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◆その28 ~追いつかれる前に




「で、これからだが」

 ユエンの憂いはさておいて、ランバートは絵里がミュリエル姫からもらった地図を広げた。


「今いるのはここだ。そしてチャスの言っていた村はこのあたりだったな?」

 ランバートの指した地点はどちらも地図に印はついていないが、指した場所が確かなら、2つはほとんだ離れていない。

「ああそうだ。近くて助かったな」

 これならすぐ着くとチャスは云うが、ランバートは渋い顔つきだ。


「いや、今回に関してはそうとも言えん。――この村はお前にゆかりのある場所なのだろう?」

「オレじゃなくてユエンに、だな。ユエンが生まれたとき、どうしていいかわからなかった親父とお袋が、見てもらいにいったんだ。それからもたまに顔出してる」

 それなら、とランバートの眉間のしわが深くなる。

「すぐに発見されそうだな」

「地図にも載ってない小せぇ村だぜ。わかりっこねぇよ」

 チャスはランバートの懸念を払うように、ひらっと手を振った。


 だがランバートは首を振る。

「ハイラムがいる」

「あー」

 今度はチャスが顔をしかめた。

「あいつさ、なんであんなにやる気満々なんだ? ブランドンに取り入って、かなり無理して討伐隊に割り込んだらしいじゃねぇか。ま、ここが出世の大チャンスってとこだろうから、死に物狂いでエリィを探すだろうな」


 ずっと人里離れて逃げ回ってはいられないから、近隣の町や村は必ず調べられる。どこから探すか、どう探すかはハイラムの考え次第。

 チャスの両親がユエンのことを聞きに行くほどには、その村にセヴァロンについてみてくれる人がいる、ということは知られている。聞き込みの中でそんな話が耳に入るようなことがあれば、村に調査の手が入る恐れも出てくるだろう。


「ここから村まで道はわかるか?」

 ランバートに訊かれ、チャスは地図を見、周囲を見渡した。

「今はわかんねぇが、あっちに進んでいけば目印が見えてくるはずだ」

 チャスが指さす方向はあっていたのだろう。ランバートは頷いた。

「ならそちらに向かって走れ。可能な限り早く村に行き、用を済ます」

「了解」

 チャスは水を一口飲み下し、自分の馬にくくりつけてある荷物に押し込んだ。

 先にユエンを乗せてから、すぐに馬にまたがる。


 正直、全身が痛んで頭もぐらぐらしているけれど、絵里も脚に力を入れて立ち上がった。すくっとはいかず、近くにある木にすがって、おまけに立ち上がるときにはうっと声が出てしまったりもしたけれど、自分から馬へと向かう。

 ここでひらりと馬に乗れたら恰好良いのだけれど、実際は持ち上げてもらって、よたよたとしがみついた。

「きつかったら言え。言わなかったら問題ないとみなす」

「うん」

「向こうはこっちが馬を使っているとは知らない。すぐに追いつかれるということはないから遠慮するな。急ぐのはおまえが考える時間をとるためだ」

『リノ、イ』

 背後でランバートが笑う気配がして、馬は走り出した。



 相変わらず馬には慣れないけれど、ずっと乗っていれば恐怖は和らぐ。

 しばらくすると絵里も顔をあげて、周囲の景色を見られるようになっていた。

 急ぐと言っていたから思いっきり馬を飛ばすのかと警戒していたが、こうしてみると全力疾走という感じではない。

 あまり急ぐと人目につくということもあるのだろう。馬はなめらかに駆けている。


 道の両側はただ放置されたような土地が広がっていた。

 平らに均されてもいないから、不規則な起伏がだらだらと続いている。

 ここに何を建てようとか、ここは誰の土地なのかとか、そういうのと無縁そうな場所だ。


 すれ違う人が馬を見上げ、また視線を戻す。絵里たちが誰なのかを知っている様子も怪しむ様子もなく、ただ走る馬が自分にとって危険でないことを確かめるだけの動作のようだ。


 4人はどう見えるのだろう。それぞれ馬に乗せてもらっている令嬢2人、というところか。チャスの馬に目をやれば、ユエンは深く帽子を引き下げてうつむき加減でいる。女性のふりをしているから、というのもあるだろうし、女装しているのを見られたくないというのもあるのだろう。

 馬に横乗りしうつむいているユエンは、絵里よりずっとしとやかな令嬢っぽい。

(わたしよりずっと女性らしい、なんて言ったら絶対嫌がるだろうなー)

 そんなことを思いながら、絵里はユエンの真似をして視線を下向けた。



 途中短い休憩を2回挟み、日が傾きかけたころにチャスは馬の脚をゆるめた。

「あそこだ」

 疲れで意識もうろうとなっていた絵里ははっと顔をあげ、チャスの指す方向を見た。

 一見なにもないようだけれど、目を凝らすと建物らしきものがあるようにも見える。


「どうする? 朝まで野営するか?」

 照明は貴重だから、この世界の人々は日没とともに活動を終え、多くは眠りにつく。

 誰かを訪問するのに、この時間帯はふさわしくない。

 ランバートの問いかけに、チャスは日の位置と目的地を目で測った。

「確かに遅い時間だが、こっちも余裕があるわけじゃねぇからな。イルゲには悪ぃがこのまま行かせてもらおうか」


 できることは早く。それができなくなる前に。

 一気に村までの距離を詰めようとするチャスの背を、ぺしっとユエンの手が叩いた。

「なんだ?」

 身体をねじって聞くチャスに、ユエンは自分の着ているドレスをつまんで見せる。

「あ、あー、そっか、着替えが先だな」

 久しぶりの訪問が、女装姿では悲しすぎるというものだろう。

 チャスが尋ねる視線を送ると、ランバートは頷いた。


 馬を陰に寄せると、ユエンは待ちかねたように飛び降りた。

 戻ってくるのを待つ間、絵里もぼさぼさになった髪を……といってもかつらではあるのだが……を指で整えた。

 馬に揺られて身体はがくがくで、かなり見た目もぼろぼろになっているだろう。けれど気分だけでもきちんとしておきたい。

(第一印象は大事、うん)

 身につまされている言葉をつぶやく。


 予測よりかなり早く、元着ていた服に着替えたユエンが戻ってきた。

 ドレスをまとめてランバートに渡すと、さっさと馬にまたがる。あまり思っていることを表情に出さないユエンだけれど、その様子がいかにもほっとしているようで、絵里はふっと笑ってしまう。

 まさか聞こえたとは思えないが、ユエンは敏感に振り返り、絵里と目を合わせた。

(笑ったの、まずかったかな)

 焦る絵里からユエンはすぐ視線をそらし、前を向いた。それが照れているように絵里の目には見える。

(そういうのがわかるくらいには、一緒にいるってことだよね)

 気が付けばこの世界での生活も長くなってきている。

(あとどのくらい……ううん、それよりこれからどうするのか、決めないと)

 なにかを教えてくれそうな人がいるという村を、絵里はじっと見据えた。



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