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◆その26 ~わかったこと、ばれたこと、わからないこと



 町でなく天幕で夜を過ごした翌朝は、絵里の目覚めは早い。

 ……はず、なのだが。


 目が覚めてからも絵里はぐずぐずと起き上がらずにいて、とうとうヨランデに起こされた。

 絵里の朝食はユエンの荷馬車に届くようにしてもらっているから、行かないのは不自然すぎる。昨日荷物を持ち込み、持ち出すという不審がられる行動を取ってしまっているだけに、これ以上ヨランデを警戒させたくはない。

 絵里はしぶしぶ天幕を出て、騎士にユエンの荷馬車まで送ってもらった。


「はよー」

 足取り重く荷馬車に行くと、チャスが気の抜けた挨拶をしてくる。

「おは……ます」

 挨拶の声もまともに出ず、絵里の視線はチャスの胴体を横切るように流れる。

「朝食もう届いてるぜ。食うか?」

「……いえ」


「うわ、やっぱ嫌われたじゃねぇか」

 大げさな仕草で肩をすくめると、チャスはランバートに抗議の目を向けた。

 ランバートは厳しい顔をして黙りこくり、いつもよりかなり絵里に近い場所にいる。逃げられないようにだろうかと思うと、絵里はこれまで築いてきたものを自分でぶち壊しにしてしまったような気がした。


「しっかし無茶だなぁ。ランバートにさえ気づかれるような雑な計画じゃ、問題外だろうが」

 チャスの拳が絵里の頭をコツンと叩く。


 そんなのわかっていたけれど、絵里ができることなんてたかが知れている。どれだけ考えたって、すばらしい計画を立てるなんで無理。だったら熟考するより、ミュリエル姫からもらった物品が発覚する前に、急いで実行したほうが成功散るもあがる、いうものだけれど。

(それでも失敗したんだから、どーしようもないよ)

 絵里は内心ふてくされた。


「そんなに……」

 チャスがふと声を低めた。いつもながらにユエンの荷馬車の周りに人は近づいてこないが、それでも周囲をはばかるように。

「行くのが嫌だったんか。たしかにずっと、はっきりしねぇ顔してたよな」

 片手の人差し指で前を指したあと、両手の人差し指でバツを作る。その指も身体の陰になるよう小さな動作だ。


 確かにそんな顔をしていたかもしれない。気乗りしなくて、けれど強く拒否もできずに、ぼんやりと運ばれていた自分を絵里は思う。

「行くのが嫌ってわけじゃなくて……なにもわからないまま連れて行かれて、魔王を退治しろなんて言われても困る。戦えないし、魔法も使えないし、逃走計画すらまともに考えられないていどの頭だし、いったいなにすればいいのかもわかんないのに」

 どうせ言葉は伝わらないから、絵里は手振りをつけずにつぶやいた。


「なんだ?」

 聞き返すチャスを無視して、絵里は前だけを向いて歩いた……が。


「彼女は、なにもわからず、なにができるかもわからない状態で連れて行かれるのが、嫌なんだよ」

 通訳する声に、思わず足を止めてしまった。

「ユエン!」

 責める響きでユエンを呼んだのは絵里ではない。チャスが咎める目つきをユエンに向けている。


「必要があるときだけしかしない。それは知ってるよね」

 ユエンに言われ、チャスはああともううともつかない返事をした。

「それと、彼女はこちらの言葉を話せないけど、こちらからの言葉は理解できてる。普通に話してだいじょうぶだよ」

 今度は絵里の喉が鳴った。


「なっ……」

 チャスが口を開けたまま固まる。ランバートが少し眉を寄せて絵里を見る。

 どうしようかと一瞬逡巡したが、絵里はユエンの言葉を肯定して頷いた。


「こっちにジェスチャーやらせといて、ホントは全部わかってたってことか!」

 つい声が高くなったチャスに、ユエンとランバートが同時に、口唇の前に人差し指をたて、しーっと合図した。チャスは慌てて口を押えたが、恨みがましい目で絵里を見てくる。


「ごめんなさい。でも明かしていいかどうか、わからなかったから」

 本当は言葉がわかる。そのことが絵里の最大のアドバンテージだったから、手の内を見せたくなかった。


 頭をさげてうなだれた絵里の様子で、謝っていることは伝わったのだろう。

「……まぁ仕方ねぇか」

 チャスは髪をかき回した。不承不承なのがまるわかりの顔つきだが、それ以上の文句は呑み込んでくれたようだ。

「で、なにもわからない、なにができるかもわからない、ってどういうことだ? あんた、なにかするために魔王退治に行くんじゃねぇのか?」


「知らない……知ってるのはチャスさんが教えてくれたことだけ」

「魔王退治について彼女が知ってるのは、チャスが前に教えたことだけだよ」

 ユエンが通訳すると、チャスは顔をしかめて額に手を当てた。

「冗談……じゃねぇんだろうな。だがオレもあれ以上のことは知らねぇんだ。ユエンは……」

 チャスの視線に、ユエンは首を振った。

「ある程度は知ってる。けどそれは『言えないこと』だよ」

「だろうな」

 答えてから、チャスは絵里にすまなそうな顔をした。


「前は簡単にしか説明なかったよな。ユエンはセヴァロンだから……って、こっちを説明しないとわからねぇか」

 チャスはユエンが頷くのを確認してから、説明をはじめた。


「前話したときに、魔法の使い方も一緒に説明したよな。オレたちは精霊から貸してもらった力を魔法として使う。けど、ユエンは自分の中にある『時』を使って、特殊な力を行使するんだ」


 特殊、と聞いて絵里はユエンがランバートを治したときのことを思い浮かべた。

 絵里が受けた水魔法の治療とは明らかに違う、あのぶれるような感覚の魔法。あれがセヴァロンの魔法なのだろう。

 絵里がランバートに目をやると、そうだ、とチャスは続ける。


「あのときユエンはランバートの傷を治したんじゃねぇ。時間を巻き戻したんだ。ユエンの力は『時』に関係する。ある種、禁忌の力だから代償も大きい。ユエンがこれまで蓄積してきた時間が使われた結果、ユエンは……」

 チャスは言いよどんだが、言おうとしていたことはわかる。

 ランバートの治療のあと、ユエンの背は低く、顔は幼くなった。ユエンに蓄積された年月がなんらかの形で消費されてしまった、ということだろう。

 わかる、という意味で頷くと、チャスは続けた。


「大きな力を行使しなくとも、人に関わることでもユエンの時間は使われる。そっちはたいした量じゃねぇが、できるだけ使わせたくない。だから会話もあまりさせたくねぇんだ。ま、そもそも近づこうとする奴は少ないから話をする機会もあまりないけどな。――セヴァロンの目は人の未来を視る、って言われてる。それが本当のことがどうか、オレは知らねぇし、ユエンもそのことについては話せないんだが、昔っからそう言われてるもんだから、みんなユエンの目で見られることを恐れるんだ」


 ユエンの目……絵里も初めて会った時に見つめられた。

(あのとき、どうだったんだっけ。難しい顔してたような気がする……なにか見えたのかな)

 浮かんだその考えを、絵里はぶるっと頭を振って振り払う。

 チャスはそんな絵里を見ていたが、話がそれたな、とまた話し出した。


「ほかにもユエンには話せないこと、明かせないことが明確にあるんだ。旅について教えてやれなくて悪ぃな。旅については、上の連中ならもっと詳しく知ってるだろうが、話しちゃくれねぇよな……まてよ」

 チャスはこれまでずっと黙って話を聞いていたランバートに視線を移した。

「あんたならもう少しわかってるんじゃねぇか? ランバートお坊ちゃん」


 茶化すように名前を呼ばれ、ランバートは嫌そうな顔になった。すぐわからないとは答えず、口元を引き結んで何事か考えている様子だ。

「そっちも、話せないことがある、ってか?」

「いや……」

 ランバートは目を閉じ、また開いた。

「家を出てからそういう情報にはうとくなった。だから昔耳にしていた噂レベルのことしか話せんし、たいしたことも知らん」

 それでいいなら、とランバートは一層声を低めて話し出した。


「倒した魔王は定期的に蘇ると言われているが、それは正確ではない。派遣される討伐隊は、ただ時間を稼ぐことしかできていないと聞く」

「そりゃ、どういうことだ?」

「俺にもわからん。――前回討伐の指揮を執ったのは、国の第2王子。それで魔王は30年ほどおとなしくしてた。その前は王の甥っ子が出て15年弱か。その前の討伐は一度失敗して、討伐隊が再派遣されたらしい。2度目の派遣で無事魔王はなんとかできたらしいが、後々最初に指揮を執った王子が、実際は王の子ではなかったとかで、国を揺るがす醜聞になったとか」

 へぇとチャスは気のない返事をした。上のスキャンダルなんてどうでもいいとでも言いたげだ。


「討伐隊の指揮を執った王族が帰還したことはただの1度もないとも聞く。だから話を伝えてるのは、同行していた語り部だちだ。……今回の指揮を執っているアダルバード王子は帰還するだろうがな」

「別の場所で高見の見物してりゃな」

 それで帰れなかったらびっくりだ。


「だったらミュリエル姫が……?」

 絵里の言葉の中にミュリエルの名を聞き取って、ランバートの顔が曇った。

「それもわからん。なにか討伐に問題があって帰れなかったとしても、今回もそうだとは言い切れない。旅における騎士団の役割は、王族を魔のものから守り抜いて、魔王の住まう山に連れてゆくこと――俺が知ってるのはこれくらいだ」


「うーん、こいつが何をするかはわからねぇか」

 以前の討伐隊の様子は少しだけ判明したが、救世主については依然不明だ。

「そもそも救世主を呼んだのが初めてなんだから、昔の話でわかるはずはない」

「だよなー。ハイラムなら当然知ってるだろうけど、オレたちに口を割るとも思えねぇしな」

 チャスはあーあと天を仰いだ。


「イルゲなら」

 ユエンがぽつりと言うと、チャスが目をむく。

「イルゲぇ? イルゲの目なら可能性はあるが、どうやって? イルゲは絶対村から出ねぇぞ」

 ユエンは答えずチャスの目を見返した。

「……本気か? けどランバートが邪魔だぜ。どうする、殴り倒すか?」

 相談するチャスにランバートは呆れ声を出す。

「地魔法で拘束ぐらい言えんのか」

「そっちのほうがいいならそうする。オレが救世主様をさらったら、見張りとしては止めるんだろ」


「さらう?」

 声をあげた絵里は、さっきチャスがされたように、皆から一斉にしっと合図された。

「聞こえたって意味わからないのに……」

 小声で言い訳しつつも気になって周囲を見渡したけれど、人影はない。


「俺は国に雇われた兵士だ」

 ランバートは話を再開させた。

「だよな。じゃ、逃げるときは拘束させてもらうからよろしく」

 チャスは当然だなと笑ったが、ランバートは表情を緩めない。

「……現在は救世主を護衛し、見張るのが俺の仕事だ。だが、この国の姫は救世主に地図と宝飾品を渡した。国の意思はどちらだ」

「さあな」

 チャスが答えられないことなどわかりきっている。ランバートは質問を変えた。


「そいつに会いに行って、それからどうするつもりだ」

「たぶん、魔王退治についてもう少しわかるんじゃねぇかと思う。わかったにしろわからなかったにしろ、そのあとどうするかはエリィが決めることだ」

 2火の視線が自分に向いて、絵里はたじろいだ。

「わたしが決める……」

「オレとしては、世界を救う気になってくれりゃありがたい。救世主なんて言うからにゃ、なんか救う方法持ってるんだろ、きっと。けど、嫌がるもんを救世主に祀り上げて、面倒押し付けてハイめでたいな、ってのはどうかと思う」

 だからさらってやる、とチャスは請け合った。


「場所を教えてくれれば自分で行く。迷惑は……かけるけど、最小限にしたいから」

 自分を逃がしただけで、2人も責められるのは間違いない。それだけでも十分な迷惑だ。ましてや一緒に逃げたとなれば、国のお尋ね者になってしまう。


「迷惑かけるから、1人で行くそうだよ」

 ユエンが通訳すると、チャスはあんたなぁ、と絵里に顔を近づけた。


「どうやって? 逃げ方がわからなきゃ追いつかれる。魔のものがきたら殺される。宝石の価値を知らなきゃだまされる。うまく換金しなきゃ疑われる。言葉がわからなきゃイルゲに会うことも説明することもできねぇ。途中で売り飛ばされて救世主がいなくなっただなんて、笑い種にもならねぇ。――で、1人で行けるのか?」

「……行けない」

 絵里が首を振ると、チャスは勝ち誇った顔になる。言うことはもっともだけど、その顔に絵里はちょっとむかついた。


「しばらくぶりにイルゲの顔も見たいしな。連れてってやるよ」

「ありがとう」

 言ってから、いつの間にか言葉がくだけていたことに気づき、

「……ございます」

 と付け加えた。けれどもうよそいきの言葉で話さなくてもいいかなと思い直す。

「僕もさらってあげるね」

「いいの?」

「うん」

 答えるユエンにチャスは片眉をあげたが、やめろとは言わなかった。


「俺はさらわない」

 ランバートは揺るぎなく言ったあと、だが、と絵里を見た。

「さらわれる救世主を見たら、兵士としては当然追わねばならん。職務だからな。そうは言っても相手の逃げ足が速ければ、どこまで追っても捕まえられんだろうな。手間取りそうだ」

「でも、ランバートさん……」

 捕まったとき、この中でもっとも重い罪を問われるのはおそらくランバートになる。捕まらなくとも、兵士という職は失われるに違いない。


「このままじゃ後味が悪い。それに、おまえがいなかったら俺はあの襲撃で死んでいた。いわば命の恩人だ」

「ランバートさんを救ったのは、わたしじゃなくてユエンさんだから」

 絵里はユエンを示した。

 ミュリエル姫は絵里の血が魔ものもを倒したと言っていたが、もしそれが本当のことだったとしても、ランバートの生命を救うには役立っていない。時を戻し、ランバートを助けたのはユエンだ。


 だがランバートは首を振る。

「もしおまえがいなかったら、ユエンは俺であってもあの力を使わなかっただろう」

「え?」

 本当なのかとユエンを見たが、ユエンはイエスともノーともつかず、ただ微笑しただけだった。

(でもそもそも、わたしがいなかったらランバートさんがあんな状況になることもなかったわけで……)

 考えだしたらきりがないが、ランバートがついてきてくれるというなら心強いのが本音だ。


「これもめぐり合わせだ。それにもし……万が一つにも魔王退治をすると決めることがあったなら、それを送り届けるのは俺の役目だ」

「それはないかもしれないけど」

 この世界が好きになれていないから、期待されると心苦しい。それでも、なにか知ってる人がいるのなら話を聞いてみたいし、その人に会う手伝いをしてもらえるのはとても助かる。

「ごめんなさい。でもありがとう」

 絵里の頭は自然と下がった。


「礼はいらん。だが、この件に関しては俺に一任してほしい。準備も方法もタイミングも、何もかもだ」

 絶対に勝手な行動を取らない。

 今回のずさんな逃亡計画がかなり危なっかしくみえたのだろう。絵里はしつこいくらいにランバートに念押しされた。


「じゃあひとまずこの話は終わりってことで。すっかり冷めてるが、朝食にすっか?」

 チャスが話を締めた途端に空腹を感じて、絵里は大きく頷いた。


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