◆その21 ~なにがどうなってるのか、さっぱりなんですけど
◆
地魔法の操り手は、この世界では花形といえるクラスだ。
自らのイメージを精霊に捧げる他のクラスとは違い、大地を直接鳴らし、全身を使ったダンスを捧げる地魔法は、その貢物の大きさに比例して、威力も最高を誇る。効果範囲が大きすぎるため、細かな調整が難しいのが難点だが、攻撃力という点において他の追随を許さない地魔法は抜きんでている。
ただし、魔法使用時踊り続けることが必要なため、体力配分には留意が必要だ。戦いの途中で力尽きれば死につながる。戦況と体力を常に睨みながらの調整が求められる。
だが、今のチャスの頭には、体力配分のことなど欠片もなかった。
近づいてくる敵を睨み据えながら、地を鳴らし、鋭く回転し、挑発的に腕を動かす。
無呼吸での高速ダンス。
リズムが狂えば威力が落ちる。正確にかつ速く。大地の精霊を目覚めさせ、助力をもぎ取る。
激しい動きにたちまち汗が噴き出した。
仇というなら魔鳥こそがそうなのだろう。
だが魔鳥はすでに倒れ、怒りをぶつけることもできない。せめて仲間の魔を屠らねば、いやそうしたところで気が済まないのはわかりきっていたが、衝動は止められない。
強く足を鳴らす。
全身で両腕を上に突き上げる。
大地が揺れ、敵が転倒する。
隆起した岩が魔のものを貫き、高く掲げた。
空中に放り出された魔のものは、重力で大地に叩き付けられ……はしなかった。
地面をギザギザに裂いた亀裂が魔のものを飲み込み、ガキリと再び組み合わさる。
こんなことをしても。
――そんなことはわかってる。
だが。
そのあとに続けようとした思考は、背後からの声に遮られた。
「ランバートさんに近づかないで!」
チャスには意味が捉えられない言語での叫び。
いつの間にか新手が背後から襲い掛かってきていたのだ。
速やかに目標を切り替えたが、2人を巻き込まない魔法に切り替えるのに手間取った。その隙に魔のものは強靭な後ろ足で跳躍し――。
「来ないで」
絵里が払うような仕草で、脇腹からの出血に染まった手を振った。
次の瞬間、魔のものは地に落ちた。
落ちただけでなく、汚い泥のように地面に広がる。
「死んだのか?」
どうして、と言いかけてチャスは落ちている魔鳥に目をやった。
同じだ。なぜが落ちて、落ちたときには死んでいる。
なにがあったのだろうと絵里を見れば、彼女は魔のものの死骸など目にも入らぬ様子で、ランバートの上にかがみこんで泣き続けていた。
魔のものがいなくなり、周囲には人が集まってきた。
駆け付けた騎士をはじめとする戦闘にかかわる人々は、どうやって倒したのだろうと魔鳥の死骸を囲んでいる。
治癒の力を持つ水魔法の使い手は、ランバートの傷をみて、手も出せずに立ちすくんだ。
それ以外の多くの人は、こわごわと魔のものの死骸を眺めたり、知り合いの安否を尋ねたり、と思い思いに動いていた。
急にその人波がさっと2つに割れ、間に通り道ができた。
その道を歩いてきたのは。
「ユエン……」
呼びかけるともなく名をつぶやいたチャスにユエンは小さく頷くと、そのまま進んで絵里たちのところに来た。
「ユエンさん、歩けるの……?」
これまで座っているところしか見たことのない絵里が、ぼんやりした口調で訊くのにも、ユエンはこくりと頷いた。
絵里をやさしく、けれど譲らぬ意思を見せてきっぱりとランバートから離すと、ユエンはさっきまで絵里のいた位置に膝をつく。
「まさか……」
言いかけてやめたチャスに視線を向けたあと、ユエンはランバートの上に身を伏せた。
淡い光が2人を包み込む。
(なに……?)
ユエンとランバートの姿がぶれて見えて、絵里は目をこすった。それでもびどい乱視のように2人の姿は何重にもぶれて、はっきりと視認することができなかった。
おかしいのは視覚だけではない。
ごくかすかな耳鳴りとめまい。
感覚が狂わされて、気分が悪くなってくる。
けれどそれは1分も続かなかった。
ユエンが身を起こすと、ぶれはすべてなくなった。
ぶれだけではなく、ランバートの傷も、それどころか服の破れまでもが、なにもなかったように元通りになっている。
(ユエンって治癒魔法の使い手だったんだ)
それもかなり優秀な。ついさっき水魔法の使い手の少女が、手の施しようもなく諦めたばかりの状態から、完全に傷を回復させたのだから。
(すごい……)
絵里は感動さえおぼえてユエンを見、そして周囲を見回した。
そこにあるのは当然、自分が感じているのと同じユエンへの賛辞……と思いきや。
ユエンを取り囲む人々は、眉を寄せ、あるいは身体を斜めにして隣の人とささやきかわし、笑みの1つもなく。
忌まわしいものでも見るような、恐怖まじりの視線はまるで。
(わたしが召喚されたときみたいだ……)
絵里の胸がうずく。
周りの反応だけで、ユエンの使ったのは普通でなない力なのだろうと、魔法について知らない絵里でもわかった。
「ユエン……」
いたわるようにチャスがユエンの肩を支えた。
「だいじょうぶだよ、これくらい」
答えたユエンに、絵里はえっと声をあげた。
一度も声を聞いたことがなかったし、チャスも話しかけないようにと言っていたので、てっきり言葉が離せないのだと思い込んでいた。
(ユエンさんってしゃべれたの?)
驚いてユエンの顔を見直し、そしてまた絵里はぎょっとする。
ユエンはチャスの兄だけれど、同じくらいの歳に見えた……これまでは。けれど今は、こうして並んでいる兄弟2人を比べると、ユエンのほうが年下にしか見えない。
(背が低くなってる。それに顔だちも……)
多くのことがあったからものすごく前のように感じるけれど、今朝ユエンに挨拶してからそんなに経っていない。そのときにはユエンに変わりはなかった。背が低くなっていたら、隣に腰かけたときにわかったはずだ。
(どういうこと?)
それまでの自分の認識が違っていたのか、いやまさかそこまでボケてはいないつもりだし、今いきなり気づくのもおかしい。
「う……」
けれどその思考は、ランバートのうめき声で断ち切られた。
「ランバートさん!」
駆け寄ると、ランバートは自分で手をついて起き上がった。
「くらくらする」
額に手を当てるランバートにユエンが言う。
「すぐに身体に心が追いつくよ」
「ああ……」
とランバートは額に置いた手に力を入れ、顔をしかめた。
「そういうことか。すまん、ユエン」
2人の間では話が通じているらしいが、事情がまったくつかめていない絵里はおいてきぼりだ。
我慢できなくなって口を挟もうとしたが。
「救世主様はご無事ですか」
ちょうどやってきたハイラムに声をかけられ、絵里は振り向いた。
「お怪我をされたのですね」
ハイラムに言われて、絵里は自分が怪我をしていることを思い出した。思い出した途端に痛みが襲ってくる。
「あの魔鳥の爪に引っかけられた。守りきれずすまん」
ランバートが魔鳥の死骸をさした。
地に落ちた魔鳥は、飛んでいたときよりも大きく感じられる。それは一部が崩れて広がっているせいもあるのかもしれないが。
「護衛の件については後程。かなり大型ですね。魔鳥はあなたが倒したのですか?」
「いや。俺はなにもしていない」
「では誰が?」
ハイラムは視線を巡らせたが、だれも名乗り出る者はいない。ハイラムの問いかける視線は最終的にチャスの上で止まったが、チャスも両手を広げる。
「オレでもユエンでもねぇし、ほかの誰でもねぇ。勝手に落ちたんだ」
「言っている意味が理解できません」
ハイラムは不審そうだが、チャスはなおも同じ主張を繰り返した。
「ランバートがエリ……救世主様をかばって魔鳥の爪を受けた。鳥の進路はずれたが、それでも救世主様をかすめて……なぜかそのまま落ちた。で、あの状態だ。その前には誰もあの鳥には攻撃してねぇ」
「そのあたりは検証が必要ですね。――しばらくここにとどまりますから、連絡を頼みます」
近くにいた騎士にそう頼むと、ハイラムはまったく信じていない目で絵里たちと、魔鳥の死骸を見比べている。
「ああ、それと」
チャスは転がっている狼サイズの魔のものの死骸を顎で示した。
「それも勝手に落ちて死んだ。何もしてない、じゃねぇな。救世主様がしっしっと右手を振ったら、それが当たってもないのに落ちたんだ」
チャスの言葉を聞いたハイラムは、絵里の脇腹と、血にまみれた右手を見やった。そして無言で魔のものの死骸を確認する。
なにかわかったのかどうかはハイラムの様子からは不明だが、方針は決めたらしい。
ハイラムはてきぱきと話し出した。
「詳しい調査が終わるまで、どちらの死骸にも触れないように願います。ああ、それよりも救世主様の傷の手当をしなければなりませんね。回復魔法の使い手の方はいますか?」
さっきランバートを見て手を引っ込めた水魔法の使い手の少女が、おずおずと周りを見回したあと、小さく手をあげた。
「では手当てを頼みます。その際、少しで構いませんので救世主様の血を採取しておいてください。念のためですが、決して救世主様の血には触れぬように」
少女にそう言いおくと、ハイラムは今回の襲撃についての調査について、周囲に指示を出し始めた。




