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27/33

◆その27 ~なんと言っていいのか……とにかくごめんなさい



 すべて一任してほしい。

 ランバートにそう言われたから、絵里はなにも問わず、できるだけ普通に過ごすように心がけた。

 変化と言えば、ミュリエル姫からの誘いがぴったりと止んだことぐらいだ。

 呼びつけて絵里が逃げる邪魔になってはいけないと思っているのか、それとも目的地が近くなると姫も忙しくなるのか、理由はわからない。

 もらったものを返却したくて一度取次ぎを頼んだのだが、今は会えないという返事が騎士を通して返ってきただけだった。



 逃亡しそこねてから、1つ山を越えた。

 越えたところの町に宿泊したときは、もしやこの町で、と緊張したけれど結局なにもなく出発した。


 そしてまた道は山に差し掛かっている。

 馬車は山道に弱いから、基本的に山は避けてルートが組まれているが、迂回が難しい場合はこうして山を通る。

 といっても本格的に山に入ってしまうと、道の傾斜がきつかったり、そもそも馬車が通れない道幅だったりするため、できるだけ山裾をぐるっと回ってゆくルートを取る。

 それでも街道のような具合にはいかず、行列の進みは遅くなる。


 こうなると馬車なんかないほうがいいのにと絵里は思うけれど、身分の高い人に長い旅路を歩かせるわけにもいかないし、荷物も運ばないといけないから仕方ないらしい。


「それ、どうやって鳴らすの?」

 のろのろした歩みは退屈で、絵里は草を口唇に当てて吹いているチャスに、草笛の鳴らし方を教えてもらっていた。

 コツがいるらしく、何度息を当ててもぷすっと空気が漏れるだけで音が鳴らない。

(わたしって口笛も吹けないからなぁ)

 鳴らせるようにならないかもしれないと思いつつ挑戦していると、草笛の音と比べ物にならないくらいの鋭い音で、指笛が鳴るのが聞こえた。

 襲撃だ。


「こんな山道で……」

 見通しがきかないため戦いにくそうだと思いながら、絵里は荷馬車から降りた。また騎士の円陣へと向かわなければならない。


「行くぞ」

 ランバートが声をかけたのは……絵里にだけではなかった。

 その声を聞くなり、ユエンが背負い袋をつかんで荷馬車から飛び降りた。

 左右に目を走らせたランバートが山の中に飛び込むと、ユエンもすぐにあとに続いた。チャスに背中を押され、呆けていた絵里もはっとして走り出す。


 足元で枯れ葉が鳴る音が、やけに大きく聞こえた。

 こんな音がしたら行列まで聞こえてしまうんじゃないか、すぐ見つかってしまうんじゃないかと心配になる。いや、逃げること自体が不安だから、そう感じてしまうのか。

 前方を窺えば、ランバートは道に対して真横の方向に走っている。


(山からでたらすぐ見つかっちゃう。少し奥に入って、追っ手を撒いてから山から出るのかな)

 迷いのないランバートの足取りに絵里がそんなことを考えていると。

(人が……!)

 山の中にも関わらず、唐突に立っている人がいた。

 もう見つかってしまった……。愕然として、絵里の足は鈍る。


 と、ランバートが急に方向転換し、左に折れた。

 全員がそれに従って左に折れる。

 曲がりながら絵里が立っている人にちらりと目をやると、その人は右腕を真横に伸ばしてそこにいるだけだった。追ってくる様子も、声をあげる様子もない。


 木々の間は落ち葉ですべり、飛び出した根や垂れる枝に邪魔され、逃げるスピードはあがらない。ときには歩くような速度になってしまい、絵里は焦りを覚えた。おまけに足を引っ張っているのが自分だということが明らかなのが、やりきれない。


 不意にランバートが足を止めた。

(また人が……人だけじゃない?)

 いたのは、男が1人と馬が2頭。

 ランバートは礼を言い、手を出した。男は一礼して手綱をランバートに渡すと、いずこともなく去っていった。


 ランバートは手綱の一方をチャスに渡し、もう1頭は自分で引いて歩き出した。

 木々の間から道へと戻ると絵里に訊く。

「乗れるか?」

「乗ったことない……」

 絵里はひるみながら首を振った。

「ここに足を載せて、身体があがったら馬をまたげ」

 無理、と言いたいけれど言っている場合ではないのだろう。絵里はランバートの組み合わせた手に足を載せ、持ち上げられたタイミングでもう片方の足をえいっとあげる。

 身体が斜めになってしまい冷や汗が流れたが、あとからまたがったランバートが絵里の体勢を直してくれた。


(馬にドレスでまたがるのは、どうかと思うけど)

 ドレスを着ているなら横乗りのほうがあっていそうなものだけれど、絵里はなにも言わずに馬の首にしがみついた。

 あの人は誰なのかとか、この馬はどうしたのかとか、訊きたいことはいろいろあるけど今はごちゃごちゃ言っている場合じゃない。


 もう1頭の馬はチャスが手綱を取りユエンが相乗りしている。ランバートが馬を走らせると、すぐにあとに続いた。

 山から出てもそのまま馬を走らせる。


 魔のものはもう倒されただろうか。

 絵里たちがいないことにはもう気づかれただろうか。

 それよりも絵里の頭を占めるのは。

(怖いー)

 馬が走ると身体が跳ね、落ちそうな気がする。ちゃんとまたがっているし、両側にランバートの腕にあるから落ちるはずはないとわかっていても、それでも怖い。

(早く降ろしてー)

 そんな絵里の祈りもむなしく、ランバートは馬を走らせ続けた。



 討伐隊と十分に距離を取ってから、ランバートは木々の陰に馬を引き入れた。

 先に馬から降りたランバートが手を貸してくれるが、絵里の身体はすっかり固まって、思うに任せない。

「なーにやってんだ」

 チャスか笑いながら反対側から脚を持ち上げてくれ、絵里は馬からぼてっと落ちるようにしてランバートに受け止められた。

 地面に降りてもまともに歩けず、よろよろと地面に座り込む。

(頭がぐらぐらする……)

 身体が揺れるのを止められない。


 ランバートは馬に括り付けてあった荷物から水を取り出し、皆に配った。絵里には水袋の口を開けて、飲みやすいように傾けてくれる。

 ごくごくと水をむさぼると、ようやく少し気分が落ち着いた。


 絵里が水を飲み終えると、ランバートは畳まれた布を取り出した。

「どこか陰でこれに着替えてくれ」

「着替えまで……。いつの間にこんな用意を」

 絵里が着替えや馬、荷物を指してゆくと、ランバートはあっさりと答えた。

「俺にだって手飼いの者くらいいる」

「いや普通の兵士にはいないって。やっぱお坊ちゃんは違うぜ」

 あっけらかんと言うチャスに、ランバートはあきれ顔になる。

「そういうのは本人の前でなく、陰口で言う台詞だろう」

 そんな2人のやり取りを聞き流し、絵里は着替えを抱えてその場から少し距離を取った。


(この辺ならいいかな)

 3人の姿が見えないのを確認してから、ドレスを脱ぎ、用意された服に着替える。質素な服かと思いきや、色こそおとなしいチョコレートブラウンだが、デザインはかなりかわいいワンピースで仕立ても悪くない。

 一緒にあった金髪のかつらをかぶると、絵里には見えない程度には雰囲気が変えられそうだ。


(変装完了っと)

 なんだか楽しい気分で皆のところに戻ると。

「ユ、エン……?」

 ひどく情けなさそうな顔でユエンが絵里を見た。

 絵里とよく似たデザインの服は若草色のワンピース。広いつばのある帽子に特徴的な髪は隠されている。もともと華奢な体形だけに、そうしているとちゃんと女の子に見えた。

 その隣でチャスは、笑い出したいような、困ったような、複雑な表情をしていた。

「これで男女2人ずつの連れに見えるだろう」

 追っ手の目もくらましやすい、とランバートだけは満足そうだ。


「ハイラムは俺たちに馬があるとは知らない。徒歩で逃げた俺たちは、騎士の馬に発見されるのを恐れて道には出ず、しばらくは山の中を隠れ進むと予想するだろう。そこで時間が稼げる。もちろん近隣の町や村には触書が回るだろうが、探されるのはドレスを着た女1人と男3人だ」

「それはそうだけどよ……」

 チャスの目はちらちらとユエンに向けられる。

「……」

 ユエンはうちしおれてはいるが、諦めているようで抵抗はみせていない。

「あの、なんて言うか……ごめんなさい……」

 絵里が謝ると、ユエンは微笑らしきものを作って首を振ってくれた。




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