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◆その24 ~ターコイズブルーの想い





 町で多くのものを調達した一行は、翌朝早くに魔王退治の旅へと出発した。

 いつも乗せてもらっている荷馬車にも荷物がぎっちりと詰められ、乗るためのスペースが圧迫されている。


 ミュリエル姫もいろいろと調達したらしく、新鮮なうちにどうぞとの誘いをステイシーが持ってきた。

 姫が用意してくれるお茶菓子は、この世界のものにしてはおいしいことが多い。良質の材料で手をかけて作られたものだからだろうか。

 だから絵里はありがたく誘いを受け、姫のところに向かった。


(あれ、あそこにいるのは……)

 馬車の傍らに立っている人影は2つ。1つはミュリエル姫でもう1つはハイラムだ。

 姫の身体はハイラムにほとんど隠れ、見えるのはハイラムの背中が主だったが、それでも 和やかな会話という雰囲気ではないのがわかった。


「なぜステイシーを直に買い物に行かせたのですか。これまでのように、必要なものを申し付けていただければ、こちらで手配いたしましたのに」

 責める口調のハイラムに、姫のドレスが揺れる。

「だって……おいしいお菓子を選ぶのには、ステイシーに任せたほうが良いのですもの」

「そういうものもすべてお任せいただきたいのです」

「ハイラム兄様のお見立てだと、あまり珍しいものを選んではくださいませんでしょう?」

 つん、と姫は子供っぽい仕草で顔をそらす。


(兄様っ?)

 絵里は仰天したが、ステイシーがぱっとこちらを窺う気配に、言葉が通じないからわかってません、と知らん顔を装う。けれど、もしや実の兄妹、なんて絵里の想像は違ったようで、ハイラムは軽く咳払いをしてから姫を諭す。

「……確かに、わが妹は一時、姫様と同じ神殿学級に通わせていただく栄誉を得ましたが、昔の話です。そのような幼年時の呼び名を口にするのは金輪際おやめください。示しがつきません」

「いいえ。守護石をかわしたときのこと、わたくしは忘れておりません」

「ですからあれは……」

 譲らない姫をハイラムは説き伏せようとしている。

「失礼します」

 ステイシーは絵里に詫びると、姫のもとへと走っていった。


「申し訳ございません、ハイラム様。お伺いをたてずに買い物に出てしまったわたくしの落ち度でございます。今後はこのようなことのないようにいたしますので、どうかお許しくださいませ」

 ステイシーの声にハイラムははっとしたように振り返る。さっと左右に巡らせた視線には、背後が留守になっていた不注意を悔いてか、焦りがあった。

 絵里は、なにがなんだかわかりません、という表情を作ってハイラムの視線を受け流した。ちらっとランバートの様子を窺うと、こちらもしれっと別の方向を見ている。ランバートは絵里から距離をとった斜め後ろにいるから、もしかしたら本当に聞こえていないのかもしれないが。


「と、とにかく今後は勝手なことは慎むように願います。それからこれをお返しします」

 ハイラムはポケットから指輪を取り出し、姫に手渡した。

 途端に姫がばつの悪そうな顔になった。

「買い物をするのに、お支払いできるものがなくて……」

「気づいた商人が真っ青になって返しにきました。必要なものはこちらで購入いたします。王家の紋章の入った指輪を売って金に換えるなど、言語道断です」

「……ごめんなさい」

 しゅんとなった姫に、くれぐれも頼みますと念を押し、ハイラムは去っていった。


「エリィ様、お待たせしてしまい申し訳ありません。ようこそお越しくださいました」

 ハイラムとのやり取りのときとは違い、ミュリエル姫は穏やかに優雅な身のこなしで絵里に向き直った。

(さっきのが地で、今は心がけてお姫様してるんだろうな)

 姫という立場も大変だ。


「よろしければ、今日は馬車の中においでくださいませ」

 姫の勧めで乗った馬車に、絵里は目を見開いた。

(豪華すぎる……)

 外から見たときにも、繊細な装飾のついた馬車は別格の雰囲気を持っていたが、中もまた絵里の乗っていた馬車とはまったく違う。

 白と金を主体にして、花の意匠をそこここにあしらった内装。精緻に描かれた絵までが飾られている。

 柄を織り出した上にさらに刺しゅうを施した椅子部分は、やわらかいのに身体をしっかり受け止めてくれ、座り心地最高だ。作り付けの小さなテーブルに置かれた花の形の器からは、すっきりと甘い香りが漂う。


 こんな馬車なら人を招きたくもなるだろう、と考えた絵里だったが、姫が馬車に誘った理由はそんなものではなかった。


「エリィ様」

 硬い表情でミュリエル姫は絵里のほうへ身を乗り出した。御者など、付近に人はいなかったが、それでもささやくような小声だ。

「ステイシーが親しくしている騎士から、話を聞きました」

 騎士、は腰に剣を指す動作で示し、姫は続ける。

「ハイラム様は、エリィ様の血をつけた矢で魔のものを射るように騎士に申し付けました。矢を受けた魔のものは即座に倒れたそうです。エリィ様が救世主様というのは、そういう意味でなのでしょうか」

 まさに寝耳に水。

 反応できない絵里に、姫は何度も手振りを変えて説明を繰り返す。

「あ、内容はともかくとして、説明はわかりましたから」

 何度も繰り返させるのが申し訳なくて絵里は言ったのだが、わかりましたというのを頷きで表したのがまずかった。


「やはりそう……なのですね」

 ミュリエル姫の瞳が悲し気に曇った。

「違います、そういう意味か、を肯定したんじゃないんです」

 訂正しても、それが通じていないのでどうしようもない。こういうとき、言葉が通じないことがほんとに嫌になる。

 姫は思いつめた顔をしていたが、やがて絵里の手を取った。


「エリィ様、どうかお逃げください」

「はい?」

 絵里の声が裏返った。ミュリエル姫はしっと絵里の口唇の前に指をかざす。

「人払いはしてありますが、外にはランバート様がいらっしゃいますし、うっかり誰かに聞かれないとも限りません。お声は控えてくださいまし。――ステイシー、町で買った地図を」


 名を呼ばれたステイシーは、座席の影から丸めた羊皮紙を取り出して広げた。

「おわかりになりますでしょうか。ここが王都、ここが今わたくしたちがいる場所、そしてここが魔王の住まう山となります」

 ステイシーの指が順に地図を押えていった。

 現在位置は、もうかなり山に近い。


「黒い丸印がついているのが、町や村。道や山、水辺は色分けされているのである程度はおわかりになるかと存じます」

 ステイシーは再び地図を巻き、皮ひもで結び留めた。

「どこが安全なのか、わたくしは存じ上げません。申し訳ございませんが、救世主様でご判断くださいませ」

 捧げるようにステイシーが差し出す地図から、絵里は思わず身を引いた。


「そんなこと言われても……どうして逃げないといけないんですか?」

 逃げることを算段していたはずなのに、勧められると怖気づいてしまう。

 ミュリエル姫には及び腰になっている絵里の気持ちは伝わらない。


「遠慮なさらずにお使いくださいね。それから……お金を手に入れられれば良かったのですが、代わりにこちらを」

 花の刺しゅうがされた小袋を絵里の手に握らせた。中にはきらきらとした宝飾品が入っている。


「これは母の形見なので、国のものでなくわたくし個人のものです」

 そう言ってからさっきのハイラムとのやりとりを思い出してか、付け加えた。

「紋章なども入ってはいませんが、念のため、宝石だけ外して売ったほうが見つかりにくいと思います。それから……」

 姫は首にかけていた金の細い鎖を持ち上げた。その先には銀色の細長いものと、ターコイズブルーの石がついている。

 その石を大切に取り外してテーブルに置くと、残りの部分を姫は手に載せた。鎖についているのは手のひらに収まってしまうほどの長さの小さなものだが、施されている彫刻は美術品のように見事なものだ。

「このようなものでは魔のものに抗すには不足かと思いますが」

 ミュリエル姫が手を滑らせると、鞘が外れ刃が現れた。切るよりも突くのに向いていそうな細い刃物だ。

「王族の守り刀ですので、紋章が入っています。売るのには不向きですのでご注意くださいまし」

「こんなのいただけません」

 絵里は持たされた袋を、馬車の座席に置き、両手をあげた。けれど姫は地図と守り刀、袋をひとまとめにし、無理やり絵里に押し付けた。

「これは差し上げます。そうしないとわたくしの気が収まりません。……どうするかはエリィ様にお任せいたしますわ。必要ないのなら捨ててしまって構いません」

 真剣そのもののミュリエル姫は、両手を白くなるほど組み合わせた。

「たとえ血は濃くなくとも、わたくしはこの国の姫。別の世界の方を犠牲にするくらいなら、わたくしがこの世界を救います」


 その気迫に絵里は負けた。

(もし逃げるんだったら、この3つはとても助かる。不要だったら、姫様の気が収まったあとに返せばいいし……)

 心の中で言い訳をしながら、絵里は守り刀を首にかけ、地図と宝飾品を受け取った。


 あまり長く留まると怪しまれるから、と絵里を馬車から送り出し、ミュリエル姫は澄んだ瞳で絵里の目をじっと見上げた。

「エリィ様、ご迷惑をおかけしていて申し訳ありません。ですがどうか……ハイラム様のことは恨まないでいてくださいまし。あの方は優しすぎるだけなのです」


 人の手を気軽に切ったりする人が優しい? なんて考えが絵里をよぎるが、ミュリエル姫の必死の瞳を前にすると何も言えない。

 ミュリエル姫はさっき鎖から外した石を絵里に見せた。

「きれいな石でしょう? これはハイラム様の守護石。なりふり構わず上を目指すその姿勢を良く思わない方も多いですが、ハイラム様はこの石のように揺るぎなくまっすぐなのです」

 姫は大切に石を手の中に握りこんだ。



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