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◆その16 ~魔法が使いたいかと言われると




 ユエンは無事だったのだろうか。

 チャスが戻ってくるのが待てなくて、絵里は自分からユエンの荷馬車を訪れた。


 いつに変わりなく荷馬車に座っているユエンと、なにか話しかけながら荷馬車について歩いているチャスの姿に、絵里はほっとした。


「すまん、戻るの遅かったか」

 謝るチャスに、全然、と首を振ると、絵里は自分でよいしょと荷馬車にあがった。こういうのにももう慣れっこだ。たまにドレスについたレースを引っかけてしまうこともあるけど、気にしない。レースを破られるのが困るなら、余計な飾りのついてないドレスにしてくれればいいだけの話だ。


「噂してたのが、エリィんとこまで聞こえたかな」

 チャスがくくっと喉で笑った。

 なんの話をしてたのやら、なんて思っているとチャスから説明してくれる。

「さっきの襲撃の話してたんだ。途中で隠れてるって言われて、ランバートが目を白黒してた、って話」

 チャスは絵里をさして隠れるそぶりをしたり、ランバートをさしてびっくりするそぶりをしたりした。


(ランバートさんが、そんな風にびっくりしている様子、想像できないけど)

 せいぜい目をちょっと開くぐらいの反応しか浮かばない。

 さっきの戦闘のときでも、絵里の目には落ち着いているように見えたけれど、チャスにはそうではなかったらしい。

「剣を抜くのを忘れて戦うんじゃないかって、心配したぜ」

 なんて言って笑っている。

 チャスの話が聞こえているはずのランバートは、知らん顔して足を運んでいた。


「ランバートさんが戦うところ初めて見たけど、強いんですね。ってそれより。チャスさん、魔法使いだったんですか?」

「へ? なんだ?」

 荷馬車から身を乗り出して尋ねる絵里に、チャスは怪訝な顔をする。

「だから、あの魔法です。こんな感じの」

 足を踏み鳴らす仕草をしたり手をあげたりしていると、なんとなく伝わったらしい。

「そ。オレの属性は地。恰好いいだろ?」

 チャスは得意げに胸をそらした。


(この世界では地属性って恰好いいのかな)

 比べるほどこの世界の魔法の属性を知らない絵里にはよくわからないが、チャスの様子からして自慢できることのようだ。


「危なっかしい魔法だ」

 先ほどの仕返しか、ランバートが口を挟む。

「今回は巻き込んでねぇだろ。いいんだよ、恰好良ければ」

 チャスはその場で軽く踊ってみせた。


「踊ると発動するんですか?」

 訊いてみたが伝わらない。踊る、はともかく、発動なんてどうやったら身振りで伝えられるのか。

「魔法は、呪文じゃなくて動作で発動させるんですか?」

 言い直しても同じだ。

(ダメだ……)

 せっかく魔法について知るチャンスなのに、絵里にはうまく伝えられない。

 絵里は諦めて、もういいと首を振った。


 隣でその様子を見ていたユエンが、チャスを見た。

 ほんの数回、ユエンが口唇を動かすと、チャスは絵里の言いたかったことを理解してくれたようだ。


「エリィは魔法について知りたいのか」

 そう、と絵里は大きく頷いた。

「しっかし、何をどうやって説明すりゃいいんだろうな。これはニュアンスだけじゃ伝わらねぇと思うけどなぁ」

 とりあえずやってみるかと、チャスは身振り手振りをつけながら話し出した。


「エリィの世界ではどうか知らねぇが、こっちでは魔法が使えるかどうかは、生まれてきたときに握ってる石を見ればすぐわかる。石の形が適正を、石の色が属性を表す。これが、魔法が使える石の形だ」

、チャスは首にかけていたペンダントを引っ張り出した。

 革ひもの先には三角錐を2つくっつけたような双三角錐の石がついている。きれいな琥珀色だ。


「これ以外の形は、ほぼ魔法は使えねぇ。例外はあるが、そのあたりの説明はごちゃごちゃするから、身振りじゃ伝えるのは無理だな」

 後半はぼそぼそっとつぶやいて、チャスはペンダントを戻した。


「魔法で使用する力は精霊の力だ。石を授けてくれた精霊が、持ち主に力をくれる。たとえば火や水の属性使いは、杖や魔法武器に対応する宝石をはめこんで、それを通して精霊に力をもらう。オレの力は地だから、そんなまどろっこしいことはしねぇ。こうやって足を踏み鳴らして、踊りを捧げて、地の精霊の力を使わせてもらうんだ」

 チャスは戦いのときのように、足でリズムを取って踊ってみせてくれた。

「地の力はほかの属性に比べて大きいんだぜ。……ただ、範囲ずべてに影響を与えるものが多いから、使いどころは難しいな。下手すると味方が全滅だ」


「同じように踊ったら、わたしにも使えますか?」

 チャスの手の動きを真似て、絵里は自分を指さした。


「エリィにも使えるか、って? どうだろうな……精霊を感じることはできてるか?」

「全然」

 絵里は首を振った。これまで、精霊がいると思ったことさえない。

「だろうな。別の世界の奴に精霊が力を貸すとも思えねぇ。それに、精霊と気持ちを通わせるには時間がかかる。子供ん頃から少しずつつながりを深めていって、それに応じて貸してくれる力も大きくなってく。一朝一夕は難しいんじゃねぇかな」


 魔法も絶望的か。

 この世界で身を守ることもままならなそうだ。

 ため息をつくと、ユエンが自分の胸に手を当てて、もの言いたげに絵里を見た。

「はい?」

 聞き返すと、ユエンは小さく首を横に振って、視線を前に戻してしまった。


「エリィは魔法が使いてぇのか?」

 チャスが聞いてくる。

「うーん……そういうわけじゃない、かも……」

 魔法が使えたらいいんじゃないか、とは思うし、もしかしたら魔法スキルをもらえているんじゃないか、という期待もあった。逃げる場合やいざというとき、なにかに役立つかもしれないとも思う。

 けれど、もし魔法が使えたらそれで戦うことを強要されてしまうんじゃないかという不安はある。魔王の前に引き出されて、さあ魔法で倒せと言われても困る。

 何もできなければ、何もさせられないだろう、というかなり後ろ向きな保身だ。


「戦いてぇのか?」

 重ねて問われ、今度は強く首を横に振る。それはしたくないし、できるとも思えない。

「じゃ、エリィはなにをするためにここにいるんだ?」

 今度は弱く首を振る。

 わからない。絵里のほうが聞きたいくらいだ。


「聞いてねぇのか。言葉が通じねぇから、いろんなことの説明をはぶかれてんだろうな。オレの説明もどこまで通じてるかわかんねぇけど、ついでに魔王退治についてもざっくり話してやるよ」

 通じてなかったらただの独り言だな、と言いつつもチャスはあやしい手振り付きで説明してくれた。


「何年かごとに、この世界には魔王が現れる……らしい。この前現れたのは30年以上前だって話だ。ほんとに魔王がいるかどうかは知らねぇが、急にあちこちに魔のものが現れて人を襲うようになったのは確かだ。王都のあたりじゃまだほとんど被害はねぇが、魔王のいる場所に近いほど、出る魔のものも大型になる。村全部が喰われた地域もあるって噂だ」

 今回の敵は狼サイズだったが、これからもっと大きなものが出てくる、ということか。口には出さなかったが、絵里の表情を読んだのだろう。チャスは頷いた。

「さっきのは小物だ。避難が遅れていたところに飛び込まれて、1人犠牲が出ちまったが……厄介な相手じゃない。大物が出てくるのはまだまだこれからさ。――それで1つ言っておきたいんだが」


 チャスは表情を消して絵里を見る。

「戦わないなら戦場に出てくるな。おとなしく騎士に守られていてくれ」


「……ごめんなさい」

「いや、責めてるわけじゃねぇ。今回のは状況もああだったし、ランバートがそう判断したんだから別にいい。今後はそうしてほしい、って要望だ」

 そこまでは不完全ながらも手振りをつけていたチャスの手が下りる。

「――ランバートはなにがあってもあんたを守らなきゃならねぇ。戦況が不利になろうと危険にさらされようと。生き残らせたいと思うなら……」

「チャス」

 ランバートからかけられた声に、

「通訳してないから伝わってねぇよ」

 とチャスはだらりと下げていた両手を掲げてみせた。


「説明が途中になっちまったな。んで、魔のものは増えて広がる一方だから、その大本、魔のもののを生み出してる親玉をなんとかする必要がある。だから毎回、王族率いる魔王討伐隊が組まれ、退治しに行くことになってんだ」

「王族って、ミュリエル姫ですか?」

 姫に率いられているという感じではないのだけれど、そのあたりは建前なのだろうか。絵里がそう言ったとき、ざっと土を擦る音がした。ランバートが道端から飛び出していた草につまずいた音だ。ランバートにしては珍しい。

「触れ込みではアダルバード王子だったはずだ」

 チャスの返事に、絵里はえっと思う。

「手柄横取り?」

 やっぱり最低だ。でもそれなら、姫を同行させる意味はないように思うけれど。

「オレが聞いたのはこれくらい。お偉いさんや騎士の連中なら、もっと詳しいことを知ってるだろうが、下々には情報もろくにこねぇんだよ。はい、終わり。……って、こんなのぜってー伝わらねぇよなー」

 チャスの言う通り、チャスの手振りではほとんど内容は伝わらないだろう。けれど絵里には翻訳されて届いているから問題ない。

「リノ、イ」

 ありがとうとお礼を言って、絵里はしばらくチャスに聞いた情報に考えを巡らせるのだった。



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