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◆その5 ~出発! ……でもどこに?



 それから数日は特に変わりなく過ぎた。

 周囲の人々に少しでも良好な印象を与えようと絵里が努力してみたところ、あからさまな警戒はどうやらなくなったようだ。けれど、よそよそしく遠巻きにされている感はなくならない。そもそもハイラムを除けば、誰も絵里と目を合わせようともしてくれないのだ。

 朝起きてから寝るまでにすることと言えば、食事、お茶。騎士に取り囲まれながらの庭の散歩。少しでも見た目をなんとかしようというのか、髪や肌の手入れ。入れ代わり立ち代わり訪れる人々との対面はあるが、暇な時間が多い。

 けれど今日は朝から慌ただしかった。

 今までは自然に目が覚めるまで放置されていたのに、今朝に限ってはヨランデに体を軽くゆすられて目覚めた。

 いつもながらにおいしくない食事が出てくるか、今日はなんとなくせかされるような雰囲気があって落ち着かない。

 教会のしきたりなのか、この世界自体がそうなのか、食事は朝晩の一日二食。落ち着かなかろうがなんだろうが、食べておかなければ身が持たないから、絵里は慌て気味に食事をほおばった。

 朝の身づくろいはいつもより念入りになされ、丁寧に梳かれた髪は結い上げられ、きらきらした飾りがつけられる。

 床に広げられたドレスに、両側からメイド服の少女に支えられて足を入れる。引き上げられ着せられたドレスは、これまで着ていたのとはまるで違っていた。スカート部分はふんわり広がり、レースと刺繍で手の込んだ細工が施されている。

 レースの端が肌にこすれてちくちくする。綺麗と着心地は両立しがたいものなのだろう。

 ヨランデがいやに熱心に出来栄えを確認し終えると、扉がノックされた。

 入ってきたのはブランドンとハイラム、そして見慣れぬ青年が1人。ブランドンとハイラムもいつもと比べて華美な装いだったが、青年の衣装は比較にならないほど豪奢できらきらしていて、舞台衣装のようだ。

「お迎えに上がりましたぞ」

 ブランドンが仰々しく頭を下げた。

 ヨランデに促され、絵里は3人の前に立たされる。

「これが奇跡の娘、救世主か」

 青年は面白がるように絵里を眺めまわす。その視線が不快で、顔をそらすとちょうどハイラムと目が合った。

「この方はアダルバード王子です。本日救世主様を王城までご案内下さるそうです」

 王子、王城、と絵里は口に出さずに繰り返す。

(王城で式典、そのあとすぐに出発、だったっけ……)

 ではこれで準備期間は終わり、絵里がこの世界で求められている役割へと送り出されるのか。まだ何も分からず、何も手に入れられていないのに。

「救世主殿、どうぞお見知りおきを」

 気取った様子で差し出された手に絵里は反応できずにいた。ここに手を載せたらもうこの場にはいられなくなる。けれどすくんでいることさえ絵里には許されない。

「これは申し訳ありませんな。なにせ言葉が通じないので」

 ブランドンがぐいっと絵里の手をつかみ、王子の手に載せた。

 反射的に手を引こうとしたが、それより一瞬早くアダルバード王子にしっかりと手を握られてしまった。

「姫君たちの柔らかい手とは違うね」

 ははっと笑いながら失礼なことを言うと、王子は絵里の手を捉えたまま歩き出した。抵抗を試みることもできたけれど、絵里は諦めて王子について行く。抵抗しようがどうしようが、どうせ彼らは自分たちの思うようにするのだろうから。


 教会を出たところに用意されていた馬車に乗せられ、絵里は王城へと運ばれていった。乗るときはちょっとロマンチックだなんて思ったけれど、馬車の乗り心地はあまりよくなかった。馬車に問題があるのか、それとも道が悪いのか、がたがたした振動と不意にくる突き上げに、胃が不快感を訴えてくる。

 道は急な下り、その後比較的平らな場所が続いた後、だらだらした上りになった。その頃になると馬車の外からは、人の気配とざわめきが聞こえるようになっていた。

 もしかして馬車を下りた途端に群衆に取り囲まれて……などと絵里はびくびくしていたが、馬車が止まったのはそのざわめきが遠ざかってしばらくしてからのことだった。

 馬車の扉が開けられると、そこにはすでにアダルバード王子が待ち構えていて、絵里の手を取る。

 うつむき加減に馬車を降りた絵里は、思い切って顔をあげた。

 真正面にあるのは磨かれた石の階段。

 その先には……お城。

 シンデレラのお城のような華やかさはなく、どっしりとした厳めしい石造りの建物だ。

 周囲には鎧姿の騎士たち、その周りを正装した人々が遠巻きに取り囲んでいる。

 視線が集まっているのを感じ、絵里は息苦しさを覚えた。

 できるだけ何も考えないようにつとめながら、手を引かれるままに階段をのぼり、城内に足を踏み入れる。

(ああ、ほんとにお城だ……」

 彫刻で飾られた柱、重々しいタペストリーがかかる壁、赤に金の縁取りが入った長いじゅうたん。使われている石も、教会のざらざらした質感のものとは違い、顔が映り込むぐらい磨かれていてつるつるしている。

 結構長い距離を歩き、階段をいくつかのぼり。

 絵里は仰々しいほど大きく豪華な扉の前に連れて行かれた。

 扉が両側から侍従によって開かれる。

 その先にあったのは、やはりというべきか、高い位置にしつらえられた玉座に座った人物だった。


「王、救世主様をお連れしました」

 アダルバード王子が手を放し、絵里の背を軽く押しだす。

 絵里はよろけて一歩前に進み、そこで立ち尽くした。

(王様の前なんだから、おじぎとかするべき? 日本式のおじぎじゃないよね。ドレスの裾つかんで足を曲げて? でもでもそんなおじぎするの恥ずかしすぎるよ!)

 不敬罪、という言葉が頭をよぎったが、気取った礼をする自分を想像するだけで恥ずかしく、身体が動かない。

「申し訳ありません。救世主様におかれましては、この国の言語を解さないご様子で」

 いつから後ろにいたのだろう。ブランドンの声に、絵里はここに来るまで前方にしか注意を払っていなかったことにはじめて気づいた。

 いてくれて嬉しい人物ではないのに、知った声というだけで少しほっとする。それだけ緊張していたということか。

「報告は受けておる。難儀なことだが致し方あるまい。任務に支障はないのだろうな?」

「それはもちろん。わたくしどもが抜かりなく力添えさせていただきますので」

 ブランドンの猫撫で声が気持ち悪い。

「ならば良い。救世主殿、よろしく頼むぞ」

 もう用はないとばかりに王は玉座の背もたれに寄りかかり、絵里は再び王子に手を引かれて場を後にした。


 部屋を出ると王子はさっさと絵里をヨランダに引き渡し、それではと去っていった。

 その後絵里は控えの間に案内され、お疲れでしょうと茶かふるまわれた。

 この短い謁見のために城に連れてこられたのかと思ったが、どうやらそうではないようで。

 少し休息を取ったあと、身だしなみを改めて整えられ、部屋の外へと連れ出された。

 控えの間を出ると、アダルバード王子がどこからともなく現れて、さも当然のように絵里の手を取る。

「ではさっそくではありますが、旅立ちの式典へと参りましょう」

 参るも参らないも、絵里に選択権はない。

 導かれるままさきほどの城外へと続く階段まで来ると、そこは人で溢れていた。

 来たときは遠巻きに取り囲む人々がいたのみだったが、今や城の前を埋め尽くすほど人が増えている。

 階段の上の部分は舞台のようにも使えるようになっているのだろう。

 絵里はその中央に立たされ、その横でアダルバード王子が満面の笑みで右手を掲げる。

「皆の者、救世主様がご降臨された。これで我が国は安泰となる」

 どよめきが階段前の広場に広がった。

(ご降臨も何も、無理やり喚びだされたんだけど)

 王が、神殿長が、偉そうな人々が登場しては長々と救世主降臨を寿ぎ、これでこの国も安泰だと力説した。

 中身のない演説は半分以上聞き流し、絵里はそっと周囲を観察した。

 舞台中央に出てくるのが、国の重鎮と言われる人々なのだろう。

 そして舞台の両側に並ぶのが、絵里とともに旅立つ人々の中心となる顔ぶれらしい。

 騎士や神官は服装で大体分かるけれど、それ以外は何者なのか今の絵里には分からない。ずるずるしたローブ姿の人は、手に杖を持っているから魔術師なのだろうか。妙に派手な服装の人や学者風の人は一体何なのか。

 その中で目を引くのは、小柄な少女だ。

 絵里よりもいくつか年下に見えるその少女は、明らかに絵里よりも上質のドレスを着、結い上げた金の髪にティアラをつけている。顔もちっちゃくて、品があって、か弱そうで、いかにもお姫様という風情だ。

(あんなお姫様が旅をするなんて大変そう。案外目的地までは遠くないのかな)

 それなら早めに脱出する必要がある。

 どうにかして日程を探り出さなければ、逃げ出す計画が立てにくい。

(この人数で旅をするとなると、人目が多そう。一列に並んで進むのかな。歩いて? 馬車で? お姫様がいるなら馬でなんてことはなさそう。あ、でも人によって違ったりもするのかな)

 そんなことを考えているうちに、式典は終わったようで、賑々しい演奏に送り出されるように絵里たちは舞台を降り、門へと進んだ。

 その先に何台も馬車や馬が連なっている。

 自分もあの中の一員となって旅に出るのだと、実感のないまま絵里が足を進めていると。

 式典のざわめきとは違う、重いどよめきが上がった。

 と同時にさっと影が差す。

 反射的に空を見上げると、いくつかの黒い影があった。高い位置なのに、通りすぎるとき地面にはっきりと影が落ちる。本体はかなり大きいのだろう。

 影はそのまま通り過ぎたが、周囲には不安が色濃く残った。

(もしかしてあの影、わたしが喚ばれた理由に関係ある? あれを倒せなんて言われたりして……?)

 絵里のテンションは下がりまくりだが、それは周囲の人々も同じらしい。式典は水を差されたように盛り下がり、誰もが言葉少なにもくもくと足を動かした。

 舞台の上にいた人々のほとんどは馬車の中へ、騎士は馬に。それ以外にも、多くの人々が馬車のあとついて歩く様子で、絵里の想像以上に旅は大所帯になりそうだ。

「旅の幸運を」

 王が手を掲げて一行を送り出す。

「必ずや使命を果たしてまいります」

 馬に乗ったアダルバード王子も手を掲げて答える。

 そして絵里の乗った馬車は、ゆっくりと動き出した。


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