。
「先生はどうしてここにいるんですか?」
「あん? そりゃあ、顧問だからに決まってんだろ」
「顧問?」
「そうだ。肛門じゃないからな、間違えんなよ?」
そんな耳を疑うような下品な下ネタを言って、下卑た高笑いをする担任教師。
最低だった。教師として、女として、人として。
この瞬間、私の担任に対する好感度は地に落ちた。
そしてそんな私の思いが伝わったのか、有村くんが苦言を呈する。
「あんたの肛門になんか興味ない」
「ばっか、あたしのはすげーぞ? めっちゃ綺麗だかんな!」
「ほう? 大した自信だな。どれどれ?」
「おいこら。どれどれじゃないでしょ」
失念していた。有村くんも所詮は男。しかも、男子高校生だ。要するに、猿だった。
私が読んだ数々のラノベでも、男はある一定の年齢になると途端に下衆くなる。
少年時代はとても純粋で素直で可愛らしいのに、高校生くらいになると、何故か駄目になってしまう。
それは残念ながら彼にも当て嵌まるらしく、担任教師の下ネタにまんまと引っかかった。
やむを得ず、私がツッコミに回らざるを得なくなり、大変不愉快である。
この時、私は彼の言動は年頃の男子特有の残念な習性だと思っていたが、実はそれは根が深い話であり、深淵まで続いているということを知るのは、もう少しあとになってからだった。
「ちっ。神崎が怒るから、またあとでな」
「約束だぞ」
「有村くんと先生は、いつもそんなやり取りをしてるの……?」
「おう、見せたことはないけどな」
「ああ、見たことはないけどな」
そう言ってにやりと笑う2人。駄目だこいつら。無性に帰りたくなった。帰ろう。すぐ帰ろう。
「それじゃあ、そろそろ失礼します」
「あっ! こら有村! お前が下品なこと言うから神崎が怒ったじゃねーか!?」
「あんたが原因だろ。人の所為にすんな。なんとかしろ」
「お前が連れてきたんだから、お前が引き留めろよ!!」
暇を告げると、下品な担任教師は慌てふためき、有村くんはやれやれといった様子で私を引き留める。
「神崎、まだ5時にはなってないぞ」
「いつ帰ろうが私の勝手でしょ?」
「それはそうだな。気をつけて帰れよ」
「うん。さよなら」
「おいっ! 違うだろ!? なに引き下がってんだよ馬鹿!!」
帰りの挨拶をして部室を出ようとしたら、今度は駄目教師が引き留めてきた。
馬鹿呼ばわりされた有村くんは不満げ。そんな彼を押しのけて、担任は私にこんな提案をした。
「よーし神崎、ここはいっちょ勝負といこうじゃねぇか」
「勝負?」
「ああ、お前オセロならルールを知ってんだろ?」
「ええ、知っていますが、それがなにか?」
「オセロであたしと勝負して、お前が勝ったら帰っていい」
「先生が勝ったら?」
「あたしが勝ったら、これにサインをしろ」
そう言って、ずいっと私の眼前に一枚の用紙を突き出す担任。
そこには、入部届と書かれていた。つまり、負けたら入部しろってことか。
考えるまでもない。私はきっぱりと返答した。
「勝負を受けるつもりはありません」
「なんだとっ!?」
「だって、私には一切メリットが見当たらないので」
そもそも、勝ったら帰っていいって、おかしいだろう。
帰宅は当然の権利であり、それはメリットとはならない。
反面、負けたら強制入部はデメリット以外の何物でもない。
つまり、この勝負を受けたところで私は何も得をしないのだ。
だから拒否したら、担任教師は大きな瞳に涙を溜めて、泣き喚いた。
「ガキの癖にせんせーに口答えするなんて許さないんだからぁー!!!!」
自分の教え子をガキ呼ばわりする教師。教育者の風上にもおけない奴だ。
それに泣き声が非常にうるさくて不快だ。精神年齢いくつなんだこの人は。
苛ついたので、そのまま捨て置いて帰ろうとしたら、再び有村くんに引き留められた。
「神崎、頼むよ。あいつ、ああなったら手が付けられなくてさ」
「だったら、私にとってのメリットを提示して」
すると彼は少しばかり黙考して、勝負の条件を新たに付け加えた。
「勝負を引き受けてくれたら、帰りになんか奢るよ」
「わかった。それならやってあげる」
即断即決。私はその条件を飲んだ。
帰りに彼が何かを奢ってくれる。それは、彼を知る機会が増えることを意味していた。
それに、帰り道で友達と買い食いは憧れていたことも大きい。
瀬川さんとは家が逆方向なので、校門でバイバイしないといけないのだ。
独りで買い食いほど、寂しいことはない。太るし。
よって、その条件は私にとってこの上ないメリットであった。
未だ泣き喚く担任教師の前に、仁王立ちして、腕を組み、言い放つ。
「お望み通り、相手をしてあげます」
さあ、勝負を始めよう。




