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◆その9 ~原因は寝不足とイライラだったりする




 泣き明かした翌朝は、目がはれぼったくて顔がべたべたして、とても気分が悪い。

 今朝の絵里は真っ赤な目で、これ以上ないほどの不機嫌な顔をしているだろうに違いない。

 ヨランデはいつもとまったく変わらない態度で接してきた。ミラは普段に増しておどおどして、いかにして絵里に寄らないでやりすごすかに全力をかけている様子だ。

 どちらもただのひとことも、何かあったのかと聞いてはくれない。

 なんにも自由がないんだから、機嫌ぐらい好きにさせてもらう。

 完全にやさぐれモードで、絵里は椅子の背にもたれかかった。


 部屋に運ばれてきた朝食を食べ終えると、絵里は窓から外を眺めた。泣きはらした目に朝日がしみて、また涙が出てきそうになる。

 町はもうとっくに目覚めていて、多くの人が行き来していた。

 絵里たちは町長の家に泊めてもらったが、これまで通り天幕で夜を明かした人も多いのか、少し離れた所で天幕の片づけをしているのが見える。真下を見やると、馬車が引いてこられているところだった。

 そろそろ騎士の誰かが馬車に乗り込めと言いに来るころか。

 そう思った途端、扉がノックされた。


 絵里の近くから離れられるチャンスとばかりに、ミラがいそいそと扉へ向かう。

(どうせ馬車に乗れば、ずっと顔を突き合わせてなきゃいけないのに)

 そんなことを思われているとも知らず、ミラは扉の向こう側にいる人と話し、そして開けた。

「あ……」

 立っている人を見たミラが、1歩あとずさる。


「馬車の用意ができましたので、下にお越しください」

 そう告げたのは、騎士ではなくハイラムだった。

 用事があるとき以外接触してこないハイラムが、なぜこんな使い走りのようなことをしているのだろう。

「は、はい」

 ミラは2度続けて頭を下げたあと、絵里のもとに走ってきて外へと促した。


「お加減はいかがですか?」

 昨日は気分がすぐれなかったご様子ですので、とハイラムが尋ねてくるが、絵里は無視して何も答えずにおいた。言葉が通じないと思われているのだから、返事をしなくても問題はないはずだ。


「どうやら眠れなかったご様子ですが……」

 はれた目をした絵里の顔を見れば、そんなことはすぐにわかってしまうだろう。ハイラムは少し首を傾げたあと、訊いた。

「救世主様は言葉がお分かりになるのではないですか?」

 絵里はぎくりとした。

 どうしてそんなことを訊かれたのだろうかと、今朝と昨日の言動を思い返してみる。

 応接室での会話に反応を見せてしまったせいだろうか。それとも泣きはらした顔でいることが、何かを知っていると判断されたのだろうか。


 絵里がハイラムに答えなかったのは、そんなことを考えていたからだが、ハイラムはすぐに、すみません、と口にした。

「言葉がお分かりにならないのに、詮無いことを申し上げました。さあ、どうぞ馬車へ」

 今度は手ぶりを添えて言うと、ハイラムは絵里たちを館の外につけられた馬車へと連れて行った。




 ミラが先に馬車に乗り込み、絵里に手を差し出す。

 絵里に触れるのも気が進まないのだろう。ミラの手は中途半端な位置に置かれ、腰は完全に引けていた。

 そんなに嫌ならこんな役目を引き受けなければいいのにと、ミラの態度に絵里はいらっとする。してほしいわけでもないのに世話をされ、嫌がられるのでは絵里としては納得できない。

 手を借りる気にならず、自分で乗り込もうとした絵里だったが、ふと足がぴたりと止まった。


「救世主様、どうなさったのですか。さ、お乗りください」

 背後からヨランデが声をかけてくるが、絵里は首を振った。

「……乗らない」

 背中を押されても足を踏ん張って抵抗する。


「どうしたのですか」

 絵里たちを馬車まで送り届けてきたハイラムも、不穏な気配に気づいたようだ。

「わたし、もう馬車には乗りません」

 断固とした絵里の言葉は通じていないだろうが、主張している内容は推測できたのだろう。

「馬車に乗らない、ということは、ここに留まる、ということですか?」

 ハイラムは手ぶりでリントの町を示した。


 それに対して絵里は首を横に振り、馬車の後方、行列が動き出すのを待っている徒歩の人々をさした。

「いいえ。歩きます」


 魔王退治の一行から抜けたいといっても聞き入れられるはずがないことは、絵里にもわかりきっている。けれどもう、馬車で運ばれるだけでいるのは嫌だ。

 不本意な旅でも、せめて自分の足で歩く。自分が同行するのを選んでいるのだということを、常に忘れないように。


「馬車の中のほうが安全ですし、歩くよりは快適にお過ごしいただけると思いますが」

 困惑を見せるハイラムだが、即座に却下されないのなら可能性はある。

「いいえ。乗りません」

「この馬車がお嫌なのでしたら、別の馬車ではいかがでしょう」

 ハイラムが別の馬車を示して提案しても、

「もう馬車は嫌です。絶対に!」

 絵里は強く首を振り、拒否を貫いた。


 ハイラムは指先であごに触れながら考えていたが、やがてヨランデに向き直る。

「救世主様と一緒に、馬車を降りて歩いていただけますか」

「無理でございます。わたくしは長い距離など歩いたことがございませんので」

 ヨランデは論外とばかりに断った。ハイラムは視線をミラに移したが、ミラは泣きそうな顔で答える。

「できません……」

 予測がついた答えなのか、ハイラムは軽く頷いた。

「ではお二方はこのまま馬車で移動願います。救世主様もおそらくすぐに戻りたいとおっしゃるでしょうから」

 絵里の酔狂だか子供じみたわがままだかに、一応は付き合おうと決めたのだろう。ハイラムは絵里を連れて、行列の後方へと向かった。




「そっち、もう少し積めないか?」

「ほらほら、どいとくれよ」

 行列の後方では、人々が忙しく立ち働いていた。


「ランバートはどこにいますか?」

 周囲の人々に尋ね、ハイラムは絵里を1人の男に引き合わせた。

 騎士ではなく、動きやすい皮鎧を身に着けた兵士だ。

 ハイラムより、7つ8つは年上だろうか。とびぬけて高い身長、日に灼けた精悍な顔つき。明るい茶の髪はかなり癖っ毛だ。


 ハイラムは今回の経緯を説明し、彼に絵里の護衛と見張りを命じた。

「救世主様のおそばを離れず、必ずお守りするように。そしてなにより、万が一にも救世主様がこの一行からはぐれたりすることのないよう、常に目を配ってください。もそも魔のものの襲撃があった場合は、速やかに前方の騎士のもとに送り届けてください」

「なんで俺が?」

 怪訝そうに訊くランバートに、ハイラムは少し声をひそめた。

「ここに騎士を配備するよりは良いと判断したからですよ。わたしなりに、揉め事を回避するよう取り計らっているつもりなのですが」

「そもそもおまえが今の位置にいるのが揉め事のもとだ」

「だからこそ、これ以上の厄介ごとはごめんです」

 ハイラムは顔をしかめた。


(この2人、親しいのかな……?)

 絵里はこっそり2人を見比べた。いつもと比べハイラムの会話のテンポが良く、表情もあるように感じる。


「そこで俺を選ぶのは愚策だな」

「ほかに選択肢があるなら当然そちらを選びますよ」

 ハイラムは小さく肩をすくめた。

「徒歩の旅は大変なもの。それを知れば救世主様も馬車での移動に納得されるでしょう。長くはならないと思いますので、その間確実に守っていただきたいのです。――救世主様を失うわけにはいかないのです」

「おまえにとっては、特にそうだろうな。だが俺は高貴な方々の相手なんかできないぞ。預けれてらも困る」

「ほかに手が必要ならば、適宜人を募っていただいて構いません。お世話をするにも守るにも、あなた1人では手が回らないでしょうから」

 ではよろしくお願いしますと、最後は半ば押し付けるようにハイラムは絵里をランバートに託したのだった。

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