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◆その22 ~治療はやさしくお願いします




 絵里はその場で治療を受けることになった。

 敷物が持ってこられて、水魔法の使い手の少女が、横になるように手振りで示す。

 けれどそのころには傷の痛みがずきずきどころか、がんがんと全身に響くようで、そんな簡単なことさえままならない。

 チャスが手を貸してくれたが、動作のいちいちが傷に響いて、何度も息をぐっと詰めやっとの思いで横になったときには、冷や汗でびっしょりだった。


 傷を診るため、ドレスの脇の部分がハサミで切られる。血がしみている部分を触らないようにするためだろう。かなり大きな範囲にハサミが入れられて、ドレスは傷の付近で真っ二つだ。

「オレ、ユエンを送ってくる」

 チャスは慌てて目をそらすとさっと身を返し、追い立てるようにユエンを伴って、その場を離れていった。

(わたしの傷は治してくれないんだな……)

 ユエンの後ろ姿に、そんなことを思う。

 けれど、あれはおそらく特殊な力で……。

「ぎゃー!」

 考えごとが吹っ飛ぶ勢いで絵里は叫んだ。


 突然ザバッと冷たい水を傷口に浴びせられたショックと痛みに、目の前が一瞬真っ白になる。

「申し訳ありません。ですが傷口を洗わないと……」

 絵里の叫びに少女がすくみあがった。

(わかるけど……突然はひどいー)

 涙目どころか実際に涙が出てきた。

「すみません……もう1回……」

 少女は絵里と目を合わせないようにしてそう言うと、歌うように何かを唱えた。するとどこからか出現した水が、絵里の傷口にかかる。今度は予測していたから、絵里も叫ばずに済んだ。


 少女がまた何かを唱えると、絵里の周りにたまっていた水が消えた。ドレスがまだ湿っているから、完全に消えたわけではないようだが、おおむね水はなくなっている。

 少女は絵里の傷口のある位置の下に器を置いた。ハイラムに言われた通り、血を採取するのだろう。

 絵里は少しだけ頭をあげて、自分の傷口を見た。

 痛みが激しいものだから、もっととんでもなく深手なんじゃないかと危惧していたが、想像していたより傷は大きくない。


 ひた、と冷たい手を当てられた感覚にびくっとするが、傷口に触れているものはなにも見えない。けれどその冷たさは次第に浸透してきて、ゆっくりと痛みが和らいでゆく。

 やっと深く呼吸できるようになって、絵里はほっとした。


 周囲を見る余裕も出てきて見回せば、かなり近い場所でランバートが見守っている。

 一応絵里も女性の端くれだから、気を使ってくれてもよさそうなものだが。

(こういうとこが、チャスにデリカシーがない、って言われる原因なんだろうな)

 表情から心配してくれているのはわかるから、絵里は何も言わずにおいた。


 ひんやりとした感覚はしばらく継続したあと消失した。

 少女が細心の……主に絵里の血に触れないように……注意を払いながら傷に薬草と布を当てると、ランバートが横から手を貸して絵里の上半身を起こした。


 回復魔法をかけたらみるみるうちに傷がふさがり、元通り。

 なんてイメージしていたのとは違い、痛みはしっかり残っているし、出血は止まったものの傷口もふさがっていない。

 ぐるぐると包帯を巻き付けて治療は終了。確かに楽にはなったけれど、めざましい回復をとげるのかと思っていただけに、期待外れだ。


「そろそろ終わったか? 近くに天幕張るから、そっちに移動させてくれってさ。それと、これ持ってきたから使ってくれ」

 戻ってきたチャスは、畳んだ布を少女に渡した。


 少女は受け取った布をいったん置くと、絵里の血が入った器を爆発物でも扱うがごとく慎重に端に寄せた。

「そんなにしなくても平気だって。血がついてもなんともなってねぇし」

 ほら、とチャスが自分の服をつまむが、もとが黒だから血がついているかどうか、よくわからないため、説得力はない。

 少女は置いた布を再度手に取ると、それでぐるっと絵里の身体を包み、切ったドレスとその間から見える絵里の肌を隠してくれた。


「行くか」

 布で包まれた絵里を、ランバートがひょいっと抱き上げる。

「ランバートさんも怪我してたんじゃ……」

 回復したにしても、絵里よりひどい傷を負っていたランバートに、自分を運ばせて良いものか。けれど絵里を抱き上げた腕も、運ぶ足取りもしっかりとしていて、傷の影響はまったく感じない。

 自分が回復魔法を受けてみて、あらためてユエンのしたことが普通でないのがわかった。

(ユエンのあの力はなんだったんだろう……)

 一度にあまりに多くのことがあって、思考がまとまらない。たくさんの『なぜ』と『なんだろう』を脳裏に浮かばせながら、絵里は天幕へと運ばれていった。



 それから絵里は天幕で休養していたから、実際に外で何が行われていたかはわからない。


 見舞いにくるランバートやチャスの会話や、傷が治ってから耳に挟んだことを合わせると、魔鳥の襲撃後、一行は3日間その場に留まり、敵の死骸の調査や、なにがあったのかの聞き込みと検証を行ったらしい。


 当初ハイラムにまったく信じてもらえていなかったランバートとチャスの証言は、ほかに目撃者がでてきたことにより、裏付けられた。

 救世主を守り切れなかったことで、ランバートの護衛の任を解くべきだ、あるいはしかるべき罰を、という意見もあがったらしい。だがこれも目撃者から聞き取りをした状況から、救世主を死なせずに済んだ功績に目を向けるべきだとなり、ランバートはおとがめなしで護衛継続となった。


 頼りないと思われた回復魔法も、1日に何度もかけてもらうことにより、絵里の傷を通常とは比べ物にならない早さで回復させていった。即効性には欠けるが、回復の助けとしての効果はなかなかだ。


 傷を慮ってハイラムは馬車に戻るようにと言ってきたが、一行が再出発するころには絵里はかなり回復していたため、ユエンの荷馬車に乗ると頑固に言い張り、その許可を勝ち取ることができた。

 それと引き換えに、ユエンの荷馬車の位置は馬車のすぐ後ろに変えられ、気分的に少し窮屈にはなってしまったが、ハイラムとしてはこれが譲れるぎりぎりのラインだったのだろう。


 前と同じようにユエンの隣に座り、絵里は荷馬車に揺られて旅をする。

 隣にいるユエンと自分の肩の高さを比べ、絵里は気のせいではないと確信した。

(やっぱり、ユエンさんの背が小さくなってる)

 それでも絵里よりは背が高いのだが、差が縮まっているのは間違いない。


「ユエンさんはもう少し背が高かったですよね?」

 思い切って尋ねてみたが、言葉が通じていないのか、ユエンはあいまいに微笑するばかりで、言葉を発することもない。

(背が縮んで、顔が幼くなる要因ってなにがあるんだろ。どうして話せるのに言葉を発しないんだろ)

 それはランバートの回復となにか関係があるのだろうか。

 クイズが不得意な絵里では、ヒントもなしに解答を導き出せない。


(なんだかいろいろムズムズする)

 せめて言葉が通じたら、チャスなりランバートなりに、もう少し事情を聴くこともできるのだけど。

 形あるものを表現するなら、ボディーランゲージでかなり伝えられる。怪しいパントマイムみたいになったりもするけれど、物品や動作を伝えることに絵里はかなり慣れてきた。

 けれど、疑問を質問したり、もやもやしたものを伝えたかったりするときに、身振り手振りで表すのは困難だ。

(この間の戦闘でランバートさんが負傷したとき、ユエンさんは何をしたんですか、って言葉で訊ければすぐなのにな)

 これを身体で表現するにはどうすればよいのやら。

(言葉が通じたって、伝えられないことがたくさんあるのに)

 もどかしさをどうしようもなくて、絵里は垂らした脚をばたばたさせた。


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