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◆その18 ~ベイジルさん暴走す




 少しずつ、魔のもの襲撃の間隔は狭まってきた。


 まだまだこれから。

 チャスの言葉が不吉に思い出される。


 すぐに避難するようにしているから、あれから絵里は魔のものを目にしてはいない。今はどんな敵がどのくらい襲ってきているのか、気になるけれど自分が安全なところで守られている引け目もあって、聞くことができずにいる。


 聞いてどうするんだ。

 戦いの場に赴いているランバートやチャスからそんな風に聞き返されたら、返す言葉がない。

 あの2人なら、そんなことを言わず普通に答えてくれるだろうとわかっているけれど、それでも聞けない気分になってしまう。


 だからこんなとき、たわいない話をしてくれる、ベイジルのような存在はありがたかった。

 絵里に通じていようがいまいが関係ないように、ベイジルはあれこれ1人でしゃべっている。気が向くと言葉を教えてくれたり、絵里にちょっかいをかけて面白がったりしているが、勝手にしゃべっているときのほうが多い。


 そしてもう1つ、ベイジルがユエンを敬遠しないのも、絵里にとってはありがたいことだった。

 今日も絵里は荷馬車でユエンの隣に座り、のんびりと脚を揺らしているのだが、そうしているとまったくと言っていいほど人が寄ってこない。

 弟のチャスを別にすると、ユエンを避けないのはランバートをはじめとするわずかな人のみ。気さくなハナでさえ、絵里がユエンの隣にいるときは近寄ろうとしない。


(別に、ユエンが何をするってわけじゃなさそうなのに)

 絵里が隣にいても、ユエンは特に何かすることもなく、景色を見ながら荷馬車に揺られているばかりだ。話は聞いている様子で、今もベイジルと絵里の会話になっていない会話に、笑みを漏らしたりはしているが。


「正直、魔王退治の旅に楽士として参加しないかって話がきたときには、迷ったんだよね。危ないだろうってことは僕にだってわかったし」

 ベイジルは道端のねこじゃらしに似た草を、手持ち無沙汰に振る。

「けど、報酬がかなりよかったし、なにか面白いネタも拾えそうだったしねー。受けちゃった」

 てへ、と笑うベイジルに絵里は脱力しそうになる。

「受けちゃった、って、だいじょうぶなんですか?」

「実は僕、この旅から戻ったら彼女と結婚する予定なんだ。ほらこれが彼女の絵姿」

 ベイジルは小さなカード状の絵を見せてくれる。

「だ、ダメですよ。それ死亡フラグのお手本じゃないですかっ」

「そうだろう。彼女は町一番の美人なんだ」

 ……伝わっていない、完全に。

 絵姿は確かに美人が描かれていたが、こういう絵はどのくらい本人に似ているのだろう。


「決まってからは毎日、同行する人の好きな曲や歌を覚えたんだ。レパートリー増えたよ」

「どんな歌ですか?」

「でもせっかく全員分覚えたのに、呼んでくれる人は決まってるんだよね。姫様なんか一度も呼んでくれてないんだ。今度会ったら、一度くらい呼んでくれるように、なんとなーく言っておいてくれると嬉しいな」

 本当にまったく通じてない。

 勝手なことばかり一方的に話しているけれど、あまりにベイジルが楽しそうだから、まぁいいかと絵里も聞き流す。


 噂をすれば影が差す、というのだろうか。

 ちょうどそこに、ステイシーがやってきた。はじめはハイラムや騎士が使いに来ていたのだが、最近は侍女のステイシーが直接絵里のもとにやってくるようになっていた。


「おいしいお菓子が手に入りましたので、もしよろしければいっしょにいかがですかと、姫様より伝言を承りました」

 絵里には言葉が通じないと知っているため、ステイシーはランバートと絵里、両方に向けて話しかけた。

 ランバートが通訳として、手振りでお茶を飲む仕草をしてみせた。

(それじゃあ、お姫様からってこともお菓子のことも伝わらないよ)

 適当すぎる通訳だが、絵里には伝わっているから問題ない。

「はい、お邪魔します」

 頷いて、服の埃を払い手櫛で髪を整える。


「行ってきます」

 ユエンとベイジルに声をかけ、そこで思いつく。

「ベイジルさんも一緒でいいですか?」

 さっき呼んでほしいと言っていたことだし、ミュリエル姫の気分転換にもなるんじゃないかと考えたのだ。


「この方は?」

 絵里が示したベイジルに、ステイシーは戸惑う。

「歌です、歌」

 絵里は知っている歌を口ずさんだ。その途端、全員の目が自分に集まって、絵里は慌てた。

「えっと、わたしのことじゃなくて、ベイジルさんが……」

「そこのベイジルは楽士だ。姫に聞かせたいということだろう」

 ランバートが察して、説明してくれた。

「ああ、そ……」

「そうなんですよ、ハイラムさんからの要請で、姫様のお好きな曲を覚えましたから、歌でも曲でもばんばんいけます!」

 理解したステイシーの言葉に、ベイジルの興奮した声が思いっきりかぶさる。

 その権幕にステイシーは引き気味だったが、

「姫様も歌はお好きですから、何曲か歌うだけでしたら」

 と了承してくれた。


 上機嫌のベイジルを伴って、絵里はミュリエル姫のもとを訪れた。

 ベイジルの勢いに姫も困惑していたが、いざ歌いはじめるとさすがと言うべきか、ベイジルの歌声は見事で、姫も嬉しそうに耳を傾けた。


「町でいただいたお菓子です。名物ということなので、ぜひエリィ様にも食べていただきたいと思いましたの」

 そう言ってミュリエル姫が出してくれたお菓子は、少し粉っぽくはあったが、この世界のものにしてはおいしい。

「ラス、ミ」

 こちらの世界の言葉で、おいしい、と伝えるとミュリエル姫は、まあと目を見開いた。

「エリィ様は言葉を覚えられたのですね」

「みなさんに教えてもらって、少しだけ」

 馬車の後方を示し、指を少しだけ広げてみせる。


「僕も言葉を教えているんです。やっぱりお話ししたいですからね」

 ベイジルもしっかりアピールする。

(アピールするところが違うよ、ベイジルさん……)

 絵里は頭を抱えたくなったけれど、姫が楽しんでいるようだから、これでいいのかと思い直す。

「姫様も、たまには後ろにいるみんなのところにおいでください。みんな大喜びですよ、きっと!」

 ベイジルは力をこめて誘った。

 気持ちは伝わるがそれは無理だろうと、絵里は2人のやり取りを眺めてお茶を口に運んだ。


「ありがとうございます。お気持ちはうれしいのですが……」

 案の定、姫はやわらかくそれを断る。

「皆さまは、わたくしのことは知らずにおいたほうが良いのですわ」

「いやいや、このように美しい姫様のこと、ぜひ広く知らしめるべきでしょう」

 すっかり舞い上がってしまっているベイジルに、絵里が会話に入れずにいると、ステイシーがやわらかく口をはさんだ。

「ベイジルさん、このたびはありがとうございました。また機会があればお願いいたしますので、本日はこのくらいで」

「あ、ああ。そうですね。こちらこそ呼んでいただいてありがとうございました」

 はっとベイジルは我に返って頭をさげ、ではまたと去っていった。


「お騒がせしてしまってすみません」

 ここまでベイジルのテンションがあがるとは予想外だった絵里が謝ると、ミュリエル姫はくすくすと笑った。

「なんだが楽しい方でしたね」

「お茶を入れ替えましたのでどうぞ」

 ステイシーが気分を変えるように、新しくいれたお茶を出してくれたので、それを飲んでいつもの穏やかなティータイムがはじまる。


「さきほどの歌、懐かしかったです。子供のころ、短い間でしたが神殿学級に通ったことがありましたの。そこで歌った歌なのです」

 姫は小さく口ずさむ。細くきれいな歌声だ。

「ハイラム様からの要請で覚えたとのことですから、その中にあったのではないでしょうか」

 ステイシーの説明に、ああそれでと姫は腑に落ちた様子だった。

 無意識のように姫は首を巡らせ、ある一点で目を止める。

 その視線の先にいるのはハイラムだ。

(お姫様とハイラムさんは知り合いなんだろうな。さっき言ってた神殿学級のころから、とか?)

 2人の視線を感じたのかハイラムはこちらを見た。けれどすぐに目をそらし、付近の人に何か指示出している。相変わらず忙しそうだ。


「エリィ様、もう1つお召し上がりになりませんか?」

 姫もすぐに絵里に向き直り、お菓子を勧めてくれる。絵里はありがたく、お菓子とお茶をごちそうになったのだった。



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