第1話 『自己紹介と昔話の始まり』
物語を始める前に、まずは私のことについて話そう。
私の名前は神崎直。ルビを振るのが面倒なので、一応名前は『なお』と読むことを付け足しておく。
身分は公立学校に通う、高校生である。学年は2年であり、念のために言っておくが、女子だ。
女子で高校生なので世間一般的には女子高生と呼ばれる立場だ。
家族は父親のみ。祖母と祖父は既に他界しており、母親は物心がつくまえに蒸発して行方知れず。
そんな私の容姿を主観的に説明すると、特筆すべき点のない普通の女子だと思っている。
身長は160㎝弱。髪は染めておらず、背中の中程まで伸ばしている。体重については差し控えたいのだけど、太ってはいないと思う。その辺は普段から気を使って管理しているので大丈夫だと、思いたい。
客観的に分析しても、おおむね主観と相違あるまい。大人しい女子に見えている筈だ。
では性格が見た目に合っているかと言えば、それは主観と客観で大きく異なる。
客観的には見た目に相応しく、口数が少ない女子を装っている。
実はそれは世を忍ぶ仮の姿……というほどのものではないのだけど、本来の性格はまるで違う。
本当の私は生まれ持って白黒はっきり付けたい性質で、思ったことはズバズバ言うタイプだ。
けれど、そんな性格を表に出すには女子高生という立場は荷が重い。厳しい世界なのだ。
なので私は波風を立てない為にあえて大人しい女子を演じているのだった。
ご理解頂けただろうか? 世の中には共感してくれる女子高生が一定数いると、信じたい。
というわけで、自己紹介はこれで終わりだ。次はもう少し、込み入った話をしよう。
とはいえ、それほど難しい話ではない。ちょっとした昔話である。
昔話と言ってもまだ女子高生なので、ほんの数年ほど前の話だ。
現在の私の性格が形成されるに至った経緯について、話しておく。
「ちょっと男子、ちゃんと練習してよっ!」
放課後の教室に響き渡る、女子生徒の怒声。文化祭に向けて合唱の練習をしていた際の出来事である。
この時、私は中学生だった。学年は2年。中2の女子中学生である。
もちろん、キレたのは私ではない。行事だから参加しているだけで、正直どうでも良かった。
このような事態になった背景をざっくりと説明すると、練習に非協力的な一部の男子生徒に耐えかねて、リーダー格の女子生徒がキレたのだ。癇癪とか、ヒステリーとも呼べるキレっぷりだった。
「うるせぇ! 合唱なんて誰がやるかっての!」
そんなヒステリックな声に応戦する男子生徒。彼は男子側のリーダー格だった。
まだ声変わりの済んでない少年の声を張り上げて、不参加を宣言した。
彼の主張に賛同した大多数の男子を引き連れて、彼は帰った。
そんな男子生徒に憤慨して、リーダー格の女子生徒は涙を流して激怒した。
馬鹿とか、自分勝手とか、もう知らない!とか、そんなことを喚く彼女を見て、私は辟易とした。
基本的に淡泊な物の考え方をする私は、あまり物事に執着しない。だから、共感できなかったのだ。
どうしてそこまでたかが学校の行事に本気になれるのか、はっきり言って理解不能だった。
しかしながら、それを口にしたりはしない。だって、彼女の涙は本物だったから。
私は思ったことをズバズバ言うタイプだけど、自分の考えを人に押しつけることはしたくない。
個人的な感情は胸に秘めて、現状を打破する為の提案を口にした。
「私、ピアノ弾けるから、明日は男女別で練習してみない?」
なぜこのような提案をしたかと言えば、ひとえに早く帰りたかったから。
放課後の合唱練習の時間は1時間。それは学校の行事なので仕方なく参加する。
そろそろその1時間が過ぎようとしていた。なので、早急に事態を収束したかった。
別にこのあと用事があるわけではない。帰って、夕飯の支度をするだけだ。
それでも泣きわめく女子に付き添って時間を無駄にしたくなかった。
そんな時間があるなら、好きな本を読んだり、勉強をした方がマシだ。
「神崎さん、ピアノ弾けるの?」
「うん。下手だけど、譜面は読めるし、音も拾えるから問題ない」
意外そうな顔をして鼻声で聞いてくるリーダー格の女子。問題ないと返答する。
幼い頃、少しだけピアノを習っていた。しかし、程なくやめた。ある程度弾けるようになった時、壁にぶち当たった。作曲家の意図を表現することが出来なかったのだ。まあ、音合わせをするには支障あるまい。
その返答を聞いて、鼻水を垂らした彼女は顔を輝かせた。
「そうなんだ……じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「うん。それじゃあ、また明日」
藁にも縋る彼女のお願いを二つ返事で承諾して、テキパキと帰り支度を整えて、帰路についた。
結果論に過ぎないが、これが大間違いだった。
口は災いの元。余計なことは言うものではなかった。
読んでくださってありがとうございます!
長い序章となりますが、これからよろしくお願いします。