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◆その2 ~第一印象がすべてを決め……ちゃう?


 ぐるり。

 身体がねじれて回る感覚に視界がゆがみ、絵里は目を閉じた。

 胃がひっくり返るような不快感、そして短い落下感の後、どさりと身体が投げ出された。胸が床に打ち付けられて息が詰まる。


(もうちょっとこう、ゆるやかなスピードとか、クッションとか、配慮できないものかな)

 喚びつけるんだったら、せめてそれくらいは考えてほしいところだけれど、頭から落ちなかっただけマシと言うべきか。

 落下のダメージはかなり大きく、すぐに動く気にはなれない。


 絵里がうつ伏せのままじっと痛みに耐えていると、誰かが悲鳴が上げ、つられるように数人の悲鳴が重なった。

 本当なら、舞台に出たときこんな反応があって、芝居が進んでいくはずだったのに。

 悲鳴という非日常は、まるで舞台にいるような錯覚を引き起こす。こうしていたら、森の王が絵里を引き起こしてくれるんじゃないか、なんて期待を持ってしまうくらいに。

 けれど顔をつけている床は平らではあるがざらざらとした石の感触で、舞台のつるつるした床とはまったく違う。淡い期待を、絵里は自分からひねりつぶした。


(召喚……されたってことだよね)

 目を開ければ別世界。いや、開けなくてももう別世界か。

 なんだか見るのが怖い。


「これはどうしたことだ」

「失敗か?」

 周囲では緊迫した声が飛び交っている。絵里が動かないので困惑しているのだろう。


(このままじゃ心配かけちゃう)

 打ち付けられた痛みはまだ去っていなかったが、絵里は腕に力を込めて身を起こした。

「おお……」

 荒い息を整えようとしながら顔をあげると、周囲のざわめきが大きくなった。


 目に映ったのは、天井の高い石造りの部屋。壁も床も同じような灰色のざらざらした石でできている。

 今は何時ぐらいなのだろう。部屋の中は薄暗い。

 小さな窓からさす薄明かりと、壁にとりつけられたロウソクの明かりが、ぼんやりと部屋の中を浮かび上がらせている。


 周囲には人が立ち並んでいる。男性のほうがやや多く、圧倒的に年配者が多い。誰もかれも身を引き気味なのはなぜなのだろう。まるで絵里が見てはいけないのもであるかのように顔をそむけ、けれど気になって仕方がないように横眼でちらちらと絵里を窺い見ている。


 その中から1人、恰幅の良い男が意を決したように進み出た。

「ようこそおいで下さいました」

 絵里の父親よりは年上、祖父よりは年下、というぐらいしかはわからない。これくらいの歳の人を見分けるのが、絵里は苦手だ。

 派手な帯状の布を首元にかけているところから、ある程度地位のある人物なのではないかと思われる。顔を構成するパーツは丸いけれど、がっしりとした体格の上、自信たっぷりな態度も手伝って、こちらを威圧する雰囲気がある。


(役を割り振るなら、ヴェニスの商人のシャイロック役、ってところかな)

 絵里が品定めをしている絵里に男はうやうやしく頭を下げると、窺う目つきを向けてきた。


「その……ご無事、でしょうか?」

「身体は痛いですけど、おおむね無事で……あ」

 そこでやっと絵里は、自分が舞台用の衣装を着たままなのに気づいた。薄手の白いワンピースは血のりで汚れている。客席からもはっきりと見えるようにと、血のりはべっとりと目立つようにつけられている。

 ホラー映画にでも出られそうな恰好だ。


(召喚した相手が血まみれだったら、そりゃあ引くよね)

 それもこれも、途中で世界のはざまから引きずり出されたせいなのだけれど。でもここは文句を言うより先に、友好的な関係を築くべきだろう。

 笑顔、笑顔。

 ぎこちない笑顔になってしまうのは仕方ないと諦めてほしい。


「あの、これは演出の都合というか、こういう衣装なので……わたしが怪我をしているわけではないんです」

 絵里が説明をすると、男ははっきりと表情を曇らせた。


(あれ、わたしなにか失敗した?)

 そんなにおかしなことを言ったかと絵里は焦った。

 習慣が違う世界だろうから、なにが失礼にあたるか、わからない。


 けれど、周囲の人に向けて男が言ったのは、絵里の予想の範囲を超えていた。

「どうやら言葉が通じないようだ」

「え、普通に通じてますけど!」

 反射的に声をあげたが、男は沈痛な顔つきで首を振り、周囲の人々からも落胆の息が漏れる。


「やはり失敗だったようだな」

 男は責める口調で祭壇の前に立つ女を振り返った。

 髪までをすっぽりと布で覆っているが、のぞいている顔の部分から、かなり歳を重ねた女だとわかった。顔色は悪く、唇は乾燥して割れている。が、それよりもにじんでいる疲れのようなものが、彼女に色濃い老いの陰を刻んでいた。


「そんなはずはないのですが……」

 老女は、困惑した様子で答えた。

「無様な衣装、貧相な風体、言葉すら通じない。これを失敗と言わず何と言うのだ。すぐにやり直せ」

「ブランドン様、主聖様に対してお言葉が過ぎます」

 老女を支えるように付き従っている女が口をはさんだ。

「この事態を前に、言葉など問うている場合ではなかろう」

 男……ブランドンが言い放つ。


「簡単にやり直せるものではございません。わたくしどもも少なからず、犠牲を出しての儀式でございますから……」

「だが役に立たなければどうにもならない!」

 強い口調でブランドンは主聖の言葉を遮る。


「あ、あの、すみませーん……」

 当事者であるべきなのに、さっさと蚊帳の外に置かれてしまった絵里は2人に呼びかけてみるが、見事に無視された。


 一体なんなんだろう。

 人を喚びだしておきながらこの扱い。

(貧相で悪うございましたねー)

 言い争っている2人は放っておくことにして、絵里は周囲を見渡した。


 他の人々は囁きかわしながら2人を見守っている。女性の多くはシンプルなグレーのワンピース姿。男性の姿は、金糸で縫い取りがされた豪華な服装だったり、長いローブをまとっていたり、皮鎧をつけていたりと様々だが、どちらも絵里のいた世界では一般的ではない。ちょうど、ここに来る前に出ていた劇に出てくる衣装のようだ。

(ほんとうに召喚されたんだ……)

 絵里はぼんやりとそう思う。相変わらず実感はないけれど、どうやらあの老人の言っていたことは本当らしい。


 ここはどういう世界なのか、何のために喚ばれたのか、どうすれば帰れるのか。

 知りたいことはたくさんあるけれど、どうもこの2人には答えてもらえそうにない。代わりに誰か、と周囲の人に目をやると……実に素早く目をそらされた。


 けれどその中でただ1人。

 絵里に視線を向け続けている人物がいた。


 言い争っているブランドンのすぐ横に控えている青年……絵里のいた世界の基準で図るなら二十歳ほどといったところか。肩より少し長いストレートの髪は青みを帯びた銀。

 ブランドンと同じ系統の服装をしているが、飾り帯や宝石などはなくシンプルだ。もし飾りの多さが身分の高低を示すならば、ブランドンよりは下、ということになるのだろう。


 絵里の目が自分に向いているのに気づくと、青年は真向から視線を受けた。まったく表情は変わらないが、絵里に向ける目は射貫くように鋭い。青年はしばらくそうしていたが、やがて彼は絵里の視線を外すように身体をねじり、ブランドンに何事かを囁いた。

 途端に、怒鳴るように話していたブランドンの言葉が途切れる。そこにもう一言。

「……でしょう?」

 内容は全く聞き取れないけれど、その語尾と視線が絵里を指し示したのはわかる。

「ふむ……確かにそうかもしれんな」

 怒声を引っ込めしばし考えていたブランドンはひとつ頷くと、床に座り込んだままの絵里に手を差し出した。


「失礼しました。まずは少しお休みください。話はそれからということで」

 絵里が立ち上がるのに手を貸すと、ブランドンはすぐに離れ、背後にいる誰にともなく命じた。

「用意してあった部屋に通してやれ」

「はっ」

 その言葉に、凍り付いていた場は動き出す。退出する男に従う者、言い争いに疲れたように額に手を当てている老女を支える者、人の動きにかき回されて、さきほどまでの息苦しい空気が消えてゆく。


「わたくしはヨランデと申します。どうぞこちらへ」

 暗い茶のドレスを着た女性、ヨランデが絵里に扉を示し、先導して進み出した。

 ついてゆくしかないのだろうと絵里が歩き出すと、その後ろに鎧を身に着けた男性が2人続く。

 扉の向こうも部屋と変わらぬ印象の、石造りの廊下だ。

 一体どこに連れて行かれるのだろう。そして何をさせられるのだろう。

 膨れ上がる不安をぐっと呑み込んで、絵里は足を運ぶことだけを考えて進んだ。


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