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◆その30 ~守護石は心のかけら

◆その30




 イルゲから話を聞いたあと、質素ではあるが心づくしの夕食をふるまってもらい、藁か何かにシーツをかけたとおぼしきベットまで用意してもらい、ともてなされたけれど、絵里はなかなか寝付けなかった。。


 ミュリエル姫の顔が、ハイラムの顔が、そしてアダルバード王子の顔……は実はあまり思い出せなくて落書きレベルだったりするけれど……を頭の中で何度も並べては、位置を変えてみる。


(ハイラムさんはお姫様の味方なんじゃないかと思ってたんだけど……)

 イルゲの話では、アダルバード王子やブランドン側についているように聞こえた。

(そもそも、救世主の召喚を提案したのがハイラムさんなら、わたしがこんなことになってる元凶がハイラムさんってことだよね。出世のチャンス、ってチャスさんが言ってたっけ……)

 討伐隊の指揮が、どのくらいの地位を示すのか絵里にはわからないけれど、そのためにミュリエル姫や絵里を犠牲にするというのはあんまりだ。

 それなのにハイラムの守護石を大事にしている姫が不憫に感じられる。


(今ごろどうしてるのかな……)

 絵里たちが逃げたことを知って、姫はなにを思ったのだろう。逃げるお膳立てをしてくれたのだから、ほっとしてるだろうか。それとも、自分が生け贄にされる役割が確定したことに、後悔をおぼえただろうか。

 ステイシーはきっと、姫だ助かる唯一の手段となりうる絵里を、姫自身が逃がしてしまったことを残念に思っているだろう。


 ハイラムは……。

(ものすごくいろいろなことを考えていそうだけど、とにかくわたしを探そうと血眼になってるだろうな)

 それが出世のためか、世界のためか、はたまた別のもののためかは知らないけれど。


 ハナやベイジルは、救世主が逃げ出したことを裏切られたように感じているだろうか。

 騎士は逃げた絵里のことより、ランバートのことを気にしているかもしれない。


(アダルバード王子は……ぐっすり寝てる。うん、絶対)

 なのに自分が悶々と寝られずにいるだなんて、と絵里はむかついた。

(わたしも寝る。ぐっすり寝てやるから!)

 顔の上まで毛布を引き上げて、絵里はぎゅっと目を閉じだ。




 無理やりの眠りは浅く、翌朝、絵里は重い頭で起きた。

 イルゲからの連絡をただ待っているのに耐えかねて外に出ると、チャスが道案内についてきてくれた。


 村、というより、ぽつぽつと家が建つうちに人が集まってきた、という様子の場所だ。

 ユエンが生まれたときにはあったのだから、それなりに年月を経ているのだろうが、村というほどまとまった雰囲気がない。

 家と畑、家畜を囲った柵、なにかに使っているかもしれないが絵里には空き地に見える区域……などを眺めていてふと気づいた。

(店がない……)

 これまで絵里が訪れた町にも村にも、食料や小間物を売る店や酒場、鍛冶屋などがあったが、ここには店らしき建物が見当たらない。

 もしかしたら看板がないだけなのかもしれないが、絵里の目には普通の家があるだけに見え、それが村らしくない印象を与える原因となっているのだろう。


 まだ日が昇って間がないが、畑にはすでに農作業にいそしむ村人たちの姿があった。

 小学校低学年ぐらいの子供が家畜の世話をしているのは、絵里から見ると違和感があったが、ここでは普通の光景なのだろう。


「おんやチャス、久しぶりだねぇ」

 チャスは村では馴染みらしく、行き合う人々が声をかけて来、中には干した芋や小さな果実をおやつにくれる人もいる。

 一言も口にしていない絵里をどう思っているのかはわからないが、絵里の手にお菓子を握らせてくれる人までいた。よそ者だからといって、過度に警戒されたり排斥されたりということはなさそうだ。


 前方で弾けるような高い笑い声がして、絵里は思わずそちらを見やった。

 絵里と同じくらいの年頃だろうか。女の子が集まっている。その中心にいるのはアーニャだ。

 楽しそうな様子は、日本で通っていた高校の女子たちと変わりなく、こういうのは世界が違っても共通するんだと絵里は思う。

 と、こちらに気づいたアーニャが女の子たちに何か声をかけ、じゃあねというように手を振った。そしてこちらに駆けてくる。


「よ、にぎやかだな」

「だってみんな冷やかすんだもの」

 アーニャは困ったように肩をすくめたが、その顔は笑っている。


「そりゃあ、冷やかすだろう――おめでとさん」

 言いながらチャスは、アーニャの髪に飾られた白い花を指した。アーニャは赤くなって髪に手をやった。


 2人のやり取りの意味がつかめず、絵里がぼんやりしているとチャスが説明してくれた。

「この辺りじゃ、結婚間近の女の子は白い花を髪につけるんだ」

 ああそれで、と絵里は頷く。聞きなれぬ言語でアーニャを驚かせないように、言葉は発せずに。


「相手はオレが知ってる奴か?」

「うーん、たぶん知らないと思う」

 アーニャは相手の住む村と名前をあげたが、やはりチャスにはわからないようだ。

「それでね……」

 アーニャはポケットに手を入れた。周囲に隠すように、くぼめて開いた手の中には楕円形の石があった。明るい黄色に透き通った石は、シトリンを思わせる。


「……もらったの。みんなには内緒よ」

「良かったじゃねぇか。こんなに思ってもらえてる相手と結婚できるなんてさ」

 もう、と恥ずかしそうにつぶやいて、アーニャは大切そうに石をポケットに戻した。


「今日の午後から結婚のお祝いがあるの。チャスたちがこの時期に村にいるのもなにかの縁だと思うの。よかったらきてくれない?」

 お友だちもいっしょに、とアーニャは絵里を見る。目がきらきらしていて、笑顔がこぼれそうで、いかにも幸せいっぱいという様子だ。

「ぜひそうさせてもらいてぇところだが、時間の都合がついたら、だな」

「うん。なにか用があってのことだろうから、無理はいわないけど。そうなるといいな、って願ってる」

 もう準備に取り掛からないと、とアーニャは身をひるがえして駆けて行った。


 絵里はアーニャが花を飾っていたあたりに手をやったあと、手のひらに石の大きさに円を描いて示す。

「結婚する人と石を交換するの?」

 だったら、ミュリエル姫とハイラムは結婚の約束をしたということになるのだろうか。そう思って聞いてみると、チャスはいいやと否定する。


「結婚と守護石は別の問題だな。石を渡す相手は結婚相手とは限らねぇ。自分の心を切り取ってでも縁をつなぎたい、って相手に渡すんだ。遠く離れる親友に変わらぬ友情を誓って渡したり、どうしてもこいつに持っていてほしい、という相手に頼んだり。子どものころにもう誰かに渡してしまったやつもいるだろうから、結婚相手にぜったいに石を渡す、なんてことにはならねぇんだ」

「子どものころに……」

 神殿学級に通っていたころのミュリエル姫は、なにを思ってハイラムに石を渡したのだろう。そしてハイラムは……?


「結婚相手にも渡さず石を持ってる、ってやつもいる。石を誰に渡すかは本人の意思だけで決めることで、ほかの誰かは口をはさんだりしねぇ」

 物心つく前から、守護石の大切さは何度も言い聞かせられるから、この世界の人はそれを自分の心のように扱う。

 一生手元に置いて大切にする人もいれば、誰かに託す人もいる。

 それは人それぞれで、自分自身で決めること。

「渡すことも返してもらうこともできるが、どちらの場合も両方が同じ気持ちでないとできねぇんだ。どちらか一方が、渡せ、受け取れ、返せ、返したい、と言っても、相手が拒否すればそれまでだ」

「そうなんだ……」

 ミュリエル姫の心の一部はハイラムのもとに。

 ハイラムの心の一部はミュリエル姫のもとに。


(そんな人がお姫様を犠牲にしたりできるのかな)

 ブランドンに取り入り、かなり無理をして討伐隊に割り込んだ。チャスはハイラムのことをそう言っていた。

 出世欲からなのかもしれないが、討伐隊を指揮するというのは、自分の命を懸けた危険な任務だ。ただ出世のためならば、ほかにもっと効率良い方法がありそうなものなのに。


(逆に……討伐隊の指揮をとること自体が、目的だとしたら?)

 魔王の生け贄となる姫に同行するために、討伐隊に割り込んだ、なら。

(ハイラムさんが神殿に詰め寄って救世主を喚ばせたのは……)


 考えているところに不意に肩を叩かれ、絵里ははっと我に返った。

「なにぼんやりしてるんだ?」

「え? あ、ちょっと考え事してただけ」

 なんでもないと絵里が首を振ると、チャスはあごで背後を示した。

 そこにはランバートとユエンがいた。

 ランバートが親指で自分の後ろ側をくいっと指している。


「どうやら結果が出たようだぜ」

「結果……イルゲさんの?」

 それを聞くためにこの村に来て、一晩待っていたのだけれど、いざそのときとなると足が進まない。

 立ちすくむ絵里の背に、チャスの手が添えられる。

「さ、行こうか」

 押すでもなくただ添えられた手から、温かさがじわりと伝わってくる。

「……うん」

 絵里はゆっくりと頷くと、自分から足を踏み出した。





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